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ギルド受付嬢左遷物語  作者: 貴遊あきら
グラスベル編
26/40

22, 新たなる支部発足へ(2)

その後ギルドの方はどうなっている。


シルビア・ヘイリースランは赤くなったことを誤魔化す様に、早口にそう尋ねてきた。カリサ・フリードと名のった彼女の同僚騎士は、“ギルド”の言葉にやや反応を見せたものの、特に会話を邪魔する気はないようだ。



彼の前でギルドの話をしたとして、別段困ることはないだろうとエリシア・シュレイルは判断した。ある程度事情を知っているシルビアが彼を遠ざけないことや、大地(エルドラ)城に仕える近衛騎士であるという事実が、言葉を濁すことを躊躇わせた。

むしろ、新たなる問題――大地(エルドラ)二番目の支部をどこへ配置するかを問うには打って付けの相手ではないか。少なくともシルビアは、エリーの中で十分信頼に足る人物と認識されていた。


そのような思考を巡らせて、エリーは二人に相談を持ちかけることにした。もちろん、トマの力による情報伝達については伏せ、聖力(イルナ)特有のものだと濁しておいたが、不審に思われることはなかったようだ。

ただ予想外に、二人からの返事は期待したものには遠く及ばなかった。より利便性の高い連絡手段が構築されるなら、おそらくどの地域も必要とするだろう。二人の意見をまとめるとそのようになる。近衛騎士であるせいか、あるいは辺境にそれほど興味がないのか、改めてどこか選べと言われると浮かんでこないらしい。


「……役に立てなくてすまない」


シルビアはたいそう落ち込んだ。尻尾はもちろん、耳も力なく折れている。明日世界は滅亡すると宣告されたような、どうしようもない悲壮感が漂っていた。エリーは相談を持ちかけた自分を呪った。


「いやいや、まあ俺たちは近衛だからね。いいじゃん。知ってる奴に訊けばさ」


場違いなカリサの言葉ののち、二拍ほど沈黙が続いて、


「なぜそれを早く言わない!」


シルビアが冥界の縁より復活し、彼の襟元を掴み上げた。元気になったことに安堵すればいいのか、それとも本気で止めにかかったほうがいいのか、エリーは大変悩んだ。


「く、くるしいなあ。え、エリーちゃん、この暴れ狼、止めてくれないかなあ」

「暴れ狼とはなんだ! この軟弱ダークエルフが!」


うわぁ、関わりたくないなあ。エリーは本気でそう思った。






仕方がないので形ばかりの制止の声をかけたエリーに、シルビアは驚くほど素直に返事をした。カリサが小声で「何その変わり身の早さ」と瞠目して引いていたが、エリーは見なかったことにした。


暴れ狼と軟弱ダークエルフの攻防が収束すると、シルビアはエリーに騎士待機所への案内を買って出た。何のためらいもなく、先輩騎士でもあるカリサに「フリード殿はこのまま巡回を続けるように」と言ったのだから、エリーはいっそ尊敬の念さえ覚えた。

もちろん、カリサが唯々諾々と従うはずもない。なんだかそっちの方が面白そうだから、と彼もまた巡回を一時休憩することに決めた。



騎士待機所とは、大地(エルドラ)王下騎士団待機所の通称である。

グラスベル北中央に座す王城の足元に、王の最後の砦として築かれた、石造りの立派な建物だ。中は近衛騎士団と辺境警備騎士団それぞれの領域に区分され、武器庫や鍛錬場、独身寮もあれば、食堂も完備している。

さすがに危険物の多く所蔵された武器庫や寮内に入ることはできないが、待機所の敷地に入ること自体は、騎士の同伴があればそう難しくはない。

カリサがそう説明したが、「たぶんね」という曖昧な表現がいちいち付きまとい、エリーは不安に駆られた。文句をいう奴がいたら私がたたき斬ってやる、というシルビアの言葉がさらなる不安を抱かせた。


騎士待機所の入口には、堅牢な石造りの門の横に、深緑の制服を着た騎士が立っていた。門番の役目は平時の場合、新人騎士がローテーションを組んで当たっているらしい。

ぼんやりと空を仰いでいたその騎士は、カリサを見てハッと姿勢を改め、シルビアを見て顔をひきつらせた。


「お、お早いお帰りで…」


この様子から察するに、巡回に出てまだそれほど時間が経っていないのだろう。一人心配そうなエリーだったが、当人たちはまるで気にしていないようだ。


「客人だ。早く通せ」


シルビアの短い言葉に、新人騎士は喉の奥で悲鳴を上げた。ちらと、怯えた視線がエリーを窺う。


「彼女の保証人は、私、シルビア・ヘイリースランだ。それを聞いてまだ阻むつもりか」

「い、いえ、ヘイリースランさまのお知り合いでしたか。すみません、どうぞお通り下さい」


新人騎士はそう言ってそそくさと道を譲った。

たたき斬るような事態にならなかっただけ良かったと思うべきなのだろう。ありがたい気持ち半分、申し訳ない気持ち半分で彼に会釈して、エリーは先に門をくぐった二人の騎士の後を追った。


門から各施設までは蛇行する小路で繋がっているようだ。想像したよりも静かで、騎士らしき人影は今の所見えない。興味深げに辺りを見回すエリーに、今は巡回の時間だからねとカリサは飄々と説明した。


「さて、誰に聞くべきかな…近衛は微妙…となると、辺境の奴らが打って付けなんだろうけれど」

「フリード殿。確か先日ウィーロン殿が一時帰還したと耳にしたが…」

「ああ! そっか、アスカがいた。うっかり忘れてたよ。昨夜しこたま飲んだけど、大丈夫かな」


思い出したら頭が痛くなってきたなあ、と適当なことを言い出したカリサに、シルビアは冷たい視線を向けたあと、小さくため息をついてエリーを振り返った。


「エリシア、辺境に詳しい方がちょうど帰還しているようだ。そこの軟弱者とは違い、真面目で有能な方だから、きっと助けになってくれるだろう。おそらく今日も鍛錬場にいるはずだ。案内しよう」


「何から何までありがとうございます。あの、でも鍛錬場って、部外者が入っても大丈夫なんですか?」


「問題ないはずだ。どこぞの騎士が鍛錬すると言う噂を聞きつけ、黄色い悲鳴を上げる御令嬢たちが群がることもあった。団長にこてんぱんに伸されて散々な結果に終わったがな」


皮肉気に口元を歪め、シルビアはカリサを見やった。カリサは視線をあさってのほうへ向け、口笛を吹いている。エリーはぎこちない笑みを浮かべた。


「そ、そうですか、ではお邪魔します…」







向かった先、鍛錬場はさすがにまだ騎士の姿がそこかしこに見られた。周囲を壁に覆われただけの、青空鍛錬場だ。壁のあちこちには練習用の剣や槍など武器が立てかけてあった。騎士同士が向かい合い、剣や組手を交わしている姿は真剣そのもので、飛び散る汗が陽光に照らされキラキラと輝いている。


すでに午前中の稽古は終了し、今鍛錬に励んでいる者たちは自主練習をしているらしい。

熱心なんですねと思わず零したエリーに、強い日差しの降り注ぐこんな日に鍛錬をしているのはマゾっ気がある奴だけだよ、とカリサは小声でぶつぶつ呟いた。



鍛錬場の奥、そこに目当ての人物はいた。

地面に書かれた小さな円の中で、二人の騎士が剣を交えている。どちらも汗にうっすらと透けた生成り色のシャツに深緑のズボンを履き、似たような背格好をしていたが、思わずエリーの目に留まったのは頭に布を巻き付けた黒髪の男だった。やや痩せた、無駄のない筋肉の動き一つ一つに、あるいは相手を注視するその青い瞳に、エリーは呼吸も忘れるほど熱心に見入ってしまう。


断続的な剣戟の音が高く響き渡った次の瞬間には、両者隙を奪おうと睨み合いの沈黙が降りた。ザッと地面を蹴る音がして、舞い込んだ一陣の風が砂埃を立てたその時、キィンと耳触りの良い音が空気を割る。

二人の騎士の間で、どのような暗黙の了解があったのかは知れない。だが、その音を皮切りに、互いの表情がやや緩んだ。剣を下し、肩を軽く叩き合い、二三言葉を交わしてから円を出る。


「おーい、アスカ!」


絶妙なタイミングでカリサがそう声をかけると、頭に布を巻き付けた黒髪の男がふっと顔を上げた。カリサに気付き、軽く手を上げる。

その目がちらと隣にいたエリーに向いた。青い、夏の空のような瞳が自分を捉えたことに、エリーは思わず息を呑んだ。


耳を覆う艶やかな黒髪と、その青い目、頭に巻いた布に既視感を覚え、男から目が離せなくなる。その一挙一動がスローモーションのようにゆっくりとして見えた。はっと気づいたときには、額の汗を袖で豪快に拭うその男が、目の前に立っていた。


「……何か用か」


怖いほどに表情を殺し、男は耳触りの良いかすれた声でカリサに訊いた。隣にいるエリーが瞬きもしないで見つめてくるのが居心地悪いのかもしれない。時折ちらとエリーを見やって、再びカリサに、何か問いを投げかけるような視線を向けた。


「ちぇー、今度こそ二日酔いに苦しむアスカが見られるかと思ったのに。ぜんぜん普通じゃんか」

「………用がないなら」


男は小さくため息をつき踵を返そうとしたが、シルビアの言葉に立ち止まる。


「すまない、ウィーロン殿。実は少しお聞きしたいことがあるのだ。お時間よろしいか」

「…ヘイリースランか。――聞きたいこととは?」

「実はこの、わ、私の友人が、辺境の様子について尋ねたいと言うのだ。少々特殊な仕事についていて、その任務で相談があると言うのだが、生憎と私は辺境の知識が乏しい。どうか御助力願いたい」


そう言って、シルビアはエリシアの背を軽く押した。え、と我に返ったときには、怖気づきそうなほどに美しい青い瞳が、エリーをまっすぐに見下ろしていた。


「――相談とは何か」


ぱくぱくと口を開閉するしかできないエリーに、男は平坦な声で訊いた。ぎゅっと心臓を掴まれたような気がして、エリーはさっと視線を俯かせた。せわしなく左右に目を動かしつつ、おろおろと口を開く。


「あ、あの、その、は、初めまして、わ、私、エリシア・シュレイルと申します。あ、あなたのお名前は?」

「……アスカ・ウィーロンだ」


アスカ・ウィーロンさん。

エリーはそう心の中で反芻する。なんだかそれだけで随分な大仕事を片付けたような気になって、ほうと嘆息した。


「あのー、お話し中悪いんだけどさ、ここ汗臭いし、いったん外に出ようよ。エリーちゃんもなんだか緊張しているみたいだし」


それまで傍観を決め込んでいたカリサがそう提案すると、シルビアが「馴れ馴れしく呼ぶな!」と噛みついた。二人の攻防を呆れをにじませた表情で見つめるアスカの横顔を、エリーはそっと盗み見る。


(やっぱり、似ているなあ)


とても曖昧な記憶が、甘い疼きとともに思い出された。









辺境警備団の中でもとりわけ優秀な騎士が所属する巡回警備団――通称カイト。

アスカ・ウィーロンはその一員で、定められた期間ごとに辺境を回り、発生した魔物退治の任務に当たっているらしい。今回首都グラスベルに帰還したのは、ちょうど近くまで戻ってきたからだと言った。


シルビアたちの予想通り、彼は辺境の情勢に大変詳しかった。彼曰く、最近辺境のあちらこちらで魔物の発生が頻繁に起こっているという。もちろん、現地の騎士が対応できないわけではないが、その上昇率はここ数年とみに上がってきているらしい。

早めの対策を打つならば、辺境への騎士派遣を増大すべきだろうというのが彼の意見だった。ただ、騎士の数は限られており、王の守りである近衛の数を裂くわけにもいかない現状がある。万が一首都に魔物が発生した場合、対応に当たるのが彼らの仕事なのだ。


「辺境はここでは考え付かないほど、魔物の被害に怯えている現状だ。俺たちには魔物を退治するという任務があり、辺境の人々を守るまで手が回らない。彼らもそれを良く知っているから、俺たちにあえて頼ろうとはしない。俺たちが気づかない限り、彼らはただじっと魔物が去るのを待つだけだ」


「辺境の方々は、自分たちでは魔物に対処されないんですか?」


エリーの質問に、アスカは小さく頷いた。


「昔は村単位で退治に当たっていたらしい。だが今は、騎士の派遣も整備され、こちらに一任している感がある。小さな魔物ならば、どうやら自分たちで片付けているらしいとは聞くが」


「おそらく、遠慮しているんだと思うよ。騎士の中には威張っている奴もいるって聞くし、身内の悪口は言いたくないけどね。騎士としても、そう簡単に助けを求めるのは恥だと思っている部分もあるんじゃないの」


プライドって奴だよ、とカリサは他人事のように薄く笑った。


「ギルドというものが、俺たちと人々の溝を埋めるものになるのならば、少なくとも俺は歓迎したい。情報伝達の構築についてもしかりだ。……そうだな、俺なら新設の地は西を勧める。先日立ち寄った際、やはり例年と比べ、明らかに魔物の発生が増えていた。早急に現地から救援要請を受けられるならば、非常に有用だ」


「西、ですか」


「ああ、今回首都に立ち寄ったのも、西への派遣を増大するべきだと団長に進言するためだった」


「決まりだな。エリシア」


シルビアはそう言って、エリーの肩を叩く。


――大地(エルドラ)辺境――西。


まだ見ぬ地に、エリーはそっと思いを馳せる。

ちらと見たアスカの双眸が、どこか励ますように、ふっと僅かに緩んだ。


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