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手を伸ばしてはいけない領域

満月が空高くに登り、夜特有の静けさを出した教会の中に俺は一人で立っていた。

窓はステンドグラス張りで、月明かりで綺麗に光っている。

俺の目の前に大きくそびえ立つかなり高価であろう十字架は、ステンドグラスから射し込んだ月の光を浴びてキラキラとしている。

十字架を向くような形で長椅子が何個も置いてある。

俺は十字架を見つめた。

あの日から部屋にこもりずっと、神と天使と悪魔の本を睨んでいたのだが、人が天使に任命されることなどどこにも載ってはいなかった。

やはりあれは、ジェラルドの虚言だったのだろうか。

部屋にこもっている間、考えぬようにと避けていた事がいきなり頭の中枢部に突き刺さる。

一度突き刺さっては、外すことが酷く難しく思える。

俺は頭を大きく横に振り、かき消すことにした。


「……はぁ」


天使は、頭に光の輪っかが乗ってて真っ白の綺麗な羽根が生えている絵が多かったが、ジェラルドには輪っかなど乗っていなかったし、怪我のせいか羽根が痛々しく見えた。

とてもじゃないが、綺麗とは言えなかった。


『神に祈り続ければ、近いうちに願いは叶い、必ず幸せが訪れる』


ある本の一文を声に出してみる。

全ての本を一字一句見逃さないようにしていたからか、何度も繰り返し読んでいたからか、だいたいの文が頭の中に残っている。

神父のいない寂れたこの教会にも神はいるのだろうか。

この見捨てられた教会にも、神のご加護があるのだろうか。

俺は真っ赤なカーペットの上を導かれるように十字架の元へと歩きはじめる。


『神はつねに我々を見守っているため、冒涜したものには厳しい処罰が与えられて当然なのだ』


『神は、我々のために奇跡という切り札を地面に転がした』


「それに気づけるかは我々、人次第なのだ」


「っ!!?」


十字架の目の前から人の声がした。しかし、俺の正面には誰もいないし、人影もない。

不気味に思い後ろを振り返るが、案の定誰もいない。

正面を向くと、先ほどまで誰もいなかったはずなのに紺色をベースにマントの淵に白い線の入った黄色い毛並みの男が、十字架にもたれかかるようにして立っていた。

首元には赤い宝石のような輝いた物でマントの前を留めている。

男は閉じていた目をゆっくりと開いた。

その目は飲み込まれそうなほどな黒に薄っすらと真紅の色が入っている。


「それは……あまりにも見つけにくい。

酷く小さくて、気づいた時にはその奇跡というものを無駄にしてしまっている」


「……」



「神というのはどうしてそんな面倒な事をしたと思いますか?」


男は、整った顔立ちで軽く微笑んだ。


「いちいち、全員の願いを叶えていてはものすごく時間がかかってしまう。

ですから神は、人に関与しなくなったのです」


片手をひらりとあげておどけたように笑う。

この男はなんなんだろうか。

どこから来たのだろうか。


「そんなに怯えないで下さい。

私はあなたの願いを叶えに来たのですよ?」


「そ!それは、本当だから!?」


「えぇ。もちろんですよ」


一瞬にして、体中が熱くなる感覚を覚える。

見るからに、不審そうな男だが俺の願いを叶えてくれるというには相当な男なのだろう。

……だがしかし。

俺の願いは簡単に叶うような願いじゃない。

普通の人なら、絶対に無理……いや、この男が神だったのなら。

……それはない。

先ほどの言葉からすると、神を侮辱する一歩手前のところまで言っていたのだ。

それなら、天使?

天使が天使を生み出す事が出来るのだろうか。

でも、ジェラルドは神が生み出すと言っていたはず……。

なら、あの男はなんなんだ?


「あなたの考えている事は少しだけ正解ですね。

確かに私は神ではありません。

しかし、天使でもありません」


「え……?」


男はそう言うとバサリと羽根を広げた。

ジェラルドとは違う、真っ黒な三対

の羽根。

しかし、どこか柔らかそうで綺麗に見えた。

広げた衝動からか、黒い羽がひらひらと四、五枚ほど舞う。


「悪魔が……どうして教会に…!?」


「あぁ、教会は確か神のご加護を受けているんでしたっけ。

まぁいいじゃないですか。

入れたのですし……ね?」


同意を求めるようにこちらを見つめてニコリと笑う。

その笑顔は悪魔じみたものではなく、純粋に人助けをする者の顔だった。


「あなた、天使になりたいのでしょう?

その願いを叶えてあげるために来たのですよ」


カツリカツリと靴が地面に当たる音が静かな教会に響く。

俺の目の前に来ると、羽根を大きく広げた。

俺なんかよりも、この男よりも大きく、綺麗な羽根だ。


「叶えて……欲しいのですよね?」


「俺……は、悪魔には魂は…売らない…から」


悪魔という肩書きで、すでに恐怖を覚えた俺は、途切れ途切れに言葉を発した。

予想外の言葉だったのか、少し驚いた顔をしたがクスリと優しい笑みを浮かべる。

この男は普段から微笑む癖でもついているのだろうか、悪魔らしくない。


「そんな事を心配してたのですね。

安心して下さいよ。

私はあなたの魂なんていらないですよ」


「え?

だって、悪魔って……」


「まぁまぁ、なんでもいいじゃあないですか。

あなたの魂は奪わないのですから」


周りが真っ黒に染まったと思うと、目の前に赤混じりの瞳が浮かんだ。

おそらく羽根に包まれたのだろうか。

その羽根はどうやら中々大きいようだ。


「どうですか?

言葉に出したくないのなら、頷くだけでもいいのですよ」


頷く事を、同意する事を、体が拒んでいるのか体中が震え、冷や汗が流れ、口の中がカラカラに乾いている。

しかし、頭の中ではこの男に同意しない限り絶対にこの望みが叶うはずが無い事を悟っている。

俺はコクンと軽く頷いた。


「……そうですか」


俺の額に軽く手を当てると、何かが流れ込んでくるような感覚を覚え、俺は目を閉じた。

ほんの数秒経つと男は手を離した。

ゆっくりと目を開けると、周りは月明かりに照らされ、目の前にいる笑顔の男の背中からはもう真っ黒の羽根は出ていなかった。

俺自身の体に特に何の異常も感じず、ただ自分の体をキョロキョロと見る。


「後は全てイメージですよ」


「イメー…ジ?」


羽根を出すようなイメージで背中に力を込めると、フワッと体に風が当たる感じがした。

思わず背中を見つめると、真っ白の羽根が自分の背中から生えていたのだ。


「……凄いっ!」


羽根を動かしたり、出し入れしてみたりとやるが、昔からあったかのように実にスムーズに出来る。

目の前の男は、ニコニコと保護者のような目で微笑んでいる。

正直願いを叶えてくれたのは凄くありがたいのだが、やはりこの男は悪魔なのだと、改めて痛感した。

俺が頷いた瞬間、男の微笑みはドス黒くなり、ニヤリとした笑みを浮かべていた。

それもすぐに目を閉じてしまったから一瞬しか見れなかったが、あれは確実に悪魔の笑みだった。


「その…ありがとうだから。

じゃあ、俺は弟の元へ帰るから」


「もしかして、弟のために天使になったのですか?」


「?

そりゃあ、俺の収入じゃあ大変だからもっと働けるように…と」


男にそう言うと俺は踵を返した。

後ろから強い風を感じ、バサリと大きな音を立てて布のなびくような音がした。


「もう少し遊びましょうよ」


ゾクリと背中に悪寒を感じたその瞬間、俺の意識は吹き飛んでいった。





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