崩壊の瞬間
ギコラスが寝てからフレッドと夜遅くまで話すという事がここ一週間も続いている。
寝るのは夜中の一、二時。
それで起きるのが七、八時。
ここ一週間五、六時間しか寝てないとか僕はそろそろ寝不足で死んでしまうかもしれない。
それでも、話を切って寝るという行為や朝ギコラスを無視して、寝続けるという行為がどういうわけか出来ないでいる。
僕は最低十時間寝ないと死ぬんだ。
と、心の中で喚いてみても現状は変わらないわけで。
今日も今日とて、ギコラスに朝早くに起こされ、手伝いを強要され、夜は夜でフレッドの質問に答えている。
「……だいたい僕が答える義務なんてないはずだけどな」
「ん?
ジェラルド、何か言ったから?」
「いや、何も」
悟られないように無表情のまま言葉を返す。
怪しむ様子も無く、フレッドは手元にあるペンをクルクルと回す。
「天使ってさぁ、何年間生きられんだ?」
「生きられる?
僕ら天使は義務的に生き続けるんだ。
つまりは、死なないって事だよ」
「不老不死みたいな?」
「ま、簡単に言えばそうだね」
つい五日前からフレッドは僕に質問した事と、回答をメモに取り始めている。
ノートはあっという間に文字で埋まってしまい、正直盗み見するにはとてもじゃあないが見にくすぎる。
フレッドは汚い字でメモを取り終えると睨むような視線で僕を見つめる。
「強いのか?」
「え?
……あ、あぁ、まぁ人並み以上の体力や運動能力はあるけど」
いきなりの事でフレッドの言った意味を理解するのにほんの少しだけかかった。
そして、サラサラとペンでなぞる音が聞こえた。
僕がもう寝ようと部屋のドアを開けた時フレッドの声が僕を引き止めた。
「天使は、どうやってなるんだ?
やっぱり死ぬ?」
「……」
「ジェラルド?」
僕はフレッドに背を向けたまま固まった。
別に知らないわけではない。
「神様に指名されないと」
「どうすれば、指名される?」
「神様の気まぐれだからなんとも」
「……他に……方法は?」
カランとペンを机に転がすような音がする。
方法がないわけでは無い。
その言葉は声に出ることは無く、僕の頭の中だけで流れた。
「なぁ……あるんなら教えてほしいから……」
すがるような声で僕に言う。
僕は深く息を吸い込むとフレッドの方を振り向いた。
「方法がないわけではない。
けれど、それはあまりに危険すぎる」
「……それでもいいんだ。
ギコラスを……守るためには俺が強くならないといけないから」
強い力で拳を作っているのか、手が震えている。
たった一つだけのアテをフレッドに教えてはならない。
なぜか僕の頭の中はそんな言葉で埋め尽くされた。
そして、僕は右手で自分の白い耳を引っ張った。
「神にひたすら祈るんだね」
「……!!」
フレッドから返事を聞く前に僕は部屋に入り布団を頭まで被った。
フレッドの居る部屋からは床が軋む音がしたあと、扉を開ける音がすると静まり返った。
この会話をした日からフレッドの様子はすっかりと変わってしまった。
夜中に長々と質問する事は無くなったが、仕事にも行かずフレッドとギコラスの部屋に一人で閉じこもってしまった。
ギコラスとも、僕とも全く喋らなくなり、喋ったとしても一言二言だ。
「ジェラルド……。
兄ちゃん、どうしたのさ。
閉じこもってからもう四日も経つよ…」
「さぁね」
これに関してはお手上げだ。
フレッドが仕事をしないため収入も全く入らずご飯もろくに食べていない。
僕が働くのがいいのかもしれないけど、この不況の中人を簡単に雇う奴は中々いないだろう。
「兄ちゃん……大丈夫だよな」
「さぁね。
生きてはいると思うよ。
ご飯も食べてるし」
こんな事になってしまったのは、僕の責任なんだろうか。
フレッドが閉じこもっている部屋からは時折物が落ちるような音がするだけで、他には何の音も出していない。
ギコラスの目には薄くだが、涙が広がっている。
呼びかけても、何をしても、フレッドの閉じこもっている部屋の扉が開くことのないまま、一週間がたった。