【短編】ワケありドワーフの嫁は、酒よりも旦那の方に酔うそうです
「ユウギ。てめぇ、生意気にもうちの娘が欲しいとか抜かしてたらしいな?」
俺よりも背の低いドワーフのおやっさんが、わざわざ立ち上がって椅子に足をのせ、酔っ払いの赤らめ顔で正面から覗き込む。
「え? え?」
そんなこと……誰かに言ってたっけ?
行き場の無い俺の面倒を見てくれた恩人からの身に覚えがない話に、本当に思い当たることが見つからず戸惑う。
「良いぞ、ユウギ。うちの娘を酔い潰せたのなら、好きにして良いぞ……。狙ってる若い男の前で、酔いつぶれる女の方が悪いんだからな。ガハハハッ!」
おやっさんが豪快に笑いながら酒樽ジョッキを傾け、ゴクゴクと喉を鳴らす音がこちらにまで聞こえる。
「ぷはーっ。ユイナ、どうだ。いけるか!?」
溢れんばかりにあったはずの樽ジョッキを一気に飲み干し、空になったモノをユイナの父親が差し出す。
小柄なドワーフの父親とは違い、俺と同じくらい長い腕が視界の端から伸び、父親の樽ジョッキを受け取る。
「さっきからユウギは飲むどころか、舐めてばっかりなのに……。何を言い出すんですかね、お父様は」
俺の隣りにある椅子が引かれ、酔っ払いの戯言に呆れたような声で返答しながら、ユイナが立ち上がる。
艶のある長い黒髪を腰まで垂らし、最近ドワーフの女性達の間で流行ってる着流しの和服を着た、ユイナの大きなお尻をつい目で追ってしまう。
部屋の隅に置かれた、大人一人が余裕で入る酒樽サーバーの蛇口を捻り、お酒を並々に注ぎだした。
父親に渡した後、自分の空になった樽ジョッキも溢れんばかりに注ぎ足し、ユイナが俺の隣に座る。
酒豪ドワーフ親子のペースに今日もついていけない俺は、隣の席で微笑むユイナの言う通り一杯目すら半分も空けられず、二人を見てるだけで酔いそうだった。
「やるのか、やらないのか。ユイナ、どっちだ!」
「やりますよ……やれば良いんでしょ? ホント困ったお父様ね……。それよりユウギ。私はまだ三杯目なのですけど、その一杯目をいつ空けてくださるのかしら?」
勝負にならないとばかりの余裕ある笑みを浮かべ、頬をほんのりと赤らめたユイナが、俺の顔を横から覗き込む。
「早く飲みなさい、ユウギ。お父様の戯言ですが、私はまだシラフですよ。勝負は勝負ですからね……。ふふっ」
娼婦をしてた人間の血を引くせいか、美人顔の母親似らしい妖艶な笑みを浮かべた彼女に、耳元で囁かれるとドキリとしてしまう。
「私と晩酌が付き合えない旦那なんて、論外ですよ……。もしかしてユウギ、私が欲しくないのですか? ふふっ」
酒豪ドワーフである父親の血を半分引く彼女相手に、もちろん俺ごときが勝負になるわけもなく。
最初から試合放棄してた俺は、悪酔いした親子二人に酔い潰されないよう、普段通りに対応したけど。
いつもより吐息が近い気のする彼女におねだりされるがまま、異世界の話をポツリポツリと語るくらいしかできなかったな。
彼女にしては珍しく酔ってたのか、俺を煽るような台詞が多かった気もするけど……。
むしろ、それよりも……。
ああ、そうだ思い出した。
おやっさんが酔いつぶれてテーブルに突っ伏して眠り始めたから、晩酌もお開きになって……。
寝床に行こうとしたら、一緒に立とうとしたユイナが足下をふらつかせて、慌てて受け止めたんだよな。
ビックリするくらい足取りが危なげで、初めて見る千鳥足の酔っぱらった彼女を、部屋に運ぼうと思ったんだけど……。
昨晩の断片的な記憶を少しずつ思い出しながら、チュンチュンと鳴く鳥の声を遠くに聞きつつ、天井をぼんやりと眺めた。
まだ寝起きの心ここにあらずな心境で、スースーと寝息がする方へ顔を向け、同じ枕に頭をのせたユイナの初めてみる無防備な寝顔を見つめる。
掛け布団は腰のあたりまで覆われているが、わざわざ布団を捲らなくても、俺が裸なのは把握できた。
隣りでスヤスヤと寝息を漏らす彼女も服を着ておらず、片手に収まらない肌色の胸元を俺に押し付けて寝ている。
俺の足に触れるレベルじゃなく、互いの足が絡まってる状況から、ユイナが下着を履いてないのは察することができた。
産まれたままの姿になった男女が、同じ布団の中で寝ている。
問題は、どうしてこうなったかだ……。
ていうか、ユイナの下着が枕のすぐ横に落ちている……。
布団の横に視線を動かせば、俺の脱ぎ捨てられた衣服の上に、昨晩着ていた彼女の衣服も、乱れた状態で重なっていた。
まるで俺達の……昨晩の激しい乱れっぷりを、再現するかのように……。
俺の二つ年上で若いとはいえ、常に余裕を持って年上の大人と接して、父親とつい最近まで高校生だった同居人の世話をしてくれるユイナは、俺にとって羨望の的であり高嶺の花だ。
記憶が確かなら、彼女が俺の前で酷く取り乱したのは、俺の不注意で倒れた時の一回のみなはず……。
俺が気を失ってる間の話なので詳細は分からないが、おやっさんからは相当なモノだったと聞いてる。
でも、人が倒れて取り乱すのは当たり前だ。
俺だって、ユイナやおやっさんが目の前で突然に倒れたら、どうしていいかわからず取り乱すに決まってる。
「んんっ」
耳元で彼女の吐息が聞こえ、ユイナの手が撫でるように俺の胸元を滑る。
隣りにいる女性が起きた気配を察知したが、未だに頭が混乱して心の整理もつかない俺は、身体を硬直させて動けずにいた。
彼女の指先が頬に触れ、天井を凝視していた俺の顔を横へ動かす。
「おはよう……」
「お、おはよう」
父親似らしい青い瞳が、鼻先が触れる距離から俺をまっすぐ見つめていた。
どうしたら良いのか分からず、戸惑う俺の瞳に映ったのは、幸せそうな彼女のくしゃっとした笑顔。
「ユウギに、負けちゃった……ふふっ」
そもそも俺は深酒をしてないから、勝負にすらなってない気もするが、負けたはずのユイナは嬉しそうに微笑む。
柔らかい指先で俺の黒髪と頬を撫でた後、ユイナが何も着てない半身を起こした。
あられもない姿に、朝からドキリとする。
「約束は、約束よね? 今日から、妻になるユイナです……。ふつつか者の嫁ですが。これから宜しくお願いしますね、あ・な・た」
俺の返答を待たずして、ユイナが覆いかぶさる。
彼女の柔らかい唇が、幸せを噛みしめるようにゆっくりと、俺と重なった……。
* * *
★(※幸せなキスしてENDと見せかけて、ギャグENDのパターン)
「酔っでにゃい! 酔っでにゃいですぅー」
これは酷い……。
今日もまた、盛大に酔っぱらったなー。
俺の腕に掴まって、先に嫁の介抱をするため寝室に向かう。
「私は、旦那に酔ってるだけですぅー」
「う、うん……」
肌色が半分近く見えそうになったのに気づいて、嫁のはだけ過ぎた胸元を慌てて直す。
家の中とはいえ、お義父さんと同居してますからね。
「ユウギ、お布団。私のお布団はどこぉ?」
「もうすぐだよ。もうすぐ部屋に」
「ちがーう!」
えー……。
まるで船の面舵一杯をするみたいに、父親譲りの怪力で首根っこを掴まれた俺の身体が、酔っ払った嫁を中心にして回転する。
「私はトイレって言ったでしょ! 駄目にゃ旦那は困るわね!」
「さっき、お布団って」
「お布団入ったりゃ、トイレにイケなくにゃるでしょ? ユウギのえっち!」
「ごめん……。ホントに分からない……」
スッキリとした顔でトイレから出て来た酔っ払いを回収して、今度こそ目的の寝室に向かう。
「ユウギ、お布団。私のお布団はどこぉ?」
「もうすぐだよ。もうすぐ部屋に」
「ちがーう!」
えー……。
千鳥足のくせに、俺を回す時だけは二本足でしっかりと床を踏み、俺の視界がグルンと回転する。
それと奥さん、会話がループしてなーい?
「わ・た・し・た・ちの部屋でしょ? ユウギのえっち!」
「んー?」
もうやだ、この酔っ払い……。
会話噛み合わないレベルじゃないよ……。
誰か、お昼の頼りになるユイナを僕に返して下さい。
「ユイナ、ほら。お布団」
「やだもう、えっち! ユウギのえっち!」
……ちょっと、うちの嫁がメンドクサイ。
俺の頬を指先でプニプニとするユイナに目を向けると、ニヤニヤと笑う嫁と目が遭った。
俺にもたれかかって、組んだ腕を解こうとしたら……。
「やだ」
俺の手を嫁にペチンと叩かれた。
「お義父さんも酔いつぶれてるから、部屋に連れて行かないと」
「やだ」
再度のばした俺の手を、やっぱりペチンと叩かれる。
「テーブルで寝たままだよ?」
「よし!」
なにが良しなの?
「旦那、だーんな、私の旦那しゃまぁ~」
「ちょっ、ユイナ。んん!?」
酔っ払いのくせに父親譲りの怪力で、布団に組み敷かれて唇も塞がれた。
そうだよ……。
あの日も、こんな感じだったなー。
「ユウギ、いっぱいしゅき……」
「うん、俺も」
どんだけ飲んだのやら、すごく酒臭いですけどね……。
他人からしたら、贅沢な悩みかもしれませんが。
酒よりも旦那に酔いやすい嫁さんに、ちょっと困ってます。
最近、プロローグでいきなり結婚から始まるシリーズが、マイブームな作者です('ω')ノ