質問と回答
「悪魔も元は天使だったんだな」
俺は汚れた服とマントを川で洗いながらジェラルドに言う。
まだ汚れてから時間が立っていないのでこすればなんとか落ちるだろう。
それでも落ちなければ、買うか他の方法で落とすしかない。
「悪魔っていうのは、天使だった者がある一定の量を超えた恨みや怒りを抱えた時になるんだよ」
「?」
「僕は元天使のわけだろ?」
「そうだな」
「たとえば、君に僕の大好物でめったに食べれない白パンを取られるとしよう」
「いや、白パン食ったことねぇし。
だいたい、金持ちしか食えねぇだろ」
俺の言葉にジェラルドは、怪訝そうな目を向けた。
白パンは、柔らかくて美味しいらしいのだが俺らみたいな一般市民には到底手の届かないパンだ。
ジェラルドは、左手を俺に差し出すように広げる。
「何百年も生きてれば食べれるんだよ。
……でね、それで君を絶望のどん底まで叩き落として、それでも足りないぐらいの恨みを抱えた瞬間」
ジェラルドは、広げていた左手をギュッと握り拳を作った。
「地獄に落とされて死ぬ事も出来ないまま苦しみを味わう事が出来るのさ」
「ちょ……まてまて、それはただ単に地獄に行っただけだろ?」
「まだ、続きがあるんだけど……」
俺は洗い終わった服を両手で広げて日光に当てた。
「悪魔になるには、地獄に行った元天使が地獄で力をつけて行くのさ」
「つまり、あいつは地獄で力をつけたから出られたってわけか?」
俺の回答にジェラルドは首を横に振った。
「それは違うよ。
どんなに強い奴でも自力でココに来れる者は一人もいない。
ココにいる誰かが悪魔を呼び出さない限り彼らは出る事が出来ないわけ」
ふぅ、とため息をつくと青々しい芝生の上に座り右手で川に触れた。
俺は全く乾いていない服を手で持つのも辛いので大きい岩の上にかけることにした。
「じゃあ、あいつは誰かに呼ばれたってわけか?」
「たぶん……。
これ以上の事は僕にはわからないよ」
俺はふぅんと、頷くとジェラルドの隣に座った。
上半身はマントしか羽織っていないため誰かに見られたらちょっと危ない気がする。
「あいつが、俺の名前を知っていた理由は?」
「質問が多いね……。
君、教会に行って聖書読んでもらったことないの?」
ジェラルドの言葉が俺の図星をついていて言葉につまった。
子供の頃は忙しくてそれどころでは無かったから、〈人間〉様の話などは全くわからない。
「教養のなっていない者に説明をするのも大変だよ」
両手を広げて降参のポーズをする。
「悪魔は、見えるんだ。
その人の負の感情や大まかな過去」
「……?」
頭が理解しようとしてくれない。
というか、ついていけない。
「はぁ……例えばね。
君は僕の白パンを食べた事を酷く後悔してるとしよう」
「白パン引きずるなよ」
「で、悪魔がいたとしたら。
君と初対面でも君が後悔していることや理由、君が償いたい相手がわかるわけ。
それを悪魔は手玉に取って、甘い言葉を投げつけるわけ」
「……つまりは、負の感情が見えるって事か」
「さっき言ったよね」
酷く冷たい視線を送ってくる。
よく思い出してみると、確かにそんなことを言っていたような気がする。
「エミリアが、あぁなった理由は?」
「ここからは、完全に僕の予想だよ?
おそらく、尋問を受けている時に彼が助けに来たんだよ。
で、彼女は彼の言葉に同意したか自分の率直な気持ちを話したんだろう」
ジェラルドの話を聞きながら俺は岩の上にかけてあった服を取る。
乾いている事を確認してから服を着て、マントを羽織った。
血の跡は完全に無くなっている。
「それってつまり、誰が悪いんだ?」
「誰が悪いとは、言いにくいけれど……。
彼女本人が望んだ事だから、彼女が悪いとも言えるし、彼が望みを叶えなかったこんな事にはならなかったし。
考えようによっては、君が悪いかもしれないし、僕が悪いかもしれない」
……わかんねぇならわかんねぇって言えよ。
口に出したら絶対に言い訳されそうだから心の中で毒を吐く。
「なんにせよ、彼がこの国にいるなら被害者はもっと増えるだろうね。
場合によっては……この国ごと滅ぶかもしれない」
「……」
「ここ最近盗賊が増えてる理由も、黒死病が多い理由も彼が原因かもね」
涼しい風が俺の頬を撫でる。
俺の頭上の木の葉がさわさわと音を立てて揺れた。
「なぁ、悪魔ってどうやって消せるんだ?」
「……神様なら殺すことはできる。
それ以外の奴らには到底無理だ」
「そっか……。
ならその神様とやらに頼みに行くか」
俺の言葉にジェラルドは、動きを止めた。
「ん?
なんか、変な発言だったか?」
「……いや。
ダメ元で行くだけ行ってみようか」
ふぅ、とため息をつくとジェラルドが立ち上がる。
普段は、俺よりも背が低いがやはり立たれると見下されるような格好になってしまう。
どこかに歩き出しそうなジェラルドにおいてかれないように、俺は急いで立ち上がった。
「どこいくんだ?」
「アーノルトの端の方に行くのさ」
誰に会いに行くや、何のために行くなどの趣旨を伝えぬまま俺は目の前を歩いているジェラルドに不満を抱きつつも、同じペースでついて行く。