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02, 旅の仲間たち

たくさんのお気に入り登録をいただき、本当に驚きました。

評価もしていただけて、とてもうれしいです。ありがとうございます。

これを励みに続きをひねり出したいです。


幼少期から三人の従兄(あに)と暮らしてきたからと言って、彼らは家族でしかなく、異性として認識したことなどほとんどない。加えて、悪い虫から積極的に守られてきたエリシア・シュレイルにとって、この状況で冷静に振る舞うことはひどく難しいことだった。


「そう前かがみになられると、かえって操作しにくいのですが。というか、首が絞まっています」


背後に同乗するカイルの指摘に、エリーは慌てて、ぎゅっと縋るように抱いていた二足蜥蜴の首を解放した。

ぐぎゃー、と蜥蜴が安堵の鳴き声を漏らす。ちらと長い首を傾げてエリーを振り返り、「もうやんないでね」と言わんばかり、見つめてくる。


「ご、ごめんね…」

「何を蜥蜴に謝っているのです。とにかくこちらへ、別にもたれかかっても構いません。あなた程度支えきれないほど軟弱ではありませんからね。どうぞご心配なく」


気のせいか、まくし立てるように早口にカイルは小言を言った。まだ薄暗い早朝だから、気分も低迷しているのだろうとエリーは思う。


「あ、そ、そうですね」


エリーは曖昧に言葉をつなぐ。彼が軟弱だとか、そういう心配をしているわけではない。小言マシンの部長とはいえ、男の人だ。蜥蜴の上に引き上げられて不可抗力で触れた胸板は堅く、女のそれではもちろんない。

意識したら止まらなかった。すでに騎乗し、二人を眺めていたアルメダに縋るような視線を送ったが、すぐにカイルに見とがめられた。


「……あなたがどうしてもアルメダの蜥蜴に乗りたいと言うのならそれでも別に、私は一向に構いませんが」

「あ、いえ…あの、いいです。すみません、部長の蜥蜴でお願いします」


初めはアルメダの蜥蜴に乗るつもりだったのだ。

乗り合い蜥蜴の客車の中でも、途中泊った宿でも。

盗賊など現れず、平穏無事に過ぎ去った辺境を越えて青海(マーレ)の入口に到着したときも。


“貸し蜥蜴”で騎乗したアルメダの蜥蜴に同乗(・・)するまでは。


気付いたときには、アルメダの申し訳なさそうな顔と、心底呆れたようなカイルの顔が見えた。

慎重に走ったつもりだったんだけどねえ、とアルメダは不思議そうに言った。あなたは私に同乗しなさい、とカイルがため息をついた。

どうやら振り落とされて砂漠の海へとダイブしたエリーは、一も二もなく頷いた。




「分かればよいのです」


カイルの声はご機嫌に聞こえた。

後ろの人は従兄(あに)だ、とエリーは自身に言い聞かせる。そう思い込む努力をしたが、すぐに無駄になった。

スッと腹に手を回され、ぐいと後ろに引き寄せられる。カイルの胸へと全身を預ける体勢になり、ふわりと僅かに香水の匂いがして、顔に血が上った。心臓の音が、早鐘のようだ。なにしてくれるんですか。


「え、あ、あの、ぶちょ…」


赤くなるエリーに気づかなかったのか、カイルは緩く持った手綱にエリーの手を添えさせ、前傾姿勢を取らせた。


「手はここへ」

「あ、え、は、はいっ」

「――ああ、あとはこれを」


バサ、とエリーの頭に何かがかぶさった。生成り色の分厚い布だ。

それを抱いて不思議そうに見上げるエリーに、カイルは小さく笑いを零し、布を取り上げ、エリーの髪を覆う様に巻いた。


「あなたのその髪では辛いでしょうからね。直に陽が昇りますよ」


月夜の空を溶かしたような濃紺の髪は、エリーの数少ない自慢だった。平凡な茶色い瞳に、カイルの、薄暗い景色に染まった金の髪を映して、エリーは小さく微笑む。

いつだったか、叔父もこうして世話を焼いてくれたことを思い出し、アップテンポに跳ねていた心音が緩やかになった。


「ありがとうございます、レイランド部長」

「…少し黙っていなさい。エリシア・シュレイル。舌を噛みますよ」


ぐっと手綱が引かれ、蜥蜴の長い首が弓なりに反れる。胴の部分を、堅いブーツの側面が強かに蹴った。


ギャルルー!


楽しい散歩の始まりだと言わんばかり、蜥蜴が高く鳴いた。先を行くアルメダの蜥蜴を追い、カイルの後ろに括りつけた荷物の重さも物ともせず、夜明け前の砂の海を駆けていく。


地平線の向こうがじわじわと黄色がかるこの時間は、まだ肌寒い。乾いた風が肌を滑り、はたはたと髪に巻いた布が揺れる。

黒の布地に覆われた二本の腕の間に縮こまりながら、エリーはしばらく顔を俯かせていた。耳を打つのは、自分の鼓動と、カイルの微かな息遣いだ。


「エリー、見てみなさい」


ざり、と砂を滑る音がして、蜥蜴が停止したのが分かった。遠くで「エリー!」とアルメダの声がする。何事かと顔を上げて、目を瞬かせた。


「う、わ……すごい」


目にまぶしいほどの陽光。

照らされた砂は青白い外套を脱ぎ捨てて、黄金色に染まっていた。

ところどころ、白波のようにキラキラと光っている。

気まぐれな風の絵描きが描いたのだろう、船を弄ぶ大波が幾重も連なり、その曲線の頂で、アルメダが手綱を手放し、二人に向かって手を振っていた。彼女と蜥蜴の影が、海を泳ぐ魚の影のようにゆらゆらと黄金の海に浮かんでいる。エリーもアルメダを呼んで、手を振り返した。


「――初めてこの景色を見たのは、五つの時でした。こんな風に、私も父と一緒に蜥蜴に乗って、陽が昇るのを見たのです」


ふとそう語ったカイルを、エリーは静かに振り返った。金色の髪が輝くさまは、さながら太陽の申し子のように美しい。青い瞳は眇められ、遠い地平線を見つめていた。


「いつか、再びこの景色を見るのならば…、」


ふと夢から醒めたように、カイルはエリーを見下ろした。しばし見つめ合い、カイルが何か言いかけたところで、エリーが意図せずそれを阻むことになった。


「部長は、この景色を見に来たんですね」

「は?」

「不甲斐ない私では頼りにならないと、それだけで大地(エルドラ)に来る気になったのかと不思議に思っていたんです。でも、少しわかりました。この景色は、ここでしか見られませんね」

「は?」

「だから、こんなことを言うのは、部長にとっては妙だと思われるかもしれませんが…、連れてきてくださって、ありがとうございます。私も、またこの景色を見たいです」


まだ夜も明けぬ頃にたたき起こされて、もう少し寝ていたかったのに、とぼやいた自分をエリーは恥じた。きっと自分一人では、陽が昇ってから起きだし、この景色を知らず、砂漠を渡ることになっただろう。


反省する気持ちもあったのか、やや困った表情に微笑みを乗せたエリーに、カイルはとたん脱力した。


「え、部長? どうかされましたか?」

「いえ、取り立てて何も。問題はありませんよ、エリシア・シュレイル」


青い瞳に剣呑な色を湛え、一本調子で言われて、そうですかと納得できるほどエリーは単純にできてはいなかった。どう見ても不機嫌だ。だがその理由を尋ねる前に、蜥蜴の胴が強かに蹴られた。


「うわ、え、わ! ちょ、いきなり!」


手綱をつかみ損ね、エリーの状態が前後に揺れる。その腹をぐいと掴んで支え、カイルは意地悪くその耳に囁いた。


「そうです、エリシア・シュレイル。私はこの景色を見に来ました。それだけです。他意はない。だからあなたは黙っていなさい。余計なことは言わず、沈黙を貫きなさい」


今何を言いつくろっても、火に油を注ぐことにしかならないだろう。それだけは、さすがのエリーにもよくわかった。いくら長くなろうが、許しが出るまでは黙っていよう。そう心に決め、唇を真一文字に引き延ばした。








そんな決心とは裏腹に、沈黙の命令が解かれるのは、意外と早かった。


「……大丈夫ですか?」

「……だいじょうぶ、です」


顔を真っ赤にしたエリーに、カイルが躊躇いがちに声を掛ける。

エリーは瞼の上に滴る汗を指で拭い、心配いらないと口角を上げた。


砂漠の温度変化は激しく、容赦なく照りつける砂漠の太陽が、常人のそれより低いだろうエリーの体力をじわじわ、いたぶるように奪っていく。

意図せず緩んだ手綱に、カイルの蜥蜴の歩みが遅れ、それに気づいたアルメダも速度を落とし並走する。


「慣れている私にも結構な暑さだからね、エリーには相当だよ。水は欠かさずに飲むこと。いいかい?」


アルメダの言葉に、エリーはゆるゆると頷いた。

虚ろなその目に、カイルがそっと手を置き、何事か呟く。ブゥウンと小さな振動音が鳴り、手を退けると、エリーは深い眠りに落ちていた。


「…この手の術は利くんです、彼女」


カイルはそう、自嘲気味に言う。アルメダは唇を噛み、嘆息した。


「――すぐに大地(エルドラ)勢力圏だよ。このまま行って大丈夫なのかい?」

「それは問題ないと思います。あるとしたら、むしろ我々の方でしょう」

「分かってるよ。だから聞いたんだ。カイル坊ちゃん、あんた(・・・)は大丈夫なのかい?」

「心配ありません。私は、ハイルエルフ一族に生まれた男子ですので」

「ふん、そうだったね。じゃあ心配はしないよ。さあ、エリーを渡しな。24歳の若造には、年若い娘の無防備な体は毒だろう?」

「それこそ余計な世話ですよ」


殺伐とした空気に怯える存在は今は眠っている。

二人はじっと睨み合い――引いたのはアルメダだった。鋭い視線が、ついと何もない砂漠へと向けられた。

カイルは意識のないエリーの身体を抱き寄せる。


「揺れていますね」

「影の足音だよ。砂漠の影デザルト・ディ・シャドウ

「旅人の身も影も、すべてを食らう青海(マーレ)特有の魔物、ですね」


カイルの補完に、アルメダは蜥蜴から飛び降りると、背中に負った大剣を紐解いた。ぱらり、と砂の上に薄汚れた布切れが落ちて、銀に鈍く光る刀身が現れる。


「ま、エリーならこう付け足すだろうね、」


口角をにやりと釣り上げて、振り上げた剣を豪快に右から左手へと薙ぎ払った。ぶん、と空が裂ける音がして、絶命の悲鳴と肉が避ける音とが混じり、やがて収束した。赤黒い飛沫痕が黄金の砂地を汚す。風が散らばった肉片を砂に隠し、腐臭に似た血臭をどこか遠くへ運び去る。


「おみごとです。それで、エリーならなんと言うんですか」

「そりゃあ、あれだよ。“アルメダさんの敵ではないですけどね!”だ」

「彼女にしては的を射たコメントです」

「ふん、まだまだだね。エリーは的を射た発言しかしないんだよ」

「それは嫌味ですか。聞いていたんですね」

「さあ、なんのことか。ま、ともかくいい景色が見られてよかったじゃないか。エリーと」


明らかなからかいの言葉に、カイルは自分の蜥蜴から荷物を一つ紐解いて、おもむろにアルメダに投げつけた。やすやすと受け止めて見せた彼女がまた憎らしいらしく、苦々しい面持ちで手綱を引く。

その腕の中で、エリーは静かな寝息を立てている。

アルメダは砂に埋もれつつある布きれを拾い、小さく笑った。


「楽しい旅になりそうだね、こりゃ」


戦闘描写は魔物相手に差し替え、盗賊フラグはどこへいったのと妹に突っ込まれたお話でした。行き当たりばったりな話ですみません。


読了ありがとうございました!

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