BAR タカラ(2)
窓がないこの部屋では外の雰囲気を知る事ができないのだが、もう夕方になっているのだろう。
ココに来てから随分と時間が経った気がする。
いくら僕が酒に強いからと言っても、流石に酔いが回って来た。
ほとんど、半日中酒を飲んでいたのだからそれも当たり前なのだろう。
「そういえばよ……お前らってカップルなのかぁ?」
「へっ!?」
「違いますよ。
兄妹みたいなものです」
ディアナが即答したのに対して、タルコットは少しだけ頬を赤らめている。
見たところディアナに惚れているのだろう。
「何赤くなってんですか。
バカなんですか?」
「……くすん」
落ち込むタルコットを尻目にディアナはため息をつき、何も言わずに席を立った。
別の意味で顔を真っ赤にしているギコラスは眠たそうな顔でタルコットを嘲笑う。
「ぎゃはははは!
ふられてやがらぁ!」
「う、う、うるさいです!」
「ま、ほら」
ギコラスは体を乗り出しカウンターの向こう側で頬付をついているタルコットの肩に腕を回し、ヒソヒソと話すように声を潜めた。
「酒飲んで忘れようぜ?」
「ぎ……ギコラスさん!」
むしろ、タルコットがギコラスの彼女か何かのように目をキラキラと輝かせ頬を染めている。
「今日は、僕のおごりですから好きなだけ飲んで下さい!」
その言葉が引き金となったのか、ギコラスとタルコットの飲むスピードが早くなり、あっという間に酔いつぶれた。
二人ともカウンターテーブルに突っ伏し顔を真っ赤にし、だらしなく涎を垂らしながら気持ちよさそうに眠っている。
飲み散らかした酒となんかもういろいろぶちまけられた物をディアナが淡々と掃除をしている。
僕の視線に気づいたのか、怪訝そうな顔で僕を見つめ返す。
「この、ギコラスさんって人はこんなに酒を飲み散らかす癖があるんですか?」
「さぁ?
酒に弱いのは知ってたけどね」
ディアナは、大きくため息をつくと汚れたタオルと黒いビニール袋を持ってカウンターの奥に入って行った。
ココに座ってディアナとタルコットを見ているだけでもだいたいわかるが確信が欲しい。
この二人の記憶と、気持ちはあまりにも合致しなさすぎる。
しばらく待つとディアナが疲れたような表情でノソノソとこちらに向かって歩いてくる。
隣の席に座ると、再び深いため息をついた。
「彼は君に好意を持ってると思うけど……。
君からはどうもそれらしい感情が見られないんだけれど、本当にカップル?」
「だから、兄妹みたいなものですから。
血も何も繋がってませんが」
カップルの線は本当に無さそうだ。
ディアナが酷く嫌そうな顔をしている。
そして、恋愛感情も無いらしい。
つまり、タルコットの片思いなのだろう。
ディアナは、怪訝そうな目をいまだに僕に向けている。
さほど気にならないので、僕はその視線に気づかないふりをし、酒を一口飲んだ。
「むしろ、私が聞きたいんですけど。
あなた方兄弟か何かですか?」
「それは無い。
けど、長い付き合いだよ」
僕は間抜け顔で寝ているギコラスを一瞥する。
別に嫌いではないが、彼と兄弟でいたら喧嘩が絶えないだろう。
ただでさえ、酷いのに。
いや、でも、ずっと一緒にいるので兄弟と変わらない生活を送っているような。
……考えるのはやめよう。
「……私が育児放棄されている所をタルコットさんの父親が拾ってくれた、ただそれだけです」
「ふぅん」
「小さい頃から、一緒に居ましたからそんな感情なんて微塵も出てきませんよ」
顔を覆ってしまうほどの傷跡を手で軽く触れる。
隙間から申し訳ない程度に出ている元の毛がなんだか、傷のようにも見えてくる。
残っている右耳を少し動かすと頭を軽くかく。
「もう、夜も遅いです。
ココでよければ泊まっていって下さい」
床を指差して僕に言う。
床に寝ろと言う事なのだろうか。
床とディアナを交互に見るが、僕の考える事が通じないのか、不機嫌そうな顔のまま首をかしげた。
仕方がなく、僕はため息をついた。
「床?」
「寝床を貸してあげるのに、文句を言わないで下さい」
ディアナの眉間に再び皺がよる。
これ以上、機嫌が悪くなるとめんどくさいので僕はディアナが指さした床に寝転んだ。
冷たくて硬くて、臭い。
今口を開けば文句がダラダラと出てきそうだ。
そんなことを考えてていると突然投げられた何かを僕は反射的に掴んだ。
フワフワとした触り心地、少し分厚めの生地、薄いピンクのかかったタオルケット。
「それで我慢して下さいね」
冷たい視線を送りつけてから、僕に背を向けると、タルコットのそばに近寄る。
ドスンと大きな音を立ててタルコットはディアナによってカウンター席から落とされた。
落ちたあとも、よほど酔っているのかスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。
ディアナは呆れた視線を投げつけるが、爆睡しているタルコットは気づくはずも無い。