デートよ、マコト
「最後は私」
「回り回って元の場所って訳ですね」
最終日、朝早く帝国に着いた俺は眠い目をこすりながら帝城に入り、リリムさんの部屋の扉を叩く。
既に彼女は起きていたようで嬉しそうな表情で扉を開けて、温かな朝食が用意された机に案内される。
「大丈夫、寝てる?」
「昨日はロゼさんが寝かせてくれなくて………」
「ロゼにはそんな体力はない。よって徹夜でトライアルだと見た」
「大正解でーす」
体力がないロゼさんは昨日よくもったなと思いました。しかし、半分寝かけていた状態でも勝てないとなると俺のトライアルの自信が粉々に砕け散るんだが。
「昨日は災難だったみたいね」
「………デートかと思ったら、潜入捜査だった俺の気持ちわかります? ロゼさんには利息含めて取り立てたいくらいですよ」
「ロゼに体で払わせる気?」
「何故そこに飛躍する」
「冗談」
そう言って彼女は笑った。
人魔大戦を終えてからリリムさんの顔には笑顔が増えたことが俺はとても嬉しい。
「食後の珈琲はいかが?」
「頂きます」
あらかじめ用意しておいたコーヒーカップに注がれると、香ばしいコーヒーの香りが立ち上った。香りからしてリリムさんの中でも1番の出来だということが分かる。
「どうぞ」
俺はコーヒーの水面から立ち上る香りをふわりと楽しんでから口をつける。最初に来る苦味の後、深い酸味と一緒に後追いで美味しさが入ってくる。
「眠気対策」
意地悪っぽく笑うリリムさんを見ながらいつもより苦めのコーヒーを飲む。2人っきりの時は大体がこんな感じのゆったりとしたものだ。
「リリムさんって紅茶や珈琲を入れるのは美味いですよね」
「遠回しに料理は出来ないという意味でとっていい?」
「他意はない。マコト、嘘つかない」
「それ自体が嘘」
指先で鼻を小突かれ、肩をすくめてカップを傾ける。
「昔から父や母に淹れていたから」
「思い出が積み重なった味だと」
「詩的に表現すればね」
淹れたてのコーヒーの匂いが2人の間を流れる。ゆっくりと朝食を済ませた後は2人で復興した街並みを調べに行くつもりだ。
「仕事と私事を両立するのが王族の務めだから」
「なら護衛はお任せを」
「期待してる」
俺はそんな彼女の手を取り、一緒に笑って部屋を出ていくのだった。
*
「まずはギルドかしら」
「復興具合を聴くには1番いい場所ですからね」
現在、俺たちが手を繋いで歩いて向かっているのはこの国にあるギルドだ。基本的に五大国に置かれているのは支部で本部はある街にあるらしいが俺は行った事がない。
そして帝国にある支部は切り離されていたのだが、この度復活したためにちらほらと外からの冒険者達がやって来ている。
その入口はオープンになっており、数多くの冒険者達が忙しそうに出入りしている。復興に伴って依頼も爆発的に増えているのだろう。
俺達は、ギルド内に入ると十列以上ある巨大なカウンターへと赴いた。冒険者でごった返していたが美人な受付が見事に捌いていた。それはとても可愛い子だった。
だからこれは気のせいのはずだ、むしろ気のせいであってくれ。リリムさんのニギニギする手がギリギリと潰す勢いになっていることを。
「と、ともかく受付に向かいましょう。後、人の体は間接とは逆には曲がらなぁぁぁぁ!?」
「すみませんが痴話喧嘩は………ああ! 皇女様に憤怒様ぁ!?」
手が空いた受付の人がこちらに気づき、声をあげる。それに気づいた魔族達は皆、一斉に頭を下げて膝をつく。
「顔をあげなさい」
よく通る声で魔族達が皆、打ち合わせたように立ち上がる。やっぱりお姫様なんだなぁと割と場違いな事を考えていると
「君がリリム皇女様か、是非、僕もお近づきになりたい。何せそちらの可憐なお嬢さんには紳士として挨拶しておかないと」
そんなキザったらしいセリフと共俺達の傍に寄って来たのは金髪のイケメンだった。後ろに美女を何人も侍らしている。
周囲の冒険者が彼を見てヒソヒソと囁きだした。曰く、Aランクの冒険者で名をレウスと言うらしい。
「初めまして、リリムよ」
周りから見ている以上、礼儀としてリリムさんが握手をしようと手を差し出す。
「雪のように素晴らしい手だ」
だがレウスはその手の甲に唇を落とした。ピシリとポーカーフェイスが固まったような音と周りからのざわめき、特に魔族からの怨嗟が凄い。
俺は同情するかのように彼女の手を優しく握り直すと意識が返ってきたようですっと俺の背中に隠れる。
「ふーん、君が世界を救った希望とやらか………一体、どんな手を使ったんだい? まともな方法じゃないんだろ? あぁ、まともじゃないんだから、こんなところで言えないか……配慮が足りなくてすまないね?」
「いやまあ………仲間たちに助けられたり、運が良かっただけですよ」
「だろうね、君からはまるで強さを感じない。これで九大罪とはたかが知れるよ」
にこやかに毒を吐くレウスだがその言葉が周りからの評価を下げていることに気づいているのだろうか。
「悪いことは言わない。彼に謝った方がいい」
リリムさんも周りの魔族達の異変に気付いたのか、レウスを急かすがむしろ彼は俺を押しのけて彼女の前に立とうとする。
「まあ待ちなよ、君には本物の実力者って事を教えてあげるよ。あ、君はいなくていいから帰っていいよ? 大方、護衛だろ? 後は僕が引き継いであげるよ」
自分が誘えば落ちない女はいないだろとばかりに確信に満ちた声色に魔族達がスタンバーイ、スタンバーイし始めた。
そろそろ俺は某恐竜映画のヴェロキラプトルを止めるポーズを取らなくてはいけないかもしれない。
「ごめんなさい、貴方、私の好みじゃないから」
うんざりしたような声でリリムさんはそう言って俺に助けを求めるような目を向けるので肩をすくめて彼の前に立つ。
「悪いけど俺のパートナーが嫌がってる。今日はもう退いてくれ。それがお互いのためだ」
「はは、なんだ怖いのかい? 男ならその手で決着をつけたらどう………かなあ!」
ピッと俺の耳から頬へかけて傷が生まれる。ぱっくりといったらしく血が流れるためにひとまず氷で止血する。
この傷は目の前に立つ男が槍を突き出していた。そのせいだろう。
「ほら黙って立っているだけかい? 反撃したらどうだ?」
「あまり暴力的な解決は好きじゃないんだが………今から話し合いで解決はしないか?」
「無理に決まっているだろ? さあ早く武器を出せよ、でもその時に勝負の行方はついてるだろうね」
「同感だ」
指先を下に向けた瞬間、二丁拳銃、無視、改造。そして憤怒の権能によって目視すら不可能なレベルの拳打がレウスをギルドの外に吹き飛ばした。
「これを見切れる奴なんてほとんどいないんだよ。文句は受け付けないからな」
裏を返せば見切れたジンは正真正銘の怪物だった事になる。
「厄介なものに絡まれたわね。時間も推してるし、さっさと済ませましょう」
外でリンチを開始した魔族の皆さんにやり過ぎないように注意をして、一仕事終えた後、傷だらけの彼に改造弾を撃ち込んで直してあげるのだった。
*
「さてと次は何処に?」
「街の避難所。破壊された家が復興するまで皆、そこで暮らしてる」
指を絡めた恋人繋ぎのリリムさんが先導するのは小綺麗な屋敷。扉を開くと中はほぼ雑魚寝状態で足の踏み場もなかった。
「酷いな………」
「仕方ない。民家の復興を急がせてるけどどこかで無理が出る。ここはその無理が表面化した場所だから」
ひとまず歩きながら挨拶してくる魔族の皆さんと軽く話したり、怪我を治したり、屋敷の修理をしていく。
やはり大罪や皇女様が顔を出すとそれなりに活気が出る。こんな俺だが元気や希望になるならいくらでもやってやる。
「憤怒様ー!」
「ん?」
そんな中で子供達が元気に走って来た。周りの大人たちも元気すぎるほどの子供を責めるものなどおらず、むしろ元気を貰っているようだった。
「どうかしたか?」
「これ!読んでください!」
俺はしゃがんで彼らと目線を合わせる。子供達はそんな俺に手紙を渡して来た。開けてみればそこには子供らしい字で
『せかいをすくってくれてありがとう』
『お父さんとお母さんをたすけてくれてありがとうございました』
『こうじょさまとおしあわせに』
なんか胸あたりがちょっとあったかくなった。リリムさんもそれを見て柔らかな笑みを浮かべている。
「後これは知らないおじさんから」
「………知らないおじさん?」
差し出された手紙を開き、文字を目で追った後に俺は天を仰いだ。リリムさんは俺から手紙を拝借するとそれを読み上げる。
「『うちの娘は美人だしいい女だけどよぉ、仮にも皇女様なんだから子供とかは同意の下じゃねぇとだめだぞ!! あ、でもオレ的には孫を抱きたいな』………………ふぅ、マコト」
「えぇ、リリムさん」
俺たちは目だけで理解し合う。この瞬間だけはお互いのことが手に取るように分かった。
復活したばかりで最近生まれた子供たちに自分の認識がされていない魔王への怒りである。
「次に会った時には穴ぼこチーズみてえに穴開けてやる」
「貴方についていく、マコト」
後日、帰ってきた魔王に次期魔王が挑むと言う事件が発生し、両者痛み分けに落ち着いた。
*
「さてこれからどこ行きます? WSでお茶でも?」
「いえ違う。こっちよ」
リリムさんに手を引っ張られて、入り組んだ裏路地を抜けるとある一軒のお店が周りから隠れるように存在していた。
「ここは?」
「私のお気に入りのお店。来たらマコトに食べさせてあげたかったの」
ぐいぐいと背中を押されて中へ入れば1人の白ひげが目立つお爺さんが飴色のエプロンをつけて料理をしていた。
「おや皇女様に………憤怒様でよろしいですかな?」
「ええ、店長さん。いつものをお願い。彼にも私と同じものを」
「かしこまりました」
そこからは言うが早いがお爺さんは慣れた手つきで平手鍋に生地を流し込むと瞬く間に生地を焼き上げて行き、用意されていたお皿にパンケーキが積み重なっていく。
ほわんと香る卵と砂糖の甘い匂い。皿にポンと鍋から出したそれを乗せて、バターとメープルシロップをかける。そして木苺をちょこんと乗せ、冷やしていたバニラアイスらしきものを乗せた。
「はい、お待ちどう様。皇女様が好んだ『ふわふわパンケーキ』だよ。まだ熱いから気をつけて食べておくれ」
差し出されたパンケーキをキラキラした目で眺めながらリリムさんは丁寧に切り分けて口に運んでいく。幸せそうなその笑顔に俺もつられて口にする。
「美味っ! 口にした瞬間に中で溶ける!」
ナイフもあったがふわふわの生地はフォークで十分切れたようだった。それを口にすれば雪解けのように甘く溶けて余韻が残る優しい味だった。
「気に入った?」
「ええ! とても!」
「なら良かった」
バニラアイスを溶かしながら絡めて口に運ぶリリムさんと同じように食べていく。気づけばあっという間に片付いていた。
「ここは私が子供の頃よく食べてた。隠れ家的なお店だから周りが騒ぎ立てる事もない」
「秘密の場所って訳ですか」
「ええ、あの時と何も変わっていなかった。私はそれが何より嬉しい」
あの時とは国から引き離され、学園に監禁されていた時期のことだろう。今はそんな鎖はないが久しぶりに感じた故郷の味は筆舌にし難いはずだ。
「貴方のおかげよ、マコト。貴方を選んで良かった」
リリムさんの手が俺の手に重なる。心なしか室温が上がったような気がする。
「………独り身の老人にはきついね、この空間は」
そんな声が聞こえても俺たちは互いの手を離すことはなかった。
*
「さてとリリムさん、さらっと国外に出てますがよろしいのですか?」
「何で?」
「いやいや皇女様がそんな簡単に国をでていいわけがないでしょう。大罪達に怒られますよ」
「マコトがいるから大丈夫」
「またそうやって、俺を照れさせるような言葉を平気で言う!」
粉雪が羽のように舞い散る中、さくさくと雪を踏みしめて俺たちは何処かへと向かっていた。
「リリムさーん、今は俺たち何処に向かっているのでしょう?」
「後、少しだから頑張って」
白い息を吐きながらなだらかな丘を登っていく。軽快に雪を踏みしめて歩いていくとようやくリリムさんが足を止めた。
「ここよ」
そこで見たのは空に浮かぶ光のカーテン。地球風に言うならばオーロラというべきなのだろう。
「原理は未だに詳細不明だけど有力なのは大気中の魔力が干渉を受けて光っている説。ともかく綺麗でしょう?」
「うん、すごく」
「そこは、こんな景色よりも君の方が綺麗、とかじゃない?」
「そんなクサい台詞なんて吐きませんよ」
「それもそうね」
するとリリムさんが雪の上に座り込む。貴方も座りなさいと言われたので俺も腰を下ろした。積もる雪は手で払う。
「この美しい景色を貴方に見せたかった」
美しいものを見た。空から降り注ぐ光のカーテンに照らされた彼女の横顔は何より美しかったのだから。
「いつから………俺を好きになったんですか?」
2人だからこそ、聞いておきたかった。彼女の心境の変化を。
「4月はまだ百歩譲って友人だった」
初めて会った4月はまだ彼女も俺も同じ目標を目指す仲間でしかなかった。
「5月に貴方から指輪を貰って驚いた」
新歓旅行では仲を深めると同時に1人、今にも潰れそうな彼女を支えてあげたいと思った。
「6月に貴方がジゼルに誘拐された時、無性に苛立ちを覚えた」
6月に彼女は父を殺した世界が憎いことを知った。世界を嫌いだと、恨んでいるとも言った。
「7月でようやくわかった。貴方が私の孤独を埋めてくれる唯一の人なんだって」
7月には彼女とともに闘うことを決めた。そこで俺も彼女を1人にさせてはいけないと思ったのだ。
「8月の人魔大戦の時に貴方が私と一緒にいてくれた。それが私にとって救いだった」
8月にリリムさんに関わることを終わらせて、ようやく彼女は自由になれたのだ。
「きっとこれが愛なんだなってその時初めて思った。同時に手放したくないとも思った。独り占めしたいとも思った」
彼女はそこまで言うと青空のように澄んだ笑顔を覗かせる。息を呑むほど美しくて、瞬く彼女の瞳は星のようで何度見ても彼女の笑顔に見惚れるしかなかった。
「だから今、こうして私が貴方を独り占めできてる状況で幸せな気持ちで………こんなに幸せでいいのかなって思うの」
彼女の星の海を思わせる碧の目が細まり、みるみるうちに涙がたまっていく。不幸だったからこそ、幸せを享受することが彼女は怖いのだ。
「いいじゃないですか、幸せな気持ちで。今の今まで散々な目にあって来たんですから誰も責めたりしませんよ」
だから
「不幸のぬるま湯に浸かる必要はない。俺と一緒に幸せになりましょう。リリムさんが不幸にならないように俺がとなりにいますから」
側にいよう。彼女の涙の理由を変えられるように。
悲しみで流すのではなく、嬉しさで流せるように。
この世界の人間じゃない俺だからできる唯一のこと。世界を嫌った彼女がもう不幸にならないように。
「いつか振り返った時に楽しいと思える過去があるように。悲しい泣き顔より嬉しい泣き顔を、嬉しい泣き顔よりたくさんの笑顔が多い思い出が残るように」
「………うん」
耐えきれなかった雫が雪に溶けていき、彼女が泣き止むまで俺は彼女の肩を抱いていた。
粉雪がオーロラに照らされて俺たち2人を優しく包む。これから先も寄り添って歩けるように。
かけがえのない記憶を抱いて心に彼女を刻みながら。




