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座席

電車の出発のベルが鳴り出した。

「これを乗り過ごすと、学校遅刻だよ」


和也はホームへの階段を二段飛びで駆け上がり、閉まりかけたドアに、なんとか体を滑り込ませ電車に飛び乗った。都内から郊外に出る電車だったが、車内は乗客がほとんど座席に座っており、座れる席は数席だった。和也は車両の一番前に席が空いているのを見つけ、学校までの一時間ほどの休息を確保した。


30分ほど経った頃、ちょうど中間あたりの駅で、白髪で少し右足の自由が利かないおばあさんが、どこかに座席は空いていないかとキョロキョロしながら、電車に乗り込んできた。


残念なことに、ひとつ前の駅で座席は満席になりそのおばあさんは、車両でただ一人不幸を背負ったかのように、「はぁ~」と大きく息を吐き出した。


乗客たちは、そのおばあさんの行き先を見守った。自分の前に立ちませんようにと・・・


和也もその中の一人だったが、和也の座席は車両の一番前で、まさか、前には立ちはしまいと思っていた。しかし、おばあさんはよろよろと、車両の一番前の座席に座っている和也の前まで電車の横揺れに負けることなく歩いてきた。


車内の乗客たちは、車両の後ろから一番前まで歩くただ一人のおばあさんを見つめた。あるものは、スマホをいじりながらも、あるものは、社外の景色を見ているふりをして。


和也は今まで、年寄どころか、誰にも座席を譲ることはなかった。 ましてや、一時間の休息は何にも変えがたいものだった。

「寝た振りすればよかった」いつものように。


和也の気持ちを知ることもなく、乗客の視線を気にすることもなく、おばあさんは和也の前に立った。電車がカーブに差しかかり、大きく車体か右に揺れた、おばあさんの悪そうな右あしががくりとよじれた。


和也は「どうぞ」とおばあさんの体を支えてあげて座席に座らせた。なぜそうしようと思ったのか分からないけれど、はじめて座席を譲ったのだった。


「俺は親切しているぜ」と言ってるようで、乗客たちの視線が気になった時、


「ありがとう、思ったとおり、あなたは、優しい子ね」おばあさんの声が、和也の耳に聞こえた。そして、おばあさんはニコニコと和也を見つめて、本当に嬉しそうにお礼を言い続けた。


突然、和也は「優しくていい子だね」といつも抱きしめられた、今はもういない、おばあちゃんの記憶がよみがえり、前でニコニコしているおばあさんと重なった。そして、あの時の幸せな気持ちがわきあがった、照れくささも伴って。


電車の窓から見えるいつもの景色が、今日は少し違って見えた。好きだったおばあちゃんが、「あんたは、いい子だね」と和也に言っているような気がした。


終わり

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