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圧倒と奪還

 閃光と爆音、光芒と鮮血が夜に舞う中で


「龍闘流法"付和雷同"!!」


「無駄だよ。」


 黄金の龍は傷だらけの体をおして強大な敵に立ち向かう。


 雷を伴った背後からの回し蹴りは空を切り、脊髄反射で頭を下げた先をいつのまにか後ろに回り込まれいた剣の切っ先が通り過ぎる。


「龍闘流法"雷電回天"!!」


 足の親指に力を入れて回転した勢いで彼の鳩尾に渾身の一撃を叩き込む。


 しかし、アルフレッドはそれを片手で軽々しく止めると彼女の手を掴んだまま地面に叩きつけ始めた。


 クレアは竜の爪を地面に減り込ませてそれを止めると口から放つ火焔によって距離をとる。


「流石は龍人。炎魔法も得意か。」


「あれだけの至近距離で火傷なしだとお姉さん自信なくなっちゃうなあ。」


 火龍の息吹を受けても平然としているアルフレッド。対して満身創痍のクレアは既に倒れたリリムを横目に自身の残り魔力を体に帯電させる。


「貴方の魔眼は私達の魔力、身体能力を奪うものね?道理で最近学園で魔力欠乏が起きていると思ったわ。」


「大体当たってはいるが特筆すべきは魔眼によって吸い込んだ力は全部俺のものになる。今の俺はお前の10倍の魔力はあると考えていい。」


 アルフレッドの魔眼『吸眼』は視界に写った対象の力を奪うことが出来る。

 奪った魔力は好きな時に引き出すことが出来、他の者に与えることも可能だ。


「アルフレッド〜暇だよ〜早く倒してよ〜」


 現に莫大な魔力を渡されて傷を癒したフィリアは残存魔力の少なかったリリムを倒して高みの見物と洒落込んでいる。


「しかし『黄金の雷撃龍』も大したことないな。本当に3つ首龍最強なのか?」


 剣を地に突き刺し、煽るアルフレッドに歯噛みするクレア。


(私の魔力も根こそぎ持っていかれたもの。龍化する魔力すら残ってないわ。)


 それでもまだ戦えているのは彼女の実力だ。

 莫大な力を持ち、扱うからこそどうやっていなせばいいか、防げばいいかが分かるのだから。


(最初から全力で殺しにいけばよかったわね。変な甘さを見せずにフィリアを殺しておけば幾分かは楽になったかしら?)


 ビルの方に目を向ける。

 時折聞こえる地響きに炸裂音に爆発音。

 中にいる彼は大丈夫なのだろうかと心配になる。


(契約は切れてないからまだ生きてる。私の体がもう動かない以上は彼が帰って来るまでの時間稼ぎをするしか無いわね。)


 自慰の後のような倦怠感を抱えたまま彼女は構える。


「聞け!魔に堕ちた人の子よ!我が名は『黄金の雷撃龍』クレアシオン!誇り高き龍人なり!この身朽ち果てるまで我がパートナーに手は出させない!!」


 空気を震わす咆哮にかつての誇りを乗せて彼女は謳い上げる。


 弱き己をくじくため。

 悪なるものを止めるため。

 仲間たちを守るため。


 再び彼女は心に一本の剣を持つ騎士となる。


「名乗り上げか……俺はアルフレッド・ファルスチャン。魔眼持ちの勇者だ!行くぞ!」


 対するは別世界から迷い込んだ『編入生』。


 その剣にクレアのような信条はない。


 魔眼持ちという優越感。

 従わない者はいらない選民思想。

 自分は素晴らしいという自己顕示欲。


 そんな傲慢で高慢な剣を振りかざし、自身に溺れるアルフレッド。


 彼の剣技は才ある者の卓越した剣技では無い。

 努力して到達した鍛錬の果てでもない。

 遊びで振るう子供のような剣だ。


「『強化』『瞬発』!からの『浸透』!!」


 しかし、そんな剣技もパートナーの力が加われば十分な殺傷力を持つ。


 ひと息に踏み込んだだけで距離を取っていたクレアの懐に潜り込み、剣を振ると見せかけた拳を打ち込む。


 だがお遊びの世界で生きてきた彼と彼女は違う。


 いつだって命をかけた戦いで格上にも格下にもかかわらず逃げずに、油断せずに勝利をおさめてきた歴戦の強者なのだ。


 唸る剛腕を手刀で弾き、隙だらけの剣先を首を傾げて髪の毛を斬り飛ばさせ、空いた胴体に臓器を抉る拳を打ち込む。


「『堅牢』悪いな効かね…」


「龍闘流法"驚浪雷奔"」


 舌を出して馬鹿にしようとしたアルフレッドの腕と襟元を掴むと全身の力をバネにして持ち上げるとそのまま背中から地面に叩きつけた。


「雷霆の如くーー砕け散れ!龍闘流法"雷騰雲奔"!!」


 破裂音にも似た空気音を奏でながら闇すら飲み込む黄金の雷神の拳が仰向けになったアルフレッドに迫る。


 バキンッ!!と音を立ててクレアはその場に崩れ落ちた。


「お前には行ってなかったか?フィリアの力は『屈折』と『歪曲』だ。俺の体に触れる前に全ては捻じ曲げられて俺には届かない。」


 折れた右腕を庇いながら必死に距離をとるクレア。

 だがそれよりも早くアルフレッドが心武器を手に取った。


「『貫通』『強化』『延長』!!」


 一閃の煌めき学園瞬いたかと思うと脇腹を貫いて膝をつくクレアの姿がそこにはあった。


「龍人の……鱗を貫く…なん……て」


 前のめりに喀血を吐き、顔を上げた先にはアルフレッドが意地悪い顔で立っていた。


 アルフレッドは強化した片手で彼女の顔を固定すると唇が剥がれそうな程の熱い口付けをする。


 恐らくは彼女との契約を結ぶためだろうがそれも踏まえて楽しんでいるようだ。


 赤い舌が桃色の唇を堪能し、口内を蹂躙した所でガリッという音と共にクレアから顔は離れ、陥没する勢いで頭突きをお見舞いされる。


「てめえ!貫通と強化!」


 それにより、頭に血が上ったアルフレッドは鼻血を出しながらも剣を使ってバットを振るかのようにフルスイングした。


「 あ?」


 そこでアルフレッドは異変に気付く。


「能力が使えねえ……だと?」


 自分は貫通と強化の能力を使った筈だ。

 だがそれが発動しなかった……つまり


「契約が切れてやがる!?どういう事だ!?」


 焦るアルフレッドは龍の鱗を貫けたかったとはいえ砂埃を上げてボールのように廃ビルの壁を突き破って飛んで行く彼女を横目に噛まれた舌からの血を吐く。


 砂埃から何かが飛んでくる気配はない。

 最悪の事態ではなさそうだ。


 おそらく学園側のパートナー達が契約を結びなおしたのだろう。


 そうに違いない。そうに決まっている。


「チッ、舌噛みやがって!どいつもこいつもお高くとまってんじゃねえぞ!売女ども!どうせテメェらみてえな雌は自分から腰振って誘ってんだろ!」


 余りの興奮で加減は出来なかった、もしかしたら死んでいるかもと笑いながら砂埃の晴れるのを待つ。


(ふん!雑魚みたいなパートナーはどうでもいい!それよりも魔女と龍人の方がいいに決まっている!そうだ……クレアが生きていたら両手両足を折って性玩具にしよう。意識があるとなおいいな、魔眼で力を吸いながらあの豊満な肉体を貪るんだ。リリムは……革ボンテージとか着せながら調教しよう。あの無表情が快楽に喘ぐ姿は最っっ高だろうなぁぁぁぁ!!)


 下衆で卑劣、人として生かしてはいけない部類であるアルフレッド(本名 原木陽太)


 だが


 土煙が晴れていく。


 廃ビルに空いた穴から3人の人影が見える。


 熱狂が冷めていく。


「クレアさん……後は俺がやります。ロゼさん、後は頼みました。」


「ええ……けど大丈夫?相手は2人しかもSクラス。マコト君だけで勝てるとは……ううん、ごめんなさい。必ず勝って。」


 白髪の少女はクレアを引きずりながらビルの更に奥へと入っていく。


「オイオイオイ!オイオイオイ!なんだなんだなんなんだコイツはよぉ!?」


 闇夜の中でも輝く金髪


 全てを見抜くかのような翠の瞳。


 それでいて今にも噴火しそうな火山を前にしたかのような感覚。


 そして何より目立つのは黒と白の二丁拳銃。


「殺しはしない、だがお前のお遊びはここまでだ。」


 月明かりの下、現れたのは1人の男


 所属 Bクラス

 能力 無視


「決着つけようぜ、『編入生』いや転生者!!」


 名前ーーマコト


 転移者である男が今、転生者の前に立ちはだかる。




 *




 時刻は少し遡る。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 無言で四方から飛んでくる殺傷力高めの魔法。

 講堂内で受けた雨嵐とは比べ物にならない天災のような魔法の数々を俺は紙一重で回避していた。


 魔眼で空間が歪む場所、魔力の流れ、彼女の視線を見抜かなければ既に俺は遺体とかしているだろう。


 それほどまでに合理的に論理的に魔法を放ち、退路をなくし、特大の魔法を炸裂させてくるロゼさんは間違いなく魔法の天才だ。


 こちらも魔眼があるとはいえ無傷ではすまない。

 既に制服の上には焦げた跡や空いた穴、下は転がって避けたりしたせいで膝部分に穴が空いている。


「アッアッア……アァァ!」


 避けられていることに苛立ちを感じているのかさらに勢いが増す。


「尋常じゃない魔力量だな!?これ全部上級魔法だろ!?全く魔道に愛されすぎーー」


 チュン!と頬のすぐそばを何かが通り、そこから熱い何かが漏れ出す。


 手を触れてみるとぬめっとした感触とともに鉄臭い匂い、すなわち血だ。


 紙で切られたような浅い傷ではあるが激しく甲高い音ともにコンクリートでできた壁が溶かされたところから当たったら生きていられないことはわかった。


 何が飛んできたかも理解できない中、ロゼさんの体が発光、その中で頭で反応するよりも直感のもとに横っ飛びする。


 飛来した何かに肩の肉を抉られ、着地を失敗したがお陰で見えた。


「…レーザービーム!?そんな魔法なんて!!」


 しかし、魔法学の授業で先生が言っていたことが頭をよぎる。


『種族によって固有魔法と呼ばれるものを持つ。龍人なら雷のようなものをだ。』


 要はあの一撃も固有魔法、だが人であるロゼさんに使える固有魔法は無だ。


 となると光魔法はほかの種族が使える固有魔法となる。


「おいおい、ロゼさんを無能なんて言った奴は目ん玉抜け落ちてんのか?無能どころじゃねえ!魔法に関しては手を出しちゃいけない部類だろ!」


 俺の叫びを遮るように青白い光が飛んでくる。

 流石は光魔法、速さは受けてきた魔法の中で最も早いが避けられないわけではない。


「んっ!?何だ!?」


 それは足が動けばの話だ。


 突如動かなくなった右足に目を向けると足首迄黒い塊が巻き付いていた。


「何これ!気持ち悪!?」


 その隙を逃さんとばかりに極太のレーザーが飛来する。


 流石に銃を右手で持ち直すと3発地面に撃ち込み、コンクリごと足を固定している黒を作成して靴の装飾にして靴を脱ぎ捨てる。


 片足裸足のなかで光の奔流に消えていくお気に入りの靴を見ながらも俺は光線のすぐ横を走り抜けてロゼさんのもとに向かう。


 どうすれば彼女が止まるか分からないが少なくともこれは彼女自身がしたくてしている訳ではない事が分かる。


 恐らくは防衛機能の一種なのだ。

 暗闇に閉じ込められて朝も夜も分からないなかで暴力を振るわれ、人間として尊厳も奪われた彼女が壊れそうな心を守った結果だ。


 責めるのは彼女ではなく、ここまで彼女を追い詰めたアルフレッドだ。


「ロゼさん!聞こえてますか!?もう大丈夫ですから!迎えに来ましたから!」


 必死に叫ぶその声は彼女には届かない。


「なら何度でも伝わるまで!この声が枯れるまで!貴方を呼び続けます!」


 全身を焼く紅蓮の焔をかいくぐり、死を感じさせる光弾を魔眼で当たらない位置を探りながら駆け抜けていく。


 コンクリが盛り上がり、生き物のように俺の体に食らいつく。

 それを拳銃で払い、撃ち、ロゼさんの元へ向かう。


 あと一歩、その距離でロゼさんは氷柱を打ち込んでくる。


 後ろに下がれば後はない。

 もう彼女に近づくチャンスはここしかない。


 恐怖を押さえつけ、不安を無視して氷柱の中に突っ込んでいく。


 右腕に刺さった。まだいける。

 左太腿を抉られた。あと少し。

 腹を貫通した。もう大丈夫。


 伸ばした手は彼女に届いた。


 ロゼさんは小さな破裂音を立てて体から電気を迸らせる。離せと拒絶するかのような雷に意識が飛びそうになる。


「こんな……攻撃効かねえよ!ロゼさんが受けた屈辱に比べたらマシだ!」


 だが離さない。

 両手を背中に回して抱きしめる。

 唇を耳元に近づける。


「もう大丈夫ですよ、一緒に帰りましょう。ロゼさん」


 心配はないと安心させるように

 子供に言い聞かせるように優しく穏やかに伝える。


 彼女の虚ろな目から一筋の涙が溢れた。



 *




「……………ここはどこ?」


 微睡むような意識から覚醒した私は寝ぼけ眼の目で辺りを見回す。


 壁には著名な画家が描いた風景画に豪華な調度品、1人で寝るには大きすぎる天蓋付きのベッド。


 そして使用人ににこやかな笑顔を振りまき、清廉な白のドレスを着てくるくると回る、幼き少女、


「これって……昔の」


 そうだ、ここはまだ公爵の身分だった頃の私の部屋。そして公爵令嬢と名乗れる最後の日だ。


 この後、神妙な顔の父が入って来て王国の借金の一部を負担して土地を手放した為に貴族の地位を没収されて没落することを告げられる。


 風景が切り替わる。


 次に移ったのは今の私の実家、古びた小さな洋館に住んでいた私は10才になっていた。


 10才の私は蜘蛛の巣などがかかった大広間で家族やエルデ君達の王族に囲まれて1人の老人が差し出した丸い水晶に手をかざしていた。


「そうだ……この頃に私の能力が分かったんだっけ。」


 10才になると王国が能力や武器の管理をするために王国の測定者が能力を測るのだ。


『我が娘の能力は…どのようなものですか?』


 父が難しい顔をしながら測定者に聞く。

 測定者は同情の目を私にむけて私の能力を父に伝えた。


 今でも父の憂鬱な表情は忘れられない。

 私がこれで優秀な力の持ち主ならそれを欲しがる貴族達もいただろうに。


『ごめんなさい……ごめんなさいっ』


 私は子供ながらに分かっていた。

 自分のせいで父母の希望を潰してしまったこと。

 私は無能だということを。


『泣かないで、ロゼ。貴方は悪くない。何も悪くないのよ。』


『そうだ、当たればいいなというくらいだから気にやむ必要はない。悪いのは私達だ。』


 両親はわんわんと火がついたように泣き喚く私を抱きしめてくれた。


 景色が変わる。


『お父様!私のパートナーはアルフレッドです!あの公爵家のアルフレッドですよ!』


 これは学園に入学し、パートナーが選ばれた次の日の寮の部屋で両親への手紙を書いていた時だ。


 この頃の私、いや私の家がアルフレッドの家に多大な借金をしている事など露知らずに呑気に鼻歌を歌いながら筆を紙面に滑らせていた。


 視界が歪む。


 歪みがおさまった先には私が頭を下げてアルフレッドにパートナーを解消しないように頭を下げていた。


 手紙を書いていた1ヶ月後のことだった。


『君は私に相応しくない。君は私の成すこと全てに口を出すじゃないか。』


 口を出していたのは授業中の態度や部屋の掃除など。真面目だった私は噂とは違って予想以上にだらしない彼の生活を改善しようとしたのだ。


 だがそれがカンに触ったらしく、私は学園から一方的にアルフレッドの契約を断ち切られた。


「私が言いすぎたかもしれないけど……」


 部屋が汚いから片付けて

 学園からの支援金を1人で無駄遣いにしないで

 授業にはちゃんと出て。


 このような事を私は言っていた、自分でも守るように行動した。


 多少は許した。

 だが部屋内が汚れた服や食い物が私のベッドまで進出しているのはさすがに見過ごせない。


 多少は見逃した。

 男同士の付き合いもあるだろうと支援金の割合を彼を高めにしておいたはずがいつのまにか私の分にまで手をつけていた。


 多少は譲った。

 授業をサボって考えたい時もあると思って無理に授業に出させないようにした。気づけば1ヶ月行かない日もあった。


 学園からは私が責められた。

 アルフレッドは悪く無いと私が間違っていると。



 世界が変わる。



『ほら、あれ無能の会長よ。』


『アルフレッド様に歯向かったんですって!?まあなんて血も涙もないかたですの!?』


『見てみなさい、あの顔を。心の醜さが顔に現れていますわ!』


 学園に来て2年、私は孤立した。


 アルフレッドに逆らったという噂が流れ、クラスの大半の貴族の女子からは無視され、男子からは倫理を乏した決闘をかけられる毎日。


『貴族の権力で学園生徒会長の椅子に座ったんだろ!』


『魔法しか役に立たないお前なんざいらねえよ!』


『学園を辞めちまえ!』


 幸か不幸か父の働きとアルフレッドが潰した貴族のおかげで私の家は貴族の地位を得た。


 だがそのせいで私は平民にすら嫌われて前代から指名された会長職さえも奪われそうになっていた。


 私は頑張った。

 学園に有用な規則を作り、生徒たちのことも考えた遊戯なども提案した。


 魔法の腕だけはあったので魔法の腕を磨き上げ、遂には学園で1番に上り詰めるまでの実力を持つようになった。


『これだけ頑張ったら皆んなを見返せる。もう……無能なんて言われない!』


「私はそう信じてた。けどそうはいかなかった。」


 世界を闇が覆う。


「誰も……私の頑張りを認めてはくれなかった。誰もが鼻で笑った。だから何?と!無能の肩書きは何も変わらなかった!!」


 誰もが出来ない五重魔法を使っても見返すどころか非難が飛ぶ。

 生徒会長を務めても生徒会以外の生徒達からは罵倒の嵐。


「リリムは気にしてはいけないと言ってくれた!だけどだったら私は何の為に………今まで頑張って来たの……」


 私は踞る。

 心が黒いものに覆われていく。


「もう……やだよぉ…」


 ポロポロと涙が溢れる。

 涙は黒に全て吸い込まれる。


 子供の頃から無能と蔑まれ続けた彼女は負けるもんかと頑張って来た。


 だが誰も彼女を褒めなかった。認めなかった。

 褒めたら彼女が優秀だと。認めたら自分たちより有能だと。

 地位が格下の没落貴族風情に負けたということが明らかになるからだ。


 誰もが冷たく、彼女を貶した3年間の学園生活はまるで星も月もない闇夜のようであった。


 だがーー


「……な、に……これ?」


 明けない夜はない。


 彼女の手に落ちた僅かな光の中にはある男が映っていた。


「……マコト君?」


 夜が明ける。


『いや、今めっちゃ間があったよ?すっごい悩んだよね?ねえ?』


 これは初めて会った時の……そうそう新しい教科書を買いに城下町に下りた時に絡まれた彼を助けてあげたんだ。


 銀貨30枚というそこそこの大金に私の心が揺らいだ時の言葉だ。


『あ、初めまして学園に留学する事になりました……真といいます』


 これはその後、エルデ君の痴話喧嘩を止めようとした時に再開した時の言葉だ。


 初めて会った時の印象は優しい人だと。

 太陽のように暖かな人だと。


『貴方に助けられた恩を返しに来ました。』


 これは策に嵌められて逃げられない決闘の中に乱入して助けに来てくれた時の言葉。


 私よりも年下のはずなのに私を庇って前に立つその背中は誰よりも大きく見えた。


『泣くなら勝って借金が無くなった嬉し涙を流してください。それまでは泣いちゃダメですよ』


 巻き込んでしまった責任から謝罪をする私に対しての慰めの言葉。


『貴方じゃなきゃダメなんです。』


 目を覚ました彼の自信に満ち溢れたその言葉。


 私がその言葉にどれだけ救われたか。

 どれだけ嬉しかったか、貴方は知っているかしら?


 その後、彼は決闘に勝利して私を助ける代わりに問題児の烙印を生徒達から押される。


「私、直談判に行ったんだった。彼のは事故だと。悪いのは決闘を受けた私だと。」


 その後、先生からマコト君のパートナー任命書を貰ってエルデ君達に手伝ってもらって急いで部屋の模様替えをおこなった。


「マコト君のパートナーになった時は正直驚いたなぁ」


 引っ越しで汗をかいた服を着替えようとした時にいきなり開けられた扉、そこには死にそうな顔から一気に真っ赤になるマコト君がいた。


 迷妄醜態が頭を占拠する中で唱えた魔法で扉ごと吹き飛ばしたのは悪いと思った。


『ほら俺、危うく人殺しそうになっちゃたから、清廉潔白な会長には釣り合わない気がして』


 沈んだ声で言われたその言葉。


 私は貴方が思ってるほど出来た人間じゃないんだよ?

 誰かに認めて欲しくて……『貴方のおかげだ。』と言われたくて。


『そんな俺でよければ……これからよろしくお願いします』


 そして夕日が沈む部屋の中で交わした言葉。


 マコト君、こちらこそだよ。

 貴方がいなかったら私は……


 気づけば誰かの声がした。


 暖かな、それでいて力強いその声の方向へ走り出す。


 心臓が高鳴る。

 体全身が熱くなる。

 けれど意識はとても穏やかだ。


 光の向こうに両手を広げた彼が待ってる。

 私はその胸にとびこんだ。




 *




「マコト君……?」


「ロゼさん……?」


 ロゼさんの目に光が宿る。

 それを見て俺の体から力が抜ける。


「ーーっ!!」


 ロゼさんが泣いてる。

 誰だ泣かしたのは……


 嗚呼、俺か。




 *




 記憶がない。

 アルフレッドに拉致られてからの一切が思い出せない。


 私が何故ここにいてどうしてマコト君が傷だらけなのかも分からない。


 だけど!


「しっかりして!マコト君!必ず助けるから!」


 きっと私がやったんだ、だったら私が助けなきゃ!

 いつまでも助けて貰ってばかりじゃいられない!


「お願い!目を覚まして!」


 耳に入る声が遠い。

 喉が潰されているようだ。

 これじゃ詠唱が出来ないっ……だけど諦めるなあっ!!


 力いっぱい両手を倒れた彼に押し付ける。

 頭の中で魔法の新しい考え方や思考がどんどん生まれてくる。


 探せ

 探せ

 探せ


 彼を救う為の答えを!


 残り魔力全部を注ぎ込む。

 詠唱を通さずそのまま魔力で現象に干渉する。


「お願い!成功して!」


 更に力を込めた。

 すると魔力が形になり、正しく彼の体を癒し始めた。

 無詠唱魔術を自身の手で成功させたのだ。


「んっ……ロゼさん?」


 彼が呻きながらも目を覚ました。




 *




 意識を失っていたらしい。

 目の前には大粒の涙を零す彼女の姿。


「マコト君……ちょっと聞きたいんだけどいい?」


 喉を治したらしくしっかりした声で髪を撫でながら彼女はそう言った。


「今回、マコト君には何も関係無かった…私と彼の問題で…目を瞑って、何も知らなかった事にすれば、貴方が欲しがっていた今まで通りの平和な日常を送れたのに…」


 それは自分の問題に俺を巻き込んでしまった罪悪感からなのか声は震えている。


「なんで…なんでこんなボロボロになって、心臓も止まってたかもしれないのに…どうして助けに来たの?」


 顔に雫が落ちる。

 不安げなその顔に俺は笑った。


「貴方のパートナーだからだよ。」


 鴉間真は大のお人好しである。

 だから助けに来た。


 それ以上の崇高な理由もそれ以下の下衆な理由も存在しない。


 彼女が自身のパートナーだったから助けに来た。

 ただそれだけの話だ。


「そんなものの為に……?」


「そんな事が俺が大事にしてることなんですよ。」


 笑いかけて左手で彼女の白髪を撫でる。

 くすぐったいようだが拒絶しない彼女を見て小さく息を吐いた。


「俺に出来る事があればなんでも言ってください。でも出来る範囲でですよ?頑張ったから褒めて欲しいとか、そんなくだらないことでも何でもいいんで。貴女が背負った物を分けてください。パートナーなんですから。」


 長い道のりを重い荷物を持って1人で進めないなら誰かと分け合えばいい。


「……私は言い方が厳しいよ」


「知ってます、その中に確かな甘さもあることを」


「……貴方に甘えるかもしれない。」


「ロゼさんみたいな美人さんが甘えてくれるならどんとこいですよ。」


「私は…………無能だよ?」


「そんな訳はない。貴方は誰よりも有能だ。自信を持って、貴方は学園1のパートナーだって。」


「そんな私でいいの…?」


「貴方がいい。他の誰でもない貴方が。」


 空が白んで来た。

 朝の光が2人の影を伸ばす。


 2人は黙りあったままただ静かに想いを込めた優しい口付けを交わした。


 触れ合ってい顔が離れて、互いに息をすることすら忘れて見つめ合う。

 上気した頬。潤んだ瞳。ロゼさんの瞳に映る自分も、蕩け切った顔をしている。


 だが余韻に浸っているだけの時間もない。


 巨大な建造物が壊れたような音と廃ビルを揺るがす振動。


「下から!?まさかクレアさん!?」


「急いで下に行こう!マコト君!」


 立ち上がった2人は下へ下へと階段を下りていき、音の原因は一階のそこにいた。


「クレアさん!?」


「はぁい……呼んだ……?ま…ーくん?」


 何本か砕けた柱の瓦礫に埋もれ、蜘蛛の巣のようなヒビが入った柱に寄りかかりあらぬ方向へ向かっている右腕を抑えているクレアさん。


 彼女の足元にはスプラッター映画真っ青の血溜まりが広がっている。

 どう見ても致死量レベルなのに意識を保っているクレアさんの強さを改めて再確認した。


「アルフレッドか……」


 ビルの外、砂埃の果て、土煙の向こう側に奴はいる。


「まーくん?……駄目よ、今の彼は私やリリムの魔力全てを奪っているわ。私達だけじゃあ…」


「喋らないで下さい、クレアさん。傷口が開きますよ。」


 ロゼさんが治療を施し、大分マシにはなったみたいだがそれでも彼女は立ち上がれない。


 なら俺が行くしかない。


「クレアさん……後は俺がやります。ロゼさん、後は頼みました。」


「ええ……けど大丈夫?相手は2人しかもSクラス。マコト君だけで勝てるとは……ううん、ごめんなさい。必ず勝って。」


 互いに笑い合う。

 砂煙は晴れた。


 その先に嘲笑する2人がいる。


 名前 アルフレッド

 所属 Sクラス

 武器 両手剣

 種族 人

 魔眼 吸眼

 追記 異世界からの転生者。又は編入生


 名前 フィリア

 所属 Sクラス

 能力 屈折→歪曲

 種族 龍人

 追記 クレアの妹


 魔眼で見た情報がこれか。

 最初よりも観れる情報が増えているのは俺が魔眼の使用に慣れて来ているからか。


 正直なところぶっ殺してやりてえ。

 だけどこいつの為に払う俺の幸せなんてない。


「殺しはしない、だがお前のお遊びはここまでだ。」


 だから殺さない。

 例え腕が欠損しても目ん玉抉っても、死んだ方がマシと思っても生かしてやる。


「決着つけようぜ、『編入生』いや転生者!!」


 どちらも異世界出身。

 転移者こと『転入生』と転生者こと『編入生』

 そして魔眼持ち。


 だが相入れることのない2人はこうして向かい合う。


 そしてマコトからの号砲が最終決戦の合図となった。

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