人離れが出来ない元天使
何の役目も無くなってしまった天使は一体何をすればいいんだろうか。
堕とされた場所で死ぬことも出来ぬまま彼らを見ていればいいのだろうか。
「おっっっっはよー!!」
「むにょっ」
気持ちよく寝ている時に小さい子供が僕の上に飛び乗ってきたため、無防備な状態でもろに入った。
「……何」
「朝だよ。
朝は早く起きないと」
僕は起き上がると、回らない頭で子供を見る。
まだ眠たい目をこすりながら子供をよく見ようと目を細めて見つめる。
青い毛並みにシャープな耳。
そして、バカっぽいような間抜けな顔。
「誰…だっけ?」
「……」
目の前の少年と思われる子供は、あんぐりと口を大きく開けて固まっている。
しばらくすると、固まっていた顔を一気に歪めてオレンジの瞳からボロボロと大粒の涙をこぼし僕のそばから走り去る。
いったいなんなんだ。
そもそも、ここって。
「あ」
扉の影に隠れて、肩を震わせてこちらを見つめながら泣いている少年を見つめる。
子供であろうと、助けられた事は感謝しなければならないことである。
「……ギコラス……だっけ?」
「……」
泣くのをやめ、目と頬を真っ赤にして涙目で僕を睨む。
そして、口を尖らせ扉の影から出てくる。
「ごめんなさいは…?」
「え?」
「子供を泣かせたらごめんなさいするの、それが出来ない奴はミミズに食われて死ねって兄ちゃんが言ってた」
「なんだいそれ」
だいたいミミズって土の中にいる微生物とか有機物とか食べるんだろ?
僕は布団をはいで体をギコラスの方に向けた。
「……まぁ、その…ごめん」
ニコリと泣き腫らした目で笑うと僕の方に近づいてきて、右手を引っ張る。
「許してあげる!
ほら、朝飯出来たから食べないと兄ちゃんが怒るよ?」
「ちょ、そんなひっぱんないでよ」
ベッドから引きずり落とすように僕を引っ張る。
しかし、年齢と体格差の問題で本来なら引きずり落とされる事は無いのだが、油断していたからか、それとも子供だからか、実に簡単に僕は引っ張られた。
リビングにつくと、似合わないピンク色のエプロンをつけた男が間抜けな顔で立っていた。
「おはよう。
もう八時すぎてるから」
それは、もうなのだろうか。
まだ八時すぎなのではないのだろうか。
「……あぁ、うん。
おはよう。
ふ……ふ…?」
「半日で名前忘れられるとか思わなかったから」
「まぁ、いいや。
モサ君だっけ?」
「フレッドだから!!
ふまで出てきて、なんでモサになるか分からないからっ!」
朝からハイテンションなモ…フレッドを横目に僕はテーブルの前に並んでいる一つの椅子に座る。
僕の向かい側の席にギコラスが座る。
フレッドはパンを一通りおくとギコラスの隣に座った。
「よし、二人とも食べてていいから。
仕事行ってくるから、二人とも留守番してて」
「仕事?
君何才?」
「十七だけど……?」
「……ふぅん」
「とりあえず行ってくるから」
「兄ちゃんがんばってー!!」
フレッドがこの家を出て数分も立たないうちにギコラスがパンを食べ終わらせる。
ノンビリ食べるタイプの僕にはとてもじゃないけどそのスピードにはついていけない。
パン一切れだけだが、朝はこれぐらいがちょうどいい。
ギコラスが食べ終わってから数分後に僕も食べ終わり、流しに皿を置く。
ギコラスの姿は見えなくなっていて、どこに行ったものかと辺りを見回すがいない。
外に出てみると、洗濯物を干していた。
「若いのに頑張るねぇ」
「兄ちゃんが頑張ってるのに、俺が頑張らなかったらダメだろ?」
「さぁ」
両手を広げて肩をすくめて見せるが、後ろを向いているギコラスには当然見えていない。
「ジェラルド、それとって」
「それってどれ」
「そのカゴの中身」
左横を見ると、木で組んだカゴの中にさまざまな色の服が入っている。
そういえば、フォックス様は今回は発達がいい方だと言っていたような。
……今は関係ないことだ。
僕は横にあるカゴの中から大きい白い布を取り出しギコラスに近づき渡す。
「ん、ありがと」
僕の手から優しく取ると物干し竿にかけ、洗濯ばさみで留める。
その様子をまるで小さな子供が母親の手伝いをしている時のように何も考えずにその姿を見る。
「フレッドはさ、何の仕事してるの?」
ギコラスは、動きを少しだけ止めて何かを考えるように俯いた。
小さな背中しか見えないため表情は全くもって分からないが、僕だって遠い昔は人だったんだ。
雰囲気ぐらいでなんとか……察して……察し…。
………無理だ。
「多分なんだけど……“異端審問官”だったかな?」
「異端審問官…ね」
「よくわかんないけど、兄ちゃんが仕事の仲間と話してる時に言ってた気がするけど……忘れちゃった」
そう言うと、振り向いて年に似合わない苦笑いを浮かべた。
再び僕に背中を向けると、作業に入ってしまい、お互いが口を開くことはなかった。
それから少しだけたつと、ギコラスは洗濯を干し終え僕を置いて家の中に入っていってしまった。
ギコラスに置いてかれて、しばらくは外の涼しい風に当たっていたのだが、家の中から僕の名前を呼ぶ声に僕の足は自然と家の方へと向かっていた。
「天使とか神様って人を助けるためにいるのか?」
フレッドは、小さな電灯の下で野菜にフォークを刺したまま僕に問いかける。
「……君の両親が死んだ時に救いの手でも差し伸べられたのかい?」
僕の質問に答えることなく、目線を下に向けたままフォークに刺さった野菜を口に運んだ。
「答えはNOだろ?
そりゃ、同情のお言葉ぐらいはもらえたかもだけれどさ」
僕の視線は、フレッドからこの部屋の壁に向けた。
壁というより、壁に立てかかっている幸せそうな四人の写真に目を向けた。
フレッドもギコラスもまだまだ幼い顔つきで、母親にくっついており父親の入る隙を許さないような形になっていたが、四人の顔には偽りのない笑顔が写っていた。
一体誰がこの写真を撮ったのだろうか。
「僕は神様を悪く言うつもりはないけど、天使も神様も人を助けるんじゃない。
ただ見てるだけ。
何もしないで、人々の生活を見てるだけさ」
頬杖をついて、僕はフレッドに視線を投げた。
しかし、視線だけでフレッドは僕の感情に気づく事は出来なかったようで軽く首を傾げられて終わってしまった。
「そういえば、ジェラルドって何歳なのかまだ聞いてなかったから」
「あぁ、歳?
……二十一だよ」
俺よりは歳上だったのか、と呟くような声でフレッドは言う。
僕はなるべく静かに立ち上がると、リビングを離れて部屋に戻ろうとした時、フレッドに呼び止められた。
振り向くと顔をまっすぐにあげて不安そうな顔で聞いてきた。
「天使にもいい奴はいるのか?」
その言葉に、少し前の事を思い出した。
皆うるさくて、思いやりだなんて持ち合わせていなくて、簡単に仲間を殺せるような奴らしかいなかった。
それでも、僕は僕でその状況は楽しんでいた気がする。
「そうだね……。
ま、結構いい奴はいたよ」