表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/40

25, 西へ(2)

お待たせいたしました。書き溜めていたものがようやく一話分に(遅い…)


休憩地にて一晩明かしたのち、エリシア・シュレイルら一行を乗せた蜥蜴は、再びレスレムへと向かう道を走り始めた。

開け放たれた客車の窓から滑り込むように吹き込んでくる、朝の比較的涼しい風に髪をそよがせ、エリシア・シュレイルは昨日と同じ席に座り、昨晩泊った宿で買った便箋に、熱心に書き物をしていた。


向かい側の席には、ルシアーノ・ケイトが腕を組んで座っていて、カリカリというペンを走らせる音の一つ一つに気分を害されたかのように、苛立たしげに眉を顰めたり、唇を噛んだりしていた。隣で、自らも便箋に向かい、時々エリーの文面を覗こうと身を乗り出すカナリーの、好奇心旺盛でキラキラとした表情とは対照的な、不機嫌一色のそれである。


「さっきから何書いてるの」


ルシアーノがそう問えば、リズミカルなペンの走る音がぴたりと止まった。エリーはそろりと視線を上げ、真正面から彼の不機嫌顔に相対することになり、条件反射のように申し訳なさそうな顔をする。ちらとカナリーのほうを縋るように見やったのは致し方のないことだ。手紙を書こうとしたそもそもの発端は、自ら小さな郵便屋さんを請け負ったこの少年の可愛らしい提案である。







昨夜、休憩地で宿を取った一行は、二組に分かれて泊ることになった。当然のごとくカナリーと同室になったエリーは、原因不明の不安からかすぐに寝つけないでいたのだが、すぐに眠りへの誘いが訪れないという点では、カナリーもまた同じ状況だった。

ごそごそと身じろぎを繰り返す互いの様子に、噴き出すように笑ったのははたして彼の方で、遠慮がちな可愛らしい声の「少しおはなししませんか」というお誘いに、エリーは迷うことなく飛びついた。


話は本当に基本的な自己紹介から始まって(カナリーはエリーの苗字すら知らなかったのだ)、それから今回の旅の話へと移って行った。

エリーはこの時初めて知ったのだが、カナリーは今までグラスベルを出たことがなかったらしい。今回の旅の計画が突然のものだったにもかかわらず、こうして旅のお供となったのは、未知の体験を目の前にして、どうしても参加せずにはいられなかったからだと、要約すればそのようなことを彼は言った。


参加について、両親よりも難色を示したのはやはり彼を溺愛してやまない宰相だったらしい。しかしカナリーが、忙しい叔父に外のいろんな話を聞かせてあげたいなと、おそらく、愛らしいおねだりをふんだんに詰め込んだ成果が実り、ペンダントを所持することと、毎日手紙を書くことで了承を勝ち取った。


初日は客車の中で眠ってしまったこともあり、翌日から書くつもりだと言ってから、彼はふと思いついたようにこう提案した。


「エリーさんも、お手紙かきませんか!」








そのような流れを舌足らずな口調で説明したのち、カナリーはやや自慢げに「《伝達》はじゅつのきほんちゅーのきほんですから!」と締めくくった。つまるところ、エリーの書いた手紙をも《伝達》することで、術の練習になると言いたかったのだろう。


「それで、二人して手紙書いてるわけ。移動してるだけだっていうのに、書くことあるの?」


ルシアーノは呆れ口調で、もっともな質問をした。蜥蜴に客車を引かせ、ただただ移動するだけのこの時間を、彼が旅の退屈な一工程としか認識していないのはありありと伝わった。

エリーはその言い様に、なんとも言えず苦笑を浮かべるばかりだ。彼の指摘はそう間違ってはいない。少年の「ぼくがお手紙おくります!」という有難い提案に頷いたのはいいものの、何をどうかこうか散々悩んだ挙句、取り留めのないことばかり書き綴っている現状がある。しかも宛先は――、


「で、カナリーは宰相様に書くとして、エリーは誰に書いてるわけ?」

「………ぶ、部長に」


別に用意した封筒には、すでに「部長へ」と付記してある。ちらとそれを見せながら答えたエリーに、ルシアーノはげんなりとした表情で盛大なため息をつき、平坦な声で息継ぎもせず言う。


「旅先からなんでまたレイランドさんに手紙を送ろうと思ったのかまったく理解できないね」


刺々しい一言に、エリーは困ったように視線を泳がせる。

正直に言えば、彼女自身、真っ先に部長の顔が浮かんだことが未だによく分からなかった。エリーにとって手紙は、叔母にあてるものしかり、“報告するための手段”との認識が強いのだが、やはり宛先は「何かを伝えたい人」に違いない。だれに書きますかとのカナリーの問いに、ふと浮かんだのが部長だったのが、エリーには不思議に思えてならなかった。


気軽な旅の便りならば、シルビア・ヘイリースランや、メルヴィル・サッカレーでもかまわないし、ギルドで帰りを待っているだろうトマでもいいはずだ。ただ何となく、彼女たちに楽しい旅の話を送るような心境ではなく、部長に何か綴りたい気持ちだったのかもしれない。


「ふん、まあいいけどね。仕事の一環だから、報告でもしようってそういうことでしょ?」

「え、あ、そうですね。でも、なんだか書いているうちに、取り留めのないことばかりになってしまって、」


そう言いながら、書き綴った文章を指でなぞる。

旅の合間に見た景色や、休憩地の描写、カナリーとの会話など、私的な報告の間をつなぐように、文字だけでは薄っぺらに感じられる任務への決意が書かれてあった。

流す様に読み返さなければ、恥ずかしさに顔を覆いたくなるほど、そこかしこから不安の色が読み取れた。弱弱しく恐怖感を抱いていることを匂わせ、手紙の向こうから慰めを期待するような、昨夜押し殺した不安をどうにか伝えようとする、そんな思いが感じられた。


――こんな手紙を、とエリーは唇を震わせる。


(こんな手紙を、部長に送ろうとしていたなんて)


思わず、はは、と乾いた笑いが唇の端から零れ落ちた。怪訝そうな視線が集まるのを感じながら、エリーは便箋を小さく折りたたみ、傍に置かれたバッグの中に入れると、新しい便箋を取り出してテーブルに広げる。

ふと無感動な表情のルシアーノと目があって、誤魔化すように笑みを張り付けた。


「やっぱり、もう少し文面を考えて、書き直します」

「ふーん」

「ルシアーノさんは、お手紙書かないんですか?」

「なんでおれが」


吐き捨てるように返したルシアーノの機嫌は、相当悪いらしい。朝からずっとこの調子だが、気づかぬうちに何かしてしまったのだろうかとエリーの脳裏によぎる。


「……あの、なんだか、すみません」


口を開けばそんなことを言っていた。

案の定、「なんで謝るの」と言わんばかりのきつい視線を向けてきたルシアーノだが、カナリーの「エリーさん」という場違いに明るい呼び声に、エリーと同じく、ついとそちらへ視線を動かす。


「ルシアーノさま、きゅうにおうちにかえることになって、ごきげんななめなんだって、ソムドさんが言ってました。ルミさまになんども「さとがえりしたら」って言われていたのに、ぜんぜんかえろうとしないから、かぞくのひとがたくさんしんぱいしておてがみを」


「カナリー、黙んなよ」

「え、でも」

「カナリー」

「ぎょい…」


きつく言われて、カナリーはしょんぼりと肩を落とす。ルシアーノは忌々しそうに御者の方を見やり、「ソムドめ…」と舌打ちした。それからホッとした表情のエリーを見やって、どこか拗ねたような顔をする。

その赤茶色の目にじっと見つめられて、エリーは困ったようにぎこちなく微笑んだ。


「えと…?」


「面倒くさかったからだよ、ただ単に、その、さ。帰るのが嫌だったとか、そういう感情的理由じゃないからね。かといって帰りたかったわけでもないから、………微笑ましそうに見るのやめてくれる?」


どうやら話を聞いているうちに顔がにやけていたらしい。指摘され、エリーはぐっと表情筋に力を込めた。ただ、言い訳をするルシアーノの顔は普段よりずっと幼く、もしかすると年相応の表情だったのかもしれないと余計な考えを抱いてしまうのは止められない。


そういえば彼の年齢を知らない。

ふと思ったと同時に、声に出して訊いていた。


「あの、そういえばルシアーノさんっておいくつですか?」

「は? なんでそんなこと」


ぎゅっと眉間にしわを寄せ、脈略のない質問に怪訝そうなルシアーノに、エリーは視線を彷徨わせた後、「興味があって」と適当な理由を口にした。

ぐ、とルシアーノの目が見開かれる。


「きょ…興味って、なにそんな、突然、おれに興味とか…」


淡く頬を染めた彼の背後で、尻尾がゆらゆら揺れている。何やらぶつぶつ呟いて内なる何かと葛藤している風に見えたが、エリーにはその原因がさっぱり分からなかった。

しばらく対応に困っていたら、悶えていたルシアーノがそろりと視線を上げ、普段の顔つきに戻り、ふと何かを思いついたようで、悪戯っぽい笑みを口元に浮かべた。


「先にエリーがいいなよ。おれだけ教えるのは不公平じゃん」


女性に年齢を尋ねるのはいかがなものかと思いながらも、訊かれて困る年齢ではないため、「21」だと素直に答えた。

そのとたん、再びルシアーノの目がぐ、と見開かれ、数秒停止した。


「……は? 21?」


思考回路が正常運転を再開したのち、ようやくそう絞り出すように繰り返したルシアーノの尻尾は、再びエリーが頷いてやると、ぺたんと座席に伏してしまった。


「あの、それで、ルシアーノさんは?」

「……いいたくない」


むっすりと頬を膨らませ、じっと睨みつけてくる。

それなら仕方がない。無理に訊き出すことでもないのだからと、エリーは「わかりました」とぎこちなく笑ったが、物分かりのいいその対応に、ルシアーノは不快そうに眉を顰めた。


「子供っぽいとか、思ったわけ?」

「え、何がですか? すみません、よくわからな」

「17だよ。17! てっきり年下かと思ったら、21とか反則じゃん…」


17の下。具体的に考えると少し怖い。

シルビアも、意外そうな顔をしていたから、自分という人間は年齢よりも幼く見えるのだろうとエリーは客観的な感想を抱く。


「そうですか、ルシアーノさんは17歳ですか」


背の高さや言動から判断するともう少し上だと思っていたが、これが17歳の肌艶だと改めてみるとなるほどと納得せざるをえない。時折見せる子供っぽい所も、年相応だったというわけだ。


「しみじみ言わないでくれる? ムカつく。子ども扱いとかしないで。おれ、エリーさんだなんて呼ばないからね」

「いえそんな、ルシアーノさん、私よりずっと頼りになるし、年齢とか、関係ないです。気にされていたのならすみません」

「べ、別に、気にしてるわけじゃないけど、……ねぇ、その、おれって頼りになる?」


そわそわと尻尾を揺らしながら、ルシアーノはそう確認する。

エリーが頷くと、まんざらでもなさそうに、ちらと視線を外し、何度か頷いた。


読了ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ