曇りの日の初めまして
『神とクズ』の方を見ていただくとなんとなく分かる部分もあるかもしれません。
暗い部屋の中。
誰かが僕の名前を呼ぶ。
少し高く積み上げた積み木をその人は蹴って崩した。
そうして、その人はバラバラになった積み木の真ん中で手を差し出して僕に言ったんだ。
「天使になる気はないかい?」
空は暗く曇っていて、今は本当に昼寝なのかと疑うほどの暗さである。
まるで夕方だ。
「はっくしゅんっ!」
「大丈夫?」
「あー……まぁ、風邪ではないだろ」
隣を歩いている灰色のマントを羽織ったジェラルドが無表情のままため息をついた。
周りは草だらけで、夏だったら大量の虫が飛んでいるのだろう。
つくづく夏でなくてよかったと思う。
「ん?」
ふと、遠いところに視線を移すと何かが倒れている。
遠すぎてよく見えないが。
「おい、ジェラルド。
なんかいるぞ」
「まさか、変な奴じゃあないだろうね?」
呆れたような口調で言う。
ここ最近は、国の治安も悪くなっていて、黒死病は広がるわ盗賊も増えるわ。
そんな中だからか、あの倒れている奴が普通の人とは限らない。
近づいてみると、白い毛色で耳に青い線の入った薄汚れたワンピースを着た少女が倒れていた。
周りにはこの子が持っていたと思われる荷物が転がっている。
俺は周りに散乱した荷物を拾って、ジェラルドに持たせると、少女を抱き上げる。
「おーい。
大丈夫かー?」
話しかけるも、目を閉じたまま返事をしない。
「しょうがねぇな。
おい、ジェラルド」
「はぁ……。
君は僕の事を便利屋か何かと勘違いしてる?」
「どうせ、できるんだろ」
やれやれとジェラルドが呟くと、少女の額に手をかざした。
そして、真っ黒の目を閉じて数秒もしないうちに目を開ける。
「わかったか?」
「こっち。
読み取ったところ、第三番都市、チェルニーに住んでるみたいだよ」
「ほー。
近いな」
「だろうね」
呆れた口調でジェラルドは言う。
抱き上げた少女は、とても細くて肩の骨が腕に当たってそれなりに痛い。
歩いて数分近く立つころに、古びた小さな家が立っていた。
「ここであってんのか?」
「その子の記憶が正しければね」
ドアを開けるとギギィと言うドアが軋む音がした。
そうとう古い家なのだろう。
少女を薄汚れたベッドに寝かすと俺は中を徘徊しているジェラルドを見た。
「他に誰かいそうか?」
「いや、居ないね」
「つまり、一人暮らしって事か……」
俺は自分の耳を触る。
古びたベッドの横に椅子を置いて、そこに座った。
しばらく無言のままでいると少女がいきなり目を覚ました。
そして、起き上がると困惑したような表情を浮かべた。
「え…!?
あ……えと?」
「君が道に倒れていたから連れてきてあげたんだよ。
困惑す意味がわ」
「あー…まぁ…その、なんだ?
とりあえず体に気をつけろよっ!」
ジェラルドのお粗末な口を塞いで嫌味混じりの言葉を阻止した。
そして、ジェラルドの白い耳を掴み少女に背を向け、小声で話す。
「お前なぁ、もうちょっと優しい言葉をかけてやれよ」
「そんなこと知らないよ。
助けてもらったら礼をするのが常識なんだろう?」
「だから!」
「あ……の」
俺が大声をあげる寸前、少女が声をかけてきた。
ジェラルドと共に振り返ると、ぺこりとお辞儀をし、微笑んだ。
「助けていただいて、ありがとうございます。
天使様のようにお優しいのですね」
驚きの発言で俺はポカンと口を開けたまま少女を見つめる。
そのあと、隣にいる無表情のジェラルドを見ると笑いがこみ上げてきた。
「プッ……こいつが……てん……天使?」
「残念だけど、“も」
「あーっ!もーっ!
お前は口を開くとすぐバカな事言うよなっ!」
口を塞ごうとしたところ、ジェラルドに手を払われたため少し大きめの声で塞いだ。
「あっはっはっはっ」
「クスクス。
面白い方々ですね。
……自己紹介が遅れました、エミリアと申します」
ベッドの上でぺこりともう一度お辞儀をした。
俺もそれにならって、ジェラルドの頭を抑えながらお辞儀する。
「あぁ、俺はギコラス。
で、こっちがジェラルドだ」
「たいそうな事はできないのですが、お礼にご飯を作りますね」
ベッドから立ち上がると、壁際にかかっている白いエプロンを取り出してワンピースの上から着た。
「ちょっと待ってて下さい。
夕方になる前に出来上がりますので」
「おぉ、ありがとうな」
エミリアが台所に向かうとガサガサと何かを漁る音と、何かを洗う音が聞こえる。
「お前さぁ、無駄な事言うとバレるぞ?」
「別に問題無いような気がするんだけど」
「じゃあ、なんで羽出さないんだよ……」
呆れながら言うと、ジェラルドは俺を思いっきり睨む。
「誰かさんのせいで、抜けるんだよ。
ただでさえ、ポンコツなのに……ねぇ?」
「……すまん」
禍々しいオーラがジェラルドから出ている。
ジェラルドから顔をそらし、話題を変えようとキョロキョロとあたりを見渡す。
トントントンと、野菜を切るような音と鍋か何かを火にかけている音だけが聞こえる。
「……仮にだよ?
仮に僕が“元”天使だと言っても彼女は信じると思うかい?」
「信じるだろ」
「信じたとしたら、彼女は僕に助けを求めるだろうね」
ため息を一つついてから、ジェラルドはエミリアのいる台所を見つめた。
ここからでは、エミリアの作業をしている様子が見えない。
「天使と人は分かり合えないものなんだよ」
「そんなもんかねぇ……」
エミリアがテーブルに料理を幾つか並べる。
位の高い人達が食べるような物では無く、質素な物だが良い香りが漂ってくる。
「悪りぃな、ご馳走になっちまって」
「いえいえ。
助けていただいたので、これくらいはしますよ。
貧乏なので、対した事出来なくてすいません」
結構優しい子なんだな、と思いつつ
スープを口に運ぶ。
口の中に少しスパイスの効いた味がするが、凄く美味しい。
ジェラルドも一心不乱と言うほどでも無いが、集中して食べているので美味しいと感じているのだろう。
「あ……雨……」
エミリアの声で俺もつられて窓を見る。
外は本格的な雨で、ザァと強く降っている。
「……まじか…」
「あ……あの、旅人の方……ですよね?」
「え?
あぁ、まぁそうだけど」
「良かったら、泊まって行きませんか?」
「大丈夫なのか?」
「問題ないですよ。
お礼なので」
ニコリと微笑む。
申し訳ない気持ちがやまやまだが、隣に座っているジェラルドを見ると、泊まれと言う視線が送られて来たので断る事ができなくなっしまった。
「じゃあ……お願いする」
「ベッド使っていいですよ」
「いや、地面でいいよ」
「そうですか?」
クイッと首をかしげる。
うん、いい子だ。
目の前の料理が無くなる頃には俺も腹がいい具合にふくれた。
俺は旅人の象徴であるマントを脱ぎ捨てて一つあくびをする。
長い事歩いたからさすがに疲れた。
窓の外は月や星が見えることは無く、ただ暗い雲と雨に侵されていた。