…………”貸し蜥蜴”にて
カイル視点
彼女の視線によって引き起こされる不整脈。
今の所治す方法は見つかっていない。
元凶となる当人は、美味しそうに林檎を齧っているこの状況。彼女は鈍い。よって、上から少し視線を落としたところで、気が付かない。
時々ふと、その頬に触れたところで、何の問題でもないのではと考えてしまう。果汁が付いていましたとか、理由さえつければどうとでもなる。
もちろん私がそんなことをする理由はない。
そういった欲求に駆られることもない。
ただ、自分がそうすることを考えると、ほんの一時的に、脈が落ち着きを取り戻す。
愚かな考えが浮かび、私はふと口元に笑みを浮かべた。
と同時に、「あ……」という声が聞こえ、見れば彼女が食べかけの林檎を落としていた。
「何をしているんですか、あなたは」
少し、動揺した。ほんの少しの期待もあったのかもしれない。
その頬に触れようとする「私」がいることが、ほんの少しでも、彼女に伝わったのではないか、と。
「あの、いえ」
彼女はいつものように視線を彷徨わせ、曖昧な返事をする。何か言いたげな彼女の、果汁に濡れた唇を見て、僅かに指が動いた。
「なんですか、人の顔をじろじろ見て」
また不整脈が始まる。喉元まで苦しさがこみ上げる。
「い、いえ、なんでもないです」
それはあなただけですよ。そう言えたらどんなに楽だろう。
普段の口調を抜くと、なんだか怖いですね。
このときカイル、下降気味です。