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神の力

 「ん………合格」


 謎の声が聞こえた。


 星羅に助けられて、仮死状態になった後、次に意識を取り戻した先はかなり可笑しな世界だった。


 見渡す限りの草原で、暖かな太陽の光に草花が照らされ、爽やかな風がそれらの優しさを運んでいく。


 だが一歩踏み出していけば、暖かな太陽の光は曇天の空へと変わり、美しい草花は冷たい石の像へと変わる。風が運ぶのは粉塵で。


 また、踏み出せば今度は海の中、次に踏み出せば、空の上、次に踏み出せば地底空間と。


「歩けば歩くことに世界が変わってる………」


「ん、皆戸惑う」


 足を止めた俺の背後から何者かの声がした。可憐なその声は女の子にも思えるが、声変わり前の男にも聞こえる。


「ようこそ。己の世界へ」


「貴方様が………神様?」


「ん………どうなんだろう」


 振り向いた先にいたのは形容し難い者。少女かと思えば、瞬きの間に青年に変わり、瞬きの間に老婆へ変わる。


 姿が逐一変わり、何者かさえ推し量ることが出来ない。


「ん、気にしないで。己を見た人間は様々な姿に変わって、最後にその者にふさわしい姿になる」


「つまり………?」


「冷たい印象、鋭い目つき。肉感的な体つき。背丈は貴方よりは低めで、少女が憧れるような服が好き。無表情無関心だけど気を許した相手には笑顔を見せるような性格。人の上に立つような采配が得意。世界を敵に回しても守りたい人」


 何かしらの要素を、しかも何処かの誰かさんを指し示したような言葉を並べだすと、気づけば目の前にその人に似た人物が現れる。


「ーー!?」


「瞳は聡明さを讃えた碧眼。髪色は海のような青………違う、空のような爽やかな青色か」


 それだけでその人物が自分の考えたあの人に最も近いであろう姿に変貌する。


「………どうしてリリムさんを?」


「今、貴方が強く思う人物になるだけ。座って」


 大人化したリリムさんのような神様の指の先、またもやいつのまにか町の人たちが遊ぶような公園に変わった景色に用意されていたベンチに神様は座ると、俺にも同じように促す。


「ん、貴方は不思議な人。本来ならこの試練、達成できるはずがない」


「常々知りたかったんですけど、貴方達って何者なんですか? 神様と言われてもあまりピンとこなくて」


 ソフィア様の件から、ある意味俺や母さん、シンとは切っては切れない関係だと思い、当の本人に質問を持ちかける。


 神様は嫌な顔一つせず、まるで彼女のような仕草で答えてくれた。


「ん、合格者だし、簡単に説明してあげる。己達は最も多様性を誇る『世界』地球から生まれた者。貴方達が無意識の願いが形を成した者」


「集合的無意識の塊が意思を持ったもの………みたいな認識で良いですか?」


「ん。人の数だけ、願いがあり、それを叶える者達がいる。ヨハネスは『可能な限り足掻く』、ソフィアは『過去に戻りたい』という願いから、モルは『こんな現実は壊れればいい』という願いで出来てる」


「最後物騒すぎる」


 だからソフィア様は時間を操る権能を持ち、モル様は星羅に現実を歪める力を与えることが出来たのか。


「じゃあ神様達はその地球を守るとか、観測してるんですか?」


「ん、ちょっと違う。己達は意思を持ち始めるとともに、ひとつしか無い世界を自分が治めると争い出した。長きに渡るぶつかり合いの結果として、己達は地球を起点とし、派生した世界を作り出して治めることにした」


「えーと、つまり?」


()()()というのは貴方がいた地球、私達が呼ぶ『完全世界』をコピーし、己達の願いを形にしたような異なる世界のこと」


 つまり、この世界さえも元々は地球をベースとして、星守によって白紙化し、新たな歴史を刻まれた世界だというのか。


「それじゃあ、貴方様も?」


「神様全員が世界を治めているわけではない。観覧している者もいれば地球で呑気に暮らしてる者もいる。己のように世界の狭間で隠居してる者も」


 なるほど。目の前の神様やシンの神もそうやって隠居していたのを表舞台に引っ張り出してきたと言うわけか。


「なら、依代と眷属の違いは?」


「依代は神様を人間の身に下ろすやり方。神と一体化し、世界を治める権利を持つようになれるし、権能も使えるようになるけど、願いという純粋な概念に人の器が耐えられない」


「俺とか母さんじゃないと無理な話だと」


「ん。逆に眷属は神が自らの世界に干渉する為に作る者。人間を選び、神の力の片鱗を与える。汝の身近にいる鍛治神かつ戦神『アマツ』の眷属レオがいい例。扱える力だけしか与えないから調整しやすい」


「分かりやすく言えば異世界転生した際にチートスキルを神様から与えられるようなもの………でよろしいですか?」


「ん。例えが劣悪だけどその通り。だから逆に力を与えすぎて神様自身が死ぬということも多々ある。依代や眷属を選ぶには最新の注意を払わなきゃならない」


 神様の声色からあまり愉快な話ではないらしい。シンのように神から与えられた力を勝手に使うような人間もいるからだろう。


「それで神様は………というか、名前はなんですか?」


 合格したからにはきっと俺にシンに勝つ方法を掲示してくれるのだろうが、まだ神様の名前すら聞いてはいなかった。


「………アンノウン。誰もわからない、己さえもわからない『自分は何なのか知りたい』という願いの集合体」


 だからこその境界操作。自分が何者か、出来る事と出来ないことに境界線を引いていき、自らを確立するための力というわけか。


「己は記憶も定かじゃない。様々なものが入り混じって己を常に見失っている。だから己は依代を探していた」


「依代を? なぜ?」


 依代なんかになってしまえば神様はシンの例を見る限り、依代の生き方に左右されてしまうのではないか?


 俺も最初は依代かと思っていたが、話を聞く限りは眷属の方が神にとっても都合が良さそうだと言うのに。


 だというのに、彼女はなぜーー


「己は自分が分からない。意思があるけど意志はない。性別もなければ、神か人かさえ分からない。分からないだらけの欠陥品」


 ふと鼓膜を声が叩いた。何者かも分からない機械的な音声で。自らを探し続けた旅人が。


「だから依代を探した。依代を探し、依代と同化する。そうすれば己は漸く自分を定義できる。『マコト・カラスマ』が己を指す名となる」


 漸く見つけたのだ。己が何者かになるための方法を。


「ん。更に注意事項。己の力、境界操作は自己定義が曖昧だからこそ使える権能。自分を確立させた人間がそれを使えばーー」


「………使えば?」


「貴方は自分の境界線を見失い、世界と同化してしまう。恐れて使いなさい」


「………それは」


 声が僅かに震えていた。自分を見失い、何度も生死のループを行なったからこそ、身についた当たり前の感覚に怯えるように。


「貴方を受け入れた時点で俺が消えるということですか?」


「消えない。寧ろ、己が消える。自己の定義も曖昧な己は恐らく貴方に染められるから。だからーー己が貴方に成り代わるということはない。人々の無垢なる願いに誓って。貴方は"死"を恐れる必要はない」


「だとしても権能を使い過ぎれば………」


「貴方は何者でもなくなる」


 その宣告を前にして、死の記憶が蘇る。生まれた意味がわからなかった俺は母達が俺に繋いだように誰かに希望を繋げれば良いと思っていた。


 けど俺はーー誰かの代わりに死ぬのが怖くなった。


「………以前の俺だったら、きっと自らを犠牲にしてまでも誰かを守ろうとしたと思う」


「………傲慢。神様でさえ、誰かを取りこぼす事はある」


「………だけど貴方の試練で死ぬのが怖くなった」


「………それが当然。死に耐えられる者なんて、この世にいない」


「それでも、それでも俺には守りたい人がいる」


 死ぬのは怖い。俺を慕ってくれた仲間を失うのが怖い。


「守らなきゃいけない世界がある」


 死ぬのは怖い。俺が死んだ時に愛してくれた人が泣くのが怖い。


「だから、是非お願いします。貴方の力を貸して欲しい」


 死ぬのは怖い。だから、俺はどんな事になろうと生きなきゃならない。


「誰かを守ることと自分を大事にすることは等価値だって気づいたから」


 彼女はそれを望んでいた。俺もそれを望んだ。


「ん、シンではなく、貴方で良かった」


 心配げなアンノウン様の声にそう応じて、俺は弱々しくても笑みを作った。

 その表情を見て、安心したように俺の手を取る。


「貴方がいなくなれば悲しむ人がいる事を忘れないで」


 世界が音を立てて砕け散っていく。

 神様の声も遠くなっていく。代わりに温かな力が俺の心を掻き毟る。


「頑張りなさい。最初で最後の己の依代。貴方の未来が平穏であることを願ってる」


 最後の声と共に、世界はかき消えた。




 *





 聖域に死の風が吹き荒れる。


 燦然と輝きながらシンの背後に現れたのは7の輪後光。半径数十メートルはあるその輪から生み出されるのは無数の光弾。


 その1発、1発が地形を変えるほどの力を持っていることが肌で感じられる。


 巨大な後光を背負い、星の如き光を支配する様はまさしく神と呼ばれても過言ではないだろう。


 対する俺は蒼と黒が入り混じった魔力を鮮烈に吹き上げながら、無数の武器を生成する。現存する武器を氷で再現した弾丸はシンに引けを取らない。


 武器に纏わせた黒曜の魔力は俺の憤怒を形にしたようで神殺しをなすに相応しい力を有していた。


「やれやれ、神に逆らう愚かな悪魔め。神話の再現を繰り返す気か?」


「お前の神様ロールプレイはどうでもいいんだよ。ごたごた言わずにかかってこい」


 絢爛豪華な白金の輪後光と数多の煌めく星。

 暴力的で荒々しい蒼の暴風と闇色の空。


 それらが激突。空間が耐えられないとばかりに悲鳴を上げて軋んでいく。


 シンの指先に従うように光弾が複雑な軌道を残し、魔弾の隙間を抜け、迫る。夜空を彩る流星群のようなを前に俺は腕を突き出した。


 同時に闇氷の魔弾が砲火を上げる。光さえ飲み込み、溶かすような漆黒が相殺し、氷の飛沫に自らの顔が映る。


「やれやれ、馬鹿に力を与えてはいけないと何故気付かないのか。子供に拳銃を与えたら事故が起こるようなものだろう」


「お互い様だな。ブーメランの投げ合いにも程がある」


 愉悦を露わにしたシンの背後から光の輪を突き破り、眩いほどの翼を広げる。六対十二枚の光の翼、それを背負った奴が飛び出す。


「氷結戦線ーー"絶対零度の盾"!」


「緩いよ!」


 残像を引き連れながらの高速移動に俺の目では到底捉えきれない。かろうじて視界の片隅に収まる程度だ。


 けれど、奴の性格からして叩き潰すのはおそらく真正面だと思っていた。そして、その予想通りにシンは氷の壁に直撃。


「やれやれ、光の速度に人風情が追いつける筈がないだろう?」


 そのまま氷の障害を物ともせず、光の速度の拳が叩き込まれた。あまりの威力に内臓が口から吐き出そうだが、意地と気合で堪えてシンの腕を掴む。


 咄嗟に顎を残りの手で抑え、急所を庇ったシンは攻撃を防いだとばかりにこちらに余裕ありげな笑みを浮かべる。


「やれやれ、君の格闘術はいくらやってもーー」


「喋ってると舌噛むぞ」


 揶揄するように言葉を放つシンを遮って、拳銃を抜き撃ちする。狙った場所は頭と心臓、針穴を通すような精密射撃だ。


 しかし、それもまた彼の誇る神の力とやらを充満に利用した肉体を貫くことは出来ない。


「やれやれ、本当にやれやれだ。実力の差が分かっていない。馬鹿だから言っても分からないだろうが、俺は君より強いんだよ?」


「そっか、なら避けてみろよ」


 両者の距離はおよそ、1メートル圏内。即ち、俺の距離でシンはあまりにも間抜けな面を晒している。


「神様ならこんな弾丸食らわないよな?」


 横合いへ回り込み銃を振り下ろしつつ発砲し、シンが戯けたように右手首で銃身を叩き、手の甲で弾き軌道を逸らす。


「やれやれ、それが本気っ!?」


「何でそう、勝利宣言が早いんだよお前は」


 弾かれた手を地面につけ、地を這うような回し蹴りがシンの膝関節に炸裂。膝が笑うように落ちた彼の胴体へ拳銃ごと拳を叩き込んだ。


「おげえっ………!」


「物理的な攻撃なら通るみたいだな………後は近距離からの弾丸が」


「ま、までっ! どべぼっ!」


 人差し指が引き金を弾き、弾丸がシンの肉体へ突き刺さる。やはり貫くことはなかったが、衝撃で地面と並行に吹き飛んでいく。


「な、何で神様の俺に攻撃が!?」


「お前がそうなら、俺だってそうだ。少しは頭を働かせろ。神とやらにかまけたお前じゃ、悪魔は倒せないぞ」


 足元から飛び出す氷の鎖がシンの翼を含めて拘束。すかさず、奴は翼を震い、逃れようとするが、何よりも早くその端正な顔に膝蹴りをめり込ませる。


「く、ぐうっ………神の力を宿したのか!! この卑怯者があっ!」


「過信、油断。スペックに差があれば気にすることはないかもしれないが、同じスペックなら油断しない俺の方が上だ!」


 俺の叫びに呼応して、魔弾が連なり束ね持ち上がって打ち出される。ギリギリの水位にまで膨れ上がっていた精神の分水嶺が決壊するかのように。


「やれやれ! スペックに差がないだって? 君は分家で俺は本家だ! 生まれた時からその時点で差しかないんだよ!」


 天から降り注ぐ槍襖のような鉄骨の萼。されどシンは動かず、ただ左手でタクトを切るように振り切った手から放たれた妖光が横一線に薙ぎ払われる。


 加害範囲の内自分一人のスペースの空白地帯にし、魔弾全ては神の座には届かない。


「はっ! 神様気取りの大馬鹿野郎と英雄気取りの間抜け野郎なら、対して変わりはしねえだろ!」


 拳銃による弾丸が迫る中、シンは妖光の翼で自らの身を包み込み、光となって突貫する。弾丸全てを溶解させ焼き尽くしていく。


「神様気取りじゃない! 俺は神だ! 新たな世界を、新時代を築き上げる崇高な支配者だ!」


「支配願望は結構だが、お前は崇められた後に何がしたい! 皆がお前を崇めて、その後は考えているのか!」


 光から逃れる影のように身を揺らがせ、シンに肉薄する。幸いにもシンと同じような肉体のおかげで、まだ戦えている。


「世界をより良いものにするとか、人に試練を与えて成長を見守るとかさえ考えていないんだろ! お前は自分が崇められる快感に酔いたいだけでその後の世界の事なんか考えていない!」


「やれやれ、これだから人の気持ちも組めない下等種族は。俺を崇めることが何よりの褒美だろうが! 世界の行末に興味なんてあるものか!」


「キルディアとファレデウスは違ったぞ! あの2人は世界を美しくしたいと、その為に様々な犠牲を払った! 起こした事件を見れば屑かもしれないが、塵なお前よりかはマシな部類だ!」


「ほざけ!!」


「ぐぼっ……」


 同時にシンの右拳が俺の左脇腹に深々と突き刺さり呼吸が止まる。肉弾戦のみで人を殺せるシンの拳に身体が一瞬浮き上がるがーー


「……ああああああああああああああああああああ!!」


「がはっ!?」


 返す刀で闇を纏わせた掌底がシンの胸を撃ち抜き、シンが弾かれたように数メートル吹き飛んだ。


「お前はーー神様をやるには相応しくない」


「ーー!?」


 奴の目には俺が指を鳴らした直後、いつの間にか懐に潜り込んでいるように見えただろう。


 そして次の瞬間、バレリーナのように高く美しく蹴り上げられた靴底が奴の下顎を強かに打ち上げた。


「お前の生命活動を不可能にする!」


 脳天まで揺さぶる蹴撃に宙を舞いながらシンは勝ち誇るように権能を使う。しかし、すぐさま彼は驚愕する。


「な、何で! 倒れない! 死なない! 何故だ! まさかそれがお前の権能か!?」


「お前みたいに語れるほど自信がある能力じねないんでね。話すわけにはいかないな」


 違和感を覚えた手を握り締める。指先の輪郭がなくなりかけたのを確かめるように。


「は、ははっ! だがどうやら副作用があるみたいだな! お前にとってそれは合わなかったらしい!」


 俺の仕草を見て、すぐさま余裕を取り戻したシン。確かに副作用がある事にはあるが、


「あったからどうした? それでお前が権能を使えるようになるのか? 違うだろ? 権能もないお前が俺に勝てると思うなよ?」


 可能と不可能の境界を弄れば奴の力が無効化出来るのはわかった。ただし、自らの境界が定かではなくなると引き換えにだ。


「やれやれ、その権能が使えなくなるまで逃げればいいだけだと何故分からん。時間を稼げば稼ぐほどにお前の仲間の命は散るということに気づかない頭だからか?」


「ーー何だと?」


 挑発的な態度に不愉快さを隠せずに返せば、シンは心底愉しげに体全体で表現する。


「やれやれ、神になった俺が眷属を作り出していないと思ったのか? アンジュとルシアは俺の眷属だ。そしてーー」


 シンが凶悪さを隠しきれずに牙を剥く。まるで今からの未来を予測し、その光景さえも支配してるようで。


「俺もまだ本気なんて出してないんだよ、やれやれ」


 瞬間、光の翼が俺の世界を埋め尽くした。

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