桁の違う怪物たち
申し訳ありません。ルナール編の書きためていた話が抜けていたことに気づいた為に今更投稿します。
特に気にしなくても問題はないです。
リングの上で2つの爆音が炸裂する。
1つは女同士の戦い、そしてもう1つは
「が………アッ!」
シンが既に崩れかけたリングの上を二回、三回と転がった音だ。
すぐに立ち上がったシンは罵倒も口にせず、離れた距離を一瞬でゼロに縮める。
そして俺たち3人は瞬時に激突した。
シンが拳を振るう。狙いは星羅の胸部、だが分かり易すぎる。俺は2人の間に割り込み、シンの拳を腕で受けた。
星羅はそれを理解したように左のアッパーをシンに向けて放つ。ガードしきれないと分かっているからか、僅かに固まったシンへ足の指を砕くために星羅は思いっきり靴底を叩きつけた。
その痛みに悲鳴をあげる間も無く、星羅の拳が顎に突き刺ささる。しかし、シンはそれを耐えて星羅の足を掴む。
体勢を崩された星羅へそのまま直角に曲げて折ろうとしたのだろうが空いてる手を俺が取り、体の位置を変えるように投げる。
体勢を整えようと足に力を入れたのだろう、彼が息を吸った瞬間、星羅の自由な足がシンの顔面を蹴り飛ばした。
「やっぱり喧嘩慣れしてないな。体に技術が追いついて来てない」
「おいおい私はあんまり肉弾戦できねえのにここまでやられるのかよ、情けねえ」
先程からこうして俺が防御、彼女が攻撃と役割を担って戦っている。
「く、そ………お前らの攻撃を不可能に………これでどうだ!」
「だとよ、私ら攻撃できねえらしいぜ?」
「そしてあいつの攻撃は当たるのか」
「「何だ、その無理ゲー」」
「分かったなら謝った方が身のためだ………やれやれ、俺は優しくて困ってしまうよ」
「仕方ない、星羅プランB」
「あいよ」
そして次の瞬間、彼女の影からのそりとひとりの男が這い上がってくる。それがただの人間ならまだしも理解は出来たはずだ。
だが出てきたのはこの世界の奴なら分からない服装、エルデ辺りなら腹を抱えて笑う程の人形。
「パイロット………?」
そこまで気づいてその先に出てくる結末が予想出来たのだろう。滅茶苦茶な速度で突っ込んできたシンを俺は肩で押さえつけるように受け止める。
その間にも背後の人形はある乗り物に乗り込み、既に上空へと飛びだっていた。
「馬鹿か、何で戦闘機が!」
「外見だけを繕った偽物だ。けどお前を倒すには十分すぎるだろ。だって自立した人形が戦闘機を操ってお前を攻撃しようとしているんだから」
そして迫るミサイルの音、ルナールさんとキルディアは迫る兵器に気がついたようで各々の方法で身を守る。
「そして俺らは空の彼方へ」
銃を持った俺たちは移動で爆風すら届かない空中へ、地上ではシンを狙ったミサイルが勢いよく爆発し、リングの上を別物に変える。
おさまったところで地上に降り立ってみれば怪物2人は火傷すら見せず、災害の中心点には心武器で体を支えるシンがいた。
「いくら神の肉体っても限度はあるみてぇだな」
「まあ同じ戦法は2度も通用しないだろう、つぎの設定は『俺への攻撃を不可能に』だろうな」
「お、俺への攻撃を不可能に………っ!」
何とか立ち上がった彼を前に俺は肩を竦めれば分かり易すぎる思考回路に星羅が呆れている。
「でもこれで次の設定は出来ないな? 俺たちはだいぶお前をぶちのめしたし、ここらで降参しても全然構わない」
「けど、あれだろ? 次から私らはルール無用の殺しをするって事だ。お前は耐えられるか? 部屋にいても外にいてもビクビクしながら過ごさなきゃいけない生活。やべ、超楽しくなってきた!」
まあ殺す気はしないが学園で見かければシンは情けで勝てた、実力では負けているという悔しさにいつ殺されるかわからない恐怖を前にして過ごさなきゃいけなくなる。
それをシンが耐えられる筈がない。
「こ、降参は解かない! お前か俺が死ぬまで争うだけだ! ぶっ殺してやる!」
「あんまり強い言葉を使わないほうがいい。弱く見えるぞ」
もろに挑発すれば心武器を構えたままこちらへ距離を詰めてくるだけ、避けてはいけないという制約も切れた今、やるべきことはひたすらに避けるだけ。
「なあシン、お前はこの世界に何をしにきたんだ? わざわざ来なくてもお前は元の世界で地位も名誉も手にできたはずだ」
気圧操作、重力操作を移動で避けつつ、飛んでくる炎の大蛇や空気の球を氷や闇の魔法で止めながらふと疑問に思った事を聞く。
「それに他の奴らを巻き込んだことも理解できない。一体、何をしようとしてるんだ?」
「やれやれ、答えは自分で導き出すものだ。すぐに聞いていては話にならないよ」
「おい死にてえの? 別に今、ここでテメェを潰すことなんざ簡単なんだぜ? 少しはみっともなく命乞いでもしてみろや」
「星羅は黙ってろ。話がややこしくなる」
星羅を押しやり、前に出ればシンはこちらを見て血走った目で笑った。
「お前は俺たちの崇高な目的を理解など出来ないだろう。現にお前が俺と戦ってる間にも事は進んでいるんだよ! お前は目先の恨みを果たすことしか頭にない! だからお前は下等種なんだ!」
どう足掻いてもマウントを取りたいらしいこの男に俺は表情を変えずにある事実を突きつける。
「それはあれか? お前がシロガネ達を使って素質調査を盗もうとしてることやキルディアの手によって異世界組が集められてることか?」
「な、どうして、それを!」
さっきまでとは180度表情を変えて驚愕に目を開いた男に俺は宣言する。
「お前のチャチな作戦なんてすぐに分かるんだよ、だからもう手は打ってる」
*
「無事か、ライアァ!」
「なんとかっ!」
フェルムに抱えられ、爆発した病室から飛び出したライアは手に握った書物をだいじそうに抱えている。
その後を追いかけるのは3人。誰もが白き光をその身に宿した神の兵士達である。
「見つけた! あれが救世主様が言っていた資料だ!」
「勇者様! どうしますか? 殺しますか?」
「それは………」
「殺す一択に決まってるだろ! あいつを殺せばマコトの奴に深い傷を残せるからな! あの教頭みたいによ!」
「だ、駄目に決まってるだろ! 人殺しなんていけない事だ!」
「じゃあ勝手にしろ、腰抜け! 俺は先に行かせてもらう!」
それを追いかけるのはシロガネ、クロム、ヒロアキ。シンが持っていた神の力をキルディアによって付与された者達だ。
その力によって身体能力などは上昇している。試合で戦った時とは大違いだ。
対してフェルムたちは絶好調とは程遠い。地形の理では勝ってるとはいえその差は大きい。
「クソがァ! ライアァ! その資料なんざ渡しちまえ!」
「駄目だよっ! これを渡したらこの学園の実力全てが外にバレる! 手の内全てを晒した相手ほど倒しやすいことはないからっ!」
手負いの彼女を抱えて磁力を使って逃げ回るフェルムだったが遂には追い詰められてしまう。そこへ三方向から神の兵士たちが接近する。
(ここまでか………)
「フェルム! 私が囮になるから貴方は………」
「馬鹿言うんじゃねえよォ。少しはカッコつけさせろって」
「貴方、何をーー」
フェルムは抱えていたライアを下ろし、彼女を遮るように黒い壁を隆起させる。磁力によって固められたその壁はフェルムの決意と覚悟の証だ。
「死地に花を咲かせてこそ、男の花道ってもんよォ! ライアには手を出させねェ! 悪いが付き合ってもらうぜェ!」
「馬鹿が! そうだなぁ………資料を取り上げた後はテメェの女をお前の前で犯し抜いてやるよ! そうすればマコトの野郎もきっと後悔するだろうからな!」
フェルムは人はここまで暗黒面に落ちるものかと絶望する。こいつが見てるのは実力では絶対に勝てない相手。
それを傷つけるためなら関係ない人物まで殺すというその異常さに強く拳を握りしめた。逆恨みで愛するパートナーに被害が及ばないように。
後ろから追いかけてきたシロガネもクロムもヒロアキの変わりように言葉を失う。だが頼まれた使命を果たすためにフェルムに武器を向ける。
「ぶっ殺してやるゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
逃げ場はない。勝てもしない。
そしてこの男は救われない。
(頼むから奇跡でも起きてくれよォ! お願いだ!)
最早、神に祈るしかないこの状況、振られた神の力を宿した大剣を前にフェルムは心の底からその奇跡を願った。
その時、
「ーー分かった、君の願いを叶えよう」
一陣の風が吹いた。
「………なんだと」
叩きつけられたその剣を体を張って受け止めた人物がいた。その身に1つの傷もなく、彼の体からは光が漏れ出していた。
「僕は代行者だ。その役目は世界を超えても変わらない。誰かの願いを叶えるために僕はここにいる」
暗雲を払うかのように黄金色の光を纏いながら、彼の手は大剣に添えられた。
「なんで、テメェが………風桐!」
「ドロシーちゃん、ライアちゃんとフェルムくんを回収して安全な場所へ」
「援護は必要ですか?」
「大丈夫、僕1人で充分だ」
彼は優しく笑ってドロシーを見送ると倒すべき相手を見定める。
「馬鹿が! たった1人で相手する気か! 3体1だ! そこまで脳が足りない猿だったか!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ、山本」
瞬間、横合いから飛び出して来た剣士がクロムを狙う。反射的にクロムを庇ったシロガネだったがその背後から闇が伸びる。
神の力を放出し、切っ先を止めようとしたシロガネだったがそのナイフは力を『破壊』し、彼の喉元に迫る。
「滑走!」
脳内が混乱しながらも滑る力で暗器の刃たちから逃げる。シロガネは自分の首に手を当てて、滲む温かな液体に恐怖を感じた。
「言ったと思うが人殺しをした以上、五体満足で帰れると思うなよ?」
「俺じゃない! 殺したのは彼だ! 俺は止めようとした! 俺は悪くない!」
「止められなかったお前も同罪だよ。シロガネ、遺言は考え終わったか?」
そのナイフは彼に答えを紡がせない。首に振られたナイフを防ごうと武器を構える。だが軌跡は途中で急変換し、心臓へ穿たれる。
しかし、恐怖によって先伸ばされた時間がシロガネの体を僅かに動かし、急所をそらすことに成功。優れた戦士ならこの隙に攻撃を仕掛けるだろう。
「ち、血がァ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
けれど目の前にいるのは最近まで学生だった少年。それが脇腹を抉られて我慢できるはずもない。
なんとか滑走で後ろに下がり、彼は前を見た。そして自分を見つめるその目にシロガネは気づき、恐怖した。
(ま、間違いない。この男、本気で俺を殺そうとーー)
思考はそこで寸断される。その目から逃げるように逸らした瞬間、間合いに入られていたのだ。
「う、うわァァァァァァァァァァァ!」
目を狙った攻撃を受け止める。シロガネに殺し合いなんて経験があるはずがない。その証拠に体の動きがぎこちないものになっている。
「チッ! 使えねえ! 腰抜けはそこで死んじまえばいい!」
それを見て軽蔑したように吐き捨てるヒロアキ
「………君は彼を助けようとはしないのか?」
「馬鹿か? あんな雑魚は死んだ方が俺の為だ!」
「………そっか」
それを聞いてレオは顔に翳りを出す。それは変わってしまった彼を憂いてのことか、憐れと思ってのことか。
「何を考えてるのか分からないし、何がしたいかは知らないけどそれでも、誰かが助けてと願ったから僕はここにいる」
戦う理由はそれで十分だとそう告げているようにも聞こえた。
「俺は、この世界で女も名声も全部手に入れるんだ! 邪魔すんなァァァァァ!」
「元の世界でもそれが出来なかったのに異世界でなんて余計に出来るわけがないだろ! その性根、打ち直してやる!」
*
(やはり強い、 義賊王の名は伊達ではないか………)
背中から取り出したアーティファクトを無数に起用し、キルディアを追い詰めていくルナール。
キルディアは傲慢だが慢心はしない。高慢だが油断もしない。だから今まで使ったアーティファクト全てを覚え、それに対し効率的に対処する。
「褒美だ、そら」
飛び出す嵐の如き武器型アーティファクトたちをは尋常でない身のこなしで防ぎ、払い、打ち付け、越えていく。その技量もまた、明らかに常軌を逸した達人のそれだ。
派手さはないが堅実に現実的にその場を対応、分析していく。
(離れれば武器を飛ばし、近づけば接近戦。遠距離は周りを飛んでいる星型のアーティファクトで塞がれる)
遠距離、近距離、防御に支援、全てを対処する強欲さにキルディアは僅かに笑みを浮かべた。
「流石義賊王だと言っておこう。その途方も無い血の滲むような努力の果てにたどり着いたその極地、褒めてやる」
「………遺言はそれだけだな」
彼女の背後から飛び出したのは4つの砲。既に込められた魔力はうねりをあげて発射の時を待っている。
指を鳴らした彼女はその矛先をキルディアに向ける。大気を焦がすほどの熱を持った光学兵器は彼女の体を消し去ろうとする。
「ーー付与、"ルナール"」
だからこそルナールはその身に受けた太刀傷が一体、誰によるものなのかを理解することは出来なかった。




