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お隣さんはヒグマでした。  作者: 浅木原忍
2章 学校生活が始まった
10/27

部活どうしよう?

 目覚ましの音で目が覚めたら、隣で制服姿のみつねちゃんが寝ていた。


「うわあ!? み、みつねちゃん!?」

「……ん? あー、ありす、おはよー」


 わたしが慌てて飛び起きると、みつねちゃんは目を擦りながら身体を起こす。そもそもわたしの部屋になんでみつねちゃんが――と考えたところで、ゆうべ合鍵を渡したのだということを思いだした。思いだしたのだけども。


「お、おはよう……って、なんで隣で寝てるの!?」

「やー、起こしに来たんだけど、ありすの寝顔がかわいくてさー。見とれてたら早起きしたせいで眠くなってきちゃって、つい二度寝を」

「いや、だからって隣に潜り込まれたらびっくりするよぉ」

「そこは抱きつかなかったあたしの自制心を褒めてほしい!」

「ええー!?」


 相変わらず、みつねちゃんの考えることはよくわからない。


「やー、ありすの寝顔を堪能したので、今日1日はこれで幸せに過ごせるよー。ありすの髪下ろしたところも初めて見れたし、余は満足じゃー」

「みつねちゃん……なんか目的すり替わってない?」

「いや、それが真の目的だから!」

「それ自分で言うの!?」


 ていうか、わたしの寝顔なんか見て面白いんだろうか。恥ずかしいんですけど……。


「それより、ひなっち起こしに行くんでしょー?」

「あ、うん。とりあえず顔洗って着替えるから、ちょっと待ってて」


 制服を掛けたハンガーを手に取って洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨き、制服に着替え、髪をいつものポニーテールにまとめる。朝の支度、とりあえず完了。リビングに戻ると、みつねちゃんがクッションに腰を下ろして何か読んでいる。


「お待たせ。何読んでるの?」

「ありすの卒業文集ー」

「ええ!? 中学のは実家に置いてきたはず――」

「冗談、冗談」


 みつねちゃんがそう言ってひらひらさせたのは、本棚に置いてあった漫画だった。心臓に悪い冗談は言わないでほしい……。


「じゃあ、ひなちゃんのところ行くけど、みつねちゃんは支度大丈夫?」

「バッチリさー。いつでも学校行けるよー。ありすこそ、ひなっちの部屋の鍵持った?」

「うん、キーホルダーにつけてあるから。……あ、そうだ」


 そこでちょっと思い出すことがあって、わたしは冷蔵庫を開け、持って行こうと思っていたものを取りだし、ビニール袋に詰める。たぶん、あれば便利だから。


「ん? ありす、何それ?」

「これは後で」


 そんなわけで鞄を手に部屋を出て、自室に鍵を掛けると、ひなちゃんの101号室に向かう。

 ――なんでわたしがひなちゃんの部屋の鍵を持っているかというと、ゆうべひなちゃんから渡されたのである。朝弱いので、学校行く前に起こしてほしい。あとできれば朝ご飯も――と、入学式の朝に話したことが、そのまんま実行されることになったのだ。

 みつねちゃんがそれを見て、「じゃあ、あたしがありすを起こすー」と言いだし、わたしの部屋の予備の合鍵はみつねちゃんの手に渡った。そんなわけで、今朝わたしの部屋にみつねちゃんが入り込んでいたわけである。

 ともかく。101号室のドアの前で、わたしがインターホンに指を伸ばすと、みつねちゃんが背後から「ありす、ストップ」とわたしの手を掴んだ。


「鍵持ってるのに、インターホン押してどうするのさー」

「え? あ、でも一応鳴らした方がいいかと思って……」

「違う! わかってないなー、ありすは」

「な、なにが?」

「ひなっちは、ありすに部屋に入って『ひなちゃん、朝だよ、起きて』って揺り起こしてほしいんだよ! 断じて無粋なインターホンで起こしてほしいわけじゃない!」

「……なんでみつねちゃんがそんなに力説するの?」

「あたしも同じ気持ちだから!」


 みつねちゃんはぐっと謎のサムズアップ。


「そ、そうなの……?」

「何のためにひなっちが鍵渡したと思ってるのさー」


 確かに、インターホンで起こせばいいなら、鍵をもらう必要はない。でも本当にいいのかなあ、と思いつつ、わたしはインターホンに伸ばした手を引っ込め、鍵をひなちゃんの部屋のドアに差し込む。がちゃり、と音を立てて鍵が開いた。


「……ひなちゃーん、起きてるー?」


 ドアを薄く開けて呼びかけてみるが、返事はない。


「ありす、ほら、ひなっちが怒るわけないからさっさと入る!」

「え、ええ? お、おじゃましまーす……」


 みつねちゃんに背中を押され、わたしはひなちゃんの部屋に足を踏み入れる。リビングダイニングを抜けて寝室を覗きこむと――半分以上ぬいぐるみに埋もれたベッドの中で、ひなちゃんがすやすやと気持ちよさそうに寝息をたてていた。なんだか起こすのが忍びなく思えるような幸せそうな寝顔。


「綺麗な顔してるだろ、死んでるんだぜー」

「殺しちゃダメだよ! もう、みつねちゃんはちょっと台所で朝ご飯の材料になりそうなの見繕っておいてくれる?」

「らーじゃー」


 縁起でもない。みつねちゃんが台所に向かうのを見てわたしは息をつき、ひなちゃんの寝顔を見下ろす。気持ちよさそうだけど、わたしがここに来た目的はひなちゃんが遅刻しないように起こしてあげることだ。わたしはひなちゃんの肩に手を掛け、その大きな身体を揺さぶった。


「ひなちゃん、朝だよ、起きて」

「…………んぅ」

「ひーなーちゃーん、朝ご飯食べる時間なくなっちゃうよ」

「…………」


 ゆさゆさ。揺さぶっても、ひなちゃんは小さく呻いただけで、目を開ける気配がない。


「ひなちゃん、ひなちゃんってばー」


 ゆさゆさゆさ。もうちょっと力を入れて揺さぶってみるが、無反応。

 これはなかなか手強そうだ。朝弱いっていうのは本当らしい。どうしようか……。


「ありすー、ひなっちを一発で起こす方法があるよー」


 台所からみつねちゃんが顔を出して、楽しげに笑って言う。


「え、どんな?」

「おはようのちゅー」

「そんなのしないよ!」

「絶対起きると思うけどなー」


 みつねちゃんの言うことは、どこまで本気なんだか全然わからない。でも、ちゅーはともかく、もうちょっと穏当で効果がありそうな方法は試してみるべきかも。

 わたしは息をついて、みつねちゃんが冷蔵庫をごそごそと漁っている台所に向かった。部屋の住人が寝入っている中、台所を漁っている姿はなんだか泥棒めいている。いや、ひなちゃんの許可は事前に貰ってるんだけど……。


「みつねちゃん、何かある?」

「なんかお肉がいっぱいあるよー。肉食系女子ってやつだねー」

「それ意味が違うと思うけど……」

「とりあえず豚バラ焼く?」

「そうだね……。あ、ご飯は炊けてるんだ。じゃああとは……」


 昨晩のうちに炊飯器はひなちゃんが自分でセットしておいたようで、既に炊き上がって保温状態になっている。戸棚を開けてみると、インスタント味噌汁を発見した。とりあえず、手早く済ませるならこれでいいか。あとは……。


「お野菜は?」

「野菜もなんかいろいろあるねー。これひなっちが自分で買ったんじゃなく、たぶん実家から届いたんだろーね。お、レタスみっけ」


 みつねちゃんが野菜室からレタスの入ったビニール袋を取り出す。


「プチトマトもあったよー」

「じゃあ、付け合わせのお野菜はそれでいいかな……。みつねちゃん、朝からお肉で大丈夫?」

「あたしは平気だけど、ありすはー? 小食でしょ?」

「うん、でも大丈夫。わたしには、これがある!」


 と、わたしは部屋から持ってきたビニール袋の中身の壜を取り出す。


「そ、それは?」

「青森のソウル調味料、その名もスタミナ源たれ!」

「で、出たァー! むかしケンミンショーで見たやつだ!」


 自慢じゃないけど、わたしが作れる料理は目玉焼きとチャーハンと、源たれで味付けしたお肉を焼くぐらいである。本当に自慢になってない……。

 そんなわけで、みつねちゃんが涙目になって切った玉葱と一緒に豚バラ肉を炒めて源たれで味付けした簡単焼肉に、レタスとプチトマトを添えて朝ご飯のおかずのできあがり。お茶碗とお椀が三人分なかったので、みつねちゃんが部屋に自分のを取りに行き、炊き上がっていたご飯とインスタント味噌汁で、無事朝食が完成した。朝から焼肉定食なわけで、確かに肉食系女子と言われても仕方ないかもしれない。


「できたー!」

「わーいご飯だー。でもその前にひなっち起こさないと」


 ひなちゃんは相変わらず、ベッドで気持ちよさそうにペンギンのぬいぐるみを抱きしめている。さて、これでひなちゃんは起きてくれるだろうか。わたしは、できあがったばかりで湯気をたてている焼肉を、ベッドのひなちゃんの鼻先に持っていく。


「ひなちゃーん、朝ご飯できたよー。起きてー」


 焼肉の匂いを嗅がせつつ身体を揺さぶってみると――。


「…………!」


 ぱっとひなちゃんが目を開けた。予想以上の効果。食欲は睡眠欲に勝るらしい。わたしはお皿を引っ込めてテーブルに置き、ひなちゃんを覗きこむ。


「…………ありす……?」

「おはよう、ひなちゃん。朝ご飯できたよ」

「……あさごはん……」

「うん。もうできてるから早く起きて、ご飯食べて学校行こう」

「ありすが……あさごはん……」

「そう、わたしが作ったから……」

「……いただきます」

「へ? ――ひ、ひなちゃん!?」


 突然、ベッドの中からひなちゃんの腕が伸びてきて、わたしを捕まえた。わたしはそのままベッドに引きずり倒されて、ひなちゃんにハグされてしまう。


「あさごはん……」

「わたしは朝ご飯じゃないよ!?」

「わーお、ひなっち、だめだめ、ありす食べちゃだめだよー」

「……いいにおい……おいしそう……」

「食べないでー!?」


 みつねちゃんに引っ張ってもらって、寝ぼけたひなちゃんのハグから逃れるのに、登校前の貴重な時間を浪費してしまった。おまけにそのあと、目が覚めたひなちゃんにひたすら謝り倒されてしまって、またそれで時間が浪費されてしまう。――なかなか、穏当な作戦は上手くいかないものである。




 そんな朝のドタバタはさておき。

 入学式を終え、いよいよ本格的な高校生活が始まった。と言っても最初のうちは高校生活のガイダンスである。そして何より、高校生活最初のトピックといえば――。


「部活かあ……」


 高校生活2日目。午後に体育館で行われた新入生歓迎会のメインは、各部活動のアピールである。野球部やサッカー部、陸上部、バスケ部など定番の運動部から、吹奏楽部や写真部といった文化部まで。中学よりも多彩な部活がいろいろと工夫を凝らした宣伝をしていた。

 料理研究会のアピールでは、千鶴さんが壇上でエプロンをつけて手作りのお菓子の籠を掲げていた。七城さんのいるらしい文芸部は、部長らしき3年生の女子生徒が喋っただけで終わり。まあ、文芸部には体育館でするパフォーマンスはないだろう。

 そんなわけで新入生歓迎会が終わり、放課後。教室でわたしとひなちゃん、みつねちゃんは三人で顔を突き合わせていた。今日から早速、各部活動の見学期間が始まっているわけで、どうするかの相談である。


「どうするー? どこ見に行く? ていうかふたりとも、もう決めてたりする?」

「わたしは全然。どうしようか考えてるところ」

「……私も、決めてない」

「ま、中学と違って強制じゃないから、無理に入る必要もないけどねー」


 確かに、わたしの青森の中学でも、部活か委員会のどちらかには必ず入らなければいけなかった。そのへんは北海道でも一緒らしい。


「ありすは中学のとき何やってたの?」

「え、わたし? 部活じゃなくて委員会で、保健委員やってた」

「あー、いかにも納得感ある! ひなっちは? やっぱりその身長だしバスケ部とか?」

「……バレー部だったけど……幽霊部員だった……」


 ひなちゃんは俯きがちに答える。


「幽霊だったの?」

「背、高いからって誘われて……でも、周りと合わなくて……」

「あー、確かにひなっち、体育会系と相性悪そうだねー」

「……だから、運動部はやめておきたい……」

「でも、その身長じゃきっとバレー部やバスケ部が放っておかないよねー。ひなっち、押しに弱そうだしなあ。よし、無理矢理入れられそうになったらあたしを呼ぶがよい! ひなっちを体育会系の魔の手から守ってしんぜようぞー」

「……みつね、ありがとう」


 ぎゅ、とひなちゃんがみつねちゃんをハグする。「まかせよー。でもひなっち、苦しいからそろそろ放してくれるかなー」とみつねちゃんが苦笑し、「……ごめん」とひなちゃんは反省のポーズ。わたしは笑って、「みつねちゃんは?」と話を向ける。


「ん、あたしの中学時代? ふはは、何を隠そう、生徒会長様じゃー」

「おおー。そっか、みつねちゃん人望ありそうだもんね」

「褒め称えよー」

「……みつね、中学では猫被ってた……?」

「失敬な! あたしはキツネだから化けるのは得意なのだ。先生の前ではそれはもう品行方正、真面目を絵に描いたような優等生を演じることにかけては他の追随を許さず、地元の友達の話によるとあたしの代の生徒会は《あの北崎の代》として伝説になったそーな」

「みつねちゃん……何やったの?」

「何もやってないってばー」

「……絶対何かやって伝説になったクチ……」


 みつねちゃんは「心外だー」と頬を膨らませていたけれど、伝説になる生徒会長って、それは絶対任期中に何か伝説になるようなことを、たぶん複数やったんだと思う。みつねちゃんのことだから、悪い意味でじゃないと思うけど。


「じゃあ、みつねちゃんはまた生徒会に入るの?」

「やー、生徒会長ってめんどくさいからもういいやー。とりあえず、せっかくだしいろんな部活を片っ端から見学に行こうかと思ってるんだけど」

「なんでも見てから判断ってこと?」

「いや、一通り見学した上で、どれにも入らないつもりー。我、帰宅部に入部せり!」

「……へ?」


 意味がわからない。わたしとひなちゃんが顔を見合わせると、みつねちゃんは「あははー」と愉快げに笑う。


「いやねー、あたし、小さい頃から散々言われてるんだけど、ひとつのことをずーっと続けるのが苦手でさー、すぐ別のことに興味が逸れるんだよねー。いろんなことやってきたけど、一番長続きしたのでも3ヵ月ぐらいかなあ。ハマるとすぐのめりこむんだけど、1ヵ月ぐらい経つともう別のことに興味が移っちゃうの」

「あ、みつねちゃんが多趣味なのってそういう……」

「うん、そゆことー。だからたとえば美術部入ったとしても、たぶん1ヵ月もすれば演劇部だったり、あるいはバスケ部に入り直したいとかって考え始めると思うんだよねー。それなら最初から帰宅部でいいかなーって。でも、自分でも1ヶ月後に何に興味が移るかわかんないからさー、いろんな部活に顔だけは繋いでおこうと思うわけ。実際、中学のときはそうやって、いろんな部活の助っ人やってたからねー」

「助っ人?」

「うん。ソフトボール部で試合に出たり、演劇部で風邪で休んだ生徒の代役やったり、吹奏楽部でシンバル叩いたりしたよー」

「みつねちゃん……ひょっとして勉強だけじゃなく何でもできるスーパーマン?」

「いやー、それほどでもー」

「……つまり、みつねは器用貧乏?」

「あ、言ったなひなっちー! このー!」


 じゃれ合うみつねちゃんとひなちゃんに、わたしは笑う。


「で、ありすはどうするの? 決めてないっても、目星ぐらいは考えてるでしょー?」

「あ、うん。……わたし、運動はそんなに得意じゃないし、入るなら文化部だけど……」

「……美術部、吹奏楽部、合唱部、文芸部、パソコン研究会、料理研究会、漫画研究会、軽音部、演劇部、書道部、写真部、ESS部、囲碁将棋部、茶道部、華道部、生物部、化学部、サブカル研究会、オカルト研究会、鉄道研究会……」


 ひなちゃんが文化部のリストを読み上げる。このエルム高校は、運動部より文化部の方が盛んな学校らしく、けっこう種類がある。


「あ、サブカル研究会って気になるよねー」


 みつねちゃんが言う。新入生歓迎会では、「日本の誇る漫画・アニメ・ゲーム・ライトノベル等のサブカルチャーを総合的に研究するクラブです」と言ってたけど、つまりいわゆるオタクの集まりというやつではないのだろうか。それっぽいのは漫研やパソコン研もあるのに。


「それよりオカルト研究会が実在する方がびっくりだよ、わたしは……」


 漫画やアニメの中だけの存在だと思ってた。まさか現実の高校に存在するとは……。


「え、ありすオカ研入るの?」

「いや、入らないけど……。うーん、どれかなあ……」


 改めて文化部のリストを眺めてみても、自分が何をやりたいのか、全く見えてこない。絵は苦手だし、楽器もできない。演劇部や合唱部でステージに立つ自分も想像できないし、かといって茶道部や華道部みたいな日本文化に憧れがあるわけでもないし……。でも、せっかく高校に入ったんだから、最初から帰宅部っていうのも味気ないとは思う。


「とりあえず、料理研究会かなあ。千鶴さんもいるし、やっぱりこれから自炊するんだからお料理いろいろ覚えたいし」

「ほうほう。ありすって結構趣味に実利を求めるタイプ?」

「え、そうかな……? ひなちゃんはどうするの?」

「……どこか入るなら、ありすと一緒がいい……」

「あ、ひなっちずるいぞー。じゃああたしも一緒に料理研入る!」

「え、みつねちゃん帰宅部じゃなかったの?」

「ありすと一緒の時間をひなっちに取られてなるものかー。よーし、じゃあ今日のところは3人で料理研の見学に行こう!」


 というわけで、3人連れだって料理研の活動場所である家庭科室に向かう。こっちだっけ、と場所を確かめながら歩いていると、『料理研の見学はこちら』というプラカードを持った上級生に捕まり、そのまま家庭科室に連れ込まれた。


「あら、3人とも来てくれたの?」

「あ、千鶴さーん。見学に来ましたー」


 家庭科室に千鶴さんの姿を見かけて、わたしたちは手を振る。エプロン姿の千鶴さんは、他の部員から「知り合い?」と尋ねられ、「ええ、同じマンションに入った子たち」と笑って答える。「さっそく餌付けしたわけね」と他の部員は納得顔をしていた。否定できない……。

 歓迎会でもマイクの前に立っていた部長の女子生徒が、「今日はクッキーを作ります。見学に来てくれた1年生にも、おみやげとして持って帰ってもらおうと思いますので」と宣言すると、わたしたちの他にも見学に来ていた新入生(全員女子である)からわっと歓声。


「……おなかすいてきた……」

「え、ひなちゃん、もう?」

「いつでも腹ペコのひなっちには、料理研はかえって拷問かなー?」

「うう……」


 お腹を押さえて情けない顔をするひなちゃんに、わたしとみつねちゃんは苦笑した。




 さて、そんなこんなで料理研を見学し、お土産のクッキーをもらって帰宅したわたしたちは、みつねちゃんの部屋でそのクッキーを食べながらお喋りしていた。


「そういえば……わたしたちみたいな動物に変身する生徒、北海道ならどこでも全体の2割ぐらいはいるんだよね?」

「そだよー。まあ、地域によるけど、だいたいクラスに7、8人じゃないかなー。札幌は内地から来た人多いから、北見とか釧路とかより割合は低いかもだけどねー」


 ということは、うちのクラスにもわたしたちの他に3人から5人ぐらいは、同じ体質(?)の生徒がいるわけだ。もちろん、パッと見でそうだとはわからないわけだけど。


「そういう体質の生徒が集まる部活って、あったりしないの? 生物部とか、ひょっとしてそうなのかな、ってちょっと思ったんだけど……」

「えー? どうだろ、別にそんなことないんじゃないかなー。誰が動物の家系かってあんまり気にしないし、動物の家系同士で特別なんかコミュニティがあるわけじゃないしねー。ねえひなっち、登別はどうなの?」

「……ヒグマの家同士は繋がってたから、学校でもヒグマの家系同士でつるむのはわりとよくあった……。他の動物の家系はよく知らない……」

「ま、そんなとこだよねー」

「そうなんだ……」

「別に、うちは動物の家系でございます、って札下げて歩いてるわけじゃないかんねー」


 どうもわたしの中では、動物に変身する道民は独自のコミュニティを築いているのでは、みたいなイメージになってしまうのだけれど、みつねちゃんやひなちゃんの話を聞く限りだと、別に意識することもなく、溶け込むという意識もなく溶け込んでいるらしい。それが北海道の常識と言われてしまえば、青森人のわたしには反論の言葉はなかった。


「だいたい、学校で変身はしないってー」

「……水着みたいなものだから?」

「そーそー。TPOってものがあるのだ」

 やっぱり、深く考えるのはやめよう。つい、この体質というか特技と言うべきか、これを活かして社会貢献とか、逆に悪用しないように特別教育とか、そういうシステムがあるのではないかと考えてしまうのは、北海道の常識を知らない本州人の思考回路なのだろう。

 そんなことを話していると、千鶴さんがLINEが来た。『晩ご飯、私の部屋でみんなで食べない?』とのお言葉。わたしたちに断る理由はない。食材を持ち寄ってほしいとのことだったので、ひなちゃんの部屋の冷蔵庫に詰まっていた食材をいろいろ持って2階の千鶴さんの部屋に向かう。


「いらっしゃい。3人とも、今日は見学に来てくれてありがとう」


 千鶴さんがエプロン姿でわたしたちを出迎える。ひなちゃんの持った食材を渡すと、「あら、こんなに。ありがとう」と千鶴さんは破顔した。

 部屋の中では七城さんが本を読んでいる。「うさ先輩、手伝わないんですかー?」とみつねちゃんが問うと、「私が手伝ったら千鶴の仕事を増やすだけだから」との返事。確かに、千鶴さんは手際が良すぎて、わたしたちが下手に手伝おうとしても、かえって邪魔になりそうなのは明らかである。洗い物と食器の支度ぐらいがベターだろう。

 というわけで、わたしとみつねちゃんが洗い物と支度を手伝い、料理はほぼ千鶴さんが全部ひとりで済ませ、黙々と本を読む七城さんと、おなかすいたという顔で正座してご飯を待つひなちゃんのところに料理を運ぶという形で、晩ご飯が出揃う。今日の千鶴さんの晩ご飯は、麻婆茄子と豚の角煮に、豆腐サラダとその他小鉢にいろいろ。


「いっただっきまーす」

「麻婆茄子、ちょっと辛いかもだけど、大丈夫?」

「あたしは平気だけどー。ありすは辛いの平気?」

「わたし結構辛いの好きだよ。エビチリとか好きだし」


 身長のせいなのか、他人から辛いものが苦手だと思われることが多いのだ。勝手に気を使われてカレーを甘口で出されると、ちょっと切ない。


「あ、この麻婆茄子美味しいです」

「美味しいけど、これ結構辛いよー。ありす本当に平気なんだねー」

「…………んむっ」


 わたしとみつねちゃんが美味しく麻婆茄子を食べている横で、ひなちゃんがむせるように口を抑えた。苦手なのはひなちゃんの方だったらしい。


「ひなちゃん、大丈夫?」

「……思ったより辛かった……」

「ごめんね、羽紗美が辛いの好きだから、ついに羽紗美に合わせちゃって……無理しなくていいからね。はい、牛乳」


 千鶴さんが差し出した牛乳を一気に飲み干して、ひなちゃんは息を吐く。その横で七城さんは黙々と箸を動かしていた。


「ああ、それにつけても千鶴さんのご飯の美味しさよー。料理研に入ったからどうっていうレベルじゃないよねー、これ」

「そんなこと……。練習すればこのぐらい誰でも作れるわ」

「いやいやご謙遜なされますなー。こんなの毎日食べてたら、うさ先輩も千鶴さんのご飯じゃなきゃ満足できない身体になっちゃいますよねー」

「変なこと言うな。……で、あんたたち、料理研入るの?」


 と、七城さんが不意にそう口を開く。千鶴さんから、わたしたちが料理研の見学に行ったのを聞いていたのだろう。


「やー、あたしはまだ決めたわけではー。ありすはどう?」

「え? あ、ええと……」


 どうしよう。千鶴さんの手前、まだ決めてないとも言いにくいような……。確かに今日見学した限りだと雰囲気も良さそうだし拘束時間も長くなさそうで、入ってもいいかな、ぐらいには思ってるんだけど……。

 わたしが答えに迷っていると、千鶴さんが「ほら羽紗美、言っておかないと余所に取られちゃうわよ」と七城さんを小突く。七城さんは千鶴さんを軽く睨んで、箸を置くとひとつ大きく息を吐き出した。


「……あんたたち、部活迷ってるなら……文芸部、入ってくれない?」

「文芸部?」


 わたしたちは、思わず顔を見合わせた。

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