第6話
その後、一時間ほど他愛もない雑談を交わしたところで一七時を回ったのでそろそろお開きにしようかということになった。
彼女は顔隠しの布を取っている。
「綺麗な夕陽だね……そういえば、三沢さんの名前の優陽ってゆうひとも読めるね」
「んぁ……確かにそうだな……」
全然気が付かなかった。
「ま、この夕陽の綺麗さもラメンタさんには敵わないよね」
割とガチで。
「お世辞はいいよ。わたしなんて大したことないってば」
「お世辞なわけないよ」
「あぅ…照れるでしょ~、ばか」
「ごめんごめん」
彼女と話していると、家族の事で疲れ切った心が癒された。
こんなにも暖かい気持ちになったのはいつ以来だろうか。
「それじゃ、僕はそろそろ帰ることにするよ」
「うん……その、今日もお友達の家に泊まるの?」
「ん?そのつもりだけど?」
「そっか……その、ね?三沢さんの家、行ってみない?」
「ぼ、僕の家?」
思わず声が上ずる。
「そう」
ラメンタは僕の顔を覗き込むようにして言った。
「いつまでも家に帰れないとお友達だって大変でしょ?」
晴翔は……まぁ、別に迷惑をかけても全然問題ないとは思うが、確かに今回はすごく気も遣ってもらっているみたいだし、そろそろトラウマをなくそうと努力してみた方がいいかもしれない。
「でも……やっぱりまだちょと怖いんだ」
情けない。男のくせに。
だけど、ダメなものはやっぱりダメなんだ。
「えっへへ~、そういうとおもった」
彼女はえっへんと得意がる。
「大丈夫!わたしも付いていってあげるから」
「でも……ラメンタさんは電話屋さんなんだよ?そんなに一人の人間にずっとくっついてていいの?」
するとラメンタは少し憂いた表情見せた。
「最近は、お客様がほとんどいないから」
「これのせいか……」
そう言ってポケットから携帯を取り出す。
「そう。わたし達なんかより、それの方が使い勝手良いし、便利だもんね。だから、仕方ないの」
そう言って、寂しそうな顔をした。
それは、物凄く心が締め付けられるような、そんな表情だった。
「ごめん」
「あっ、いいのいいの。三沢さんがわるいわけじゃないんだから」
「でも……」
「とにかくっ、自分の家に入れなくなるという日々の生活に支障を来たす重大なトラウマを克服するの!わかった?」
「…はい」
「よろしい」
そう言って、満足そうな顔をするラメンタ。
普段は布に隠れて見えないけれど、こんなにも多彩な表情をしているのだ。
それが多くの人に見てもらえないなんて、もったいない。
と言うか、可哀そうだ。
†
家の前に着いた。
家に帰る途中、ラメンタはずっと顔を布で隠していた。
やっぱり恥ずかしいみたい。
築一五年の二階建て一軒家。
ごく普通の、ありふれた家。
それが我が家だ。
「……ぅぁ」
「うあ言わない。鍵貸して」
「……はい」
「お邪魔しま~す?」
家の中は、僕が飛び出した日のままだった。
リビングに誰かが倒れているわけでもなく。
血の匂いさえせず。
「普通っぽい感じだけど……」
顔隠しのための布を取りながらラメンタはつぶやいた。
家の中の様子についてはこの間陽翔に着替えを取りに行ってもらった際に聞いていたので、別に驚きとか拍子抜けしたりはなかった。
だけど。
なぜだが、震えが止まらない。
よっぽどトラウマになっているようだ。
「!!」
その時、ラメンタが手を繋いできた。
「ほら、これで大丈夫でしょ?」
ラメンタの手は華奢で、力を入れたら壊れてしまうんじゃないかと思えるほどに細かった。
なのに、それなのにとてもすべすべでふんわりとしていて、落ち着く。
やめられないとまらない級のさわり心地である。
「えへへ」
ラメンタが可愛い。うん、これは世界の真理と言っても差し支えないな。間違ってもロリ小学生のランドセルにリコーダー云々が真理なわけがない。
ラメンタが手を握ってくれたおかげか、震えはいつの間にか止まっていた。
「ね?大丈夫だったでしょ?」
「うん……その、ありがと」
「どういたしまして」
とりあえず、リビングにあるソファに座る。
二人掛けのが二対あるのだが……。
「あの……ラメンタさん?何故に対面じゃなく僕の隣に座るのですかね?」
「え………いや…だったかな?ご、ごめん」
そう言ってすごく寂しそうな顔をするラメンタ。
先ほどの携帯の話の時とは比べようもないほどの落ち込みぶりだった。
「あ、いや、別に全然かまわないよ!?ただ、その、ちょっとビックリしちゃった
だけだから!!」
「そ、そっか………よかった~……」
いくら機械とはいえ同年代の女の子が急に隣に座ってきたらそりゃビビるよね。ヘタレ言わない。
どぎまぎしつつラメンタを見ていて気づいたことがあった。
服が、汚れているのである。
話によるとある程度の間隔で電電公社が回収してメンテを行う際に綺麗にしてくれるらしいのだが……。そのある程度の間隔がどれくらいのものなのかはわからない。
「そうだ!お風呂入る?」
「ふぇ!?お、おおおおお風呂!?一緒に!?」
「ち、ちがっ!違うよ!!なんでそうなるかな!?」
「だ、だって、きゅ、急にそんなこと言うから!三沢さんもやっぱり男の子だし!!」
「やっぱりって何!?僕の身長が小っちゃくて情けないし、ヘタレだからなのん!?」
慌てすぎて語尾がキモい。
「そ、そういうわけじゃないよ!な、なんか三沢さんとお話してると落ち着くし、あんまり緊張しないですむから……」
それは……緊張しないというのはラメンタが僕を同性として見ているということなんじゃ……。とは言わなかった。
これ以上困らせてもアレだしね。
「……弁解をさせていただくと、その、ラメンタさんのその黒衣?みたいなのが結構汚れてたから、洗濯するついでにお風呂入ったらどうかな?って」
「そ、そか……わたしの早とちりだったんだね…うん、じゃあ、入らせてもらおうかな…」
ほっとした様子のラメンタはそう言った。
「あ……もしかして……その、に……」
「に?」
「わたしって……臭う?」
「仁王?金剛力士像とかのアレのことか?」
「こ、こんご……へ?」
「うん?」
しばらくぽかーんとしていたラメンタだったが、そのうち顔を赤く染めてこう言った。
「ばか……それくらい察してよ……」
「……なんで僕怒られてんの?」
「もう……!しばらくお風呂とか入ってないからわたしって臭いんじゃないのってこと!全部言わせないでよ…」
あぁ、そういうことか!
要らぬ恥をかかせてしまったみたいだ。
「ご、ごめん……でも、そんなに臭くはないよ?」
顔以外は黒衣に覆われていて素肌が見えないからわからないけど、少なくとも顔は綺麗。
汚れてたりしないし、匂いがするわけでもない。
まぁ、しかし。念のため。
「よし!!そういうことなら嗅いでみよう!!」
「ほぇ!?」
念のためだよ念のため!別に匂いフェチとかそういうことじゃないからね!匂いフェチじゃないからね!!大事なことなので(ry
「い、いいよ!!わざわざ嗅がなくて!!」
「いやいやいや!そういうわけにもいかないんだな!これが!!フヒっ」
「……三沢さん、急にげんきになった……」
ラメンタはそこまで言うなら仕方ないと諦めてくれたようだ。
「じゃ、じゃぁ、どこ嗅ぐの?」
「うむ!脇の下!!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!?脇の下!?」
「そう、脇の下!!」
汗掻いちゃったりすることもあるしね!!
「いや!!」
「えっ……………」
な、なんだって…!!
い、今、いやって………。
「最初に嗅がせてくれるって言ったのに!!ぬか喜びさせないでよ!!」
モウ、セカイノオワリダヨ………。
「そ、そんなにおちこまなくても……」
「うるせぇ!ぼくは…ぼくは……!!」
家族は死んじゃうし、脇の下は嗅がせてくれないし、なんなんだよコンチクショウ!
生きる必要なんてあるのか!?こんな世界のために!?
「………はぁ………もう……ちょっとだけなら………いいよ……」
「いいの!?」
ウオッシャァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「復活早っ!!」
「いいんだよね!?いいんだよね!?」
※僕は匂いフェチではありません。断じて。
「ほんとに、ちょっと、ちょっとだけだよ?」
「うん!!」
「………ん……」
そう言って顔を真っ赤にさせながら腕を上にあげてくれたラメンタ。
なんだろう……今更ながら、すごくエロい気がする。この照れてる顔。
そっと顔を近づけてみる。
どんな匂いがするんだろう?
やっぱりちょっと臭かったりするんだろうか?こんなに綺麗な子なのに。
汗で蒸れた匂いというのはどうにもちょっと癖になるような匂いな気がする。美少女限定だけど。
「……ん、はやく……して………」
倒錯的な思いにかられながら、理性でそれを押し付けつつ匂いを嗅いでみる。
「……んぁ………」
……………………………………………………………………………………………………………。
結論。
臭くなかった。
それどころか、どこかほんわりと花の香りのような匂いさえした。
顔を離す。
顔を真っ赤にさせたままのラメンタが問う。
「…その……どうだった………?」
「すごくいいとおもいます」
「あぅ………。三沢さんの、えっち」
どうしよう、恥ずかしがってるラメンタが可愛い。押し倒したいクラス。
「その、全然臭くなかったよ?」
「そう……よかった……」
安心したのかふーっと息を吐く。
「お風呂入ろっか」
次話は4/28 19時頃に公開する予定です。