偶然に出会った、運命のようなもの。
今回はクリスマスに作成した企画ものを投稿しました。一話完結です。
空に遍く虹―消えない虹―そう呼ばれる「幻」は、いつも強く輝き、しかしそれでも、見えない。私達には見ることが出来ない。
しかしながら今日は、そうクリスマスの日には、この日だけには見ることが出来る。
「わぁ、綺麗だ・・・」
感嘆の声を呟く少年―A―もそんな一人であった。
彼がみたそれは強い輝きを放ちそして、
「よいしょっと、あれ?君は・・・」
彼女―B―はとても美しかった。例えるなら、そう、キンポウゲの様なあけどなさ、可愛さ、そして純粋さを持った、そういう美しさであった。その美しい彼女はしかしその表情を―訝しげな、それでいて何処か懐かしむ様な、複雑と言えばそれで終わってしまうような―単純に明快に変えていき、
「そっか、そうだよね。」
―何処か分かっていた―顔にそう書いて、そして
「よろしくねっ!A君。」
名乗ってもいない、少年の名を、彼に満面の笑みを浮かべ、声に乗せた。
少年はそこから動くことができなかった。
その笑顔に見覚えがあったから、その声に聞き覚えがあったから、その髪の匂いに嗅ぎ覚えがあったから、自分の口の中が空気で乾燥するのを感じたから、そして自らの肌が服に擦れただけで熱くなるほど血が巡っていたから。全てそうなのだが、同時にそれでもなかった。
「B、Bなのか」
辛うじて声になった、その言葉は彼女の耳に届き。
「そうだよ、君と会うのは5年ぶりかな?」
どうしてなのか、これが「幻」なのか、いやそうに違いないと思い、彼女の腰に腕を回し、
「ギューッ」
思い切り締め付ける、ふと
「もぉ、Aったら仕方ないなぁ」
と、聞こえた気がするが、その声が聞こえないほど、少年は彼女を抱きしめていた。否、締め付けていた。5年前のように。
暫くして、彼女が実体を持っていることを締めつける事で知り得た少年は、ここで漸く彼女が「ここにいる」と知り、
どうしようもなく、空が朱くなった時の子供の様な気持ちになった。
「ねぇ、Aはもう17才なのかな?もう私の年齢越しちゃったんだね」
笑顔でそう答える彼女に少年はそれでもなお信じることができなかった。
彼女は少年の知る限りの最後の姿のまま、今―あれから五年後―目の前に存在している。キンポウゲの様な笑顔に白いワンピースを添えて、そして少しだけ禿げた麦藁帽を乗せた、あの頃の彼女なのだ。
口の開いたままの少年を、心配そうに見つめ、そして、少年の目をじーっと、じーっと見て。
「あ、なんで私がここにいるかだよねっ」
少年に、まるでさっきのお返しだと言わんばかりの強い抱擁を、「ギューッ」とかける。
「それで、なんで」
少年はそれだけを口にしてそれでもなおやはり思考が先行する。
ギューッとされるこの感覚は間違いなくあの頃のものであった。と、言うことはやはり5年前から「やってきた」のだろうか。だとしたらどうして、なんで、
「それはね、私にも分からないの。ただ突然目が覚めて、そしたら目の前に君がいた。私すぐ分かっちゃった。」
照れたように笑い、はにかんで見せている。
少年はその言葉に表情を失わざるを得なかった
―彼女は一体何なのか―
少年の頭によぎったその考えを封じるかのように、
「ねぇ、デート、しようか」
彼女の提案が耳に入ってきた。
その甘美なる声は少年の頭を駆け巡り、
彼女がここに存在する理由や、その他諸々を考えるよりも、彼女とデートするのかどうかと言う二択を選ぶ方が先決だ。あぁ、そうに違いないさ。
そんな馬鹿なことを考えるほどに
「あっ、はい。」
半ば思考停止に陥った少年は首肯した。
「うんっ!君からのその答え、待っていたよ」
彼女は何処か寂しそうな表情を浮かべる。しかしすぐに笑顔に戻ると、少年が我に返る暇もなく、或いは心拍数が正常値に戻る暇もなく、彼女は少年の手を優しく握りしめ、
「いこっ!」
少年にとって、それは後光が射すようなまばゆい笑顔を彼女は向け、その握った手を自ら進みたいと思う方向へ引っ張った。
彼女のそのやわらかいが少し骨ばった手に引かれ、やってきたのは錦市場であった。
「ふふ、ここは5年たっても変わってないね。」
笑顔で、そう、つい最近までここにいたかのように、彼女は微笑んだ。
ー少年はここに彼女としか行ったことがなかったのだがー
「あ、田中鶏卵さんだよ!あそこのだし巻きの味は変わってないのかな?」
そんなこと言われても、少年はあそこで食べた、その事すら覚えてないのだ。
「ちょっと、ここで待っていて、僕が買ってきます。」
勿論、そんな不躾なことは少年は言わずに、販売所へ向かい、黙って1000円札を取り出し、
「この、だし巻きください。」
だし巻きを、と注文する。
「大きさはどうしますか?」
店員さんに言われ、ショーケースを眺めると、小、中、大と、サイズが存在することに気付いた。
ー彼女と同じだし巻きを食べるー
そんな妄想もしたが、少年は恥ずかしく、否、それをしてしまう自分が怖く、
「小を2つ、お願いします。」
デート、その言葉を少年はこの一瞬の中でだけ思い出し、少しだけ後悔した。
・・・
小のだし巻きを暖かそうに2つ抱え、少年は彼女のもとに戻った。
「ねぇ、あそこ、あの階段のところで食べよっ」
彼女は少年を見るなり、田中鶏卵の横の階段を指さした。
少年はそこが何処を指すのか、5年前の記憶にはもちろんなく、そのせいでかいた今さっきの恥もあって一応探そうと目を走らせていたが、
「ねっ!」
彼女の強引な提案の前には屈服するしかないのだった。あの時のように。
「あっ」
その階段の前に来たところで、そこが別の店、最近流行りのおばんざいというものらしい、の入り口であることに二人して気づき、
「うーん、どうしよっか、君と二人で座れるところ、座れるところ・・・」
彼女は悩むそぶりを見せ、しかしすぐに
「あっ!あそこにしよう」
突然思いついたかのような表情を浮かべ、そのままの勢いで、
「いくよっ」
人ごみのなか、少年の手をしっかりつなぎ、まるで針に糸を通すがごとくスイスイと走っていった。
錦市場を駆け抜けた後、そのままのスピードで駆け抜けること5分、だし巻きを安定させることに精一杯だった少年と、笑顔で少年を引っ張る彼女は、とある公園についた。
彼女は満面の笑みで、
「ここなら、座ってゆっくりできるよね!」
そう、この言葉には深い意味はなかったのだろう。
しかし、だからこそ、少年はそこで何も答えることは出来なかった。・・・
「ねえ、君?おーい」
さすがに気になったのだろう、彼女が少年に話しかける。
「あ、はい。ごめんなさい。何でもないです。」
そこで漸く返事をすることができた少年と、
「うんっ、そこ、座ろうか」
返事をもらえて嬉しそうな彼女は、近くにあったベンチに座ることとなった。
「しかし、このベンチ、新しくなったね、前はもっとボロッちかったのにさ」
彼女の言っているベンチは、彼女が消えたその次の日に取り払われて、今はもう灰になっているだろう。
そして、いわゆる「二代目」がこのベンチだ。そこには
「忘れないで」
そう記されていた。何を忘れて欲しくないのか、そこまでは明記されておらず、その横に、
「2011.7.21」、多分ベンチの設置日だろう、が書かれてあった。
彼女もそれを読んだらしく、少年に
「ねえ、君、このベンチ何かあったの?」
そんな質問をしていた。
彼女にとっては当然の疑問であっただろう。
しかし、その時の少年の表情は、今の私にも記すことは出来ない・・・
少年は何も言えなかった。彼女を自分が求めていた理由、その原因となった出来事なんて。
それを言ってしまうと、彼女が消えてしまいそうで、自分の胸のつかえがとれてしまいそうで、憎しみがあふれ出てしまいそうで。
「おーい。君ぃーーー」
わざとらしく呼びかける彼女を無視して、少年は突っ立っていた。
その時に、ふと若い男性、とはいえ20歳前半だが、と若い女性のカップルが通りかかった。
「ねえ、きゃははは」
「そうなんだよな、あいつそれでなんていったと思う?」
・・・どうせあれだろ、その後大したことも言わずに、二人で表面つくろって笑うための口実を作るんだろ・・・
「なんて言ったの?」
「(いや、二股じゃねえしwww)だってさw」
「なにそれ、面白いんだけどwww」
やっぱりな、少年は本気でそう思った。同時に少年は「二股」という言葉にとてつもない嫌悪感を抱き、彼らの会話を聞く気が失せた。
「はぁ、君もこんな感じだったら良かったのになぁ・・・」
彼女の、何気ない一言を聞くまでは・・・
「なんだと」
少年は怒りに震えた。
もう少年は止まらなかった。この時の感情の高ぶりを抑えることが出来るのは、それこそあの虹くらいなものだろう。
「貴方が!後悔して死んでいったから!その時に僕の名前を呼んだから!最後に・・・最後に・・・!!!」
彼女の首を思い切り強く締め付けていた。その強さは先の腰にしたものとは比べ物にならない、感情に支配された少年の全力が、彼女の首にかかっていた。
「かっ・・・はっ・・・君っ・・・」
息が切れ切れになりながらも、彼女は抵抗する、何とか少年を正気に戻そうと努力する。
「あの獣なんかに、リア獣なんかにかからなければ!貴方は死なずに済んだのに!」
「今!貴方の彼氏がぁっ!!何をしているのか、知っているんですか!!!!!」
少年はその力をさらに強くしようとふと彼女の顔を見て、そして彼女が死にそうになっているのを見てしまった。
「うっぅぅぅ」
彼女の上に吐瀉物が広がる。
「うおぇぇぇぇぇぇぇ」
・・・またこの顔を見ないといけないのか・・・
その顔はまるであの時ー死にかけた彼女を見つけた5年前、この場所ーのようであった。
そう、一度あのリア充が
「ウザイ」
ただそれだけの理由で殺した、否、社会的に殺させた、あの時のような・・・
・・・
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
私、今の書き手である、が通りかかった時に少年は、気絶していた。
同年齢位の少女と共に倒れていた。
そして、私は彼の連絡先を知ろうとして、ポケットをまさぐったときに、
「あれ?」
一枚の紙を取り出した。その紙には
「リア充、みんな死ねばいいのに・・・」
私は怖くなって、そこから逃げ出してしまった。
少年にとって、リア充という存在は、彼女を切り捨てた人と同じような存在と思っていたのだろうか・・・
私はそんなことを思いながら、少年の気持ちを考え、軽い気持ちなのは承知の上だが、それでもこういうのだった。
「リア充、死ね」
評価、ブクマ等、よろしくお願いします。
本当にお願いします。