【短編】暗闇で再会した君は……【ホラー】
「シキ君。起きて……シキ君」
可愛らしい女性の声で、何度も耳元で囁かれていることに気づき、緩やかに意識が覚醒する。
ぼんやりとする頭で、目が覚めた俺の視界に飛び込んだ世界は。
どこまでも続く、漆黒の闇……。
目の前にあった、淡い紫色の灯りだけが、唯一の光源である暗闇の世界。
いまだに朦朧とする意識の中で、半身を起こそうとしたが、上手く身体に力が入らない。
再び地に落ちそうになった背中を、誰かの腕が支えてくれた。
「シキ君、無理しないで……。ああ、でも……。目が覚めてくれて、ホントに良かった。すごく心配したのよ?」
目を開けたはずなのに、閉じてる時と変わらない暗闇のせいで、周りがよく見えない。
そのせいか、孤独にも近い不安が押し寄せてきた……。
でも近くにいる女性が、優しく声を掛け続けてくれるおかげで、少しだけ安心感が湧く。
どこか聞き覚えのある声を耳にして、頭に浮かんだ同級生の名前を呼ぶことにした。
「中田さん。ここは、どこ?」
間近にいる女性が、かすかに息を呑んだ声が聞こえた。
「良かった……。私の名前も、ちゃんと覚えてくれたのね? シキ君が生き返るまで。アイツらが、シキ君の身体を弄ってたから……。もしシキ君が、シキ君じゃなくなってたら。どうしよって……。それだけが、不安で……」
今にも泣きそうに声を震わせながら、女性が独白する。
だけど俺は、彼女の語る言葉の中にあった奇妙な単語に気づき、聞き返さずにはいられなかった。
「生き返る?」
俺は真っ暗闇の中で、記憶の中にあるクラスメイトの顔を、一生懸命に探そうと試みる。
「あ、そっか……。シキ君は、暗いのが駄目なのね。ちょっと待ってね……。灯りが、向こうにあったはずだから」
俺の質問へ答えるよりも前に、気を利かせてくれた彼女が、光源を探しに離れてしまった。
「たしか、こっちに懐中電灯が……あっ。シキ君、あったよー」
弾むような可愛らしい声が、暗闇の奥から聞こえた。
「うぅッ……。誰か、助けてく」
――グシャリと、ナニかが踏み潰される異音が、遠くから聞こえた。
誰かのうめき声が耳に入り、すぐに消えた気がしたが……。
「チッ」と舌打ちする誰かの声が、暗闇の奥から聞こえる。
「ホントしぶといわね……。まだ死んでなかったのね? 私とシキ君の再会を、邪魔しないでよ」
先ほどまでの可愛らしい声とは異なり、不機嫌そうな女性の殺気立った声が、俺の耳に入った。
ナニかをぐちゃりぐちゃりと、繰り返し執拗に踏み潰す、不快な音が遠くから聞こえる。
「ゴキブリみたいに、ワラワラ湧いて来るし。どれが本体か、よく分からないから面倒だし、もう最悪ね……。あ、メガネ……。ここに落ちてたんだ。ラッキー」
ブツブツと聞こえる呟き声の最期だけは、さっきまで近くにいた女性と同一人物だと分かる、可愛らしい声色に変わった。
女性が戻って来たらしく、懐中電灯のスイッチを弄るカチカチ音が、俺のすぐ傍で聞こえる。
「あれ、壊れてるのかな? んー……あっ、点いたよ」
嬉しそうな声で、彼女が報告してくれた。
彼女の握り締めたライトの灯りが、俺達がいる場所の一部を照らす。
……黒い、水?
最初に俺の目に映ったのは、黒くて大きな水溜りだった。
どこまでも続く、黒光りする水面を通り過ぎ、白色の壁をライトが照らす。
「新幹線、沈んじゃったね……。シキ君との修学旅行、楽しみにしてたのに……」
残念そうな声で、隣で呟いた彼女の言葉を聞いて、過去の記憶がフラッシュバックする。
まるで空へ放り投げられたように、グルグルと回転を繰り返す乗客席。
誰かも分からない、悲鳴混じりの叫び声。
重力を無視して、車内を飛び交う、無数のクラスメイト達。
湖のように巨大な水溜りから、まるで新幹線が生えたような、丸みを帯びた先頭車両の一部を、俺は凝視した。
もしアレが新幹線の一番前だとしたら、俺達が乗っていた新幹線は……。
他の皆は、いったいどこへ?
「大丈夫だよ、シキ君……。シキ君に、酷いことをしようとした悪い奴らは。ぜーんぶ、私が倒したから……。ここは安全だからね。はい、ライト」
彼女から手渡された懐中電灯を握り締めると、ぬちゃりと糸を引くナニかが指先に触れた。
拭くモノを探そうとした時に、俺の胸元をライトが照らす。
学生服の下に着ていた、白一色だった長袖シャツに……。
斑模様の赤黒い染みが、沢山ついてることに気づく。
「わっ。ド近眼だったのに、メガネが見えなくなってる……。割れてるから、もう使えないけど。ちょっと複雑な気分ね」
彼女の声がする方に、おもわずライトの灯りを向けた。
まるで血を浴びたような赤黒く濡れた女性の指先と、レンズが割れた黒ぶちメガネが目に入る。
地味なデザインのメガネは、たしかに見覚えがあった。
懐中電灯の灯りを、彼女と同じ声のする顔の近くへ、恐る恐る寄せた。
うちの学校と分かるブレザー服を着た女子高生が、顔をこちらへ向ける。
笑顔を作ろうとしたのか、開いた唇の中から現れた白い歯は、犬歯というには鋭すぎた。
鮫のような白い牙が、隙間なく並んでおり、俺の知る彼女の歯とは明らかに別モノだ。
俺を見つめる視線に気づき、彼女の口から更に視線を、彼女の目元へ上げた。
「みんな、死んじゃったけど……。また一緒に私達がいられるのは、やっぱり運命なのかな?」
視界の端を、さっきからチラチラと忙しなく動き続ける、紫色の灯りは……。
ニンゲンの目がある場所と同じ位置で、怪しく光るモノの正体に。
ようやく俺は気づいた。
……気づいてしまった。
その異形の顔から俺は目を離せず、凝視してしまう。
本来はニンゲンの白目にあたるところが、周囲の深い闇と同じように、黒く染まっていた。
黒目の中心にある紫色の瞳が、俺をまっすぐ見つめ返す。
「私のだぁい好きな、シキ君と。二人っきり……。フヒヒヒ……」
甘く媚びた、ねっとりとした声で、俺の名を呼び。
誰のか分からぬ血塗れの両手を頬に当て、赤く頬を染めた彼女が。
とても嬉しそうに……ニッコリと笑った。
「あ、そういえばね……。シキ君が起きたら、お願いしたいことがあったの……。私ね、すっごくお腹が空いてるの。だからね……」
記憶の中にある彼女は、小柄な身の丈に合った、小さな口をしてたはずだ。
可愛らしい印象の強かった口が、ヘビが卵を一飲みする時みたいに……。
俺の記憶を否定するかのように、何倍も大きな口を開いた。
唇の両端が裂けるほどに、彼女が口を上下に開いたことで。
めくれた唇の内側から、鮫のような鋭い牙を覗かせる。
白色の鮫牙を伝って、複数の唾液糸が引き伸ばされ、真っ赤な舌で俺の顎をペロリと舐めた。
「食べて、良いよね?」
再開することに成功した彼女は、過去によく見た女性の面影を残しながらも。
化け物の姿に成り果てた、クラスメイトだった……。
このプロローグになる【第01話】から始まり、不死者同士の戦争をネタにする予定だった、今のところ連載化の目処が立ってない、お蔵入り候補のネタでした。