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平穏な学園生活③

 午後の授業の鐘がなる。

 午後の1発目は活動学。

 分かりやすく言うと決闘時や不慮の事態を乗り越えるために体を鍛える授業である。

 心武器の練習もここで行う。


 つまり


「コヒュー……コヒュー」


「ああ!ロゼさんがダース◯イダーに!!」


 ロゼさんが死ぬ。


 体力が無さすぎるあまり死にかけの魚のようにぐったりしているロゼさん。


 なお、まだ軽く訓練棟2階を壁周りに一周しただけである。


 訓練棟2階は近距離部屋である剣道場のような場所と遠距離部屋であるクレー射撃の演習場のような場所と体だけを鍛える体育館のような部屋に分かれていた。


「まだまだね。私を見習うといい。」


「おいコラ、さっきまで手を膝について休んでた奴が何言ってるんですか。」


「そうよ?お姉さんみたいに体力ないと一晩中なんて相手できないんだから。」


「いちいちエロい感じださないで!クレアさん!?」


 どいつもこいつも体力無さすぎ!

 こちとら体力作りで力先輩に炎天下の中での水なし走り込みとかやってたから衰えたとはいえ体力に自信があるとはいえ周りが酷すぎる。


「それにしてもエルデとガルディさんは体力あんのな。2人とも息乱れてないし。」


「まあな、そこにいる貧弱兎に負けるほどやわじゃねえよ。」


「ふっ、私達は常に鍛えてますもの。」


 どこの悪役だとばかりに床に伏したロゼさんと座り込んでいるリリムさんを見下し、高笑いする。


「煩いわよ……私だって努力してるんだから……」


「私は別に体力なくてもいい……戦う時は『悪魔化』の補助があるから」


 ロゼさんが床に手をつき、顔を上げる。

 リリムさんは片膝をつきながらエルデを睨む。


 けど、なんか死にかけの仲間達がラスボスの圧倒的実力を前にして、何度でも立ち上がるみたいな不屈っぽい雰囲気出さないで貰えます?


 なんか無駄にかっこいいんで


「おい!君たち気合が足りないぞ!!もっとだ!もっと頑張れる筈だ!君たちの実力はこんなもんじゃない!」


 ずんずんとこちらに歩いてくるゴリラのような男はこの活動学の先生であり、フォルス先生だ。


「心武器を使うにも魔法を使うにも体力がいる!だからこそ1に体力、2に体力!そして気合だぁぁぁぁぁ!!」


 うん、暑苦しい。

 うちの中学のサッカー部の顧問のようだ。


「だから立つんだ!立てよ、2人とも立てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「うりゃあぁぁぁぁァァァァァァァァァァ!!


「暑苦しいわ、ロゼ」


 自らを奮い立たせ、自身の両足で立ち上がるロゼさんに対し、冷めているリリムさん。

 なんだろう……この状況。


「よーし!今日は先ず心武器の復習だ!皆、心武器を出してみろ!新入生はよく見ておけ!」


 歓声のような返事が部屋に響き渡ると彼方此方で魔法陣が展開され、それぞれが自らの武器を手にしていく。


「俺たちも行くか。」


「ああ。」


 エルデも白の魔法陣を展開し、中から武器を引張り出す。


「エルデのは……片手剣?」


「おうよ!かっこよくね?剣なんて王道にして正道かつ原点にして頂点だからな!」


 確かにファンタジー系の主人公は基本的に剣だよな。

 魔剣に聖剣に選ばれた勇者みたいな。


「じゃあ俺も出すかな、心武器。」


 以前に比べたら大分スムーズに出せるようになった。自主練のおかげだな。


「しかし、2つの武器を持つ奴なんて俺は初めて見たぜ?」


「同感ですわ。この学園のなかで貴方だけじゃありませんか?2つの武器を持つかたなんて。」


「やっぱ珍しいのか?これって?」


 俺の中じゃあ二丁拳銃超かっけえ!とかしか思ってなかったんだけどな。


「銃を持つ奴は学園内にお前を含めて3人、だが誰もが1つだけだ。だって普通、心なんてもんは1人1つだからな。」


「……まあ、そのおかげで力を2つの武器に分けて使えるから便利だけどな。」


「それ!俺も双剣とか使いたかったなあ!!」


 俺は彼女らの方を向くとロゼさんやリリムさんはガルディさんやクレアさんと体の動かし方や戦い方について話し合っていた。


「よーしお前ら!近接系の者は近接系で組め!遠距離組は遠距離組でだ!在校生は新入生に教えてやれよ!」


 そうすっと2人とは別れなきゃいけない感じか。


「じゃあ後でな。」


「また決闘沙汰を起こすんじゃねえぞ?」


「わかってるわ!」


 全く俺を何だと思っているんだ?トラブルメーカーか何かか?


 とりあえず俺は遠距離組で集まった組に足を運ぶ。たしかにぱっと見ただけで弓やらパチンコやら吹き矢やらが見えるな。


 結果、俺もそこに混じって練習するのだった。




 *




 最後の授業は座学の歴史、先生はまたウェルネス先生である。


「皆さん、本日最後の授業は『英雄達の旅路』であります。昔と言っても大体30年前、つい最近の出来事ですね。」


 先生はニコニコした顔で語るが俺の隣にいるリリムさんの顔はよりピリピリした雰囲気を大きくしていく。


「英雄と呼ばれた彼らも昔はただの学生……に当てはまらない種族達も何人かいましたがそれは置いといてシェンデーレ校長を中心とした彼らは他の種族を裏切り、無謀にも反乱を起こした魔王を倒し、世界を救いました。」


 バキッと羽ペンがへし折れる音と吹雪に晒されているかのような冷気が隣から俺を襲う。


「その後、英雄達は様々な国で崇拝され、今でも王と同等の地位に名声を持っています。その為に英雄の血を受け継ごうと嫁戦争があったなど笑い話も多いです。」


 なるほど、俺が英雄の血を受け継ぐ者とか言ったら皆からちやほやされるのか……悪くはないがプライバシーとかなくなりそうだな。


「ですが英雄達に倒された魔王が何故そのような馬鹿なことをしたのは未だに不明です。何か貴方は知っていたりしますか?リリムさん?」


「…答える義理がない。」


 何で話を戻すかなあ!!

 うわぁ……リリムさんの表情変わってないけど絶対怒ってるって。

 不味いよ、これ。


「そうですか?貴方は何も知らないと?」


「知らない。父が何をしようとしていたのかも。」


「そうですか、残念です。でしたらーー」


「先生!英雄達って今は何をしているんですか!!」


 父の事を馬鹿にされてイライラ度が頂点に達したリリムさんにこれ以上負担をかけないように大声で質問をする。


 ちらっとロゼさんの方を向くと机の陰から良くやった!とばかりに拳を握っていた。


「ふふっ授業に積極的な生徒は私は好きですよ。英雄達は現在、五大国に分かれて問題が発生しないか見張っています。そのおかげで今の国の平和は保たれているのです。」


「せ、先生!確か、Sクラスの生徒達は全員英雄の子供との事ですがそれは本当ですか!?」


 ナイスアシスト!ロゼさん!これでリリムさんの矛先を完全に反らせる!


「あら会長。貴方ならこのような問題はわかっていると思いましたが?」


「すいません、先生!俺がロゼさんに聞いた所詳しくは知らないと言われたのでロゼさんは先生に聞いたんだと思います!」


 ロゼさんとちらっと交わしたアイコンタクトで何とか話を繋げて確実に話をずらしていく。


「ええ!なんて勤勉な生徒なのでしょう!会長、貴方が組んだ留学生の彼は真面目な青年のようですね!」


「はい!」


 先生は感極まったような声を上げて俺らの質問に詳しく答えようと準備を始めた。


 その間、他の生徒から「何度も聞いたよ。」みたいなうんざりした視線を貰ったが。


「英雄の子供達は全員が高い才能を持ち、愛情にも優れた人格者です。時折、破綻しているようにも見えますが彼らにも英雄の父を持つ責任があるためにどうか暖かな目で見てあげてください。名前をここで挙げるのは教師が個人の情報を明かしてしまうようなものですので後で他の人に聞いてください。それでは英雄達のーー」


 授業終了の鐘が鳴る。

 その音を聞いて先生が教室から出るまで俺とロゼさんの緊張の糸は緩むことはなかったのだった。




 *




「あそこまで頭を働かせたのはいつ以来だ…?」


「私は多分リリムとのトライアルバトル以来だと思うわ…」


「お姉さんは姫様を救う時だったかなあ。」


 ぐったりとした俺たち2人がいるのは寮の1階の隅にあるリリムさんの研究室。


 中には得体の知れない干物や魔法薬に見たことない文字の羅列が書かれたレポートの山が仮眠用のベッドの上にまで侵食している。


 内装的にはきっと大学の研究室のようなものなのだろうがこうもレポートやら魔法薬やら何かの道具やらが散らばっていてはゴミ部屋にしか見えない。


 俺たち3人はリリムさんが床にレポートを落として綺麗にした机に顔を乗せて簡素な作りの椅子に腰掛けている。


「あの先生はあからさまな地雷を何故踏みに行こうとするんだ。」


「地雷が何か知らないけどあの先生は若干天然が入ってるから人が怒るような点に気づかないのよね。」


「まーくん達はよくやったと思うわよ?」


「飲みなさい。気分が安らぐお茶。」


 僅かに顔を上げた先には高価そうな陶器のティーカップに注がれた甘やかな香りのする紅茶?

 多分ハーブティーに近いものだろう。


「ありがたくいただきます。」


「私はこれから生徒会だからここで失礼するね。クレアさん、後お願いします。」


「任されました。頑張ってね〜」


 ロゼさんが部屋から出て行くとリリムさんが空いた席に座る。


「さっきはありがとう。」


「いえいえ大した事はしてませんから。」


「じゃあお礼にW・Sのクッキーあげる。」


 崩れたレポートの山から綺麗に飾り付けられた丸い箱を取り出すとそれを机の上に置く。


「どうぞ。」


 蓋を開けた中には小麦色と茶色の焼き菓子が全部で15種類。


「好きなの食べて」


 恐る恐る艶やかな光沢を持つベリーの砂糖煮がのったものと2つの生地の真ん中に白のクリームを挟んだものを手に取る。


「あら、遠慮しなくていいのに?」


「クレアは少し遠慮して。」


 2人の言い合いに一切の反応を見せずにその2つを口に運ぶ。


「美味しいな……」


 地球ではこんな箱に入った高級なクッキーなど食べる機会は無かった。

 せいぜいがお徳用のクッキーだけだ。


 クリームが挟まれたクッキーを齧るとバターの味わいと甘くて白い、クリームの味が口の中に広がる。


 ベリーの方は多少クッキーの甘さ控えめにしているためか砂糖煮のベリーと相性がいい。


「気に入った?」


「めちゃくちゃ気に入りました。これがあのふわふわエルフの作ったお菓子か。」


「そのクッキー学園内のW・Sで1日10名しか買えないクッキーだもの。不味いわけがないわ。」


「でも何で渡してくれたんですか? この限定品」


「さあ? シエル曰くWSの会長からの贈り物らしいけど………だからって一気に3枚ぐいしないで。私の密かな楽しみを奪わないで。」


 クレアさんがふははっ!と笑いながらクッキーに伸ばす手を延々と弾いて行くリリムさん。


 俺はそんな2人を笑いながら紅茶に口をつけた。


「で、まーくんはロゼちゃんの何処が好きなの?」


 紅茶を口から噴き出した。


「なっ!何言ってんだ!クレアさん!?」


「え?だってまーくん、平穏な日々が欲しいって言いながら短い期間で決闘をしてるじゃない。それってロゼちゃんが関わってるからやってるんでしょ?」


「違う!それはあれだよ、恩人だから!そう恩人だからさ!」


「ムキになって否定しなくても大丈夫よ?お姉さんは愛人でも構わないから。」


「貴女を抱えられるならどの家も愛人を許すと思う。無論、イノセンティア家も。」


「だから違うって!」


 顔から火が出るほど熱い。

 鏡を見たら俺の顔はリンゴ並みに真っ赤に上気しているだろう。


「いや〜可愛いわぁ、まーくん。」


「見てて楽しい」


「俺で遊ぶなぁ!!」


 そう叫んで机に突っ伏した俺を2人は楽しそうに笑うのだった。





 *




「お疲れ様でした、会長。」


「おつかれさまです。ロゼ会長。」


「貴方達もね、ご苦労様。ジャッジ副会長にライト書記。」


 私は資料を片手に持ったまま副会長である彼とそのパートナーであるライト書記に挨拶をする。


「今日の業務はこれで終わりだから帰っても大丈夫よ?」


「あーそうしたいのはやまやまなんですが折り入って相談がありまして。」


 何だろう?生徒会の仕事である学園内の治安維持に何か問題があっただろうか?

 それとも何処かの新活動部の申請だろうか?


「実は会長、最近アルフレッドの取り巻きの1人のゴルディアン家が学園の授業に参加していないようで。」


「私達同じAクラスで生徒会だから何とかしてくれと先生に投げられまして。」


「それは……災難ね。」


 ゴルディアン家、私と同じ子爵の貴族。悪い噂が消えない一家だったがアルフレッドが来てから改善されて大分マシになったはずだ。


「確かゴルディアン家の次男よね?学園にいるのは。」


「その次男、スレイが来てないらしくて。寮を訪ねても帰ってくれと言うばかりなんですよ。」


「私達も埒があかないので会長の方から上に話を伝えてくれませんか?」


 生徒会は治安維持の仕事もある以上、報告は大事な仕事だ。それが途中で有耶無耶にされないように毎回1か月ことに生徒会長が校長に報告しなければならない。


 今回の件もそういうことだろう。私の方から校長に伝えておけば良い。


「分かった。じゃあ伝えて置くから、良い休日を。」


「はい、会長も良い休日を。」


「良い休日を。」


 明日は休みだ。

 そ、そのマ、マコト君とのお出か……お食事も明日だ。


「服とかあったっけ…?アルフレッドに渡された質の高いドレスはあったような……すてたような……」


 そんな事を考えながらも手は自由に動き、実に滑らかに書類を纏めて棚にしまう。


「と、とりあえず午前中にガルディに相談しましょう。あ、でもそうしたら今のうちに校長に報告しておいた方がいいかな。」


 外を見ると既に日は沈みかけているがここは教務棟で校長室はすぐ上の階だ。

 今から帰れば寮にギリギリ日が沈む前に帰れるが予定を考えると今日報告する方がいいだろう。


 私は荷物を持って生徒会室の扉に鍵をかけてその足で校長室に向かう。


 校長室にたどり着き、ノックをして名前を言う。しばらくすると校長自身が扉を開けて部屋に入れてくれた。


「定例報告に来ました。」


「おお、明日でも構わなかったのに。まあ来たからには椅子にでも座ってお菓子の1つでも食べながら報告しなさい。」


 校長は私を高価な革製の椅子に座らせるときつね色に焼かれたママレードを差し出す。


 私は若干遠慮しながらも小腹が空いていたのは事実なので1つうけとる。


 さすがに食べながら報告するのは失礼なので報告を終えてから食べるとしましょう。



 〜10分後〜



「以上が今回の報告になります。」


「分かった、スレイ君にはこちらから話を伝えておこう。後、それから…」


 話を終えて出された紅茶とともにママレードを味わっているとたまにこうやって校長から他愛ない話が飛んでくる。


 内容は子供との関わりや奥さんとの喧嘩などの意見など校長先生に関することが多いのだが今日の内容は違った。


「マコトはどうだい?」


「マコト君……ですか?」


 マコト君……か。


「まだ学園での生活が分かってないためかまだまだ落ち着きませんが根は善良で優しい良い青年ですよ。」


 私の言葉を聞きながら相槌を打つ校長先生。どうやら期待していた答えらしかった。


「そうか……で、彼のことを"男"としてどうだね?」


「〜〜っ!?!?」


 ニタニタ笑いながら言われたとんでも発言に危うく紅茶を吹き出しかけた。だが乙女の意地として口から噴出は許されないため、気管に入りながらも何とか飲み込む。


「な、何、たわ言を仰いますか!?」


「いやだってね〜ロゼさんみたいな真面目な生徒会長があんなに女を侍らせた男とパートナーを組むなんてそれこそ、そういう事情があるのかと。」


「違います!だったら私はアルフレッドの愛人になってますよ!」


「あれは酷かった。愛人になれって子供が言う言葉じゃないもの。実は年齢40超えてるんじゃない?」


 苦笑いしながら目を白黒させて反論して来たロゼを宥める。その件に関しては学園を停学扱いにし、寮に閉じ込めて置く罰で済ませた。


 本来なら退学だが仮にも公爵家の跡取りだから許された温情だ。


「私がマコト君とパートナーを組んだのは彼の人格などを見て判断したんです。それ以上でもそれ以下でもありません!」


「わかったわかった。もう遅いから帰りなさい。」


 いまいち素直になれない彼女に余ったママレードを押し付けて部屋から帰らせる。


 彼女は最後まで何かを言っていたが適当に聞き流し、扉を閉めた。


「全く……気が強い子だ。翔子そっくりだな。」


 彼はそう言って紅茶を飲むのだった。




 *




「全く……!校長先生は何を言っているのよ!」


 月明かりが照らす帰り道を足早に何かを誤魔化すように彼女は歩いていく。


 その顔は夜の帳に隠れて見えないが頬から耳にかけて燃え上がるような赤色であった。


「確かに顔はそこそこいけてる方だし、性格も悪くないし、頭もそこまで悪くはないからちゃんと教え込めば領地経営……って私は何を言ってるのよ!」


 暗闇に月光に晒されて淡く輝く白髪の女性はそんな事をぶつぶつと呟きながら1人で自身の考えを否定していく。


「でも……彼の正式なパートナーはクレアさんなのよね……」


 クレアシオン。かつては騎士として100年間、例え魔王の精鋭が攻め込んで来ても1人も彼女を抜け、グラマソーサリーに攻め入ることは出来なかった最強の守護者。


 その後、何かしらの理由で父であった英雄と争い、負けた彼女は国を飛び出して様々な国で傭兵まがいの事をしながら人々を救い、この国に移住した。


 そこから3年前に彼女は学園に入学し、気に入った男をつまみ食いしながら今に至る。


 ついた二つ名は『黄金の雷撃龍』『防衛の竜』


 下手すればグラマソーサリーにいる英雄より英雄らしい。


「そんな経歴を持つ彼女と比べて…私は?借金なくなったとはいえ没落貴族の長女で?体力なくて?魔法しか誇れるものがなくて?……ダメダメだなぁ私。」


 彼女と比べて何となく気が沈む。

 気づけば月も雲に隠れて辺りを本物の闇が覆う。


「ファイア」


 余りの暗さに灯を右手にともすロゼは鎖を引きずるかのような重い足取りで進んでいく。


「はあ……何やってるのよ、ロゼ。私なんか選ばれる訳ないんだから希望は持たない!でも……」


 足が止まる。

 闇夜を見上げる。


「私が困っていたら彼はまた助けてくれるかな?」


 見上げた空に星は見えず、月も見えない。

 希望も理想も叶わないならせめて願いをーー






「彼じゃなくて俺が助けてあげるよ。」


「えっーー?」





 月が雲から顔を出し、再び学園を照らす頃には彼女の姿はもう何処にもいなかった。




 *




「ロゼさん遅いな。」


「あら?こんな魅力的なお姉さんが前にいるのに他の女の子の心配しないでほしいなぁ。」


 あの後、他愛ない雑談をして過ごした俺は部屋へ帰ってきた。


 本来は2人部屋なのを無理して3人部屋にしたのだが寝る場所がないクレアさんは毛布を床にしき、俺とロゼさんのベッドの間で寝ている。

 1度変わると言ったのだがクレアさんはこっちの方が落ち着くらしい。


 しかし毎度のごとく俺のベッドに入ってくるので最初からベッドに入れといた方がいいのかもしれない。


「心配しなくても大丈夫よ。明日になったらまた帰って来るわよ。」


「まあ今日もそうだったし、そこまで心配することでもないのかな。」


 俺はひっつくクレアさんを引き剥がし、ベッドに寝転がる。


(明日はいよいよ食事デートか〜楽しみだな〜)


 その時の事を明日の俺は後悔する。

 何故探しに行かなかったのかと。

 どうして彼女に付いていなかったのかと。



 *



 行方不明者 ロゼ・イノセンティア

 不明期間 3日

 誘拐されたと思われる現場には焼きたてのママレードが無残に踏み潰されていた。

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