彼らとの出会い
それはあまりにも突然な出来事だった。
僕はさして問題を起こさない方だったから酷く驚いた。
「フォックス様……それって」
「言葉通りだ。
お前を、ココから追放する」
「ちょっ!ちょっと待って下さい!
僕、何かしましたか!?」
問題を起こすのはだいたい、ノマールかミアだけだ。
なんで、僕が。
「この間も一人追放してましたね。
そういえば」
いつの間にかフォックス様の隣にいたノーランドが口を挟む。
無表情のままフォックス様は、ノーランドを見る。
「あいつは、天使に向いてない。
人のままにしておけばよかったよ」
玉座のような、椅子の肘掛に頬杖をついた。
一つため息をついてから、僕を睨むような視線で見つめる。
「お前は人から離れられないんだよ」
「そんなことっ」
「確かにお前は、昔よりはずっとマシになった。
だが、まだまだ人のラインに立ってるんだよ」
そういうと、右手を僕の目の前に差し出すと、手のひらを握りしめる。
何も無いはずの空間だったが、薄く光をまとったと思うと、フォックス様の手に銀色に輝く剣が握られていた。
立ち上がると、黒いコートがばさりと音を立てた。
「ま、普通ならこのままでもいいんだが。
特別だ」
「ぅぐっ!!」
激痛を感じ、その場にうずくまる。
背中を見てみると羽根が半分ほど切り落とされていて、皮肉なことに白に赤が映えている。
あまりの痛さに思わず視界が滲む。これで年がもっと若ければ痛みにのたうちまわっていただろう。
「これで天使としての力を半分近く失った。
こんなものでいいだろう」
滲む視界の中なんとか息だけでも整えようと試みるが、痛みが増すばかりだ。
いつの間にかフォックス様の手からは剣が無くなっていて、かわりに僕の真横に穴がポッカリと空いている。
「っ……ま…さか…」
「ま、死にゃあしねぇよ。
人にも天使にもなれねぇなら、人になる練習でもしてこい」
「ぅあっ!」
そう言って、フォックス様はうずくまっている僕の横腹を思いっきり蹴り飛ばす。
ゴロゴロと転がりそのまま穴から落ちていく。
雲がまるで落ちて行っているように見えるが、落ちているのは紛れもなくこの僕だ。
あぁ…やばい。
そろそろ意識が……。
薄っすらと目を開けると見慣れない天井が見えて、勢い良く上半身を起こす、と同時に羽根がズキリと痛んだ。
「お、起きたか。
よっす」
隣を見るとアホくさい顔をしたモサモサの男が片手をあげて俺に挨拶をする。
古びた壁と薄汚れたベッド。
この部屋ともう一室あるのか、ドアの向こうからバタバタ走ってくる音がする。
「……ココは?」
「俺の家だから。
お前、近くの小川で顔半分突っ込んで倒れてたんだから」
「……」
古いドアが外れそうなほどの力でドアが開いた。
そして、この茶色いモサモサした毛と似たような顔をした青い毛色でモサモサしていない子供が飛び込んできた。
「兄ちゃーん。
生きてた?」
「おう、生きてる生きてる。
お前が見つけてあげたからだよ」
「なはははは!
俺のおかげ?俺のおかげ?」
「もちろん。
ギコラスがいなかったら死んでたから」
兄の方はよくわからない口癖がついているようだ。
見た感じ、兄の方は十代後半に見えるがギコラスと呼ばれた方は十歳ぐらいだろうか。
「ところで、名前は?」
「僕かい?
……人に名前を聞くときは自分からって教わらなかった?」
「ごめんごめん。
俺はフレッドでこっちは弟のギコラスだから」
ギコラスは、ぺこりと軽くお辞儀をした。
こうも簡単に自己紹介されると、こちらも自己紹介をせざるをえなくなる。
「僕は、ジェラルド」
「……食べる?」
フレッドの隣からギコラスがパンを渡す。
お腹はあまり空いていないが、一応受け取り口に運ぶ。
モソモソとした食感だが、やはりパンは美味しい。
「どうも……」
「じゃ、ギコラスはもう寝た方がいいから。
はやく寝ないと悪魔がきて襲っちゃうから」
「お、おやすみ!
兄ちゃんもはやく寝ないと危ないよ!」
「後から行くから先に行っていいから」
ギコラスはパタパタと足音を立てて走っていった。
フレッドは、苦笑いを浮かべた。
「四年前に親を亡くしてからずっと兄弟二人で住んでるから、多少脅しをかけない寝てくれないから」
僕はパンを飲み込むと、近くにある水を拝借して飲み干した。
僕の視線から何か読み取ったのか、それとも僕がそういう顔をしていたのか、フレッドは口を開いた。
「通り魔に殺されただけだから」
「ふぅん」
「ところで、こちらからも質問なんだけど。
天使?」
「へ?」
背中を見ると申し訳ない程度しか無い羽根に包帯が巻かれていた。
「……もしかして、ずっと?」
フレッドは、何も言わずに頷いた。
やってしまった。
羽根を出したままにしてしまった。
「天使?」
「はぁ……いい、この事は秘密だよ?」
僕はフレッドの頬の毛を片手で強くつまんだ。
「いででででで!!
大丈夫っ!大丈夫だから」
「…ならいいけど?
他の人に言ったら今度は君の毛を全部むしるからね」
よほど痛かったのか、涙目になっているが僕には知ったこっちゃない。
とりあえず羽根をしまうと再びため息をついた。
フレッドから目を背けて僕はすぐ横の壁を見つめる。
「とりあえず、もう寝てもいいかな。
なんだか、いろいろと疲れてね」
「あ、あぁ、それもそうだな。
夜遅くまで悪かったから。
おやすみ」
僕はフレッドの言葉に返事をする事なく布団を被り目を閉じた。
本当にこの短時間でいろいろな事があった。
これは全部嘘なんだ、と頭の隅に浮かぶがかき消すように、あんな世界から離れられて正解なんだ、と言う考えを上塗りする。
窓の外をからは鳥の声も、虫の声も風の音すらしなかった。