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歯車が1つなくなっても

「それじゃあ、情報を処理していく」


 リリムは研究室の片隅から、黒板を引き摺り出してくる。彼女はそこに今まで得た情報を整理していく。


「まずは初めに私達の愛するあの人、マコトは世界を救う為にシンを倒した後、私の目の前で消えていったわ」


「ええ、リリムちゃんしか帰って来なかったって聞いた時は本当に信じられないと思ったものぉ」


「………私は何回か自殺しかけたがな。子供達の事とお前たちに止められていなきゃ、死んでいたところだよ」


 ジゼルが袖をまくればそこには薄く見えなくなっているとはいえ、腕には無数の線が刻まれていた。


「そして、私は彼の最期の言葉を果たす為に研究室にこもって彼を戻す魔法や古代魔法の研鑽、更に魔眼による彼の捜索を行なっていた」


「リリムから話を聞いて、落ち込んでなんかいられなかったもんね! 今まで彼に助けられて来たんだもの! 今度は私達が助けなくちゃ!」


「ロゼちゃんの平手は大分効いたわぁ………本当に強くなったわねぇ」


「全くだ。まさかロゼ先輩に諭されるとは、昔の私では思わなかっただろうな」


 彼が消えたと聞いて、最も精神にダメージを負ったのはクレアとジゼルだった。


 クレアは表面上は取り繕ってはいたが、彼女の場合、誰にも見えない場所で酒や煙草の消費が増え、長年続けていた訓練をやめるほど。


 異変に気付いたガルディに監視され、彼女と対話をして何とか気持ちを持ち直すまでは完全にダメ人間となっていたのだ。


 ジゼルはジゼルで一番酷く、食事や水さえ通らず、イワンから買いとった薬草を焚いては眠る日々。


 その薬草は幻覚剤に使われるもので、少量ならば痛み止めに使われるものなのだが、焚いて嗅ぐような使い方すれば自身の望む幻覚を見れるのだ。


 引き換えに唯ならぬ依存性を持ち、ロゼが踏み込んだ際には衰弱死する寸前だった。


 そんな2人を見たロゼは思わず、平手打ちをしたのだ。魔力で強化かつ、風の力を使っての並大抵の相手なら意識を飛ばす威力で。


「私としてはあの威力で吹き飛ばなかった2人が異常だと思うの」


「………話を戻すわよ」


 彼女が黒板に書いたのは今、現在自分たちのもとにいる彼の事。


「戦争の後始末が終わった頃にふらっと彼奴は帰って来やがった。あの時は学園を上げて、盛り上がったな」


 そう、クレア達が丁度立ち直った矢先に彼は帰還したのである。


 ロゼ達は涙が枯れるほど喜び、彼に抱きつき、エルデらの戦友や親友達は勝利の美酒を煽り、語り合い、父は息子の帰還を噛み締めていた。


 けれど唯一、リリムだけは彼に何の興味も抱かず、戦勝祭に関しても研究室に篭り切り、外部から遮断した。


「あの時はリリムはおかしくなったのかと」


「もしくは無駄に意地を張っているのかとねぇ」


 彼女らはリリムの態度に疑問を持っていたのだが、それよりも怪しすぎる存在がいた。


「………でも違ったな」


「うん、むしろ彼の方が怪しすぎたわ」


 そう、即ち彼こと偽マコトである。


「そう。容姿はマコトそっくり、いえ肉体は彼そのもの。今、魔眼で彼の肉体を追っているのだけど、現在は部屋で寝てるわね」


「ええ、今日も性懲りもなく迫って来たからいい雰囲気にして、眠り薬入りの酒を飲ませてきたから大丈夫よぉ」


 リリムが黒板に、肉体マコトと書く。

 そしてすぐ横に、精神(マコト?)と書いた。


「はい、ここでマコトの能力をおさらい。彼の能力は神や幽体を自分に憑依させる能力持ち。そのせいで、洗脳や憑依に物凄く弱いという弱点がある」


「彼奴はそういった弱点があるから、肉体を乗っ取った可能性もあるというわけだな」


「ええ。彼を乗っ取った本命としては、シン・カラスマね。彼は最期の言葉で『覚えていろ』と言ってた。神でもあった彼が一番怪しい」


 鴉間慎。マコトの従兄弟にあたる人物で世界を滅ぼそうとした男。マコトが倒したとされ、マコトは世界を2度救った英雄として、妹による伝記の書籍化も決定している。


「対抗としては、アザゼル。いえ、セイラ・ソラノと言った方がいいかしら」


 空野星羅。マコトとは鏡合わせに位置する存在。魔王関連の出来事を利用して、世界ごと破滅しようとした破綻者。


「だが奴は悔しいが先輩の味方とも取れないか? 星覇祭の時もハロウィンナイトの時だって、影ながら先輩を助けていた筈だ」


「ええ。でも彼女は破綻してることに変わりはない。マコトがいなくなった今、彼の体を使っているかもしれない」


 リリムとしては彼女がマコトを助けているという事実を否定するつもりはない。


 しかし、かつて魔王が原因の出来事を利用したとはいえ世界ごと破滅しようとしたこと、自分を殺しかけた事は許すつもりもない。


「そこで私は確認の為にマコトの魔眼を使った。天眼なら、彼の正体を掴めると思って」


「おおナイスアイデアじゃねえか! で、結果はどうだったんだ!? 空野か? シンか?」


「結果はーー分からないって事が分かった」


 リリムの気落ちした言葉にエルデは思わず立ち上がりかけた腰を椅子に下ろす。


「状態は憑依。そして名前のところに?がついてる。少なくともあのマコトは私達の知ってる彼ではない事、誰かが彼の肉体を使っている事は確かめられた」


 リリムの声は暗いがこれは確実な進歩だ。彼の肉体が存在する以上、何らかの手段でマコトはこちらの世界に帰って来ていると言う事なのだから。


「それでリリム。遂に息子に繋がる情報を得たのだから、集めたのだろう? 早く話す方がいい」


「ええ。ここまでが今まで分かっていた情報。そしてここからが彼に近づく為の重要な情報よ。手元の資料を見て」


 流石に手元の資料を見るには暗すぎるので研究室の明かりをつける。明かりに照らされた資料には目を疑うようなものが載っていた。


「………これは?」


 そこにあったのは魔物の変わり果てた姿。魔物の上半身だけが地面から生えている姿や、横半分に埋められている姿。


 また別のページでは空き家が沈んでいたり、ディアブレリーの門兵が、夜中に城壁を通り抜ける人の姿を見たなど書かれていた。


「巷で噂になってる『幽鬼』。魔物が学園に近づいてることに隠れていたけど、実はこの幽鬼もこの学園を目指している事が分かった」


 資料には幽鬼の進んできた道から逆算して、割り出せばそれは学園に進むルートを歩んでいる事が判明したのだ。


「それでリリム? これがマコト君と何の関係があるの?」


「次の頁を見てもらえればわかる」


 リリムの促しにロゼはページを捲る。そこには門兵が見た姿や幽鬼の情報がこと細やかに書かれていた。


「胸元を大きくはだけたミリタリーベストとボロボロの制服を組み合わせた、妖艶な服装を纏った少女………!」


「この門兵、見てる観点が変態だ!」


「そうじゃない! これって空野の事じゃないか!?」


 エルデの阿保発言をジゼルは切り捨て、情報にある姿の少女を思い浮かべる。


「けど彼女はまーくんの中にいるんじゃないのぉ?」


「それは主が消えたから解放されただの色々と説明はつけられるだろう」


「落ち着いて、皆んな。これは一種の情報。騙されないで、彼女はかつて虚飾の力を持っていた嘘つきよ。これで誤魔化しにかかっているかもしれないわ」


 あまりの衝撃的な情報に冷静さを欠いたクレアとルナールはロゼに窘められることで、冷静さを取り戻し、資料に目を通していく。


「ロゼの言う通り。彼女がアザゼルだという証拠はない。けど彼女がアザゼルなら学園に向かっている理由もわかる」


「マコトがいなくなったからこそ、次の悪事を働く為にか!」


「校長の言う通り、その可能性は高い………まぁ、もうひとつの可能性もあるのだけど」


「………空野が先輩を助ける為に学園に向かっているかもか」


 研究室に沈黙が降りる。彼女の事だ、悪事を働くかもしれない、マコトを助けにきたのかもしれない。


 純粋に判断がつかないのが非常に面倒だ。あらゆるものへ嘘をつく彼女でなければもう少し、絞り込めるものを。


「とにかく、到達速度を見れば彼女は明日。よりによって学園が愛の日に到着する筈。どうにかして、彼女を捕まえて、マコトに関する情報を入手する」


「文字通り、最期まで一緒だった彼女なら何かを知ってるかもねぇ。任せて、見つけ次第捕まえてやるわぁ」


「こっちも何人か人形を紛れ込ませとくか」


「探知魔術に光による結界を張ろう。ロゼ先輩も手伝ってくれ。義父様、よろしいですね?」


「私は構わないわよ」


「う、うむ。まだ君に義理の父と呼ばれる筋合いはないが任せよう。ルナールは魔獣感知のアーティファクトを貸してくれ。そちらの対処も重要だ」


「うむ、任された」


「よしじゃあ皆んな、頑張りましょう。彼を取り戻す為に」


 皆が立ち上がり、リリムの言葉に頷く。


 世界を救った英雄を取り戻す為に。




 *




 そして愛の日、当日。

 学園は何処か浮ついた空気に包まれていた。


「こ、これあげる!」


「わ、やった! すっごく嬉しいよ!」


「か、勘違いしないでよね! たまたま甘いものが食べたくなって作った失敗作を挙げるだけなんだから!」


 初々しく、甘酸っぱい空気のもとで、あらゆる女子が男子にお菓子を送るその様子に、Fクラスの男子が遠い目をする。


「俺、今年は母ちゃんすら貰えないかな」 


「は? 何言ってんの? 今年から愛の日廃止になっただろ?」


「そうそう、確か、男子学生の尊厳を守るための国際条約に違反するとかで、廃止になったんだよ」


「大規模なデモがあったよな。この不当な制度を廃止せよ!って」


 などと、現実逃避気味の会話が漏れ聞こえる。


 そんな中、空気を読まない馬鹿が1人。


「あ、皆んなちょうどいい所に!」


 そう、神殺しの代行者、そして稀代の馬鹿、風桐礼央である。


 Fクラスの男子ーズが見た先、そこには両肩に担いだ袋とぎっしり詰まったチョコレート。


 Fクラスの男子はキレた。


「てんめぇ! よく俺たちの前に顔出せたなオラァァァ!!」


「オラ! そのチョコレートよこせや、ゴラァ!」


「ま、待って! これは皆んな用だよう!」


 両肩にかついでいた袋の中にはラッピングされたチョコレート菓子たち。しかもFクラス男子達の名前が書かれている。


「女子達に渡してって頼まれたんだ」


「やあ親友。一緒にチョコレートを食べようじゃないか」


「人生初チョコレートを存分に楽しもうぜ」


 掌ドリル並みの熱い掌返し。男子の友情は熱いものである。涙ながらにFクラス男子達がチョコレートを貪る中、レオの懐から何が落ちた。


「あっ」


「ん? 何だこれ………えーっと?」


「"代行者に愛を込めて"だと………?」


 それはマス目型の箱にクラス女子全員分の一粒チョコが収められていた。


 クラス男子用とはどう見ても気合いの入り方が違う、どことなく〝本気〟を感じさせる、それはそれは立派なチョコが。


 男子達の光のない瞳がグリンッとレオを見た。素晴らしい動きで、レオはサッと視線を逸らした。


「野郎どもぉぉ! ここに来て、我らの倒すべき相手を発見した! 行くぞぉぉ!」


 大地を震わす、男達の怨嗟の声がレオへ決闘を仕掛けたのは言うまでもない。


 そして、途中でレオはどこかに飛ばされ、『レオくんはドロシーちゃんが頂きました〜』という紙が落ちてきたことも言うまでもない。


「やれやれ、皆んな仕方ないな」


 そんな中で広場に現れたのは金髪緑眼の悪魔の青年。偽物マコト、略して偽マコトである。


 彼は朝起きたら、誰もパートナーがおらず、食堂に置かれていたファンクラブからのめちゃくちゃ気合いの入ったチョコレートケーキを片付けてから来たのだ。


 彼の目的としてはパートナーからの愛がこもったチョコレートを受け取ることなのだが、いかんせん見つけることが出来ない。


「やれやれ、全く困った子猫ちゃんたちだ」


 彼はとても寒い言葉と共に仕方ないとばかりに首を振る。


 そんな彼が広場に来たのはパートナーを探しに来たのと、学園の女子からチョコレートを貰えるかもしれないと思ったからである。


「あ、あの〜」


 そんな彼の思惑通り、1人の少女が彼の背中に声をかけた。偽マコトは女の子なら、見ただけで虜になるような笑顔で振り返る。


「やあどうかしたのかな?」


「その、真にプレゼントを………」


 愛の日で浮ついた空気だというのに魅惑の体つきに制服をきっちり着用して、長い髪はおさげにしている。一見地味だが、清楚さがその身を包んでいる。


「プレゼントか。ありがとう、受け取るよ」


 偽マコトは少女からラッピングを受け取る。中身は案外軽い。その上、何かカチカチという音も聞こえる。


「お菓子と一緒に時計が入ってます。貴方の時間が分かるように」


「へぇ………ありがとう。良かったら、時間はある? この後、俺の時間を君にあげようと思うんだけど」


「ーー勘違いしないで下さい」


 その少女が指を振るう。すると触れてもいないのに偽マコトが手にしていたラッピングが空に浮いた。


「ーーこれはテメェの死までの時間が分かるもんだよ、偽物野郎が」


 カチリと言う音と共に偽マコトの視界が熱と光に包まれ、


「チョコレート、渡しに来たぜ、守護者」


 観測者の背後からすさまじい速度と勢いでせり上がるチョコレート色の土砂流が、動きの遅れた偽マコトの全身を打ち据えて、飲み込んでいった。

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