【◆短編】もし現代と異世界が繋がったら(仮題)
◆諸事情により、複数話を一話に纏めてます。
【第01話】世界の終わりの始まり ★10/22 加筆。
【第02話】村の区長は女悪魔 ★10/22-23 加筆。
【第03話】現代の魔術師 ★10/24-30,11/3 加筆。(やる気が出たら続きを書くかも)
タグ:奇妙な共闘? 現代日本
・おおまかなストーリー?(予定)
日本を含む全世界が、魔界からやって来た
モンスターの大軍勢に侵略された。
核兵器や軍事に長けた大国は、なんとか瀬戸際で
侵攻をしのいでいたが、長く平和だった日本は大ピンチ!?
猫又と精神をリンクできる主人公(現代の魔術師?)と、
魔界から逃げ延びた秘密持ちのワーリザードの姉妹。
百年前に魔界から異界渡りに成功した女悪魔と、
人語を喋る猫又に、現代の退魔士。
そして、日本滅亡を回避したい政府(軍人etc)が協力し合い、
魔界からの侵略を防ぐ物語かなー?
◆【第01話】世界の終わりの始まり
「けふっ、こほっ。……は? なんだコレ?」
寝ぼけ眼で開いたノートパソコンのネットニュースが目に入り、眠気覚ましに飲もうとしたコーヒーがちょっと口から零れた。
ジョーク映像の類だと思い、ネットニュースのトップ記事にある動画を再生する。
エイプリルフールには、まだ早すぎるぞ……。
こんな早朝なのにチラりと見た再生数は、余裕で百万再生を超えていた。
『これから残虐なシーンなど、気分を悪くされるショッキングな映像が流れます。体調を悪くされた場合は、すぐに視聴をお止め下さい』と、視聴者に対する注意文が流れた後に映像が始まる。
おそらくヘリコプターからの上空撮影だと思うが、カメラに映る地上の様子に戸惑う。
九州の地名がテロップで表示されたが、そこは俺でも知る有名な観光地ではなかった。
地上が燃え盛る炎で焼き尽くされ、カメラに映る建物の全てが真っ赤な火と黒い煙で覆われている。
世界の終わりを題材にした映画と言われた方がまだ納得できる、この世の地獄としか思えない光景だった……。
観光者向けに掲げられた、ご当地キャラの看板が目立つ高いビルの屋上には、奇妙なポーズをした黒いマネキンが立っている。
大量に並べられたマネキンの頭上に、羽を生やした蜥蜴のような黒いシルエットが出現した。
十メートルは余裕で超える、翼を持つ黒い巨影が高速で通り過ぎた瞬間、強烈な突風が発生する。
人型の黒い塊が崩れるシーンが数秒だけ映り、すぐにカメラの映像が切り替わった。
今度は北海道の地名が、テロップで表示される。
こちらは監視カメラの映像だろうか?
一面が雪化粧で覆われ、水平線の彼方まで広がってそうな白銀の大地。
先ほどの映像に比べたら、まだ平和な世界に思えたが……。
真っ白な雪の中に、ポツンと電柱の先端だけが顔を覗かせてるのに気づいた瞬間、背筋にゾクリと寒気が走る。
どこまでも続く白い大地に、斑模様のように浮かぶ屋根らしき建物の一部。
そこは美しい白銀の世界ではなかった。
地上にあったはずの全てが、雪の下に埋没されたのだ。
案内標識の一部が顔を出し、わずかに読めた地名がそこに街があったことを示していた。
それに気づいた直後、思い出したように雪が降り始める。
雪は止むことなく勢いを増し続け、陽を遮るように厚い雪雲が空を覆った。
夜の帳が下りたようにパソコンの画面が暗転する。
そこに住んでいた人達は、いったいどうなったのだろう……。
上手く逃げ出せることはできたのか?
そんな不安を抱かせる映像から、目が離せなかった。
視界を覆う猛吹雪の奥に、巨大な獣らしきシルエットが見えたような気がして、前のめりになって目を凝らす。
「えー、大変ショッキングな映像ですが。これはフェイクニュースではございません。皆さま、決してパニックにはならないで下さい」
テレビでもよく見掛けるニュースキャスターが、戸惑うような声色で原稿を読み始めたが、すぐに頭へ情報が入って来なかった。
「ヒッ」
突然にビタンと、鳥でもぶつかったようなデカイ音が聞こえ、ビックリしてソファーから飛び上がった。
恐る恐る窓の方へ顔を向ける。
カエルのように窓へ張り付いた、小さな人影を見つけた。
その人影が、コンコンと窓を叩いている。
外にいるモノに指示されるがまま、俺は窓を開けた。
「な、なにやってんの。リリム」
背中から生えた半透明の蝶羽をヒラヒラと動かし、手乗りサイズの小人が俺の眼前に飛び込む。
「良かったわ。まだ生きてたのね、シロウ」
小さな異形の生物に話し掛けられたが、俺にとっては顔見知りの相手なので、初対面の時ほど驚きこそはしない。
むしろ彼女の顔を見て、安心さえ覚えたが……。
「良くねぇよ。なんか凄いことがいろいろ起きてるみたいだけど。わけが分かんねぇよ」
日本で起こってるとは思えない、ニュース映像を指差す。
居間に入った妖精のリリムがノートパソコンの前まで飛んで来て、再生した動画をじっと見つめる。
「これってさ。前にリリムが言ってた、悪魔の仕業なのか?」
「そうよ。邪神と契約した悪魔達が、異界と繋がる扉を完全に開いたの。だから私みたいな小人だけじゃなく、大勢のモンスターが押し寄せて来たのよ」
「そんな……」
「それよりも手を貸して、シロウ。怪我人がいるの!」
* * *
「ここが俺の家です。中にどうぞ」
近所にある神社の裏で発見した二人組に、そう言いながら視線を移す。
妖精のリリムが教えてくれたように、一人は肩を支えてあげないと歩けないくらい、ボロボロの重傷者だった。
もう一人は、どこも怪我をした様子は見当たらなかったが……。
血で赤く染まった剣先をこちらに向け、殺気立った目で俺を睨んでいた。
「先にお前が入れ」と、目で俺に言ってるようだ。
怪我人に肩を貸してあげようかと、俺が手伝いを申し出る隙もない。
親切心で助けなかった方が良かったかと少し後悔しつつ、剣を持った相手に命令されるがまま家に入る。
「えっと、靴は脱いで」
「リナ姉様、しっかりして下さい」
「……いや、良いです。とりあえず裸足でも」
相手が靴を履いてないことを思い出し、バスタオルを持って来ようかと考える前に、彼女達が家に入って来た。
妹らしき少女は俺など眼中に無いのか、道中と変わらず肩を貸した女性を励まし続けている。
姉の方は背中をバッサリと斬られてるらしく、玄関には足跡どころか赤い液体がポタポタと落ちていた。
「馬鹿言わないで下さい。もう少しですから、頑張って下さい」
「そうよ、イリーナ。大事な妹を残して、先に逝くつもり? あなたの使命はどうしたのよ」
俺には聞き取れないが、重傷者のもう一人は小声で何かを呟いてるようだ。
先に風呂場へ入ると、ぬるま湯が湯船から溢れ出てるのに気づく。
慌てて蛇口を捻ってると、妖精が風呂場に顔を出した。
「シャワーの使い方は分かるから、あとは私が教えとく」
「うん、分かった」
妖精は家に何度も訪問してるから、たしかに問題無いと思うが。
「本当に、救急車を呼ばなくても良いのか?」
「彼女は強い戦士だし、水に浸かれば治癒力も上がるはずだから。なんとかなると思う……たぶんね」
「そ、そうか」
彼女と話をしている間に、二人組がゆっくりと風呂場に近づく。
妹に肩を貸してもらった重傷者の女性は、鏃の無い折れた矢が太ももに突き刺さった痛々しい姿で、怪我した足を引き摺りながら風呂場へ入る。
とりあえず二人のことは妖精に任せて、泥と血の足跡で汚れた床を濡れタオルで拭き取る作業に没頭した。
「ふぅー。……良し。問題は、外の方だけど……」
外の道にできた血の跡はどうしようとかと思いながら、窓越しに外を覗く。
「あれ? 雨が降ってる?」
雨雲らしき黒い雲に、空が覆われていたのには気づいてたけど、予想通りというか雨が降り始めていた……。
ポツポツと降る雨が地面に染みを作り、時間が経つごとに勢いを増す。
俺が気にしてた道路の血痕も、この調子なら一緒に洗い流してくれそうだ。
「お、リリム」
土砂降りになった雨から視線を逸らすと、蝶の羽を生やした小人が視界に入る。
「ふぃー、ちょっと疲れたわ……。血の量も少しずつ減ってるみたいだし、内臓は深く傷ついてないと思う……。あとは血を流し過ぎて弱った身体で、毒に勝てるかの勝負ね……」
「毒?」
「ええ、そうよ。折って捨てた鏃に、毒が塗られてたみたい。女二人相手に大勢で寄ってたかって、ホント酷いことをする連中よね……。シロウ、今日は悪いけど、お風呂を一晩貸してあげてね」
「それは良いけどさ……」
肩を組んだ姉妹が、風呂場に入った時の後ろ姿を思い出す。
人間には無い、腰から伸びた細長い蜥蜴みたいな尻尾を見て、妖精と会話した時の記憶がよみがえる。
「コンビニに行こうかと思うけど、蜥蜴人って何を食べるの?」
「コンビニ!? 私はゼリーが食べたいわ! 大きめのカップでお願い!」
「え? りょ、了解?」
目をキラキラさせて即答した妖精を見て、自分が食べたいだけじゃないのかと思ったが、とりあえずはスルーしておく。
一人は怪我人だし、弁当よりは流動食の方がたしかに良いかもな?
「じゃあ、留守番よろしく」
「はーい、いってらっしゃーい」
サイフと車のキーを握り締め、玄関の傘立てから一本傘を抜く。
自分の国が大変になってる状況で、これから俺はどうするべきかと頭を悩ませる。
「今日は休みで良いけどさ。明日から、会社はどうなるんだろう?」
もともと都市部から離れた実家からでも、リモートワークをメインに仕事ができる会社を選んだが、月に数回は本社に顔を出す契約だ。
傘を差しながら考え事をしてると、ポケットに入れてたスマホが鳴り始めた。
「あれ? 伯父さん?」
今の会社を紹介してくれた伯父から、急に着信が入る。
「はい、もしもし……。はい、今日は家にいますが……。え?」
――士郎の会社がある街が、大量のモンスターに襲われたらしいぞ。
真剣な声色で伯父から伝えられた内容に、車へ向かっていた足が止まる。
激しく降る雨の音が、いやに五月蠅く聞こえた。
* * *
「ふぁ~。お腹いっぱいだぁ~」
空になったゼリーカップの中で、お風呂に浸かるような恰好をした妖精が、満足気な笑顔でお腹を擦っている。
ゲップをする妖精にツッコミを入れる余裕もなく、俺はノートパソコンでネットニュースを食い入るように眺めた。
異形のモンスターが出現したのは日本だけでなく、世界中のいろんな場所で同時発生しているようだ。
逃げ惑う街の人々の様子が写真付きで、ネットニュースの記事としてのせられていた。
「あった……」
「んー? なにがあったのぉ?」
「俺の会社がある街も、モンスターに襲われたらしい……」
現場に居合わせた誰かが写真を撮って、ネットに公開したのだろうか。
まだ記憶に新しい見覚えのある街が、異形の姿をしたモンスターの群れに襲われていた。
交差点で渋滞した大量の車と、生きてるのか分からない道路に横たわる人々……。
モンスターパニック映画のワンシーンみたいな写真画像に、目が釘付けになる。
どこか他人事のようにネットニュースを眺めていた時とは違い、全ての画像へ目を通す前に具合が悪くなった。
身近で起こってる事件に現実感が湧いたせいなのか、おもわず写真から目を逸らしてしまう。
すると、風呂場に繋がる通路の壁際から顔を覗かせ、こちらを見つめる青髪の少女と目が合った。
「えっと……」
「コレ。まだあるの?」
俺を警戒するような青い目で睨みながら、空になったゼリーの容器を突き出す。
たしか、妹のレナだっけ?
「まだまだ、いっぱいあるよ~ん。オレンジにする? モモにする?」
「……このピンク色って、まだあるの?」
「あるわよ~。シロウが、お店で買い占めたからねー」
妖精の言う通り、近所のコンビニで先に入ってたオッサンが食料棚にある弁当や野菜パックを、カゴいっぱいに放り込んでるのを見掛けて、衝動的にゼリーの商品棚を買い占めてしまった。
三つ目のカゴにも入れようとしたタイミングで、オッサンが店員に止められていたが……。
おそらくだが、あのオッサンも近くの街が襲われたと聞いて、慌てて買いに来た人なのだろう。
「いくついるの~?」
「……とりあえず、二つ」
冷蔵庫を開いて、桃味のゼリーを二つ取り出す。
「いい加減、その剣をしまったら? 片手で持てないでしょ?」
「……持てるわ」
俺への警戒心は解けてないのか、妖精に指摘されても少女は血塗れの西洋剣を、俺の方へ向けたままだった。
「ねぇ、レナ。さっき渡した二つは、誰が食べたの?」
「……リナ姉様よ」
「夜通し逃げ回ってる間、あなたもずっと食べてないんでしょ? 一つくらい食べなさいよ」
「私は大丈夫よ……」
「心配しなくても、イリーナは死なないわよ」
「……でも」
少女が唇を噛み、少し涙ぐんだ顔をする。
「シロウ、レナに四つあげて」
妖精に言われるがまま、桃味のゼリーをさらに二つ取り出した。
コレはさすがに、片手で持てる数ではない。
「レナも剣をしまいなさい。片手じゃ持てないでしょ?」
コンビニのビニール袋に入れたら、片手でも渡せるよなと思った。
でも、そんな野暮なことを言う空気感でもなかったので、両腕にゼリーを抱えた俺と剣を握り締めた少女による、無言の見つめ合いがしばし続く。
「レナ、ここは安全な場所よ。これからあなた達のコロニーになるかもしれないのに。交渉する前からレナが喧嘩をしてたって、元気になったイリーナが知ったら、あとで叱られるわよ?」
姉に叱られると言われたタイミングで、少女の身体がビクリと跳ねる。
渋々と言った表情で、少女が剣を鞘におさめた。
警戒心は消えてないようだが、俺の手元から乱暴にゼリーを奪い取る。
「レナ、お礼!」
「……ありがと」
一度足を止めたレナが、背を向けたまま謝礼らしき言葉を小さく口にした。
腰から青い蜥蜴尻尾を垂らした少女が、ゼリーを腕に抱えたまま風呂場に走って行く。
「本当は良い子なのよ……。家族を殺されて。もう信用できる人がイリーナしかいないから、すごく不安なのよ。気を悪くしないでね」
「大丈夫……。お姉さんの怪我が、治ると良いね……」
「うん……。きっと大丈夫よ。イリーナは強い女だから……。妹を残して死ぬような、弱い戦士じゃないわよ」
* * *
◆【第02話】村の区長は女悪魔
――夢を見ていた。
それが夢だと、すぐに気づけたのは……。
いるはずのない両親がいたからだろう。
俺一人しかいないはずの居間で、台所に立つ母親と新聞を広げた父親が楽しそうに会話をしている。
ああ、そういえば……。
昨日は寝つけなくて、ソファーで寝てたんだっけ?
自分の立ち位置を確認しようとする。
父親が座っている場所で、自分がうたた寝してることに気づいたタイミングで、視界が暗転した。
――やっぱり、夢だったのか。
「んー……」
身体がダルイな……。
重い瞼を開きながら、痛む関節をほぐすために腕を伸ばそうとする。
座ったまま寝てたせいだろうなと考え、寝ぼけた頭で半目を開く。
普段はあまり使わない、テレビの音が耳に入る。
パソコンのネットニュースで見た記事と似た内容を、テレビのニュース番組が報道していた。
……あれ?
誰が、テレビをつけたんだろう?
つけっぱなしで寝たとしても、数時間リモコンを触らなければ自動で切れるはず――。
「ああ、起きたのか」
声がすぐ隣から聞こえ、ソファーをきしませながら誰かが俺に近寄る気配がした。
金髪のボーイッシュな髪型をした西洋系の女性に、真横から覗き込まれている状況に気づいて硬直する。
「家主よ、少し油断が過ぎぬか? 私が悪意ある者なら、食料を奪われて身包みをはがされるか、殺されてるぞ?」
「……え?」
「酷いわね、イリーナ。命の恩人に、そんなことをするんだー?」
「例えばの話だ。誤解を招く言い方をするな、リリム」
朝からゼリーをまた一つ平らげたのか、空になったカップ容器から妖精が顔を出す。
「家主よ。腹が減ったので、ゼリーとやらを二つ貰っても良いか?」
「ど、どうぞ」
俺のすぐ隣に座る彼女を挟んで、もう一つ隣にいた人影がソファーから立ち上がった。
青く細長い尻尾を垂らした青髪の少女が、冷蔵庫を開けようとする。
蜥蜴人の後ろ姿を見て、ようやく覚醒を始めた脳が、隣りに座る人物が誰なのかを認識した。
「……怪我は、大丈夫なのか?」
「ああ。少し痛むが、激しく動かなければ大丈夫だ」
マジかよ……。
死ぬ寸前だったあの大怪我から、もう治ったのかよ。
すごい生命力だな……。
俺が寝間着にしてた黒いスウェットを着た蜥蜴人の姉が、妹からゼリーを受け取った。
背中をバッサリ斬られた血塗れの服は、さすがに着る気はしなかったのだろう。
スプーンで口に運ぶイリーナの隣りで、妹も黙々とゼリーを食べていた。
「これは本当に美味いな。食べやすいし、気に入った」
「そうか。良かった……」
姉妹の横顔を観察していると、イリーナが青い瞳をチラリとこちらに向ける。
「まず君に、命を救われたことを感謝する……」
イリーナが最期の一すくいを口に運び、空になった容器をテーブルに置く。
「でも、私達は……まだ君を信用していない。妖精には安全な場所だと言われて、ここまでついて来たが……」
ソファーに立て掛けていた西洋剣を手元に寄せ、イリーナが鋭い瞳を俺に向ける。
「たとえ君が、命の恩人だとしても……。君の行動次第では、妹を守るために私は迷わず君を殺す。そこはハッキリと言っておくぞ、シロウ」
いつでも抜けるように鞘に入った剣を握り締めた状態で、イリーナが俺をじっと見つめる。
まだ自己紹介もしてないのに名前を知ってるということは、俺が寝てる間に妖精と何か話をしたのかな?
「シロウ、君達の代表と交渉をしたい。メロウナはどこにいる?」
不意にピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。
「あっ、ちょうど良いタイミングで来たんじゃなぁい?」
居間の窓に張り付いて外を見ていた妖精が、何かに気づいた様子で玄関の方へ飛んでいく。
玄関の扉を開けたら、妖艶な雰囲気をまとった黒髪の美女が、傘を差したまま立っていた。
どこかに出掛けていたのか、胸元と肩口が透けた黒いドレスーコードを着た女性が、家の中に入って来る。
玄関扉を閉めると、俺の背後に立つ姉妹を見て薄く笑った。
「あらあら、シロウ君ったら。女の子を二人も連れ込んで……うふふふ。もしかして、お邪魔だったかしら?」
「メロウナ、遅いじゃない。どこ行ってたのよ」
俺が何かを言う前に、頬を膨らませた小人の妖精が俺達の間に割り込む。
「あなたが新しい住人を連れて来るとか言ってたから、いろいろ手配してたのよ……。どうも初めまして、異世界人さん。メロウナよ。これから仲良くしましょうね。うふふふ」
「リリムから、君は悪魔だと聞いたが?」
「ええ、そうよ」
ドレスコードの腰当たりに開いた穴から、隠すこともなく鳥のような黒い翼を広げた。
「半信半疑だったが……。本当に人間と、手を組んでる悪魔がいたんだな……」
「意外でしょ? しかも、村の区長も任されてるのよ。流石に悪魔なのは、隠してるけどね。はい、シロウ君。回覧板よ」
「あ、どうも」
村の区長を務めるメロウナが、脇に挟んでいた回覧板を差し出したので、それを受け取る。
「人間界で身を隠すつもりなら、私の言うことはちゃんと聞いておきなさい。人間は数を組むと、意外と侮れない種族だからね」
* * *
エプロンを着たメロウナが台所に立ち、勝手知ったる動きで朝食を作っている。
ベーコンを焼いてるのか、美味しそうな肉の香りが部屋に充満していた。
「はぁい、どうぞ。簡単なものだけどね」
焼いた食パンと、ベーコンエッグをのせた皿がテーブルに並ぶ。
よっぽど腹を空かしてたのだろう。
揃って盛大にお腹を鳴らした姉妹が、ガツガツと朝食を口に運んだ。
「シロウ君。隣町がモンスターに襲われたことは聞いた?」
「はい。さっき伯父さんから電話が来て……。俺の会社の社長とかも、林導町に住んでたんですが……。ちょっと連絡が取れない状態らしいです」
「そう……」
もはや仕事どころのレベルではない。
突然モンスターが町に現れて、住民はパニック状態だろう。
「ナオキからも、さっき連絡があったけど。警察が町を封鎖してるらしいわ」
「後藤さん達も、街に行ってるんですか?」
「ええ、そうよ……。逃げ遅れた人達が、大分やられちゃったみたいだけどね」
「……そうですか」
眼前の食事に夢中な姉妹とは対照的に、俺達の間には重い空気と沈黙が流れる。
食欲も湧かずトーストだけ齧って、対面に座る二人にベーコンエッグがのった皿を差し出す。
すると姉妹から「貰って良いのか?」と、尋ねるような視線が飛んで来る。
二人が悩んでたのは一瞬で、俺の皿がひったくられた。
「ねぇ、メロウナ。それって異界門が開いたってこと?」
「そうよ、リリム。通れる穴は小さいから、北海道や九州みたいに街一つが一晩で壊滅することはなかったけど……。ざっと数えても、百体くらいはこちら側に来てるらしいわ。この世界にいる住人の大半はモンスターと戦うことができないから、好き放題やられちゃったみたいね……。警察の発砲許可は出たらしいけど。異界門を閉じない限りは、被害が広がる一方でしょうね」
メロウナが嘆息混じりに、缶コーヒーへ口をつける。
テレビは食事中もつけっぱなしだったので、混乱する日本の様子を伝えるニュース番組が流れていた。
「ナオキに応援は頼まれたけど。敵陣へ突っ込むには、人手が足らないのよねぇ。どうしたものかしら……」
「人手が足りないのか? 私達に手を貸してくれるのなら、兵を集めることはできるぞ」
「あら、そうなの?」
姉妹揃って食事に夢中だと思ってたら、ちゃんと俺達の会話には耳を傾けていたらしい。
口元についたマヨネーズを、イリーナが舌先でペロリと舐めた。
「もちろん、条件はあるぞ」
「条件、ね……」
メロウナが頬杖を突いて、組んだ指先に顎をのせる。
「それはぜひ、聞かせてもらいたいわね」
目を細めたメロウナが、妖艶な笑みを浮かべながらイリーナを見つめ返した。
* * *
「ここは?」
「私が管理してる倉庫よ」
メロウナが入口にある装置に手を伸ばすと、掌を機械にのせて静脈スキャンをする。
片田舎の限界集落にある倉庫としては、少しばかりハイテク過ぎる設備だが……。
扉が開くと、異世界人の姉妹を中に案内する。
殺風景な部屋には、地下へ続く階段があった。
「さっきも言ったけど、人間界で私達の正体を明かすのは絶対にダメよ。魔界から来たことを喋って良い人間は、この村ではシロウ君だけだから、何か困ったことがあれば私かシロウ君に相談しなさい……。あなた達は、鱗さえ上手く隠せば人間のフリができそうだから、住民登録はなんとかできると思うわ」
階段を降りると、広い地下室に繋がる。
縦長の部屋に入れば、いきなり物騒なモノが目に飛び込んだ。
個人で持ち歩くことが不可能なサイズの銃火器が、部屋の中央に設置されている。
その銃火器は対人と言うよりも、もっと大きな動物の群れを想定した、銃身が長い重厚な機関銃だった。
サバゲー用のオモチャでなければ、自衛隊の軍事訓練施設にでも迷い込んだのかと勘違いするような地下室。
部屋の中には身を隠せるバリケードもあり、奥からやって来る襲撃者達を拒むような配置だ。
「ここは何だ?」
「簡単に言えば、最終防衛ラインよ……。と格好良く言えたら良いんだけど。この銃火器を扱える軍人がいないから、宝の持ち腐れになっちゃってるわね……」
「ジュウカキ?」
聞き慣れぬ単語だったのか、イリーナが小首を傾げた。
「あなた達がよく知ってる、魔法みたいなものよ。一つ一つの弾は小さいけど、あなたの身体くらいは簡単に貫けるわ」
「ほう。それはすごいな」
メロウナが銃についての簡単な説明をする。
しかし、魔界には銃の文化は無いらしく、異世界から来た姉妹にはイメージが湧き辛いようだ。
「そうね……。例えるなら、ここに強力な魔法を秘めた杖が転がってます。でも今は、コレを扱える魔術師がいません。そう思ってくれたら良いかしら?」
「あー、なるほどな」
「そっちの方が、分かり易いですね」
姉妹が互いに視線を合わせて頷き合う。
苦笑するメロウナの言う通りで、この地下室に設置された固定機関銃は複数人で運用するのを想定されている。
もし誰かが地下へ侵入したとしても、銃の責任者である矢代さんがいなければ、素人には取り扱えない代物だが……。
「これから私達がやろうとしてるコトの結果次第では、人材を寄こしてくれるらしいけど。コレを扱える魔術師さんを派遣してもらえたら、ヤシロ君も喜ぶでしょうね」
「え? メロウナさん。自衛隊の許可が下りたんですか?」
銃火器を興味深げに覗き込む姉妹を横目に、先に進もうとするメロウナの背中へ、俺は戸惑い気味に問い掛ける。
「ええ、そうよ。上の人達も現状を目の当たりにして、こちらの提案をのむしかなくなったみたいよ。圧倒的に人手が足りないのは、事実だからね……。まさか一晩で、大きな街一つが壊滅するとは思わなかったんでしょう」
なにがオカシイのか、メロウナがクスクスと笑う。
奥にあるもう一つのセキュリティロックも静脈認証で外し、分厚い扉が開いた。
雰囲気がガラリと変わった通路の奥で、黒くて小さな塊が丸くなっている。
「おはよう、タマ」
「にゃふん? おや、御主人様にゃん。どうしたにゃー?」
俺が声を掛けると黒い毛玉が身を起こし、あくび混じりに身体をほぐすように猫前足を伸ばす。
「魔界と人間界が繋がったのよ。これから妖精達と協力して、転移門をご近所と繋ぐわ。ここも騒がしくなるから、タマも手を貸してちょうだい。他の子も呼んで来てね」
「にゃふふ。了解にゃー」
二つに別れた黒い尻尾を揺らし、人語を喋る猫又が笑みを浮かべた。
* * *
◆【第03話】現代の魔術師
「お待たせ」
「ん?」
「……え?」
妖精達が準備をしてる間、地下の居住区を観光していた姉妹に声を掛ける。
すると蜥蜴人の姉妹が、困惑した表情で俺を見下ろした。
「私の頭がおかしくなってなければ、目の前にいる黒猫からシロウの声が聞こえたのだが……」
「おかしくはなってないよ。俺の精神をタマとリンクさせて、俺の声を発してるだけだから」
「そういうことにゃー」
妹のレナが膝を折り、視線を俺の高さに近付ける。
興味深げな表情で覗き込む少女の顔が、ドアップでモニター画面に映った。
「可愛い」
「にゃーん、ゴロゴロ……」
意外と猫好きなのか、手を伸ばしたレナが俺の精神が混入した黒い猫又を撫でる。
意識が混ざり合ってるので、タマの気持ちよさそうな感情が俺にも伝わった。
「メロウナが、君を魔術師だと言ってたが……。そういうことか」
「魔術師と言っても、戦闘は専門じゃないぞ。この地下に住みついてる尻尾が二本ある猫は、俺と意識をリンクさせることができるんだ。地下は広いから彼らの力を借りて、君達の目や耳となってサポートをするのが俺の役目だ」
モニター越しに見ていた視界が、床にまで落ちた。
どうやらタマが地面に寝転がったらしく、レナに掌でお腹をワシャワシャされた猫又が気持ち良くなっている。
「精神が繋がってるということは、肉体は別の場所にあるのか?」
「うん。でも場所は、秘密にさせてもらうよ。無防備に寝てるところを、襲う人がいるかもしれないしね……。メロウナさんが、さっきまで近くにいたけど」
「……む? シロウ、一つ聞きたいのだが……。君とメロウナは、どういう関係なのだ?」
「え?」
イリーナからの唐突な質問に戸惑う。
……どういう関係?
「うーん……。面倒見の良い、ご近所のお姉さんかな? 雑務が多い面倒な区長もやってくれる良い人、じゃなくて悪魔になるのか?」
「……そうか。私の知る悪魔は、自分の利になることしかしない危険な連中だ……。あまり信用し過ぎない方が良いぞ」
「魔界の悪魔はそうかもしれないけど……。メロウナさんは違うよ」
「む?」
イリーナの表情から察するに、俺の反応が意外だったのだろう。
「少なくとも、初対面で剣を向けてきた君達よりは信用できるぞ」
「……なるほど。そこは、反論がしにくいな」
「あれ?」
「どうした?」
「いや、こっちの話。気にしないで……」
眠ってる肉体の方で何かが起こってるのか、顔にムニュムニュと柔らかいモノが当たる不思議な感覚がする。
女悪魔が近くにいる時に、たまに起こる謎の現象だ。
俺の身体に危険なことが迫っていれば、メロウナが気づかないはずは無いから、大丈夫なはずだが……。
「うちのシロウ君に、私の悪い噂を吹き込むつもりだったかもしれないけど。失敗したようね」
モニター越しに、メロウナの使い魔である黒いコウモリが映る。
地面に降りた小さなコウモリが膨らみ、ドレスコードを着た女性の形になった。
何か良いコトでもあったのか、いつも以上に上機嫌な笑みを浮かべた悪魔が姿を現す。
「それよりも、あなた達の感想が聞きたいわ。ここの住み心地はどうかしら? 居住区としては合格?」
メロウナの問い掛けに、姉妹が互いの顔を見合わせる。
「まだ入口の居住区しか歩けてないが……空気は良いと思う」
「リナ姉様の言う通りですね。居住区に湧き出る井戸水からも、魔界と同じくらいの濃厚なマナを感じます……」
へー。
やっぱり異界から来た人には、そういう違いが分かるのか……。
「妖精達に協力してもらって、魔界側に近い環境を目指して作ったからね。あなた達が気に入ったのなら、移民の受け入れは可能かしら?」
「そうだな……。あとは、湖を見てからの判断にはなるが……」
視界の端に映る異変に気付き、モニターから視線を外す。
地下へアリの巣状に広がる、3Dマップの一部が点滅している。
青い波紋を広げる、白い猫顔アイコンを人差し指で押した。
猫又であるユキの視界を通して、新しいモニター画面が俺の精神世界に出現する。
空中に発生した亀裂の前に、蝶羽を生やした複数の小人が浮遊し、転移門を広げる作業をしていた。
「リリム、上手くいきそうか?」
「うん。向こうにいる子と繋がったから、もうすぐ開くと思うわ」
「了解。よろしく……」
「あ?」
「ん? どうした?」
ユキとのリンクを切断しようとしたタイミングで、俺と精神が融合した白い猫を妖精が見下ろした。
「こっちの転移門に、誰かが干渉してるわ」
「え?」
妖精の呟きと同時に、3Dマップに異変が現れる。
茶色の縞模様の猫顔アイコンが、青色ではなく赤い点滅を発した。
赤い波紋は、悪い異変を報せる時の印……。
嫌な予感がして、即座に猫又のトラと精神をリンクさせる。
土壁の曲がり角から覗き込むトラの目を通したモニター映像を見て、パソコンで見たネットニュースの記事を思い出す。
「メロウナさん、問題が発生しました」
「……問題? どんな問題かしら?」
タマと視界リンクを繋いだモニター画面越しに、会話を中断したメロウナと姉妹が俺へ顔を向ける。
「転移門が混線しました……」
「混線? ……偶然の干渉なら良いけど。意図的に逆侵入されたのなら、少し面倒なことになりそうね」
「はい……。林導町を襲ったモンスターとよく似た連中が、こっちに転移しました」
俺の発した言葉に、表情を険しくした姉妹からも緊張が伝わる。
「数は一、二、三……。十を超えてます……」
「それは、大問題ね……」
* * *
「フーッ! シャーッ!」
「トラ、もう良いにゃ。さがるにゃー」
曲がり角から顔を出して威嚇を続ける縞模様の猫又に、俺と精神をリンクさせたタマが声を掛ける。
気の強い猫又が、「うにゃうにゃ」と小声でブツクサと文句を呟き、その場から立ち去った。
蜥蜴人の姉妹と対峙する集団から、人影の一つが山羊の蹄で地面を踏みしめ、前へと進み出る。
「妹の方はまだしも。毒矢で足を貫いたはずのあなたが、まさか生きてるとは思いませんでしたわ……」
黒い山羊頭から、クツクツと笑う女性の声が漏れる。
ギョロリと山羊の目が動き、三方向に分かれた通路の一つを覗き込む。
誰もいない通路の奥へ駆けて行った猫又の背中を、目で追っているのだろうか?
「まだ近くに、コロニーを隠していたのも予想外でしたが……。コロニーの掃除をするついでに、蜥蜴臭い妖精の湖で網を張っていて正解でしたわね」
胸に膨らみがある女性の容姿でありながらも、頭と足首から先が山羊なる異形の姿をした女悪魔。
その造形は、悪魔崇拝の歴史で有名な悪魔の一人であるバフォメットを連想させる。
もしかしたら……異界渡りに成功した彼女の姿を、過去に見た人間がいたのかもしれない。
「しかし、私が用意した毒で死んでないのは意外でした……。蜥蜴人の一人ぐらいは、余裕で殺せる毒でしたのに」
「よくもリナ姉様を」
「落ち着け、レナ」
怒りに声を震わせて前に進み出ようとした妹を、姉であるイリーナが腕を差し出して止める。
「昔から毒には強い方でね。それよりもだ、デミウス……。きさま、コロニーを掃除したと言ったか?」
イリーナの問い掛けに、山羊頭の口元が大きく歪んだ。
「ええ、そうですよ。あなた達を探す間、とっても暇でしたからぁ……。抵抗する面倒な男どもを皆殺しにした後、生き残りの女や子供達に毒を与えて遊んでましたの……。もし興味があればコロニーまで、お連れしてあげてもよろしいですわよ。運が良ければ、まだ生きてる者がいるかもしれませんねぇ、くふふふ」
山羊頭の女悪魔が、馬鹿にしたような嘲笑を浮かべる。
それを見ていたイリーナが、静かに拳を握り締めた。
「デミウス……。お前は、私の手で必ず殺す……。必ずだ……」
「くふふふ。尻尾を巻いて逃げたお前達に、そんな大層なことができるのですかぁ?」
山羊頭の口を大きく開き、「ゲヒャヒャヒャッ」と不快な笑い声を漏らす。
「おい、デミウス。こんな広そうな隠れ家に、二人だけはおかしいだろ? やっぱり仲間がいるんじゃねぇのか?」
女悪魔がピタリと下種な笑みを止め、背後から声を掛けた人物に振り返る。
額から白い二本の角を生やした、茶髪の目つきが悪い青年が前に進み出て、蜥蜴人の姉妹を睨みつけた。
戦国の侍を連想させる赤い甲冑を着ているが、なぜか手には西洋剣を握り締めており、装備が微妙にチグハグだ……。
「そうですね……。あなた達は、さっきの奇妙な動物を追いなさい。仲間を呼びに行った可能性があります」
女悪魔の返答を聞いて、集団のリーダーらしき青年が、鬼の姿をした他の仲間達に指示出す。
十人ほどの同族達がゾロゾロと、猫又の消えた通路へ歩を進めた。
「おい、デミウス。首が必要なのはどっちだ」
「妹の方です。姉は手強いので、あなたの兄弟みたく油断をしないように……。彼らの二の舞になりたくなければね」
「分かってるよ、うっせーな……。お前ら、そいつらを囲め」
剣を握り締めた鬼人達が、姉妹の前方に半円を描くように広がる。
姉のイリーナは毒が治ったとはいえ、前日まで一人で歩けないくらいの重症だった。
まだ激しくは動けないと言ってたから、やせ我慢をしてるのは間違いない。
しかしイリーナは一ミリも表情に出さず、妹を守るように剣を構えて対峙する。
「デミウス。もう一つ聞きたい……。本当に男は全員、皆殺しにしたのか?」
再度の問い掛けに白い歯を見せた山羊が、ニタァと不気味に笑う。
「馬鹿な男達ですよ。人質にとった女や子供達を助ける条件に、毒を含んだ水だけを呑んでほとんど死に掛けですわ……。自分達が死んだ後に、女達も後を追うというのに……くふふふ」
「そうか……まだ生きてるんだな?」
「残念ながら、一晩は持ちませんよ。お前達を殺した後、ゆっくりと悶え苦しんで死ぬさまを、今夜は楽しませてもらいますからねぇ……」
ニヤニヤと笑う山羊頭を睨んでいたイリーナが、薄い笑みを浮かべた。
「デミウス、お前が性格の悪い悪魔で良かったよ……。メロウナ、頼む」
事前に決めていた合図を、イリーナが口に出す。
すると、天井に張り付いてた小さなコウモリが膨んだ。
黒い人影が天井を蹴り、山羊頭の背後に落ちながら、二本の黒い刃を両腕から生やす。
山羊頭が異変に気づいて見上げたが、メロウナの振り抜いた黒剣が、目にも留まらぬ速さでデミウスと交差した。
絹を裂いたような山羊頭の悲鳴が地下通路に響き渡り、斬り飛ばされた女の腕が地面に転がる。
黒いドレスコードを着た女性が踊るように舞い、イリーナを取り囲んでいた鬼人達の間をすり抜けた。
不意打ちに対処できなかった鬼人達が次々と斬り裂かれ、血飛沫を巻き散らして悲鳴をあげる。
「シロウ君、今よ!」
「矢代さん、お願いします!」
メロウナの合図を聞いて、猫又の視界とリンクしたモニター画面に映る、自動小銃を握り締めた人達に声を掛ける。
直後、猫又が入った通路の奥から、複数の銃声が聞こえた。
三方向に交差する場所で立っていた鬼人達が、バタバタと地面に倒れる。
「逃がさないわよ、デミウス! アイスアロー!」
混乱の最中に詠唱を終えた妹のレナが両腕を突き出し、浮遊する複数の氷矢を飛ばす。
正面に立っていた姉のイリーナとメロウナが左右に別れ、レナの放った氷矢が自衛隊の銃弾から難を逃れた鬼人達に次々と突き刺さる。
「リナ姉様、デミウスが!」
「行っては駄目よ、レナ。銃弾に巻き込まれるわよ」
背後にいた鬼人達を押しのけ、片腕を失った山羊頭が通路の奥へ逃げて行く。
悪運が強いのか、氷矢の射程外まで逃げた背中を妹が追い掛けようとしたが、即座にレナの腕を掴んだメロウナに制止された。
通路を歩く鬼人達を排除してるのか、いまだ銃声は鳴り止まない。
ユラユラと身体を揺らし、足元をふらつかせた鬼人が通路から顔を出した。
握りしめていた剣を落とした鬼人が地面へ崩れ落ちた後、鳴り響いてた銃声がピタリと止まる。
どうやら、そいつが最期だったらしい……。
ザッザッザッと、靴で地面を駆ける複数の足音が聞こえ、自動小銃を構えた迷彩柄の男達が顔を出す。
五人組の小隊が周囲を経過し、他の人達とは違う形をしたスコープ付きの軍用狙撃銃を握り締めた軍人が、鎧を着た鬼人の横を通り過ぎる。
兜をつけてない無防備な頭を銃弾で貫かれ、頭から血を流して地面に倒れたリーダーの身体を跨ぎ、横に並んだ四人が女悪魔が逃げた通路の奥へ銃口を向けた。
最期にやって来た小隊長が曲がり角の壁に背を預け、警戒するように顔だけを覗せて皆に指示を出している。
自動小銃の銃口だけは前方に向け、腰を低くして後ろ歩きをする一人の男性が、メロウナ達の方へ歩み寄って来た。
「ごめんなさいね、ヤシロ君。悪魔を一人、逃がしちゃったわ」
「え? それって、もしかして。さっき宮猫君が言ってた、顔だけ覗かせてた山羊女ですか?」
狙撃手の相棒役であり、補助役も務める観測手の矢代さんが、後ろからついてきた猫又の方をチラリと見る。
「そうよ。悪魔は警戒心が強いから、困るのよねー。私が腕を斬り落として、肩にもレナの矢が刺さってたから。しばらくは、まともに動けないでしょうけど」
「了解です。まあ、しょうがいないですね」
「フーッ! シャーッ! ウニャニャニャニャーッ!」
興奮冷めやらぬ縞模様の猫又が、逃げた山羊頭女を追い掛けるように通路の奥へ走って行った。