走れひなちゃん、わたしを乗せて
文芸部の見学をした日の夜。部長さんから貰った部誌の『春楡』を部屋で読んでいると、玄関の方から、ゴガン! という派手な音がした。
「え、なに?」
音楽もテレビも流していなかったので(読書中はBGMがあると集中できないのだ)、わたしは驚いて顔を上げた。玄関のオートロックの扉に何かがぶつかったような音だった。おそるおそる部屋のドアを開けてみると……。
ヒグマの黒い背中が、ででんとそこに鎮座していた。
「――――――ッ」
あげかけた悲鳴を飲みこむ。こんなところにヒグマがいる理由はひとつ、ひなちゃんだ。
「ひ、ひなちゃん、ヒグマ、ヒグマになっちゃってる!」
毛深い背中にそう呼びかけると、ヒグマはきょろきょろと視線を彷徨わせ、それからぽんと音を立ててその場から消えた。代わりにそこには、しゃがみこんだひなちゃんの姿。
「あ、ありす……?」
「ひなちゃん、どうしたの? なんかすごい音したけど……」
「……ドア開けようとしたら……開いてなくて……頭ぶつけた……」
額のあたりを抑えて、ひなちゃんは呻くようにそう答えた。――ああ、なるほど。このファーリーハイツの玄関のドアは外開きのオートロックなのだが、外から開けるときは暗証番号で、内側から開けるときはセンサーによる自動解錠なのだ。ただこのセンサーによる解錠、ときどき解錠の音だけして鍵が開いてないということがある。やり直すと開くのだけど、ひなちゃんは一発で開いたと思ってドアに突っ込んでしまったらしい。
「だ、大丈夫? 怪我してない?」
「うう……」
しゃがんだままのひなちゃんの額からは、出血とかしている様子はなかった。こぶぐらいはできているかもしれないけれど、とりあえず重傷ではなさそうだ。
ああ、それにしても――しゃがんだ姿勢だと、さすがのひなちゃんもわたしより低いところに頭がくる。普段はずっと高いところにあるひなちゃんの目線が、わたしの目線より下にあるのはちょっと不思議な感じ。……ってこれ、子供相手に大人がかがみこんでる姿勢と同じ? うう、子供じゃないもん。
「ひなちゃん、よしよし、いたいのいたいのとんでけー」
しゃがんで小さくなったひなちゃんに、ちょっとだけお姉さんぶってみたくなって、ひなちゃんの額を撫でてあげると、ひなちゃんが泣きそうな顔でわたしを見上げた。
「あっ、そ、そんなに痛かった?」
「……そ、そうじゃない……ありがとう、ありす……」
ひなちゃんが顔をそむけて立ち上がる。ああ、ひなちゃんの顔がまたはるか頭上に……。ほんの一瞬のお姉さんタイム終了。
そこに、ガチャン、とドアの解錠音が響く。ひなちゃんがドアを押すと、今度はちゃんと開いていた。
「ひなちゃん、どこか出かけるの?」
「……本屋さん……」
「え、本屋さん? もう8時過ぎてるけど……開いてるの?」
スマホを見ると8時12分だった。本屋さんって8時ぐらいには閉まってそうだけど。
ひなちゃんは、わたしの言葉にはっとした顔になって、悲しそうに肩を落とす。
「そっか……もう、本屋さん閉まってる時間……」
ずーん、という効果音が聞こえてきそうな落ちこみっぷりだ。いったいどうしたんだろう。そんなにすぐに買いにいきたい本があるんだろうか。
「ちょっと待って、調べてみる」
わたしはスマホで検索してみる。ここからいちばん近いのは24条の教科書を買ったあの書店だけど、あそこはたぶんもう閉まってるし……。
「あ、札幌駅なら、弘栄堂書店も、JRタワーの三省堂も、紀伊國屋書店も9時まで開いてるみたい」
わたしが言うと、ひなちゃんがぱっと顔を上げる。その顔は一転キラキラと輝いていた。
「行ってくる!」
「えっ、あ、ひなちゃん! ひとりじゃ危ないからわたしも行くよ!」
飛び出すような勢いで玄関を出て行こうとしたひなちゃんの手を、わたしは咄嗟に掴んだ。ひなちゃんが驚いたように振り返り、わたしに掴まれた手を見て、恥ずかしそうに俯く。あれ、わたし、なにか変なこと言った? だってもう外は暗いし、ひなちゃんだって女の子だし、夜道のひとり歩きは危ないし……。
「……一緒に、来てくれるの……?」
「あ、うん、よくわかんないけどせっかくだし」
何がせっかくなのか自分でもよくわからないけど、ひなちゃんがどうしてこんなにキラキラしているのかは気になった。わたしがひなちゃんの手を握り直すと、ひなちゃんはまた恥ずかしそうに俯いて、「……じゃあ、行こう」と急ぎ足で歩き出す。わたしは引きずられるみたいにその後を追った。
――のだけれども。
「ひ、ひなちゃん、速いよ」
「あっ、ご、ごめん……」
現実問題として、40センチの身長差があるわたしとひなちゃんでは、歩幅が違いすぎる。普通に歩いているだけでも遅れそうなのに、さらにひなちゃんが急ぎ足なので、わたしはほとんど走るのと変わらないペースで足を動かさないといけなかった。
おかげで北18条駅まで来ただけで、息が切れてしまう。うう、体力ないなあ、わたし……。呼吸を整えていると、ひなちゃんが困ったようにわたしを見下ろした。
「……ありす、地下鉄、乗っていく?」
「え? でも、2駅だし……歩いても20分かかんないし」
スマホを見ると8時17分。普通に歩いても9時までには札幌駅には着けるはずだけど。
顔を上げると、ひなちゃんが明らかにそわそわしていた。一刻も早く本屋さんに行きたいらしい。あ、これわたしが完全に足手まといになってるパターン……。どうしよう。
ううん、とちょっと考えて――ひとつ、アイデアが浮かんできた。
「ひなちゃん、ちょっとこっち来て」
「?」
地下鉄駅出口の裏にある駐輪場へひなちゃんを手招きする。一応、あんまり人目につかないように……と考えつつ、わたしはその場で目を閉じて、胸のあたりに力を入れてみた。
ぽんっ、と不思議な解放感。目を開けると、世界の全てが巨大化していた。
手を見下ろすと、そこにあるのはリスの手。――良かった、ちゃんとできた。
目の前にあるひなちゃんのスニーカーからズボンを伝って、わたしはひなちゃんのコートをよじ登る。木登りもほとんど経験がないわたしなのに、この姿になると自然と高くまでするすると登れるのが不思議だった。
そうしてひなちゃんの肩まで登ると、きょとんと目をしばたたかせたひなちゃんの大きな顔が目の前にある。
「……え、ありす」
ひなちゃんの声に、わたしはこくこく頷いた。喋れないのがもどかしいけれど、わたしの意図は伝わってると思う。――この姿でひなちゃんに乗っていけば、ひなちゃんに遅れることも体力が尽きることもない。ついでにひなちゃんの負担もない。質量保存の法則なんて知ったことか、である。
「わかった……ここ、入って」
ひなちゃんがコートの胸ポケットを広げた。リスになったわたしの身体は、スポンとそこに収まってしまう。ポケットから顔だけ出すと、「……走るから気を付けて」とひなちゃんが言い、そして軽快に走り出した。
揺れる胸ポケットにしがみついて、わたしは通り過ぎていく街並みを眺める。友達の胸ポケットに入って夜の街を走るなんて、滅多にできる経験じゃない。
アニメや特撮の巨大ロボットに乗るのって、こんな感じなのかな。そう考えるとなんだかわくわくして、顔に当たる冷たい風も、あまり気にならなかった。
さすがにひなちゃんは、わたしと違って背が高いだけあって足も速い。10分ちょっとで紀伊國屋書店まで着いてしまって、息も切らしていなかった。
書店の前で、ひなちゃんの陰に隠れて胸ポケットから下り、ぽんっと人間に戻る。この変身能力、こういう風に使えばけっこう便利かも。
「えへへ、やっぱり早く着いたね」
「……いきなり変身するからびっくりした」
「あ、ごめん……ちょっと、やってみたくて」
頬を掻くわたしに、ひなちゃんは少し困ったような顔をして、それから目的地である書店の方を振り返る。「……行こう」と言って歩き出すひなちゃんを、わたしは追いかけた。
「ところでひなちゃん、なに買いに来たの?」
「……今日、文芸部の部長さんから借りたやつ」
「あのぶたのぬいぐるみの? 『ぶたぶた』だっけ」
「うん。その続き」
「えっ、もう読んじゃったの?」
「まだ途中だけど……今日中に続き買っておかないと後悔する気がして……」
そう言ってひなちゃんは、ポケットから何かの紙を取りだした。覗きこんでみると、ブログのページを印刷したものらしい。そういえばひなちゃんはスマホを持ってない代わりなのか、据え置きのパソコンとプリンターが部屋にあった。家族のお下がりの旧型らしいけど。
「それは?」
「シリーズのリスト。……作者の人のブログにあったから印刷してきた」
印刷した紙は何枚もあった。そういえば、たくさん出てるシリーズだって言ってたっけ。
「何冊あるの?」
「えと……27冊」
「27冊!? え、ひなちゃんまさか全部買うの?」
一瞬の躊躇もなくひなちゃんは頷いた。文庫本で27冊って、普通に1万円超えるよね。ひょっとしたら2万円? ひなちゃん、お金大丈夫なんだろうか。
「全部あるといいけど……徳間文庫って、どこ……?」
ひなちゃんと並んで文庫本の並ぶ棚の間を探し回る。それにしても、同じ出版社の文庫が並んでた方が棚が綺麗に見えるというのはわかるけど、全部作者名順に並んでれば探すのが楽なのにな……と思ってしまう。古本屋さんはたいてい全部作者名順に並べてる気がするけど、ひょっとして古本屋と新刊書店の区別ってそこなのだろうか……?
「えーと、徳間文庫、徳間文庫……あ、ここかな」
そんなことを考えながら、目当ての場所を見つける。ひなちゃんが棚に並んだ本に目を走らせ、ほどなく目を輝かせて6冊ほどを抜き出した。今日、文芸部で見た黄色い表紙が一番上にある。ひなちゃん、部長さんから借りた1冊目もちゃんと買う気らしい。
「良かった……全部ある……」嬉しそうに印刷したリストと見比べるひなちゃん。
「あれ、6冊だけ?」
「残りは……ええと、光文社文庫……あ、隣だ」
隣の棚にあるらしい。シリーズが違う棚に並んでるって不便だなあ。
「あ、ひなちゃん、籠に入れよう、籠!」
20冊以上まとめて買うなんて、絶対に持ちにくくなる。わたしは近くから籠を取ってきて、ひなちゃんに渡した。既に取りだした6冊を籠に収めて、隣の棚へと向かう。
「……あった。ええと……たぶん、全巻ある。やった……!」
ひなちゃんは幸せそうな顔で、光文社文庫の棚から20冊ほど、ごっそり抜き出した。なんだろうこれ、爆買い? 大人買い? いやいや、ひなちゃんはいくら背が高くたってわたしと同い年の高校1年生である。
「いち、に、さん……27冊。うん、全巻揃った」
籠に入れた文庫本を数えて、ひなちゃんはものすごく幸せそうな顔でレジに向かう。
ひなちゃんのあんな顔、初めて見たかもしれない。あそこまでひなちゃんの顔を緩めさせる小説って、どんなのだろう……と思いながらレジに並ぶひなちゃんの背中を眺めていると、不意にポケットのスマホが震えた。画面を見ると、みつねちゃんからの着信だった。
「もしもし?」
『ありす! 今どこー? コンビニ?』
「あ、今ええと、ひなちゃんと札幌駅の隣の紀伊國屋書店」
『ええー!? なになに、なんでありす、ひなっちとデートしてるの!?』
「で、デートじゃないよ。ひなちゃんが本買いたいって言うからついてきたの」
『こんな時間に? ――あ、ひょっとして、文芸部の部長さんから借りたアレ?』
さすがみつねちゃん、大正解である。
「うん、ひなちゃん今全巻まとめ買いしてる」
『決断早いなー!』
電話口の向こうでみつねちゃんは笑い、『じゃあ、すぐ戻ってくる?』と問うた。
「うん、お会計済んだらまっすぐ帰ると思う。ひなちゃん、まだ1冊目読みかけらしいし」
『そっかー。それじゃ今夜はひなっちのお邪魔はしない方がよさそうだね』
「みつねちゃんはどうしたの? 何かわたしに用事とか……」
『あー、うん、大したことじゃないよー。ありすの部屋に夜這いをかけようかと』
「みつねちゃん!?」
『あっはっはー。じゃあありす、戻ったらひなっちは小説のぶたのぬいぐるみに任せて、ふたりであたしの部屋でイチャイチャしようぞー』
「もう、みつねちゃん……。じゃあ、またあとでね」
『ん、待ってるよー』
楽しそうに笑うみつねちゃんに、わたしは苦笑いして通話を切る。
と、そこへお会計を済ませたひなちゃんが、大きな紙袋を提げて戻ってきた。ひなちゃんはわたしの手にしたスマホに、少し目をすがめる。
「……電話?」
「うん、みつねちゃんから。どこ行ったのーって。特に用事ってわけじゃないみたいだけど」
「そう……」
ぼんやりそう頷いて、ひなちゃんは大事そうに紙袋を持ち直した。
「ひなちゃん、それ重くない?」
「大丈夫……。私の用は済んだけど、ありすは欲しい本とかない……?」
「あ、うん、わたしは別に。みつねちゃんが待ってるし、帰ろう」
「……ごめん、引っ張り回して」
「え? そんな、わたしが勝手についてきたんだし。ひなちゃん、欲しい本買えてよかったね」
なんだか変に申し訳なさそうな顔をしたひなちゃんに、わたしは笑いかける。ひなちゃんはわたしの顔を見下ろして、その表情をふっと緩めた。眠そうな半目が睨んでいるように見えがちなひなちゃんだけど、穏やかな表情になると、その顔はぬいぐるみのクマのような、かわいい顔になる。でも、力持ちで食いしん坊のくまさん――というのは、女子に対する形容としてはだいぶ失礼だよね……。
「……うん、よかった」
幸せそうな顔をして紙袋を見下ろすひなちゃん。その顔が見られただけで、特に何をしたわけでもないのに、ついてきて良かったなあとちょっと思えるわたしだった。
帰りはゆっくりふたりで並んで歩き、9時過ぎにファーリーハイツに戻ってきた。
玄関のオートロックを開けると、それを待っていたみたいに、103号室からみつねちゃんが顔を出す。
「ありす、ひなっち、おかえりー」
「あ、ただいま、みつねちゃん」
「……ただいま」
「おー、それが例のぶたぶたシリーズ全巻まとめ買い?」
「うん……全部揃った」
紙袋を抱きかかえて、ひなちゃんは嬉しそうに微笑む。「楽しそうで何よりだけどさー」とみつねちゃんは苦笑して、それから「ふたりとも、あたしの部屋来る?」と手招きした。
わたしはひなちゃんを見上げる。ひなちゃんは早く続きを読みたいんじゃ……と思ったけど、ひなちゃんは「……ん」と頷いた。いいのかな。まあ、ひなちゃんがいいなら、いいか。
というわけで、わたしたちはみつねちゃんの部屋に上がりこむ。ティーバッグで紅茶を用意するみつねちゃんを横目に、わたしとひなちゃんはクッションに腰を下ろした。ひなちゃんは抱えていた紙袋をテーブルに置いて、ごそごそと中身を取りだしはじめる。
3人分のマグカップを持ってみつねちゃんが戻ってきたときには、ひなちゃんの横に文庫本タワーができあがっていた。1冊あたりが薄いとはいえ、27冊もあると結構な高さになっている。
「やー、さすがに積み上げてみると結構な量だねー」
「……そこに並べてみてもいい?」
ひなちゃんがベッドを指さす。
「いいけどさー。ひなっち、全巻並べて自慢したいだけでしょー」
「…………」
「いいよいいよ、ぶたぶたシリーズをあたしのベッドに全巻並べるがよいぞー」
みつねちゃんの許可が出て、ひなちゃんはいそいそと本をベッドに並べはじめた。
文庫本全27冊が9冊×3列で刊行順に並べられる。徳間文庫と光文社文庫で表紙の絵を描いている人が違うようだけれど、どっちにしても愛らしいぶたのぬいぐるみの絵が27冊ぶん並ぶと壮観である。ぬいぐるみ置き場と化してるひなちゃんのベッドみたいだ。
「……すごく、いい眺め」
ひなちゃんが満足げな顔で頷く。隣で覗きこんだみつねちゃんが苦笑した。
「壮観だねー。ま、あたしもマンガ全巻まとめ買いしたときなんか、表紙並べてみたくなるけどさ。20冊以上のまとめ買いはブコフでもないとやらないなー」
「新品じゃ1万円超えちゃうもんね」
お小遣いでは、なかなか厳しい。今は独り暮らしで、生活費をある程度自分で管理しないといけないわけだけど、一気に1万円の出費はやっぱり怖いものがある。
「これもひなっちのぬいぐるみコレクションの一部にカウントされるのかなー?」
「……ぶたぶたさんの実物、ほしい」
「それ、生きてるやつ?」
「い、生きてるのは……かわいすぎて、耐えられる気がしない……」
ひなちゃんが背を丸めて身を縮こまらせる。そんなにかわいいのかな、このぶたのぬいぐるみ。確かに表紙のイラストはかわいいけれど……文芸部の部長さん、確かこのぬいぐるみは中年男性とか言ってなかったっけ?
わたしが1冊を手に取って眺めていると、みつねちゃんが「ふふーん?」と何か意地の悪そうな笑みを浮かべてひなちゃんを見やった。
「じゃあさー、ありすとどっちが可愛い?」
「――――」
ひなちゃん、固まる。ついでにわたしも固まる。
「み、みつねちゃん、何言い出すの!?」
「純粋な疑問だよー」
わたしが肩を揺さぶると、ぐらぐら頭を揺すりながらみつねちゃんは笑う。もう、とわたしが唸ってひなちゃんを振り返ると――ひなちゃんが、ぐっとわたしの肩を掴んだ。
「ひなちゃん?」
「――あっ、ありすの方が……かわ、いい」
顔を俯けて、ひなちゃんは言う。なんか、顔が赤いような……。
「え、ええ? ひ、ひなちゃん?」
「おおー、よく言ったひなっち! えらい!」
「……みつね!」
「ちょっ、ギブギブ、苦しいってー」
ひなちゃんがわたしの肩から手を離し、みつねちゃんを羽交い締めにする。なんだかよくわからないけど、やっぱりふたりとも、仲良いなあ。わたしは思わず笑ってしまう。
ふたりはそんなわたしの顔を見て、ひなちゃんはみつねちゃんを解放し、なにか顔を見合わせて苦笑しあった。
「……あ、そうだ、ありす」
と、ひなちゃんがベッドの上から、1冊目の『ぶたぶた』を手に取る。
「これ……よかったら、ありすも読んでみて」
「え? いいの? これ、ひなちゃんが買ったばっかりの……」
「いい。私は部長さんから借りたのがあるから……」
そういえばそうだった。でも、いいのかな。そう思いつつも、わたしはその黄色い表紙の文庫本を受け取る。ひなちゃんをこれほど夢中にさせる本。確かに、中身は気になる。
読んでみよう、と思った。ひなちゃんがあれだけ目をキラキラさせる世界を、わたしも覗いてみたいと、そう思ったのだ。
「……じゃあ、借りるね。ありがとう、ひなちゃん」
わたしが文庫本を持ち直すと、ひなちゃんは目を細め、そして満足そうに頷いた。
「あー、いいなー。ありす、次あたしに貸してよー。あたしも読む」
「ええ? ひなちゃん、いい?」
「……任せる」
「よーし、あたし読むの速いからひなっちより先に全巻読破してネタバレだー」
「…………」再び羽交い締め。
「ギブギブギブ! 冗談だってひなっちー!」
みつねちゃんの悲鳴に、わたしは声をあげて笑っていた。