大広場の十字架
鳥のさえずりで目が覚める。
起き上がると、ミシリと体の軋む音がする。
地べたに寝ていたからだろう。
体の上には薄い毛布のような物がかかっていて、昨晩俺がかけていたマントは綺麗にたたまれている。
おそらくエミリアがやってくれたのだろう。
窓の外は目も覚めるほど眩しい朝日が昇っていた。
昨日の雨が嘘のようだ。
隣にいるジェラルドはまだ寝ているようだ。
キョロキョロと辺りを見回して、エミリアを探すと台所に居た。
「おはよう」
「あ、おはようございます。
体痛くないですか?」
「大丈夫だ」
腰が少しだけ痛いが、寝床も用意してくれたのに言えるわけがない。
俺が立ち上がろうとすると、横でジェラルドが起き上がる。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
対して間隔の無いジェラルドの両耳
を触る。
ジェラルドは自分の耳を引っ張ったりして眠気を覚まそうとしているようだ。
「あの……朝食の用意が出来ましたが、食べれますか?」
「おう、食べるぞ。
ジェラルド、食えるか?」
「……」
返事をすること無く、のそりと立ちあがると、エミリアの持っているお皿を無愛想にとる。
「悪りぃな、こいつ寝起きは機嫌が悪いんだよ」
「あ……そういうことですか。
ギコラスさんも食べますか?」
「ん、貰うわ」
昨日夕飯を食べたイスに座って三人で食べ始める。
ジェラルドは、もそもそと何かを言うわけでも無くパンを口に運んでいる。
「どこから来たんですか?」
「第四番都市のハンズリーから来た」
「隣から来たんですか!
もしかして、ココの国全部一周するつもりですか?」
「いや、自分の兄貴を探すために旅をしてるわけだから兄貴が見つかったら帰るさ」
「場所は、わからないんですか?」
「まぁな」
そういうと、エミリアは驚いた顔をした。
それもそうだ。
この国は、アーノルトと言う第一番都市を中心にして、周りに都市が六つほどついている構造になっている。
一つの都市を周りきるだけでも、相当な時間を要する。
大きさはその国様々だが、俺の住んでいたハンズリーから隣の都市のチェルニーまで約二ヶ月ほどかかった。
だから、この国の全ての都市を回るとなると少なくとも四、五年ぐらいはかかるんじゃないだろうか。
「おい、こぼれてるぞ」
「んー…」
いまだ眠たそうにしているジェラルドに言う。
パンのクズが少しだけこぼれていたのだ。
「ふふ……。
兄弟みたいですね」
「兄弟?
やだやだ、俺はこんなのと兄弟は嫌だぞ」
持っていたスプーンで、ジェラルドを指す。
しかし、ジェラルドは特に気にする様子も無くスープを飲んでいる。
「羨ましいですよ。
仲が良いなんて」
いまだ、笑顔のエミリアが言う。
俺はあからさまに嫌悪感を出した表情をしたが、エミリアは俺の表情なんか気にも留めていないようだ。
食事を終え、食器を片付ける頃にやっとジェラルドの目が覚めた。
「じゃ、そろそろ行くか?」
「それがいいと思うよ」
「エミリア。
助かったよ」
「へ?
い、いやいや!
私何もしてませんよ」
慌てた様子で早口になっている。
しかし、助けられたのは事実。
「何かあったらさ、助けるからな。
ま、この都市を出るまではそのつもりでいるから」
「ありがとうございます。
ギコラスさん。ジェラルドさん」
俺とジェラルドは、この家を出て振り返る事無く歩いた。
しばらく歩いてから、後ろを振り向くと家はもう見えなくなっていた。
「それにしても、ここは一応街なんだね。
寂れた家が多いけど」
「しょうがないだろ。
ここは、そういう都市だし、ここはまだマシな方だろ」
通りすぎる人達は、笑顔で話していたり、しかめっ面で何かを睨んでいたりと様々だ。
着るものも、家も薄汚いがそれなりに幸せなのだろう。
ジェラルドは、黒に近いマントの襟元をとめた。
「風が強くなってきたね」
「そうだな」
その風が強く吹くと同時に先ほどまで俺が居た場所あたりが騒がしくなったきがした。
「なんかあったのか?」
「知らない。
けど、関係ないでしょ」
欠伸をしながら言う。
俺もまぁいいか、と思い進行方向を変えぬまま歩いていった。
地面は、少しだけ湿っているが太陽が出てるぶん、はやめに乾くだろう。
むしろ、乾いてくれないと野宿ができないから、はやく乾いてくれるとありがたい。
風は威力を弱めて、心地の良い程度の強さに変わった。
「なんか、生ぬるい風だったな」
「気持ちの悪い事言わないでよ。
君が言うとなんか汚い」
「はぁ?」
こんな調子で歩いて行くと、この街の中心部なのかガヤガヤと、賑わった場所に出た。
俺の目の前には二手に道が分かれているが右は賑わった場所。
左は先ほどと変わらない景色。
おそらく右はアーノルトに続く道なのだろう。
「……ちょっと右行くか」
「寄り道好きだね。
まぁ、なんでもいいけどそんな剣露骨に出してたら君、アレだよ。
ここら辺を警備してる騎士団の一人に見つかって捕まるよ?」
ジェラルドは、俺の背中に堂々とついている剣を指差す。
しかし、この時代持っている人も少なくないと思うのだが、騎士団のやつらにはそんなの関係ないんだろうな。
しかも、それがアーノルトに続くとなれば。
「じゃあ、せめて腰で」
「見えなければ大丈夫じゃない?」
腰に巻きつけて俺は賑やかな場所へ向かった。
たくさんの店や屋台のような小ぢんまりとしたお店も並んでいる。
人が多すぎてはぐれそうだ。
そう思っていると周りの人が一気に引いていった。
「なんだ?」
そう思っていると、知らないおじさんが笑顔で俺の腕をつかむ。
「おい、兄ちゃん。
これから“魔女の処刑”が行われるぞ!
大広場だから行っほうがいいぞ!」
そう言うと、笑顔のまま走り去った。
周りはガランとして誰もいなくなってしまった。
「“魔女”ねぇ…」
ジェラルドがボソリと呟く。
「行ってみる?」
「……あぁ」
軽く走って大広場まで来ると、高い十字架の真ん中にキリストが処刑される時のような格好で一人のまだ若い女性がいる。
顔はよく見えないが何か泣き喚いているようだ。
「嫌だっ!!
やだ!!
死にたくなっ…死にたくないっ!」
手足に縛り付けられた紐を引きちぎりたいのかガシャガシャと動かしている。
しかし、ガッチリと結ばれた紐は千切れる事はなかった。
「“魔女”を殺せっ!」
「あいつらがいるから国が危ないんだっ!」
「はやく火をつけろ!」
周りからは人々が催促をしている。
十字架の下からごぅっと火があがると、燃えやすい材質で出来ているのか、一気に上まで燃え上がる。
「嫌だ!
やだっ!
助けっ……あづいっ!
やだ……やだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
叫び声は炎の音にかき消されてしまい、何を叫んでいるのかもわからなくなってしまった。
火の粉はバラバラと落ちて行き確実に燃えている事がよくわかる。
「なぁ、ジェラルド。
“魔女狩り”はいつになったら終わるんだろうな」
「形は変わっても“魔女狩り”は永遠に終わらないよ」
「……そっか」
火は消され、先ほどまで泣き叫んでいた女性も今は真っ黒なススの塊になった。
歓声は止むことがなく、祭りでもあったように大広場を埋めていった。