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ちいさな映画館にて

作者:ざぶさん
 ちいさな町のちいさな映画館。
 本当に小さくて座席の数は六十くらい。あまり宣伝されないような、でも、名も知れぬ名画を上映している。「キーンコーンカーンコーン」と開演の合図に学校のチャイムが鳴るのも、このちいさな映画館にぴったりあっていると私は思う。

「もしも時間が合えば、映画の一本でもと思ったのですが。間に合いませんでしたね」
 この日、私たちは十八時から文子さんと食事の待ち合わせをしていた。
 暇を持て余して映画館へやってきたのだけど、そう都合良くいくものではない。まだ十六時を過ぎたばかり。
「でもまあ、こうして一つ一つ雑貨を見て回るだけでも楽しいですよ」
 私はちいさな雑貨コーナーに置いていた「サル君」のキーリングを手にとった。とぼけた表情がなかなか愛らしい。
「いつも前向きに物事を楽しむ、それがあなたの良いところです」
 陸さんはパンダのキーリングをチリンと鳴らした。
「これって、車の鍵を差すと人形が逆さまになりますね」
「ふむ、そうした妙な着眼点もあなたの良いところです」
「あなたの言うように、こうしてじっくりと雑貨を見るのも悪くない。ほら、そのサル君は絵本のキャラクターのようです」陸さんは本棚に立てかけていた絵本をめくり始めた。
 なんだかこそばゆくなってしまう。陸さんと居るからこの暇を持て余した時間が楽しいのですよ。背中越しにそっと呟いた。陸さんに聞こえないように。

 ひとしきり売り場の小物を手に感想を言いあった。端から見れば恋人同士に見えた……かもしれない。
「ただ見て回るだけでは店のひとに悪いので、何か飲み物をいただきましょう。ボクはホットコーヒーを。みゆさんも何かお好きなのをどうぞ」促されて、それじゃ、私も同じのをください、チケット売り場兼カフェ店員のお姉さんに注文した。
「同じのをとは面白くない。女の子らしく、ケーキなぞ頼んでみてはいかがですか」
「私の中身はおじさんなので、どうぞお気遣いなさらず」
 せっかく可愛らしい外見をしているのに残念なことです。立ち話するのもお疲れでしょう。コーヒーをお持ちしますのでオジサマはどうぞあちらのお席へとのたまう。相変わらず小憎らしいこと。
 ホール兼チケット売り場兼カフェ兼雑貨コーナー。
 その一画に少しくたびれたソファーテーブル。それと小さな本棚があって、白い壁にはここを訪れたひとがお正月に書いたのだろう、表現豊かな書初めが貼られていた。
 この日ちいさな映画館のお客さんは私たちの他に父子が一組。お父さんは映画雑誌に目を通し、子どもはソファーに寝転がって絵本を読んでいた。
 私たちはテーブルを挟んで向かい合い座った。
「新たな伝説」「結」「頑張らない」という書初めの前に。

 私の前世は猫だったのかもしれない。
 この程よく狭い空間が居心地良くて、まるで自分の部屋にいるようにくつろげた。子どもの頃に持っていたものと同じぬいぐるみもあるし。
 そう陸さんに告げると「ボクが昔持っていた絵本もあります」コーヒーを口にしようとし「おじちゃん退いて」子どもから言われて彼は席を譲った。
「絵本が取れなかったね、すまんことやった」コーヒーカップを片手に立上り、どれにしようかと本を選ぶ子どもの背を見やって、しばし考え……陸さんは私の隣へと腰掛けた。
「そうそう、この映画館の素敵なところはね、いつの間にか忘れてしまっていた、大切にしていたものと、再び出会えるのですよ」耳元で囁いた。
「また、そんなでたらめを言って」
「なかなか洒落が利いていると思いますが」
 わたしは白い猫のぬいぐるみを胸に抱いた。
 陸さんはコーヒーを一口啜って目を細めた。

「去年みんなからお祝いされていましたよね。誕生日は二月のいつでしたっけ?」
 私はその辺に置いていた誕生日辞典なる本をわざとらしくペラペラ捲った。
 二月十五日。本当は知っているのだけど。
「ええ、有り難いことに。あの時はロウソクが一歳若返っていましたっけ。十五日で四十になります。いよいよおじさんです」
「中身はまるで少年のようですよ。悪戯好きなところとか」
「あなたはおじさんで、ボクは少年ですか。それはなかなか乙な組み合わせです」
 お父さんがうとうとと眠りについてしまい、絵本を読み飽きた子どもを相手に陸さんは人形遊びを始めた。
 象とかキリンとか愛らしい動物人形を「ギューン」「バキー」「ドガー」戦わせている様はシュールで笑えた。ほら、大人であること忘れちゃったでしょ。すっかり童心に戻っていますよ。
 陸さんに構ってもらえなくなった私は誕生日辞典をパタリと閉じた。
 月日が過ぎて、いつかまたこのちいさな映画館に来ることがあったら、今日の穏やかなひと時を思い出すのかもしれない。
 片隅にあったギターでロング・ロング・アゴーを爪弾いた。中学生の頃に音楽の授業で習ったきりだから、うろ覚えに。

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