添島ありすは見守りたい
気付けばもうすぐゴールデンウィークなのに、東京で行く場所は未だに決まらなかった。
「やっぱりスカイツリーとか?」
「展望台の値段高いよー。あ、東京ドームでファイターズ戦やってないかなー」
「……今年のGWは札幌ドームで楽天ロッテと5連戦」
「だめかー。じゃ渋谷とか原宿とか行ってみる?」
「うーん、なんだか怖そう……」
「……怖い……」
「それでも若人かふたりともー!」
「……みつねなら、原宿とか歩いてたらスカウトされそう」
「あ、うん、されそうされそう」
「はっはっはー、褒め称えよー。って別に芸能活動する気はないよ!」
「……スカウトされる可能性は否定しないんだ……」
「あたしだけじゃなく、ありすだってひなっちだってスカウトされるよー。ひなっちはモデル体型だし、ありすは世界一かわいいし」
「ええー!?」
だいたいこんな調子で、話はいつまでも同じところをぐるぐるし続ける。
「えと、池袋のサンシャインシティ」
「サンシャインってたしか水族館あるよねー」
「水族館ならスカイツリーの下にもあるみたいだけど」
「ひなっちは水族館行ったらお腹空いて大変なんじゃないのー?」
「……水族館の魚を食べ物としては見ないよ……」
「あはは。ひなちゃんが好きそうなところっていったら、サンリオピューロランドとか」
「……そ、想像するだけで気後れする……」
「なんでさー。ひなっち、かわいいもの好きな自分に自信を持つ!」
「そういう問題じゃなくて……あんまり目新しいかわいいものを過剰摂取すると身体によくないから……貧血とか眩暈の症状が出る……」
「ひなちゃんにとってかわいいものって糖分か何かなのかな……」
「じゃあいっそ、秋葉原でメイド喫茶!」
「……それって私たちが生まれた頃の流行じゃ……? 今でもあるの……?」
「いやいや、札幌にもあるらしいよー。メイド喫茶」
「あ、青森のメイド喫茶が舞台の小説読んだことある」
「青森にメイド喫茶あるの!?」
「いや、小説の中の話だから……わたしが小学生の頃にはあったらしいけど」
そして結局、話は脱線するのである。今日も結論は出ないまま、ドーナツ屋さんでガイドブックやスマホの観光スポット情報とにらめっこして放課後の時間が過ぎていく。
「決まらないなー。えーい優柔不断どもめー」
「……そういうときは、もうみつねがずばっと決めちゃってよ……」
「えー、あたしが勝手に決めていいのー? ひなっち、ねえホントにいいのー?」
「……な、なに……? どこに行くつもり……?」
「目黒寄生虫館」
「やめて」
なにそれこわい。ひなちゃんですら即答するレベルだ。わたしもご遠慮したい。
「えー、面白そうじゃない? 寄生虫館」
「やめて絶対やめて」
「おやおやひなっち、虫苦手ー? チンアナゴみたいなもんじゃん」
「一緒にしないで……寄生虫系はほんとにダメ……」
「なんかトラウマありそうだなー。ていうかぬいぐるみ大好き虫苦手ってホントにひなっちは少女だなー。乙女か! 実はフリフリヒラヒラロリータファッション着たいんかー」
「……それは、ありすに着せたい」
「あー、ありすに不思議の国のアリスの格好させたい! わかる!」
え、なんでそこでわたしに飛び火するの。わたし、そんなの似合わないってば。
「そ、そういうのは絶対みつねちゃんの方が似合うよ。わたしが着たらホントにただの小学生だもん、そういうのは……。それこそみつねちゃん、メイド服とか似合いそう」
「フリフリのロリータ衣装着たありすのメイドになら喜んでなるよー。お嬢様、北崎は常におそばに控えておりますので、何なりとご命令を」
「ロリータ衣装は着なきゃダメなの……?」
「そこは譲れない! あ、ひなっちはスーツ着て執事ね。セバスチャンひなた」
「なんでセバスチャン……? あ、でもありすに仕えるならそれはそれで……」
「もー、ひなちゃんまでー」
果てしなく脱線する会話。――結局、ただこうして3人でお喋りしているのが楽しいから、ゴールデンウィークの予定も決めずに引き延ばしているのかもしれない。
それにしても、みつねちゃんもひなちゃんも、どうして隙あらばわたしをおだてるんだろう。リスもおだてりゃ木に登る……のは普通か。ともかく、絶対誰がどう見たってみつねちゃんの方が圧倒的に美少女だし、ひなちゃんだって美人さんなのになあ。
というか、みつねちゃんとひなちゃんが並んでるのが、一番絵になると思うのだ。無口なひなちゃんと、お喋りなみつねちゃん。引っ込み思案なひなちゃんに、みつねちゃんが天性の人懐っこさでまとわりついて仲良ししているのは、見ていて微笑ましい。そこでわたしが間に挟まると、この前の札幌ドームみたいに、捕獲された宇宙人になってしまうわけで……。
いいところ、わたしの立ち位置はプリキュアの妖精みたいなものだろう。マスコットというかペットというか、たぶんそんな感じ。漫画とかアニメでもよくあるだろう、元気っ子と大人しい子の主人公コンビの脇で場を和ませたりトラブルを起こしたりするマスコット枠。
別に、それが不満だとは思わない。自分が何かの主人公だなんて思えないし、みつねちゃんやひなちゃんの方がずっとそれらしいと思うのだ。
ファーリーハイツに帰り、みつねちゃん、ひなちゃんと別れて自室に戻る。今日は千鶴さんがご飯作ってくれるはずだし、夕飯までに宿題済ませておこう。七城さんから借りた『ビブリア古書堂の事件手帖』の続きも読みたいし。大輔くんと栞子さんの関係の行く末が気になる。
そんなことを考えながら鞄の中身を取りだしていると、スマホに通知が来た。千鶴さんからの個人的なLINEだった。
――ありすさん、ちょっといい?
――はい、なんですか?
千鶴さんから個人的なメッセージが来るとは珍しい。なんだろう?
――羽紗美が文芸部の原稿で悩んでるみたいなの。ちょっと話、聞いてあげてくれないかしら。私だとあんまり羽紗美の役に立てなくて。
――ええ? いいですけど、なんで私なんですか? みつねちゃんとかの方が……
――みつねさんには完成させてから読んでほしいんですって
――はあ。七城さんの部屋に行けばいいんですか?
――うん、よろしくお願いね
最後のメッセージはハートマークつき。なんだかよくわからないけど、ご指名ということなら仕方ない。ビブリアを貸してもらってる立場だし、創作のアドバイスを求められても困るけど、話を聞くぐらいなら……。
首を捻りながら、わたしは部屋を出て2階に上がる。201号室のインターホンを鳴らすと、なんだか疲れた顔の七城さんが姿を現した。
「ありす?」
「あ、こんばんは」
「なに、ビブリアでも返しに来たの? 夕飯のときでいいのに」
「いえ、なんだか千鶴さんから言われて……」
わたしがそう答えると、七城さんは「あー」と顔をしかめて頭を掻いた。
「また余計な気を利かせて……。ま、あんたでもいいか。ちょっと話聞いてくれる?」
「あ、はい」
七城さんの部屋に上がりこむ。千鶴さんのご飯をみんなで食べるときにもときどきお邪魔する部屋だけど、いつ見ても本がいっぱいだ。本棚にずらっと並んだ文庫本とハードカバーが壮観である。さすがに全部ファーリーハイツに来てから読んだ本ではないのだろうけど……。
わたしは床のクッションに腰を下ろす。七城さんはジュースを一杯出してくれたあと、机の前の椅子に腰を下ろした。机の上にはパソコンのモニターとキーボードがある。あれで原稿を書いていたのだろう。
「それで、何のお話ですか? 文芸部の原稿って聞きましたけど……」
「そう、次の合評会に出す予定の短編なんだけど。――ありす、あんた好きな人いる?」
「へっ?」
いきなり思わぬ超ストレートな質問が来て、わたしはぽかんと口を開けていた。
「えっ、あの、好きな人って、それはその、恋愛的な意味でですか……?」
「もちろん」
「いっ、いないです、そういうのはまだ、全然……」
慌ててわたしは首を横に振る。ま、まさか七城さんからいきなり恋バナを振られるなんて、驚天動地とはこのことだ。七城さん、そういうのに一番興味なさそうなのに……。
というかわたし、ろくに恋もしたことないなあ。自分の来し方を振り返ってみて、思わずそう内心で嘆息してしまう。中学のクラスメイトには男子と付き合ってる子はいたけど、どうもわたしはそういうのとは縁が無いまま中学の3年間を終えてしまった。中学の修学旅行でも恋バナを振られて、「ありすにはまだ早いかー」と笑われたっけ。うう……。
「そ、なら思考実験として考えてほしいんだけど」
「え?」
「もしあんたに好きな人が――仮にAとするけど――いて、そのAにはあんたとは別に好きな人Bがいるわけ。でもBはCと付き合ってて、BがAを好きになる見込みはない……っていう状況。想像できる?」
「え、ええと……」
つまり、わたし→Aさん→Bさん⇔Cさん、という構図か。好きな人に恋人がいた、なら単純だけど、好きな人の好きな人に恋人がいた、という一段面倒臭い関係ということになる。
「その状況で、AがBに告白するって言ったら、あんたはどうする? 応援する? それとも反対する?」
「……ええと、BさんがAさんに振り向く可能性は全くないんですか?」
「ない。絶無。BとCは入り込む余地なしのベストカップル」
「じゃあ、Aさんは告白しても玉砕確定なんですね……。あれ、ええと七城さん、これって文芸部の原稿の話なんですよね? 実は七城さんの周囲の話だとかじゃなくて……」
「んなわけあるか。原稿の話に決まってるでしょ」
七城さんはむすっと頬を膨らませる。……千鶴さんが私を寄越したのって、千鶴さんも知ってる誰かの話だからっていうことかと思ったのだけど、違うらしい。でも、それならなんで千鶴さんはわたしにこの話を振ったんだろう? 恋愛もの好きな千鶴さんの方が、こういう話は得意そうだけど……。
ともかく、考えてほしいということなので考えてみる。ううん……。
「わたしもAさんも、玉砕確定だってことは解ってるんですか?」
「うん、解ってるとして考えて」
ふむ。Aさんは玉砕確定だと解っていて告白するわけか。万に一つの可能性に賭けて? それとも、ちゃんと告白したけどやっぱりダメだった、っていう結果と確証を得るため? 後者だとすれば、Aさんの目的はBさんへの恋心を吹っ切るため、ということになるだろうか。
その上で、Aさんから「告白する」と聞かされたわたしはどうするか、というのが今回の設問である。どっちにしてもAさんは玉砕確定なんだから、Aさんを好きなわたしにとっては大きなチャンスなのは間違いない。AさんがBさんにしっかり振られて気持ちの整理をつけてくれれば、わたしに振り向いてくれるチャンスが生まれる……と考えられるけど。
……それを解った上で応援するのは、やっぱりズルくないだろうか。
「うーん、Aさんは急いで告白しなきゃいけない事情があるんですか? Bさんが卒業して遠くに行っちゃうとか、そういう……」
「あるかないかで答えが変わる?」
「……そうですね。事情があるなら、Aさんが告白することを積極的に止めはしない……と思います。特に事情がないなら……たぶん、止めます」
「どっちにしても、積極的に応援はしないと。事情がないなら止めるっていうのは、将来的にBとCが破局する可能性を考えて?」
「そう言っちゃうと身も蓋もないですけど……そうですね。それもありますし……。やっぱり、好きになった人が傷つく姿は、あんまり見たくない……と思います」
「将来的にBとCが破局して、AとBが付き合うことになったらあんたの恋が終わるけど、それはいいの?」
「それは……そうなったら仕方ないんじゃないですか、やっぱり。Aさんがそこまで待ち続けるぐらいBさんのことが好きなら、どうやったってわたしに勝ち目はないと思いますし……」
「――ふうん。あんたやっぱりいい子ね」
腕を組んで頷き、七城さんは目を細めてそんなことを言った。
「い、いい子って」
「別にけなしてるわけじゃないわよ。優しいなって。――じゃあ、AがBに告白して振られたあとは、あんたはどうする? Aに告白する?」
「そ、それは……わからないです。でも、やっぱり相手の傷心につけ込むみたいなのは、ちょっと抵抗が……。告白するとしても、だいぶ間を空けてからじゃないかと」
「なるほど。――参考になったわ、ありがと」
くるりと椅子を回して、七城さんはパソコンに向き直る。わたしは目をぱちくり。
「……あの、七城さん。今の、ホントに文芸部の原稿の話なんですよね……?」
「だからそうに決まってるでしょ。疑うならGW明けの合評会の原稿読んで」
「はあ。じゃあ七城さん、次は恋愛小説なんですか?」
「いや、ミステリ。人間関係が軸の恋愛ミステリを一回書いてみようと思って。ミステリ理解がない部長も砧先生も、そういうのなら読めるかと思うから」
人間関係が軸の恋愛ミステリ……『イニシエーション・ラブ』みたいなやつだろうか?
みつねちゃんだったら「うさ先輩が恋愛小説ですかー。どのへんに実体験が反映されてるんですかー?」って絡みに行って後頭部をはたかれるんだろうなあ。わたしにはとてもそんな度胸はない。
「七城さんって、あんまり恋愛もの好きじゃないって」
「千鶴から聞いたの? 千鶴が読むような普通の恋愛小説が苦手なだけ」
「『キミスイ』とかですか?」
「そうそう。有川浩とか」
「じゃあ『君の名は。』とかも?」
「あれはまあ、SFだしミステリ要素もあるから許す」
「……え、あれってSFなんですか? 隕石が出てくるから?」
「いや、時間SF要素あるでしょうが。ほら、ふたりの間で……」
「ああいうのもSFっていうんですか。あれ、じゃあ『ぼく明日』もSFに入るんですか?」
「ああ、あれもSFね。あれはそんな好きじゃないけど」
うーん、七城さんの評価基準がよくわからない……。『キミスイ』も『君の名は。』も『ぼく明日』もわたしの中では同じ系列の作品って印象なんだけど。
「だから、ミステリ的な仕掛けを意識的に使ってる恋愛ものは嫌いじゃないのよ。竹宮ゆゆこの『砕け散るところを見せてあげる』とか」
「あ、それは読んだことないです」
「読みたかったら貸すけど」
「……『ビブリア』を読み終わったらで」
ああ、七城さんと話をしていると読んでみようリストの本が増える。『ビブリア』を読む機会を得られただけでも、七城さんと本の話をする甲斐はあったと思うから、それ自体はいいことかもしれない。わたしだって文芸部員なわけだし。
しかしそれにしても、やっぱり七城さんが恋愛ものを書くというのはなんだか普段のイメージと随分違うような。本棚に並んでるタイトルを見ても、『暗黒館の殺人』『双頭の悪魔』『魍魎の匣』『殺戮にいたる病』『ハサミ男』『生首に聞いてみろ』『首無の如き祟るもの』『虐殺器官』『アンデッドガール・マーダーファルス』……とおどろおどろしい題名ばっかりなのに。
「なに、私が恋愛もの書くのがそんなに意外?」
「い、いえ、別にそんな」
心を読まれてた。眼鏡越しにじろりと睨まれ、わたしは首をすくめる。
七城さんはひとつ嘆息して、机に頬杖をついた。
「そりゃ苦手よ。恋愛中のリアルな心理描写とかさっぱり書ける気がしない」
「……なのに書くんですか?」
「困ったことに、書かなきゃ上達しないのよ、小説ってのは。ミステリ書くにしたって、書けるものの引き出しは多いに越したことはないでしょ。――あ、実際に恋愛しろってツッコミは禁止だから。ミステリ作家は殺人犯じゃないんだから」
「はあ」
「そのへんは取材と想像力で補ってナンボってこと」
「……つまり、わたしへの取材だったってことですか、今の」
「そうよ。何だと思ってたの?」
「わたしも取材されるような恋愛経験なんてないですけど……」
「いいのよ、私じゃない誰かの考え方が聞ければ、それだけで参考になるから」
「はあ……。千鶴さんじゃダメだったんですか?」
「千鶴の奴、逃げたのよ」
「ええ?」
「私がさっきの話振ったら、笑ってはぐらかして逃げた。なんか地雷踏んだのかしら」
七城さんは首を捻るが、そんなことわたしに訊かれても答えようがない。
と、ちょうどそのタイミングでわたしと七城さんのスマホが同時に反応した。グループLINEの通知だった。千鶴さんから。
――晩ご飯そろそろだから、食べる人は203号室に集合!
噂をすればなんとやら。わたしは、七城さんと顔を見合わせた。
とはいえ、5人で晩ご飯を食べている席でそのことを千鶴さんに直接問い詰めるわけにもいかず、結局千鶴さんが七城さんの取材をはぐらかした理由は不明のまま夕食の集まりは解散になってしまった。
その後、みつねちゃんの部屋にわたしとひなちゃんと3人で集まって食後のティータイム。ああ、宿題やってない……。まあいいか。寝る前にやろう。
で、そのティータイムのお喋りの中で――。
「あ、ねえねえ、これ読んでる小説の話なんだけど……」
ふと、みつねちゃんとひなちゃんの意見が聞きたくなって、わたしは七城さんの小説の話を切り出していた。言ってから、まずかったかな、と思ったけど後の祭りである。
「ありすー、それホントに小説の話? まさかありすの実体験じゃ……」
「ち、違うよ! 小説の話だってば」
「…………」
わたしと同じ疑念を抱くみつねちゃんと、なんだか居心地が悪そうに身を竦めるひなちゃん。まあ、そうだよね。いきなりこんな重たい恋バナされたらそういう反応になるよね……。
「ま、中学時代のありすの実体験かどうかはとりあえず置いといて」
「実体験じゃないってば!」
「好きな人が別の誰かに玉砕確定の告白をするのを応援するか否かってことだよね? んー、あたしだったら先手を打ってあたしが先にAさんに告白するかなー」
「ええ?」
わたしは思わず目を見開き、ひなちゃんも驚いたように顔を上げる。
「だって、どうせAさんの告白は玉砕確定してるってお互い知ってるんでしょ? だったらAさんは告白しようがしまいが実質的にとうに失恋してるわけだから、あたしが告白するのに支障はないわけじゃん。それでちょっとでもAさんの心が揺れたらあたしの勝ちだよ。そこで全く無理って言われたらその後の機会を待っても無理だと思うなー」
「……なんか、みつねらしいストレートさ……」
「自分に素直なみつねさんなのだー。ひなっちはどうする?」
「私は……」
みつねちゃんに突かれて、ひなちゃんはしばらく唸って考え込み。
「……私は、Bさんと話をしに行くかな……」
「AさんのためにCさんと別れてくれってー?」
「いや、それはさすがに……。Aさんが振られることはわかってても、Aさんを傷つけずに振ってくれる人かどうか自分の目で確かめたいと思う……」
「ああ、なるほど……」
わたしは頷く。自分がBさんとあまり普段の繋がりがない関係なら、Bさんの人柄を確かめに行くのは必要な行為だろう。その上でどうするかを判断するのは、確かに合理的かも。
「真っ当な見解だと思うけど、問題はコミュ障のひなっちにそれが出来るかどうかだよねー」
「……それは言わないで……」
「ははは。で、Bさんがいい人だったらどうするのー?」
「……そのときは、Aさんに任せる、かな……。その状況でAさんに私ができることは、振られたあとに話を聞いてあげることぐらいだと思うから……」
「ダメな人だったら?」
「それは、断固止める」
きっぱりそう言い切ったひなちゃんに、わたしは目をしばたたかせる。
――あ、ひなちゃんの答え、結論はわたしと近い。失恋が確定してるなら、Aさんがなるべく傷つかないように話を収めたいというのは一致しているみたい。
「ひなっちは優しいなー。いいこいいこ」
みつねちゃんがひなちゃんの頭を撫でだして、ひなちゃんは顔を赤くして縮こまる。
「でも、もうちょっと自分に素直になってもいいんじゃないのー? どんだけ尽くしたって、自分から好きって言わなきゃ伝わらないよー」
「…………」
頬を膨らませてみつねちゃんを軽く睨むひなちゃん。みつねちゃんは笑って、「ま、その奥手なところがひなっちらしいよねー」と、ひなちゃんに抱きついた。
「み、みつね?」
「ひなっちには、あたしみたいに自分からぐいぐい行くタイプがいいんだろうねー」
「……それ、どういう意味?」
「さあ、どういう意味だろーねー?」
みつねちゃんが、なんだかこっちをチラチラと見ながらそんなことを言う。ひなちゃんは口を尖らせて少し唸り、みつねちゃんの頬を両手で挟み込んだ。
「むぐ、ひなっち、はにはー」
「……みつねはいつもそう。意地悪いことばかり言う……」
「いひゃいいひゃいー」
ぐりぐりと頬を強くなで回され、みつねちゃんは悲鳴をあげる。そのひなちゃんの両手を掴んで顔から引き離し、みつねちゃんはひなちゃんの膝の上ににじり寄った。
「あたしはひなっちのためを思って言ってるんだけどなー」
「……だから、そういうこと言うのが意地悪い。……素直じゃないのはどっち」
「さあ、なんの話かなー?」
――いや、ホントに何の話なんだろう?
みつねちゃんとひなちゃんの会話の意味が、わたしには全然わからない。
ただ――ただ。
「またそうやってとぼける……」
「やー、だってさ、ひなっちがさー」
ほとんどくっつくような距離で、そんなふたりだけの話をしている、友達ふたり。
その光景を、ふっと――ああ、なんだかいいなあと、わたしは思った。
やっぱり、みつねちゃんとひなちゃんが、ふたりで並んでるのが、一番絵になる。
上目遣いにひなちゃんを見上げるみつねちゃんと、その視線に困ったように目を逸らすひなちゃんと。その距離感はすごく親密で――わたしが思ってる以上に、ふたりの関係はずっと近いのかもしれない、と。
考えてみれば、わたしを間に挟まなくても、ふたりの相性はピッタリなのかもしれない。わたしがファーリーハイツに来なかったら、みつねちゃんとひなちゃんは、それこそ千鶴さんと七城さんみたいな、分かちがたいほどのふたりの世界を作っていたんじゃないだろうか。
――あれ、じゃあわたしって、ひょっとしてお邪魔虫?
いやいや、それはちょっと寂しい。寂しいけど……。
「ひなっちー」
「……みつね」
みつねちゃんの人なつっこい笑顔と、ひなちゃんのはにかんだ顔と。
ふたりが見つめ合ってるのを見てると――なんだか、すごく心があったかくなる気がする。
ああ、いいなあ。
みつねちゃんとひなちゃんが仲良くしてると、わたしも嬉しい。
――やっぱりわたしって、主人公コンビの傍らにいるマスコット役なのかも。
でも、そうだとしても、それは嫌な感じじゃなかった。
だって――そう。
わたしは、誰かが何かを好きでいる、その姿を見るのが好きだから。
みつねちゃんが、ひなちゃんを好きで。
ひなちゃんが、みつねちゃんを好きでいるなら。
――たぶん、それを見ているだけで、わたしは幸せになれると思う。
「ん? ありす、どうしたの、なんかニコニコして」
「んーん、なんでもなーい」
首を傾げたみつねちゃんに、わたしは笑って首を振った。ひなちゃんも首を捻る。その様子がまたそっくりで、わたしはなんだか余計に嬉しくなってしまった。
ああ、いいなあ。みつねちゃんとひなちゃんが仲良しなところ、ずっと見ていたい。
わたしはテーブルに肘をついて、不思議そうなふたりの様子をいつまでも眺めていた。




