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お隣さんはヒグマでした。  作者: 浅木原忍
3章 楽しいことを見つけよう
19/27

文芸部の読書会に行こう

 4月20日、金曜日。


「読書会って、実際どんなことするんだろ?」

「そりゃやっぱり、文学的評価を巡ってつかみ合いの大喧嘩とかさー」

「……そんな殺伐とした文芸部は嫌だと思う……」


 この日は、文芸部で月に一度の読書会が開催される日だった。課題図書は米澤穂信『氷菓』。わたしは中学のときに一度読んだけど、昨日もう一度読み直してきた。みつねちゃんは電子書籍で読んで、ひなちゃんは日曜に本屋さんで買って読んだらしい。

 読み直してみると、思ったよりけっこう細かい部分を忘れていて、自分の記憶力に自信がなくなってくる。ついでだから『愚者のエンドロール』以降もまとめて読み直したかったけど、時間が足りず『クドリャフカの順番』の途中までしか読み直せなかった。ううん、読書量増やすなら速読とか身につけた方がいいのかなあ。

 そんなことを思いながら、みつねちゃんとひなちゃんと3人で部室である第二図書準備室に向かう。部室のドアを開けると、既に部長さんと七城さんの姿があった。


「おっ、みんな来てくれたね、ありがとう」

「あんたたち、ちゃんと読んできた?」

「読みましたよー。『氷菓』って薄いから30分もあれば読めますしー」

「いや、もうちょっとじっくり読みなさいっての」


 七城さんが呆れ顔。机の上には図書室の蔵書シールが貼られた〈古典部〉シリーズの本が並んでいる。『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』『遠まわりする雛』『ふたりの距離の概算』……あれ? 知らない本がある。『いまさら翼といわれても』、文庫より一回り大きい、いわゆるハードカバーだ。


「七城さん、あの、これって〈古典部〉シリーズなんですか?」

「は? ちょっと、あんたこれ出てるの知らなかったの? 一番新しいやつよ」

「あっ、そうなんですか……。文庫だけだと思ってました」

「読むなら今度私の持ってるやつ貸してあげるけど」

「あ、それは是非お願いします」


 いつ出てたんだろう。最近なのかな……。そう思いながらハードカバーの表紙をめくってみていると、ひなちゃんが机の上の別の本に手を伸ばした。


「……これは?」


 ひなちゃんが手に取ったのは、これまた知らない本だった。下半分が真っ黒で、上半分に児童文学みたいなイラストがついている表紙の文庫本。『氷菓』のタイトルがある。

 あれ、これも『氷菓』なの? 作者名も米澤穂信だし……。でも、『氷菓』の表紙って学校の階段の写真のやつだったはずだし。実際、机の上にはその表紙の『氷菓』があるし、わたしも今日持ってきている。

 隣にもう1冊、下半分が真っ黒な文庫本があった。表紙に『愚者のエンドロール』の文字とともに、ちょっと不思議な色使いの少女のイラストがある。これも知らないやつだ……。そっちを手に取って表紙を捲ってみると、最初のページにカラーイラストがある。4人のキャラクターが描かれているけど……立ち位置とポーズからして、座っている黒い短髪の少年が奉太郎で、その向かいに座っているのが千反田さん、後ろにいるのが里志と摩耶花だろう。ということは、この表紙の少女は千反田さん? かわいいけどなんかイメージと違う……。


「あー、それは一番最初に出たスニーカー・ミステリ倶楽部版。私のだから汚さないでよ。ま、私も古本で買ったんだけど」


 じろりと七城さんがこちらを軽く睨んで言う。


「え、今売ってるのと何か違うんですか?」

「〈古典部〉って最初はラノベのレーベルから出たのよ。そのときは全然売れなくて『愚者』で打ち切り食らって、その後米澤穂信が一般文芸で再評価されてから復活したの。……いやま、私が生まれた頃の話だから私もそのへんの状況を直接知ってるわけじゃないけど」

「へー……」


 米澤穂信といえばバリバリの売れっ子人気作家のイメージだっただけに、意外な話だ。


「おっ、漫画版まであるじゃないですかー。これもうさ先輩のですかー?」

「そうだけど」

「別バージョンに別メディアまで集めてるとかマニアですねー。ひょっとしてアニメ版と実写版の円盤も持ってるやつですかー?」

「うっさい」


 円盤って何? と思いつつ、みつねちゃんが手にしている漫画版を覗きこむ。表紙に黒髪ロングヘアの女の子と、目つきの悪そうなもさもさ髪の少年。千反田さんと奉太郎だろう。あ、こっちの方がわたしのイメージに近い。特に千反田さん。


「そのへんは参考資料扱いで揃えたものだから、勝手に見てていいよ」


 部長さんが笑って言い、七城さんが口を尖らせる。


「部長、持ってきたのだいたい私なんですけど」

「そりゃあ、新入生を迎えての最初の読書会、羽紗美さんにやる気出してもらうために米澤穂信にしたんだから」

「ちょっと、新入生に受けそうなのって理由じゃなかったんですか」

「本気で新入生ウケ狙うんだったら、『君の膵臓をたべたい』あたりにしたけど、それだったら羽紗美さん、読書会自体サボったでしょ?」

「…………」


 憮然と七城さんは口を尖らせる。『キミスイ』ならわたしも読んだことあるけど、七城さんは『キミスイ』嫌いなのかな……。それとも恋愛小説自体苦手ってことかも。ミステリーとかSFとか好きな人ってそんなイメージがある、というのはわたしの偏見だろうか。


「さて、そろそろ時間だけど……」


 部長さんが腕時計を見て、ドアの方を見やる。そこへドアが開き、砧先生が顔を出した。


「あ……皆さん揃ってますね。始めましょうか」


 わたしたちを見回して微笑む砧先生。


「ううーん、残念ながら、どうやら見学希望者はゼロっぽいわね……。告知不足だったか、それとも読書会って行為自体に敷居が高そうなイメージがあるのかしら。米澤穂信ならサブカル研に行くような新入生も釣れると思ったんだけどなあ」


 がっくりと部長さんは肩を落とす。


「そのへん釣りたいなら西尾維新とか『SAO』とかでしょう」

「むむむ、割り切りが足りなかったか……」

「はいはい、始めますよ」


 砧先生が席について手を叩いた。部長さんが咳払いして立ち上がる。


「それじゃあ、今年度の第1回文芸部読書会を始めます。課題図書は米澤穂信『氷菓』です」




 米澤穂信『氷菓』のあらすじを、一応簡単に紹介しておこう。

 西暦2000年(わたしたちの生まれる前だ)。神山高校に入学した「省エネ」がモットーの少年・折木奉太郎は、姉の命令で廃部寸前の「古典部」に入部する。そこで奉太郎が出会ったのは、好奇心旺盛な少女・千反田える。奉太郎の旧友・福部里志と、里志に片思いしている伊原摩耶花が加わって4人になった古典部は、「カンヤ祭」と呼ばれる文化祭に向けて文集を作ることになるが、その中で奉太郎たちは、えるの叔父・関谷純と、文集「氷菓」にまつわる33年前の出来事を調べることになる……。

 初めて読んだときのわたしは完全に青春小説だと思っていたので、ぜんぜんそういう風に意識していなかったけれど、言われてみると確かに、謎があってそれを推理で解決しているので、ミステリー小説なのだろう。


「さて、作品解説は羽紗美さんがいくらでもしてくれると思うけど……」

「ここに『〈古典部〉ってミステリーだったんですか?』って言い放った輩もいることですし、日本のミステリーの歴史から解説しますか?」


 七城さんに軽く睨まれ、わたしは身を竦める。


「別にいいけど、乱歩から始めたらその話何時間あれば終わるの?」


 部長さんが呆れ顔で頬杖をつく。砧先生が笑って口を挟んだ。


「ミステリー史における米澤穂信の立ち位置については私も話を聞きたいところはありますけど、ここはミステリ研究会じゃないんですから、まずは各々この作品をどんな風に読んだか、どう思ったかを聞いてみましょう。ええと、誰から……」

「はいはーい、先生、提案がありまーす!」

「北崎さん? なんですか?」

「いきなり順番にみんなの前で感想言えって言われてもハードル高そうですからー、とりあえず話のとっかかりとしてキャラの話をしたいです!」

「キャラの話から?」部長さんが小首を傾げる。

「そーそー、誰に共感したかとか誰が好きとか。あたしは里志の『データベースは結論を出せない』って言葉が好きなんですけどー」

「……あ、なんかわかる……。みつね、古典部の中で誰に近いかって言えば里志……」

「わはは、似非粋人と呼んでくれたまえー」

「みつねちゃん、それ褒め言葉じゃないんじゃないかな……」

「別にいいのさー。ひなっちはどーなの?」

「……私は、誰に共感するかって言われたら……やっぱり、奉太郎……」

「おお? ひなっちはありすと薔薇色の高校生活を過ごさなくていいのー? じゃあありす、省エネのひなっちは放っておいてふたりで薔薇色の高校生活しよー」

「そ、そういう意味じゃなくて……」

「みつねちゃんってば、もう」

「……あんたたち、とっくに薔薇色の高校生活送ってるでしょーが、3人で」


 七城さんに剣呑な目つきで睨まれる。その隣で部長さんと砧先生が楽しげに笑った。

 わたしの高校生活ってそんなに薔薇色だろうか。いや、みつねちゃんとひなちゃんという大事な友達ができて、毎日楽しく過ごせているのは事実だし、薔薇色じゃないって言ったら罰が当たるかも……。


「うさ先輩だって高校生活薔薇色でしょー?」

「誰がよ。私こそそういうの興味ないから」

「えー。千鶴さんっていう出来たお嫁さん貰っておいてそれ言いますー? リア充めー」

「誰が嫁かっ!? ていうか誰がリア充だって!?」


 七城さんが素っ頓狂な声をあげて立ち上がる。みつねちゃんは口元に手を当てて意地悪な笑みを浮かべた。


「千鶴さんに毎朝起こしてもらって、毎朝ご飯作ってもらってるんですよねー?」

「…………」

「学校終わったら夜は晩ご飯作ってもらって、いつも一緒に食べてるんですよねー?」

「……………………」

「完全に夫婦じゃないですかー。うさ先輩のリア充ー」

「うっさい黙れ! 読書会で人の私生活を勝手に暴露すな!」

「ああ、羽紗美さん、やっぱり丹羽さんとそういう……」

「部長まで変なこと言い出さないでくれませんか!?」


 七城さんが悲鳴のような声をあげ、つかつかとみつねちゃんに歩み寄る。「おおー?」と見上げたみつねちゃんのこめかみに拳を押し当て、ぐりぐり。うめぼしというアレだ。


「おおおおおおお……ぎ、ギブギブギブ、うさ先輩ごめんなさいー」

「反省してろ」


 机に突っ伏して呻いたみつねちゃんの頭を、七城さんは文庫本でぺしりと叩いて席に戻っていく。まあ、今のはみつねちゃんが悪いと思うよ……。




 そんな脱線を挟みつつ、読書会はわりと和やかな雑談という調子で進んだ。もっと堅苦しくいろんな段取りを踏んで議論したりするのかと思ったけど、みつねちゃんが最初に話を脱線させたせいでそういう流れにならなかっただけかもしれない。

 部長さんと砧先生が読書会のメインの議題として考えていたのは、作中で解き明かされる「33年前の真実」をどう思うか、という話と、それを受けて奉太郎が「省エネ」という自分のスタンスをゆるやかに肯定する結末をどう思うか、という話だったらしい。

 わたし自身は初めて読んだとき、「氷菓」に込められた本当の意味が明らかになったところでひどく背筋が冷えるような思いをしたのだけれど、それがどうしてなのかを上手く言語化できなかった。そのあたりの話を部長さんが手際よくまとめてくれたりして、ああ、といろいろ腑に落ちたり。


「奉太郎のお姉さんって、要するに作者よね。作者の見えざる手を敢えてこうやって正面からキャラクター化しちゃうのは面白いと思うけど、最後の手紙は説明しすぎじゃない?」

「いや、最後の手紙があるから折木姉がいっそう得体の知れない存在として立ち上がるんじゃないですか」

「成長ものの青春小説としてこの最後の手紙を見ると、年長者に導かれて年少者が〝成長〟するのは、結局その〝成長〟とはただ年長者の手のひらの上で思い通りに操られているだけなんじゃないか……っていう不気味さがありますね。結末のほろ苦さは33年前の真実が苦いというだけじゃなく、この奉太郎くんの立ち位置の危うさにもあると思うんです。自分が自分の意志で手に入れたと思っているものが、誰かに操られた結果だった……という」


 部長さんと七城さんと砧先生が、そんな(わたしから見て)わりと高度な議論を始めてしまい、ははあ、と聞き入るしかない。そんな読み方、考えもしなかったので勉強になる。同時にわたしはやっぱり全然読書家でもなんでもないなあ、と思ったり……。

 そのへんの話が一段落したあとは、七城さんのミステリー講座になった。


「ミステリーとしての『氷菓』の価値っていうか意義の話をすると、この作品は私が知る限り、学園青春もののライトノベルと、いわゆる日常の謎の組み合わせを実質的に開拓した作品」


 日常の謎、というのは、要するに『氷菓』のように犯罪事件が絡まないような些細な謎を解決するミステリーのことだという。


「え? これが最初なんですかー? なんかそういうのいっぱいあるイメージですけどー」

「もちろん学園ミステリーはそれ以前からあったけど、たとえば『金田一少年』も『名探偵コナン』も殺人事件がメインでしょ? 日常の謎も北村薫とか加納朋子とかあったけど、どれもこういうラノベっぽい学園ものではなかったの。実質、この学園青春日常ミステリっていうジャンルは米澤穂信が作ったって言っていいはず」

「へえー」

「じゃ、この学園青春ものと日常の謎を組み合わせる最大のメリットは何だと思う?」

「メリット、ですか?」わたしは首を捻る。

「はい、七城せんせー」手を挙げるのはみつねちゃん。

「はい、北崎みつねさん」

「殺人事件じゃないから、名探偵が死神って言われなくて済む!」

「正解」

「……え、それが正解でいいの……?」目をしばたたかせるひなちゃん。

「これはめちゃくちゃ重要なポイントなのよ。小説だとなかなか、コナン君みたいに死神っぷりをギャグやお約束として流しにくいの。まして青春ものだと、読者に登場人物を身近に思ってもらわないといけないし。だから学園青春ミステリーは、平凡な高校生がそう何度も殺人事件に巻き込まれるわけないんだから、なかなかシリーズとして続けにくかった。でも日常の謎なら、主人公の周囲で謎が次々出てきても、そこまで不自然じゃない」


 確かに、コナン君の周囲は人死にすぎというのは誰もが一度は思うことだろう。


「だから米澤穂信以後、こういう学園青春日常ミステリがいっぱい出てきて、『ビブリア古書堂』みたいなお仕事ミステリーにも波及していったわけ。ま、あくまで私が知ってる範囲の話だから〈古典部〉以前にも何かあったかもしれないけど、今のミステリに一番影響を与えたのは米澤穂信で間違いないはず。米澤穂信は他にも今のミステリに色んな影響与えてるから、とりあえず今のミステリを知りたければ米澤穂信を順番に読めばいいわ」

「うさ先輩、それは過言でないと言ったら言い過ぎってやつですかー?」

「わりと本気で言ってるんだけど。個人的には綾辻行人より偉大だと思ってるし」

「個人の見解ですって注釈つけておきますねー」

「誰に対してよ」


 七城さんの話は全体としてはよくわからないところも結構あったけど、マニアの人が好きなものについて喋ってる姿は楽しそうでいいなあ、とちょっと思った。

 ――わたしには、そんなに熱く語れるほど好きなものなんて、何かあっただろうか?




 そんなこんなで、あっという間に午後6時。そろそろ下校時刻だった。


「さて、じゃあ今回の読書会はこのあたりにしましょう。盛りあがりましたね」


 砧先生が笑顔でまとめ、わたしたちを見やる。


「1年生の皆さんは楽しんでいただけましたか?」

「あ、あんまり大したこと言えなくてすみません……」

「……ありすに同じく」


 みつねちゃんは上手いこと議論の潤滑油になってたけど、わたしとひなちゃんは実質みんなの話を聞いてただけに等しい。考えてみると、全然有益なこと言えてない……。わたしたちが小さく身を竦めて言うと、部長さんが「いいのいいの」と微笑む。


「読書会の目的はみんなの話を聞いて作品理解を深めるところにあるから。小説の読み方って人によって全然違うわけだからね。たとえばここのミステリマニアはミステリとしてしか読めないから、添島さんみたいに純粋に青春小説として『氷菓』を読むことはできないわけで」

「悪かったですね。言っておきますけど私だって青春ものとしても楽しんでますよ」


 七城さんが口を尖らせる。砧先生が頷いて話を引き継いだ。


「小説に『正しい読み方』はありません。ひとつの作品に色んな読み方があって、色んな意見があることを知る、そのために読書会をやってるわけです」

「はあ……」

「もちろん、他の人の意見や感想を聞いたからといって、自分が最初に抱いた印象や感想を否定したりする必要はありません。自分の読書体験は自分だけのものですから、それを大事にした上で、自分にない物の見方を知って、視野を広げてもらえればいいと思います」

「はい、砧先生のありがたいお話が出たところで、本日の第1回文芸部読書会は終了します。おつかれさまでした!」


 部長さんが閉会を宣言し、みつねちゃんが隣で大きく伸びをした。


「んー、終わったー。部長、先生、次回は何やるんですかー?」

「そうね……みんな、何か取り上げてほしい本ある?」


 部長さんがそう言うけれど、急にそう言われてもパッと思いつかない。


「今回はミステリーでしたから、来月はそれ以外がいいですね。できれば女性作家で。……村田沙耶香の『コンビニ人間』やりましょうか」

「お、芥川賞受賞作ですねー」

「私、純文学はわかんないからパス」

「まあまあ羽紗美さん、そう言わずに」


 やる気無さそうな七城さんを、部長さんが取りなす。と、ひなちゃんが手を挙げた。


「……あの、そういえば、合評会というのは……?」


 その言葉に、部長さんと砧先生は顔を見合わせた。


「あー、本当は今月やる予定で春休み明けが〆切だったんだけど、私も羽紗美さんも作品出せなかったから、今月は無しなの」

「次の〆切、GW明けでしたっけ? まあ、来月は何か出します」七城さんが言う。

「ああ、そういえば新入生組に〆切の話してなかったね……。来月の合評会用の作品〆切は来月の……えーと、7日の月曜日。原稿のデータを砧先生に送るか、印刷なり手書きの原稿なりを先生に渡して。ひとつでも作品が出たら火曜日のうちにコピーを回すから、1週間後の5月14日、月曜日が合評会の予定。1年生も何か書いたら遠慮なく持ってきてね」

「何でもいいんですかー?」

「文章媒体の、自分の作品であれば何でもいいよ。詩でも俳句でも短歌でも、評論とかレポートでもOK。過去に書いたもので誰かの意見が聞きたいものとかでもいいから、よろしくね」


 部長さんは笑顔でそう言うけれど。

 わたしは、ただ曖昧に頷くしかなかった。




 そうして学校を出て帰宅する頃には、もうすっかり陽が沈んでいた。

 部長さんとは生徒玄関で別れ、ファーリーハイツまでの徒歩10分の道のりを、みつねちゃんとひなちゃん、そして七城さんの4人で歩く。


「……ありす、どうかした……?」


 その道すがら、不意にひなちゃんがそう声を掛けてきた。わたしは振り向いて、ひなちゃんを見上げる。ひなちゃんは何か心配そうにわたしを見下ろしていた。


「なんだか……ありす、元気ないけど……」

「え? ううん、別に……ただ、ちょっと自信なくなっちゃったなあって……」


 俯いて、わたしはぼんやりそう答えていた。

 ――ひなちゃんが入るというから、なんとなく勢いで入ってしまった文芸部。活動も月2回って言うし、最初はなんだか気楽そうだなと思っていた。でも、いざ実際の活動を目にしてみると、部長さんも七城さんも砧先生も、読書に対しても創作に対しても真剣なんだということが、今日の読書会で伝わってきた。本を読んでも、ただ「面白かった」で終わってしまうわたしとは、本に対する向き合い方、その姿勢から違う。

 別に読書家でもなんでもない、創作活動なんてしたこともない、そんなわたしが、ただ友達がいるからという理由だけで文芸部にいて、本当にいいんだろうか?

 ぼんやりと地面を見ながらそんなことを考えていると、不意に後頭部を柔らかいものでぺしりと叩かれた。振り向くと、後ろを歩いていた七城さんが呆れ顔でわたしを見ている。


「真面目なのはいいけど、あんたは真面目に考えすぎ」

「え?」

「読書会の間も、何か上手いこと言おうとあれこれ考えて、結局ろくに何も言えなかったんでしょ? 見てればわかるから、そのぐらい」

「うっ……」


 その通りなのでぐうの音も出ない。何か言おうとしても、わたしの考えたことなんてどれも凡庸な意見に思えてしまって、結局ほとんど七城さんや部長さんの発言に口を挟めなかった。


「別に読書家じゃない、創作もしたことない。今のあんたがそうなのは、別に悪いことでも恥じることでもない。だいたい読書家も創作者も、なったってそんないいことないんだから。小説書いたってプロにならなきゃ人に自慢できるもんじゃないし、何千冊本を読んだってバカはバカ。他人からは根暗なオタクと思われるだけ」

「うさ先輩、その自虐芸は持ちネタなんですかー?」

「うっさい茶化すな。――ありす、だから私は別にあんたに読書家になれとは言わないし、創作なんてしない人間の方が大多数なんだから何も書けなくても文句は言わない。私は別に文芸部が廃部になっても構わないから、辞めるなら止めないし、単にみつねやひなたがいるから文芸部に籍だけ置いておくんでも一向に構わない。――その上で聞くけど、あんたはなんで文芸部に入ろうと思ったの?」

「それは……ええと」

「ひなたが入るって言ったから?」

「……それも、あるんですけど。……えと、『春楡』の、砧先生の序文が、なんだかいいなあって思って。あと、ひなちゃんが部長さんから借りた本の話を楽しそうにしてるのも、いいなあって……」

「ふうん。あの序文がねえ……」


 少し意外そうに七城さんは鼻を鳴らして、わたしの背中を軽く叩いた。


「ありす、あんた、『ビブリア古書堂の事件手帖』読んだことある?」

「あ……えと、タイトルは知ってますけど、読んだことは……」

「後で貸してあげる」

「え? あ、はい」


 ……なんで急に『ビブリア古書堂』の話になるんだろう?


「私からはそれだけにしとく。偉そうなこと言う気はないから」

「はあ……」


 いったい、わたしが文芸部に入った理由と『ビブリア古書堂』がどう繋がるんだろう?

 その時のわたしには、全然さっぱりわからないままだった。

夏コミ参加&帰省のため、来週(8/14)の更新はお休みします。次回は8/21更新予定です。

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