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偽りの魔女

なんで?

違う。

何もしてないよ。

なんでそんな目で見るの?

目の前の帽子を深く被った若い男の人が私の目の前に立っている。


「やっぱりねぇ」


「嘘でしょー?

隣人がそんななんて……」


みんなが口々に好き勝手言う。

違う。違う。

私は、“魔女”じゃない。


「っ!!」


目の前の若い男に左腕を強く握られる。

逃げようともがくが、力がどんどん増していき、それにともなって痛みも強くなっていく。

もう一度もがこうとした時、若い男がこちらを見た。

その目は、野良犬を見るような目だった。







エミリアの家を出てから一日がたった。

もう少しあの家にとどまっていたかったが、あまり長くいても悪い気しかしない。


「何ボーッとしてんの?」


「あ?

いや、今日も賑やかだな、と」


「……呑気なもんだね」


ジェラルドは肩をすくめる。

野宿のせいか、背中が少し痛い。

床で寝るのと対して変わりない硬さだった。

空は昨日と同じように晴れているがポツポツと雲が浮かんでいる。

俺が立ち上がると、ジェラルドもそれにともなって立ち上がった。

そして、人の少ない土手を離れて昨日も少しだけ居た小さな街にむかった。

大広場の横を通ると、昨日の残骸と思われる焦げてボロボロに細くなった十字架と、いまだ撤去されていない女性だったものが立っていた。

まるで昔からそこに立っていたのかのように誰もそれを見ることなく横を通り過ぎて行く。

ぽけーっと眺めているといつの間にか俺の横を通り過ぎてすでに前にいるジェラルドが俺の名前を呼ぶ。


「ギコラス。

早くしてくれない?」


「……ん?

あ、あぁわりぃ」


十字架を横目でもう一度見てからジェラルドの元へと向かった。

街の中は昨日と変わらず人々の話し声や、物音が響いている。


「おぉ、兄ちゃん。

またあったな」


ニコニコと笑いながら、昨日俺に処刑があることを知らせた五十代半ばぐらいのおじさんが話しかけてくる。


「あぁ、昨日の……」


「兄ちゃん旅人かい?

こんな貧相な街に来なくてもいいじゃねぇか」


ケラケラと大きな身振りとともに大きめの声で話す。

俺が返事をする前におじさんは、次々と話題を出してくる。


「すいません。

僕らもう行かなきゃいけないところがあるんで」


ジェラルドが逃げるようにおじさんに言う。


「ん?あぁ、すまないな。

じゃあ、最後に良い事を教えてやろう。

今日も一人、裁判に連れてかれた。

若い女性で……名前はなんと言ったかな……」


横を見るとジェラルドが凄まじい顔でおじさんを見ていた。

よほど、嫌なのだろう。


「あぁ、思い出した。

エミリアとか言う奴だったよ」


「は?」


一瞬、後頭部が冷えて行くような感覚を覚えた。

額から汗が伝って行き、流れ落ちた。


「あ、のさ。

裁判ってどこでやってるんだ?」


「アーノルトの国王がいる城の地下だ。

見学したいのかい?

ちょっと、それは無理があるんじゃ……ちょっ!兄ちゃん!

話を聞いてくれよっ!」


俺はおじさんの話を聞き終わる前に走った。

ここからなら、アーノルトは近いだろう。

急げば、遅くても夕方までには着くはず。


「ちょっと、どこに行くつもりなのさ」


「アーノルトだよ!」


人混みを掻き分けながらジェラルドが大きめの声で言う。


「君さ、普通に考えて僕ら一般人が入れないことぐらい想像つかない?」


「……。

いいから行くぞ!」


「本当、聞き分けの無い人だよ」


ジェラルドの声は聞こえなくなったが、ちゃんとついてきているのだろう。

奥に進むにつれ、人通りが多くなり、道幅も広がっていく。

しかし、道が埋まるほどの人の量ではない。

アーノルトまで後少しなのだろう。

長い事人混みを掻き分けていくと、

高く、大きくそびえた白を基調とした城が立っていた。

入ろうとすると、案の定二人の騎士に止められた。


「何しにきた」


「……裁判の見学」


「それは許されないことだ。

我々は、許可の無い者を入れることはしない」


俺がもう一度何かを言おうとしたとき、ジェラルドが俺のマントの襟元を掴んで来た道を戻るように引っ張る。


「ちょ……なにすんだよ!」


ジェラルドの腕を払い、睨む。

ジェラルドは、払われた腕をどうと思うことも無いのか、無表情のまま俺を見る。


「残念だけど、彼女の裁判は今さら変えられない。

諦めたほうがはやいよ。

君だって、わかってるだろう?

どうにもならない事の方が多いってことを」


「……そうだけど。

お前は簡単に割り切れるからいいよな」


ジェラルドは、わざとらしくため息をついて、呆れた表情で俺を睨むような目つきで見てくる。


「あのさ、僕は君と違って長年生きてるし、天使でいるからにはめんどくさい執着は無くさなきゃいけないんだよ」


「俺は天使じゃねぇっつーの」


「似たようなものさ」


仕方なく、城を背に向けて俺はアーノルトの街に戻った。

正直、エミリアをどうにかして助けたい気持ちがあったが世の中無理な望みというものもあるのだ。

ジェラルドの言うことは確かに正論かもしれない。

でも、俺はーー。

俺の考えは人々の話し声によってかき消されて行く。

何時間街の中で立っていたのだろうか。

横を見ると、どこかから買ってきた食べ物をジェラルドがモソモソと食べている。

パンに野菜が挟んであるサンドイッチだ。


「……お前…」


「君がいつまでたっても動かないから暇で暇で」


「太るぞ」


「その分動くから平気」


俺にも分けろと言う前に、ジェラルドはゴクリと食べていたパンを全て飲み込んだ。


「……俺も買おうかな…。

ん?」


ガヤガヤと嫌な騒ぎ声が聞こえる。

エミリアの処刑時間が来たのだろうか。

近くの店にいる男と女の話に耳をかたむけた。


「……ねぇ、ほんとなんなんだろ」


「意外と弱々しいもんだな」


「そうねぇ。

まさか、尋問中に死ぬなんて」


「“魔女”にしては弱いよなぁ」


死んだ?

尋問中?

エミリアが?

信じたくない気持ちで俺はジェラルドの方を見る。

ジェラルドは、肩をすくめるだけだった。


「はは……まさか……な」


額に手を当てて、先ほど聞いた言葉を忘れるように頭を横に振った。

大丈夫だ。

エミリアは、死んでない。

そうさ、ただの噂なんだから……な。

ただ、この世界は非情なようで騎士団の一人が無表情のまま、叫ぶ。


「“魔女”は自ら死に逃げた」




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