【◆短編】童貞のサマナーと美女の自覚が無い亜人娘
元コボルトが美少女になって、御主人様を(犬的な意味で)ペロペロして、童貞の主人公が悶絶するお話。
◆諸事情により、複数話を一話に纏めてます。
【第01話】相棒は、コボルトでした
【第02話】犬耳美少女とペロペロ(8/23 エピソード追加しました)
◆【第01話】相棒は、コボルトでした
素人目に見ても高級そうな、赤いカーペットを踏みしめながら通路を進む。
ここまで案内してくれた受付の人が扉をノックすると、応接室の扉が開かれた。
「いらっしゃい、ユウト君。一週間ぶりね」
谷間を強調するように胸元が大きく開かれ、深紫に彩られたドレスを着た、美しい女性が顔を出す。
優しく微笑む美女に、ユウトは少し照れながらも軽く頭を下げる。
「はい。お久しぶりです。エリザさん」
「どうぞ。中に入って」
女性が室内へ招くように手を差し出し、ユウトは部屋の中へ入る。
部屋の奥へと進む女性の後ろ姿を見れば、背中がV字カットに割れており、肌が首から腰まで丸見え状態だった。
相変わらず露出度の高い服装に、ユウトは目のやり場に困る。
「フフフ。座って」
チラリと後ろへ顔を向け、エリザが意味ありげに微笑む。
三人くらいは余裕で座れそうなソファーへ、ユウトは深く座った。
女性もまた、テーブルを挟んだ対面にあるソファーへ、ゆっくりと腰を下ろす。
(あいかわらず、ここの雰囲気には慣れんな)
そう思いながら、ユウトは目だけを動かして室内を見渡す。
部屋の四隅には、石像のように直立不動で立つ人影が四つ。
身長は、ニメートルもあるだろうか。
鉄製の鎧を身に纏い、手を後ろで組んで立つ大男の鉄兜には、こめかみ部分から曲線を描く二本の角が生えていた。
その角は兜の飾りではなく、本物の角であった。
鬼族の上位種であるオークと呼ばれる彼らは、モンスターでありながらエリザを護衛する警備の者達だ。
身を守るためとはいえ、巨漢で厳つい顔をした筋骨隆々のモンスター達を、よく傍に置けるなとユウトは素直に感心する。
もし、ユウトがアレに囲まれる状況になったら、一秒でも落ち着いていられない。
目の前にいる女性は、捕獲したモンスター達を世話し、労働者として派遣するブリーダーの仕事をしている。
ブリーダーは凄いなと思いつつ、いつものネットリとした視線をエリザから注がれた。
無言の間に耐えきれず、ユウトが口を開く。
「えっと、エリザさん?」
「ユウト君。お仕事の方は、順調かしら?」
「なんとかやってます。一人になってみると、相棒の大切さを強く感じますね」
「フフフ。それもまた、お勉強よ」
妖艶な笑みを浮かべるエリザに見つめられて、ユウトは困惑しながらも今日までのことを思い出す。
ユウトがこの異世界で目覚めてから、ちょうど三ヶ月が過ぎた。
エリザには、この世界で生きる為のイロハを教えてもらい、なんとか一人で生活できるまでになった。
変わった性格の女性であったが、エリザはユウトにとって命の恩人でもある。
ここ最近のあったことを報告がてらに雑談していると、扉をコンコンとノックする音が聞こえる。
「入りなさい」
扉が開かれ、部屋の中へメイド服を着た少女が入って来た。
「喉が渇いたでしょう。せっかくだし、一杯飲んでいきなさい」
(お?)
テーブルまで歩み寄って来た少女に、さりげなく目だけを動かしたユウトだったが、思わず食い入るように見てしまう。
頬の辺りで内巻きカールした、ダークブラウンのショートボブ。
パッチリと開いた大きな目の中にある、クリクリとした丸くてつぶらな青い瞳。
そして、髪の隙間から顔を覗かせた、ダークブラウンの大きな垂れ耳。
(亜人、かな?)
頭から生えた犬耳を見て、本来はあるべき犬顔の場所に人の顔があることに気付いたユウトは、エリザにまつわる噂を思い出す。
彼女は世話したモンスターを、人とモンスターを掛け合わした亜人なる異種族へと、造り変えることができると。
ブリーダーとして異質な才能を持つ彼女は、その特異な能力故に『魔女』と呼ばれ、恐れられているとも聞く。
彼女は亜人を気に入った者にしか譲る事は無く、彼女が気に入らなければいくら金を積んでも、亜人を譲り渡すことは無い。
実力行使をして、それを奪おうとした者も過去にいたらしいが、生きて帰った者はいないと聞く。
そんな噂話が脳裏をかすめたが、ユウトが知る限りでは悪戯好きな美人のお姉さんという印象でしかなく、噂で聞くイメージとは一致しない。
カタカタと揺れる小さな音にふと気づき、目を落とす。
亜人と思われる少女の持つティーカップが、小刻みに震えていた。
(新人かな? それにしても、可愛いなぁ)
思わず覗き込んでしまう程に、少女はとても可愛かった。
緊張してるのか、少女の頬がほんのり赤らんでいる。
ユウトが通っていた高校にも、モデルにスカウトされたと噂される生徒は何人かいた。
しかし、そんな女性達が霞んでしまう程に、目の前にいる亜人はとても整った童顔の美少女だった。
(これぞ眼福。こんな可愛い子を、近くで眺められるとは、ラッキーだな……。さすがに正面を向いて喋るのは、こっちが緊張して無理そうだけど)
童貞の俺にはハードルが高すぎるなと、ユウトは心の中で大きく溜息を吐いた。
「それで。今日は、何の用事だったかしら?」
エリザの声に、メイド服の少女に見惚れていたユウトは、我に返ったように意識を戻す。
「えっと。エリザさんに、呼び出されたんですけど。相棒の指導が終わったから、この時間に来れば渡せると」
「ああ。そうだったわね。私が呼んだのよね。すっかり忘れていたわ」
両手を小さく叩き、エリザが楽しそうに笑う。
(人を呼び出しといて、それは酷くないか?)
「彼女に会いたい?」
「もちろんです」
つい一週間前まで、当たり前のようにいた相棒の容姿を思い出す。
全身を覆い尽くす、焦げ茶色のフサフサした体毛。
大きな垂れ耳と、青色のつぶらな瞳。
名前を呼べば、ちぎれんばかりに左右へと振られる尻尾。
サマナーとしての能力があることを知り、エリザの指導によって、最初の相棒となったモンスターを思い出す。
コボルトと呼ばれる種族で、二足歩行が可能な犬人のモンスター。
喧嘩すらしたことのないユウトにとって、近接戦闘のできる彼女のありがたさは、いなくなって身に染みる程によく分かった。
(多少の精霊魔法は使えるけど、後衛向きの自分には、やっぱり一人で行動するには限界があるしな)
ここ一週間で体験した苦労の日々をしみじみと思い出す。
そして、なにやら意味ありげに微笑むエリザと目が合った。
「そう。それじゃあ、彼女を呼ばなくてはね。えっと……なんて名前だったかしら?」
エリザが人差し指を頬に当てると、天井を見上げて考え込むような様子を見せる。
「ヴァン、テッド? 違うわね。ヴァル、キア? でも、ないわね……」
(いやいやいや。なぜ、急に名前を忘れる?)
ブツブツと独り言を呟きながら、エリザがティーカップを手に取り、それを口元に近付けた。
「ちょっと待ってね。紅茶を飲んだら、思い出すかも」
片目ウィンクをして、紅茶を飲み始める。
可愛らしい仕草だが、預けた相棒の名前をど忘れするエリザに、ブリーダーとしてそれはどうかと思った。
しかも、態度がどうにもわざとらしい。
また何かを企んでる気がしたが、早くモフモフした彼女に会って、撫でまわして癒されたいと思ったユウトは、相棒の正しい名前を告げようと口を開く。
「ヴァニラ」
「はい」
「です。ん?」
名前を呼んだ際に、別のところから誰かの返事が聞こえた気がする。
声の方向的に言葉を発したのは、目の前にいるエリザではないことは間違いない。
ティーカップに口をつけたエリザが、何かを期待する少女のように、目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。
エリザが瞳を横へ動かすと、ユウトの視線もそれを追うように、自然と横へ動く。
視線の先には、壁を背にしてお盆を腕に抱えた、さっきのメイド服を着た少女が立っていた。
頭から大きな犬耳を生やした美少女が、口を強く一文字に結んで、真剣な表情でこっちを見ている。
「ごめんなさい、ユウト君。よく聞こえなかったわ。もう一度、彼女の名前を呼んでくれる」
含み笑いをするエリザの声が、どこか遠く聞こえる。
出された飲み物を一度も口に含んでない為か、妙に口の中が乾いてしかたがない。
疑問符を頭の上に大量に並べながら、ユウトはもう一度、相棒の名を呼ぶ。
「ヴァニラ?」
ユウトが疑問形で聞くのも仕方がない。
なにせユウトが知る相棒は、最後にあった一週間前まで、全身をフサフサの体毛で覆われ、二足歩行で歩く誰が見えても犬にしか見えないモンスターだったのだ。
眼前にいる少女のように、体毛の無いスラリと長い手足で、人間のメイド服が似合う体型では無かったのは間違いない、はずだ。
(あれ、俺の記憶違いじゃないよね? 俺の知ってるヴァニラは、コボルトだったよね?)
一瞬だけ自分の記憶に自信が無くなり、自分へ言い聞かせるように、ユウトは心の中で呟く。
「はい、御主人様。ヴァニラ、です」
ユウトの心情を否定するように、メイド服を着た見知らぬ少女が、自分はヴァニラだと主張する。
目を忙しなくパチパチと瞬かせるユウトが、無言で見つめ続けていると、少女が照れくさそうな笑顔ではにかんだ。
少女の声には、確かに聴き覚えがあった。
クリクリとした大きくて可愛らしい青い瞳も、目だけを注目すればどこか面影があるような気がする。
(いやいやいや、待つんだ俺。無理やり共通点を見つけて、納得しようとするな! これはきっと、エリザさんのいつものイタズラだ。そうだ、そうに違い無い。きっとこの後で、本物のコボルトのヴァニラが出て来て。これは、ドッキリでしたーとか言う展開で)
暴走する思考を必死に抑えようとするユウトだったが、エリザが突然にソファーから立ち上がる。
「あら、ヴァニラ。そこにいたのね。丁度良かったわ」
まるで今気づいたとばかりに、楽しそうな笑みを浮かべて両手をポンと叩く。
「御主人様が、迎えに来てくれたわよ。そんなところで、なにを突っ立ってるの。ほらっ、早く帰る準備をしてきなさい。置いてかれるわよ」
「は、はいっ」
まるで見計らったように、応接室の扉が外から開かれた。
犬耳を生やした少女が、駆け足で部屋を退室しようとする。
スカートの腰部分から生えた犬の尻尾が、ちぎれんばかりに左右へ激しく振られていた。
(ああ。そういえば、尻尾の振り方もあんな感じだったな)
未だに相棒との共通点を見出しながら、ぼんやりとした頭でユウトはそんなことを考える。
(きっと、今の美少女と入れ替わるようにして、本物のヴァニラが……)
ドッキリのネタばらしタイムはまだかと、ユウトは首を伸ばして扉の向こう側の様子を窺う。
そんなユウトに、エリザがゆっくりと顔を近づけ、耳元で小さく囁いた。
「ユウト君。言い忘れてたけど、ヴァニラちゃんは亜人にしといたわ。でも、相手は女の子だから、乱暴に扱っては駄目よ。今まで通り、優しく可愛がってあげてね。フフフ」
まるで悪戯に成功した少女のように、クスクスと楽しそうに笑うエリザを見て、ユウトは頭が真っ白になった。
* * *
【第02話】犬耳美少女とペロペロ
(駄目だ、この状況に慣れねぇ)
先ほどから、うるさい鼓動を必死に抑えようとしてるが、どうにも上手く制御できない。
こんなに緊張しながら家路を帰るのは、いつ以来だろうか。
思い詰めたように顔を俯かせ、街の通りを黒髪の少年が歩いている。
(小学生の時だっけ? 初恋の女子と通学路の時間帯が重なって、声を掛けたくても掛けれなくて。一定の距離を保ちながら歩いてたら、何もできず家に着いちゃったんだよな)
当時を再現するように、石畳の街路を踏みしめる自分の足を見つめながら、ユウトは苦い記憶を思い出す。
「御主人様の、お、う、ち~」
ユウトの背後から、鼻歌まじりの声がする。
聞き覚えのある女性の声が耳に入り、ユウトの身体がビクッと跳ねる。
可愛らしい声に連動し、ユウトの脳裏に浮かぶのは、一匹のコボルト。
御主人様を見つけるなり、つぶらな青い目をキラキラさせて、尻尾を左右に振りながら駆け寄って来る、全身をダークブラウンの体毛に覆われた犬型モンスターのヴァニラ。
(それなのに、今のヴァニラは……)
「ん?」
可愛らしい童顔をキョトンとさせて、メイド服を着たヴァニラが目をパチパチと瞬く。
前を歩いていたユウトが急に立ち止まり、ゆっくりとした動作で、後ろへ振り返ろうとする。
ヴァニラから顔半分まで見える位置まで頭を動かすが、なぜかすぐ前に向き直って歩き始めた。
ユウトが見ていた方向へ、ヴァニラも顔を向ける。
特に目ぼしいモノは何も見つからず、ヴァニラが小首を傾げた。
しかし、すぐに機嫌を良くして、スキップ混じりで御主人様の後を追う。
(やっぱり、無理だ……。あの顔を、直視できるわけねぇだろ。相棒のワンコを迎えに行ったら、犬耳を生やした美少女モデルを連れて帰ることになったとか、誰が想定できるんだよ。別人というか、人種すら変わってるじゃねぇか。ていうか、アレとこれから一緒に暮らすのか? いやいやいや。どう考えても無理だろ)
頭を抱えたくなる状況に、ユウトは完全にパニック状態だ。
険しい表情で頭を悩ませながら歩く御主人様の後ろで、ヴァニラはマス目状に区切られた石畳の一マス一マスを踏んでは跳ねてを繰り返し、スキップをしながら移動している。
「ご、しゅ、じ、ん、さ、ま、の、に、お、い」
そんな呟きを言い終えると、フワフワした大きな犬耳を上下に揺らして、メイド服を着た少女が鼻をスンスンと小刻みに動かす。
鼻の利く犬型モンスターの鋭い嗅覚を使い、空気中に漂う仄かな御主人様の体臭を吸い込むと、ヴァニラが頬を緩ませる。
握り締めた両手を口元に当てて、嬉しさを隠し切れないとばかりに満面の笑みを浮かべ、その場で軽快に足踏みをした。
謎のもも上げ運動をするヴァニラの動きに合わせて、スカートの裾がヒラヒラと波打つように舞う。
「んふふふ」
腰から生えたダークブラウンの尻尾を、ちぎれんばかりに左右へ激しく振るヴァニラ。
その姿は、一週間ぶりに大好きな飼い主との再開を喜ぶ、まさに犬そのもの。
その容姿が、以前のコボルトのままであれば、ユウトはもろ手を挙げて彼女を迎え入れ、フサフサの体毛を撫でまわしていただろう。
だがしかし、ようやく再開を果たした彼女は、犬耳と尻尾を生やしてメイド服を着せた、コスプレした女子高生にしか見えない童貞少年には刺激が強過ぎる容姿に激変していた。
(しかも、俺と歳が近い容姿にしてみたとか。なぜ、どうして年齢を合わせるようなことをしたんだ、エリザさん。苦労したとか言われても。これは好意どころか、悪意しか感じないぞ)
未だに現状を受け入れきれてないユウトが、うんうんと頭を悩ませてるうちに、我が家に到着してしまった。
正確には、ユウトの務める職場の男性達が住む、社員寮である。
一般的な借家より低価格で住むことができ、懐事情がよろしくない者達には、とてもありがたい住居だ。
(やばい。彼女とこれから暮らすビジョンが、まったく見えない)
ドアノブを捻り、扉を開ける。
玄関で靴を脱いでると、当然のように彼女も部屋に入って来る。
「ただいまです」
「お、おかえり?」
(なんだろう、この違和感は。同居人は、変わってないはずなのに……)
言葉にできないモヤモヤを心の中に感じながら、ユウトは部屋の中に入る。
「んふー。御主人様の匂い」
一方のヴァニラは、靴を脱いで部屋に入るなり、立ち止まって深呼吸を始めた。
主の匂いが充満した部屋で、可愛らしい童顔の美少女が、思いっきり鼻から息を吸い込む。
拳を握り締めた両腕を胸元に置いた状態で硬直し、ヴァニラの身体がプルプルと震えている。
(寝床はどうしようかな。流石に一緒のベッドは……。だってさ、あの姿だろ。床で寝るか?)
ベッドの上に散らばる衣服を片づけながら、気難しい顔でユウトが頭をボリボリかく。
「ご、しゅ、じ、ん、さ、まぁああああ!」
「……え?」
何事かと振り返るユウトの瞳に、まさに猪突猛進という勢いで、両手を広げて突撃するヴァニラが映る。
「げふっ!?」
無防備な状態でタックルを決められ、そのままベッドへと押し倒された。
仰向けに倒れたユウトに、背中へ腕を回したヴァニラが、当然のようにユウトと一緒に倒れ込む。
「御主人様っ。御主人様っ。わー、御主人様の匂いだー。んふふふ!」
ユウトの胸元に童顔を埋め、スーハースーハーと一生懸命に匂いを嗅ぐヴァニラ。
主人の匂いを嗅ぐだけでは興奮が冷めやらず、胸元に顔を押し付けた状態で「キャー」と喜びの奇声を上げた。
かと思えば、額を擦りつけるようにして、左右に頭をブンブンと振り回している。
(なんだ、なんだ? 何が起こってる?)
突然のことに状況が理解できないユウトは、目の前で奇行を繰り返す美少女を、口をあんぐりと開けて見つめることしかできなかった。
すると、顔を埋めていたヴァニラが、いきなり顔を上げる。
青い瞳をキラキラと輝かせた美少女に見つめられ、ユウトは思わず見惚れてしまう。
(そういえば。前に読んだ少年雑誌の表紙に、こんな可愛い女子高生モデルが載ってたよな)
そんなことをぼんやりと考えていたら、その可愛い童顔がゆっくりと迫ってくる。
(え? え?)
ユウトの胸元をムニュリと柔らかい物が移動し、リンスと思われる甘い香りが鼻腔をくすぐる。
気付けば少女の顔が、目と鼻の先まで迫っていた。
(息が、当たってる!)
少女も興奮してるのか、ハッハッハッと荒い呼吸を繰り返すたびに、柔らかそうな唇から漏れた息が頬に当たる。
薄紅色の唇が横に割れ、隙間からピンク色の何かが顔を出す。
(舌、ベロ?)
大混乱するユウトの眼前で、少女の口が開かれる。
唾液の糸を引いた白い歯の間から、ピンク色の舌が前へと突き出された。
(いきなりディープキス!? 心の準備が!)
心臓が爆発するかと思うほどに、激しく鼓動している。
ネチョリと何かが頬に触れ、ユウトの呼吸が止まった。
頬に触れたピンク色の柔らかい物体が、上下に激しく動く。
「んふふふ。ペロペロペロ! 御主人様っ。ペロペロペロペロペロ」
ユウトへ馬乗りになった元コボルトのヴァニラは、いつもの犬らしい愛情表現の一つを実行していた。
無言でされるがままになってる主人のほっぺたを、とてもご機嫌な様子で唾液まみれにする。
すると、どこからかグーッと腹の虫が聞こえた。
カッと見開かれるヴァニラの目。
ベッドにスプリングでも仕込まれているのかと疑うくらいのジャンプ力で、メイド服を着た犬耳少女が天井高く跳躍する。
美しい放物線を描き、冷蔵庫の前にクラウチングスタートのポーズで着地したヴァニラが、素早く扉を開けた。
獲物を狙うハンターのような鋭い瞳で、冷蔵庫の中に視線を走らせる。
「むー。やっぱり、外食ばっかりしてる」
不満気な顔で頬を膨らませたヴァニラが、おツマミや飲み物しか見当たらない扉を閉める。
壁にかけられていた時計に目をやり、逡巡したのは一瞬だった。
「まだ間に合う。御主人様、お財布を借りますねっ」
言うが早いか、床に転がる自分の荷物袋を足で蹴り飛ばすと、器用に空中でキャッチした。
手慣れた動作でユウトのサイフを奪い取り、玄関前の鏡で素早く身だしなみを整える。
「お買い物、行ってきまーす」
勢いよく扉がしまり、通路を駆け抜ける音が聞こえた。
そして、ベッドの上には、大の字に倒れた少年だけが残される。
「亜人には……。クーリングオフとか、あるのかな?」
美少女の唾液を頬に塗りたくられ、顔を真っ赤にした少年は、虚ろな瞳で天井を見上げ、そう呟いた。