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お隣さんはヒグマでした。  作者: 浅木原忍
3章 楽しいことを見つけよう
17/27

野球のことはよくわからないけど

 土曜日。10時前に、わたしは101号室のインターホンを鳴らした。

 今日はお休みだから、朝にひなちゃんの部屋に起こしには行っていない。とはいえ寝ぼすけのひなちゃんも、さすがにこの時間なら起きてると思ったのだけど……。


「…………ありす?」


 しばらく経ってドアを開けたのは、眠そうな顔をしたパジャマ姿のひなちゃんだった。


「おはよう、ひなちゃん。……起こしちゃった?」

「……ちょ、ちょっと待って、着替える……」


 ばたんとドアが閉まり、その場で待つこともうしばし。


「……お、おはよう」


 慌てて着替えて顔を洗った様子のひなちゃんが、改めて顔を出した。わたしは苦笑して、手にしていた『ぶたぶた』を掲げる。昨日読み終わったので返しに来たのだ。


「あ……読み終わった?」

「うん。返そうと思って……上がっていい?」

「……どうぞ」


 そんなわけで、ひなちゃんの部屋に上がりこむ。買い置きのパンを朝食がわりにもくもくと食べるひなちゃんと、しばし『ぶたぶた』の感想を語り合った。それにしても、ベッドの上も棚の上も、四方八方ぬいぐるみだらけのひなちゃんの部屋で、ぬいぐるみの話の感想を語るのも不思議な感じだ。


「……次はまだ読んでる途中だから、もう少し待って……」

「あ、うん、それは全然構わないよ。ひなちゃんの本だし」


 ベッドの枕元に、栞の挟まれた『刑事ぶたぶた』が置かれている。ひょっとしてゆうべも遅くまで読んでたのかな。というかぶたぶたさん、今度は刑事なんだ……。


「そういえば、ひなちゃんの部屋には、ぶたのぬいぐるみってないの?」

「……ひとつある」


 わたしが尋ねると、ひなちゃんは立ち上がって、棚の上からぬいぐるみを手に取った。ピンク色のもちもちした、手足の短い40センチぐらいのぶたのぬいぐるみ。『ぶたぶた』の山崎ぶたぶたさんのイラストとはちょっと雰囲気が違うけど、これはこれで可愛い。


「この子は、ぶたのピッくん……こんにちは、はじめまして、ぼく、ピッくんです」


 ひなちゃんがテーブルの上にぶたのぬいぐるみを立たせて、短い手を動かし、ぺこりと一礼させる。思わず顔がほころんだ。


「あ、ちゃんと名前つけてるんだね」

「……変?」

「ううん、わたしもコンタとくますけって名前つけてるし……。あれ、ってことはひょっとして、この部屋のぬいぐるみって、全部名前ついてるの?」

「元ネタがあるやつ以外は……。この子はケープペンギンのケープくん、この子はシベリアンハスキーのチョビすけ、この子はウサギのラビちゃん……。この子がフクロウのオーくんで、こっちはチンアナゴのニョロ蔵……」

「チンアナゴのぬいぐるみなんてあるんだ……」


 水族館とかで売ってるのかな。ぬいぐるみの世界は奥が深い。

 わたしが抱き心地のいいぶたのピッくんを抱えていると、チンアナゴのニョロ蔵を手にしたひなちゃんは、ふっと優しく目を細めた。


「なあに? ひなちゃん」

「……やっぱり、ありすの方が、ぬいぐるみ、似合うなって」

「え? ええと……それって、子供っぽいってこと?」

「そ、そうじゃなくて」


 軽く口を尖らせてみせると、ひなちゃんは慌てて首を振り、


「…………あ、ありすも、ぬいぐるみみたいで、か……かわいいって……」


 赤くなって顔を伏せ、ひなちゃんは消え入りそうな声でそう言った。

 うっ、な、なんだか照れくさいような。というかひなちゃん、なんでそんな恥ずかしそうな顔して言うの? そんな赤い顔で言われると、わたしもどう返していいかわかんないよ……。


「え、ええと、えと……」


 ありがとう、と言うべきなのか、それとも何かもっと別の反応を返すべきなのか、判断がつかなくてわたしは口ごもってしまう。ひなちゃんも顔を伏せたまま小さく唸り、

 ……気まずい沈黙。ええと、な、何か話さなきゃ……。

 そう思って、何を話すかも考えないまま、わたしが口を開こうとしたところで、

 ――唐突にわたしのスマホが鳴って、わたしたちはびくっと身を竦めた。

 我に返ってスマホをポケットから取り出すと、みつねちゃんからの着信である。


「み、みつねちゃん?」

『あ、おはよーありす。今ヒマー?』

「え、あ、えと、今ひなちゃんの部屋……」

『なんですとー!? まーたあたしのいないところで逢い引きとな! ずるいぞひなっちー! あたしも今そっち行く!』


 あいびきって、そんな挽肉みたいに言われても……と思った次の瞬間には、ピンポーン、とインターホンが鳴っている。お互いの部屋の間は徒歩数秒とはいえ、このスピード感、なんともみつねちゃんらしいというか。

 わたしが立ち上がってドアの鍵を開けると、みつねちゃんが「おっはよーありす!」と元気いっぱいに笑顔を浮かべて手を挙げる。「お邪魔しまーす」と上がりこんだみつねちゃんは、ひなちゃんの方に歩み寄り、隣に膝をついて意地の悪い笑みを浮かべた。


「ひなっちー、毎度ながら抜け駆けはずーるーいーぞー」

「……べ、別にそんなつもりじゃ……」


 抜け駆けってなんのこと? わたしが疑問に思っていると、みつねちゃんはテーブルの上のニョロ蔵を手に取って「おおー、チンアナゴだー」と笑う。


「チンアナゴって名前が卑猥だよねー」

「みつねちゃん、それは思っても言っちゃダメだと思うよ……」


 ちんすこうで喜ぶような小学生じゃないんだから。


「ひなっち、このチンアナゴ、やっぱりマリンパークニクスで買ったの?」

「うん、あそこ入館料高いからあんまり頻繁には行けなかったけど……」

「あー、確かに高いよねーマリンパーク。1回行ったけど山の水族館の3倍ぐらいするよねー」

「山の水族館って北見だっけ……? そっちは行ったことない……」

「北きつね牧場のそばだから北見に来たときは遊びにおいでー。ありす、青森には水族館ってあるの?」

「あるよ! 浅虫水族館! 小学校のときに1回行っただけだけど……」


 浅虫は青森市の東のはずれなので、青森市の西側に住んでいたわたしには遠かったのだ。北海道のスケールとは比べられないにしても、青森市はけっこう広いのである。


「北海道は水族館とか動物園とか多そうだよね。青森には動物園なかったから……あ、旭山動物園は1回行ってみたいな。ここからだとどのくらい?」

「んー、札幌からだと特急乗って旭川でバスに乗り換えて、まあ2時間半ぐらいかなー」

「あれ、思ったより遠いね!?」


 1時間ぐらいだと思ってた……。2時間半あれば新青森からなら新幹線で仙台まで行けてしまう。やっぱり北海道の広さはスケールが違う……。


「動物園だったら札幌にもあるよー。円山動物園。ま、たぶんそのうちみんなで行くことになるんじゃない?」

「え? 校外学習とか?」


 小学校ならともかく、高校で動物園は行かない気がするけど……。

 わたしがきょとんとしていると、みつねちゃんとひなちゃんが「あ、そっか」と顔を見合わせ、そしてみつねちゃんが楽しげに笑う。


「うん、ありすにもそのうちわかるよー」

「……?」


 いったいどういう意味だろう? 首を捻るわたしに、みつねちゃんはただ笑い、ひなちゃんは困ったように小首を傾げていた。




 そうしてお喋りしているうちに、お昼になっていた。


「お昼どうするー? 食べがてらどこか遊びに行こうかー」


 みつねちゃんがそう言って立ち上がり、「お」と棚の上に飾られたぬいぐるみに目を留める。


「フレップとポリーじゃん」


 そう言って手に取ったのは、ユニフォームを着たキツネとリスのぬいぐるみだった。赤いモヒカンのキツネと、女の子っぽいデザインのリス。


「あれ、もしかしてひなっちも野球好き?」

「……みつねも?」

「まーねー。あたしは周りからの刷り込みみたいなもんだけど。でもせっかく札幌来たんだからドーム行きたいよね、ドーム」

「……私、ファンクラブ入った」


 ひなちゃんがお財布から1枚の青いカードを取り出した。


「おおー、会員証だ」

「札幌の高校受かったお祝いに入会させてもらえた……」

「いーなー、あたしも入ろっかなー」


 どうやら日本ハムファイターズの話らしい。みつねちゃんが野球好きだというのは前に聞いてたけど、ひなちゃんもというのは意外だ。青森にいた頃は野球の話なんて甲子園で青森の高校が勝ち進んだときぐらいだったのに……地元にチームがあるってこういうことなのかな。

 プロ野球かあ。お父さんがたまに夕飯の後でビールを飲みながらパソコンで楽天の試合を見てたけど、わたしは全然興味がなかった。12球団あって、セ・リーグとパ・リーグがあるということは知ってるけど、区別もよくわからない。そもそも野球のルール自体、なんとなくはわかる程度で、よくわかっているとは言い難いのだ。

 でも、みつねちゃんとひなちゃんが揃って好きなものなら、ちょっと興味は沸いてくる。


「ひなちゃんも野球好きだったんだね。今まで野球の話してなかったから意外かも」

「……ありすは興味ないかと思って」

「んー、確かに全然詳しく知らないけど……でも、みつねちゃんもひなちゃんも好きなら、わたしもちょっと興味沸いてきたかも」

「おっ、新規ファンだ! 捕まえろー!」

「ええー!?」


 みつねちゃんが抱きついてきて、ひなちゃんも嬉しそうに顔をほころばせた。


「……ありすも、ファイターズ応援してくれるなら、嬉しい」

「え、あ、うん、それはいいけど、でもわたしホントに野球のこと全然知らないし……」


 わたしの答えに、みつねちゃんとひなちゃんが顔を寄せ合った。


「おお、ひなっち、これは完全初心者さんですぜー。いかがいたしやす?」

「……まずどの程度の初心者かを確認して……段階を踏んで引きずり込むべき……」


 え、なにその悪巧みみたいな相談。


「よーし、ありすの野球知識テストだー。第1問! プロ野球12球団全部言える?」

「えっ? え、ええと……巨人、阪神、楽天、日本ハム、広島……あと、たしかソフトバンクと、西武と、あとえっと、DNAだっけ?」

「横浜ねー。あと4つあるよー」

「あと4つ……あと4つ? ううん、ごめんわかんない」

「中日とヤクルト、ロッテとオリックスねー、ま、そんなところかー。あたしもメジャーリーグの知識はこのレベルだしねー。じゃあ第2問、我らが北海道日本ハムファイターズはセ・リーグとパ・リーグのどっち?」

「ええと……セ・リーグが巨人と阪神がいる方で、楽天がパ・リーグだよね? じゃあ……たぶんパ・リーグ」

「正解! じゃあ第3問、去年の日本一になった球団はどれ?」

「日本一……え、わかんない。巨人?」

「残念、ソフトバンク。巨人はBクラスだったんだなー」

「あれ、そうなの? 巨人って強いんじゃ……」


 小学校のときだったか、楽天が日本一になったのはお父さんがテレビで観戦していたから覚えている。そのときの相手が確か巨人だったような……。


「最近はそうでもないねー。今セ・リーグで強いのは広島だよ。ふむ、ありすの知識はそんなところかー。じゃ、これからいろいろ覚えてもらえばいいねー。ひなっち、今日って試合の中継あったっけー?」

「……1時からオリックス戦。HTBで中継ある」

「おお、じゃあお菓子でも買い込んで食べながら3人で見ようかー」

「その前にお昼……」


 ひなちゃんがお腹を押さえながら言い、みつねちゃんが笑った。




 というわけで、午後は場所をみつねちゃんの部屋に移して(なぜかというと、みつねちゃんの部屋のテレビが一番大きかったからだ)、3人で野球中継を見ることになってしまった。

 テレビのプロ野球中継なんて、まともに見るのは初めてだ。みつねちゃんがテーブルにお菓子を並べる。ひなちゃんはさっきみつねちゃんが目に留めたぬいぐるみを抱えて来ていた。テーブルに座るモヒカンのキツネとくりくりの目をしたリス。


「これって、日本ハムのマスコットなの?」

「……そう。キツネがフレップ。リスがポリーポラリス」

「あれ、日本ハムのマスコットって確かクマじゃなかったっけ……?」


 なんだかそんなイメージがあったような気がする。あとプロ野球のマスコットだと、変な動きをするドアラと、毒のあることを言う太ったペンギンは知ってるけど、どの球団のマスコットなんだっけ?


「あー、クマのB・Bは隠居しちゃったんだよねー。今年からメインはこのフレップに交替。ひなっち、B・Bのぬいぐるみは持ってないの?」

「……クマだから」

「やっぱり自分がクマだとクマは複雑かー」


 ひなちゃん、あれだけぬいぐるみ持っててクマのぬいぐるみは持ってないもんね。

 ……ってあれ? キツネとリスとクマって……それって。


「ねえ、これって……わたしたちじゃない?」

「お、気付きましたかありす殿ー。その通り! あたしたちはまさしくファイターズのマスコットトリオなのだ! ありすはまさにファイターズファンになる運命と言えよう!」

「……ヒグマとエゾシマリスとキタキツネだからね、私たち」

「というわけで、ありすは、はい、ポリー持って」


 みつねちゃんからリスのマスコットのぬいぐるみを渡される。みつねちゃんはキツネのマスコットのぬいぐるみを抱いて、「えへへー」とわたしに向かって笑った。


「あたしとありすが今のファイターズのマスコットー。ひなっちは隠居!」

「……そんな」


 がーん、と肩を落とすひなちゃん。そうこうしているうちに、テレビの中では試合が始まったようだった。今日の日本ハムの対戦相手はオリックスらしい。日本ハムはウィンナーとかの加工食品の会社だけど、オリックスって何の会社だっけ?


「お、オリの先発は東かー。ひなっち、今日の先発誰だっけ?」

「……梨原」

「梨原かー。大丈夫かなあ。ありす、ファイターズの選手誰か知ってる?」

「え? ええと……たしか二刀流の大滝が日本ハムだったよね?」

「大滝は今年からメジャー行っちゃったよー」

「あ、そっか。あとは……なんかすごいルーキーが入ったって聞いたような」

「清村ねー。高校通算ホームラン百本越えのスラッガー。まだ二軍だよね?」

「うん、まだ二軍」

「すごいルーキーなのに二軍なの?」

「……高卒ルーキーがいきなり一軍で活躍できるほど、プロは甘くないから……」

「ま、話題性は抜群だし、そのうち一軍には来ると思うけどねー」


 そんなことを話していると、テレビの中で日本ハムのバッターがカキンと打った打球が外野の方に抜けていく。


「おー、松岡が打った。走れ走れー」

「先制点取りたいね……」

「4割バッター金藤を信じろー」


 テレビの画面に次のバッターが映る。画面の右下を見ると、ベースの図と「BSO」の文字。ベースの右がピンクになって、Oの赤いランプが灯っている。ええと、1アウト1塁でいいんだっけ? ここでホームラン打ったら2点、だよね?

 打席に入ったバッターの成績が画面に映った。打率.432。あれ、これってすごいのでは?


「打率4割ってすごいんだよね?」

「うん。シーズン4割は日本ではまだ誰も達成してない……」

「まあ、まだ開幕して2週間だかんねー。でも金藤は去年も怪我するまでは4割打ってたから、今年こそめざせ4割!」


 けれど、4割バッターはツーストライクからあえなく空振り。と、そこでキャッチャーがいきなり2塁にボールを投げた。選手がボールを捕り損ねて外野の方に転がっていき、1塁にいたランナーが2塁に滑り込む。え、ええと、何が起こったの?


「ああー、まあ盗塁成功したからいいか」

「三振ゲッツーにならなくてよかった……」


 みつねちゃんとひなちゃんは残念そうなほっとしたような顔。あ、盗塁なんだ……。


「え、今のは盗塁したってことでいいの?」

「うん、ランナーが走って、打席の金藤は空振り三振でアウトになったけど、盗塁は成功したからツーアウト2塁……」

「盗塁っていつ走ってもいいの? バッターが打つときは走っちゃダメとかないの?」

「ないない。基本ランナーはいつ次の塁に走ってもいいんだよー。でも何も考えずに走ったらすぐ守備側が次の塁に送球してアウトにされちゃうから、ピッチャーがキャッチャーに向けて投げるのに合わせて走るのが一番成功率が高いわけさー」


 ははあ、なるほど。そうすると単純に、守備側は今みたいにピッチャーが投げてキャッチャーが投げ返してと、動作もボールの飛ぶ距離も長くなって時間がかかる。その時間のうちに次の塁まで走っちゃえ、ということか。

 画面の中では次の4番バッターが打席に入る。永田昇。あ、なんか聞いたことある名前だ。画面にまた成績が映った。打率.192。あれ、これって低いのでは? さっきのバッターの半分以下だし……。


「4番って、一番すごいバッターが入るんじゃなかった?」

「やー、まあ永田はいつも2割5分ぐらいだしねー」

「4番は長打を打ってランナーを返すのが仕事だから……。いいところで打てればいい……」

「ここで先制点欲しいよねー」


 けれど、打率1割の4番バッターも空振り三振。スリーアウトチェンジ。


「ああー」

「ま、そんなもんかー」

「やっぱり東は手強いね……」


 テレビがCMに入る。みつねちゃんが席を立って「お茶でも淹れるよー」とキッチンの方に向かっていった。ひなちゃんはそれも待たずにお菓子をつまみ始めている。わたしは小さく笑って、お菓子に手を伸ばした。




 試合はその後も、なかなか点が入らないまま進んでいった。ヒットもなかなか出ない。ひとりのバッターがヒットを打つ確率は2割とか3割なんだから、そういうものなのだろうか。

 わたしのあやふやな知識でも、質問すればみつねちゃんとひなちゃんがすぐ答えてくれるので、意外と楽しく見られている。いや、試合自体よりも、ヒット一本出るだけで「いいぞいいぞー」と喜び、アウトになると「ああー、残念」といちいちリアクションするみつねちゃんとひなちゃんの反応の方が、わたしには面白かったんだけど。


「そういえば、日本ハムは北海道だけど、オリックスってどこのチーム?」

「大阪だよー。今やってる球場は神戸だけど」

「え、大阪って阪神じゃないの?」

「阪神は兵庫県だよー」

「えええ? でも大阪の人ってみんな阪神ファンなんだよね?」

「……ありす、それは言っちゃいけないこと……」


 そんな話をしているうちに、4回。さっきの4割バッターがフォアボールで1塁に歩いた。続いて打率の低い4番バッターが打った打球が、外野の前にふらふらと上がって、外野手が滑り込んで捕ろうとするけれど捕りそこねた。


「おおー、永田が繋いだ! よーし先制のチャンスだー」


 打席に入るのはレナードという外国人選手。高く打ち上げた打球は外野へのフライになった。外野手が捕って1アウト。けれど、3塁ランナーがホームに帰ってきた。日本ハムが先制点。


「よーし犠牲フライ!」

「え、今のって得点でいいの?」

「うん。フライは守備に捕球されたら元の塁に戻らないといけないけど、捕球した後なら自由に走っていいから……。外野からボールが戻ってくる前にホームまで帰れれば1点……」


 んん? よくわからない。


「たとえばさー。ランナーが1塁にいるときに、バッターがめちゃくちゃ高いフライを打ち上げたとするじゃん。ボールが落ちてくるまでにランナーがベースを1周しちゃえるぐらい。それでアウトになっても得点が認められたら、ランナーが出たらアウトになってもとにかく高いフライを打ち上げればいい、っていうゲームになっちゃうでしょー。だから、打球が宙に浮いている間に進んだ分は無効で、それをやったランナーはアウトにしちゃえるの」

「……あ、そっか、確かにそうだね」

「そうそう。でもフライが捕球されてアウトになった後なら、さっきの盗塁と一緒で、ランナーは自由に次の塁を狙っていいの。もちろんボールが帰ってきてアウトにされるリスクはあるんだけどねー」

「じゃあ、今のフライの後で3塁ランナーがホームに走ってる間に、1塁ランナーが2塁に走ったりしてもいいの?」

「おお、その通り! 実際そういうプレーはよくあるよー」

「へえー」


 そういう風に攻撃側と守備側のバランスを調整しているんだ。いろいろ勉強になる。

 ともかく、日本ハムの攻撃は次のバッターが三振してツーアウトになったあと、7番の小田という選手が外野の頭を越えるヒットを打った。ところが、バッターが2塁と3塁の間で止まってしまい、2塁に戻ろうとしてアウトになってしまう。


「ええええー、なにやってんの小田ー」

「ええ、今のってなに?」

「永田が3塁で止まったのに小田が3塁に向かっちゃったから……。同じ塁にランナーふたりはいられないから、小田は2塁に戻るしかなかったんだけど……」

「戻れなかったねー。でも永田突っ込ませてもどーだったかなあ、タイミング的に」


 そっか、ランナーは塁のところにいないとアウトになっちゃうからか。やっぱり野球って複雑だなあ、とわたしは思った。




 その後、試合は雨模様の中で続いた。野球って雨が降ったら中止のイメージだったけど、多少の雨なら試合を続けるらしい。互いにチャンスとピンチを作ったり作られたりしながら、7回に日本ハムが1番の北川という選手のヒットで2点目を奪う。オリックスは8回にマレットという外国人選手がホームランを打って1点を返したけれど、そのまま日本ハムが逃げ切って、2対1で試合終了。日本ハムの勝利だった。


「やったー、勝った勝った!」

「投手戦だったね……。梨原がナイスピッチだった……」


 みつねちゃんとひなちゃんがハイタッチ。楽しそうなその姿を見ていると、なんだかわたしまで嬉しくなる。


「ありす、どうだったー?」

「うん、面白かったよ。野球のこといろいろ勉強になったし……みつねちゃんとひなちゃん、楽しそうでいいなあって思った」

「……応援するチームがあるかどうかで、やっぱり楽しさが違うから……。勝てばやっぱり嬉しいし……。負けると悔しいけど……」


 その気持ちはわかる気がする。サッカーとかで日本代表が勝ったって聞けば、よく知らなくてもなんとなく嬉しい。みつねちゃんやひなちゃんにとっては日本ハムは地元のチームなんだから、そりゃ勝てば嬉しいだろう。


「次の札幌ドームの試合いつだっけ……お、来週だ。金曜からソフトバンクと3連戦。どーする? せっかくだし3人で見に行こっか」

「……賛成」

「うん、いいよ。わたしも行ってみたい」


 今なら、本心からそう答えられる。まあ、野球そのものよりは、楽しそうなみつねちゃんとひなちゃんが見たいんだけど。野球場って行ったことないし、ちょっと楽しみ。

 そんなことを思いながら時計を見上げると、もう4時をとっくに過ぎていた。わ、3時間以上経ってる。野球って1試合が長いなあ……。

 それから、わたしはテーブルの上に何気なく視線をやって……。


「……あ」


 みつねちゃんがたくさん買い込んできたお菓子が、ほとんど空になっていた。

 そういえば、試合を見ながらお喋りしつつ、無意識にぱくぱく食べてた気がする……。


「……みつねちゃん、わたしたち、こんなに食べたっけ……?」

「へ? おおう、お菓子結構あったのにもうほとんど残ってないじゃん!」


 みつねちゃんも目を丸くして、わたしと顔を見合わせ。

 ふたりで、もくもくとミニドーナツを頬張っているひなちゃんを見やる。


「……た、大半、きっとひなちゃんが食べたんだよね!」

「……そ、そーゆーことにしておこう!」

「?」


 今日摂取したカロリーのことは考えないことにしたわたしとみつねちゃんを、ひなちゃんが不思議そうな顔で見つめていた。

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