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プロローグ

「こんな主人公で始めてみよう」とノン設定で書き始めました。

恋愛ファンタジーになる予定です。

エリーには叔母がいる。偉大な叔母だ。




親愛なる叔母様へ


世の中力がすべてとは上手く言ったものですね。落ちこぼれ、地味女、日陰女。そう呼ばれるのも、この世の不条理さゆえと恨みつつ、まあ半分は諦めつつ、毎日を流されるままに生きています。


あなたに教えてもらった化粧品もダメでした。ようやく白くなった肌もまた、初夏の強い日差しに黒くなってしまうのでしょう。美白ブームが憎らしいです。また今年も、ダークエルフの混血なの? と揶揄されること必至です。むしろ混血なら、こんなにも平凡な容姿をしていないだろうと突っ込んでやりたいですが、相変わらずチキンなもので、愛想笑いばかり上手くなります。


仕事は、それなりにこなしています。昔から、努力することだけは一流だとあなたにも褒められましたが(褒めたんだよね?)、おかげで競争の激しい受付業務にも、成績は最下位ですが(だってみんなエリート受付嬢を頼るんだもの)、なんとかかじりついています。


聞かれるだろうから、先に言っておきますね。結婚の予定も、相手もありません。最初に上げた不名誉な称号を返上しない限り、奇特な人さえ現れないでしょう。







流れる様な筆致で、エリーは叔母への定期報告を書き綴る。毎度のことながら内容はそう変化に富んではいないが、叔母とっては楽しみの一つらしい。エリーにとっては、体の良い愚痴の吐き出し口となっていた。


きっと叔母のことだ。友達の少ない姪がふさぎ込むことがないよう、ガス抜きの意味もあるのだろう。もう二十をすぎた娘に過保護だなと思いつつ、息子たちそっちのけで紅一点のエリーを可愛がってくれた叔母のことを、世界で一番偉大な人だと尊敬しているし、愛していた。


難関のギルド構成員試験を受けることも、叔父や従兄たちの反対を蹴散らし、賛同してくれたのは叔母だった。受付部門は筆記試験のみで、問われるのは知識や計算能力だけだ。唯一合格の可能性があるその試験に受かったエリーは、勤務地である天空(シエロ)の首都、センティーレに暮らしている。


センティーレの街は、適応力の高いエリーにとってそれほど悪くはない場所だった。ただ、力のないエリーにとっては、人間の数が増えた分、競争社会の厳しさが増した分、故郷よりもよほど生きにくい。ネガティブながらも雑草根性だけは、イコール年齢の年月分鍛えてきただけあり、事なかれ主義と強く結びつき、それほど大きな問題を起こすことはなかったけれども。



「はあ」


力、力、力。世の中それがすべてだ。


神の創りたもう、人間をはじめとした聖なる生き物の楽園――天空(シエロ)

選ばれた者には、強大な聖なる力が宿る地。

この地に生まれた者は例外なく、ある一定量は持つことの許されるその力―聖力(イルナ)は、エリー、エリシア・シュレイルには宿っていない。その力を抱く器が、彼女には備わっていなかった。




「エリー! エリシア・シュレイル!」


耳に心地よいテノールも、こう毎日飽きもせず叱責ばかり受けていたら嫌になるものだ。ちらちらと同僚たちから視線が向けられ、エリーは居心地悪そうに体を竦めた。


ギルド本部受付ホールは広い。天井も高い。入口の左右に建てられた石柱は白く輝き、見事な彫刻が施されていた。そのちょうど中央を、仕立ての良いローブをまとった、すらりとした体躯の男が歩いてくる。輝く金の髪は長く三つ編みにされて肩に垂れ、柔らかな前髪は緩やかな風に揺れる。


受付ホールの端、なぜか一際暗いエリー担当の第13受付窓口からも、彼の神々しい姿は良く見えた。白磁のような滑らかな肌に、整った容貌、先の尖った耳は、ダークエルフの対と言われるハイルエルフの特徴だ。聖なる生き物の筆頭ともいわれる彼らは、老若男女問わず美しく、高聖力保持者(イルミナ)が多い。

攻撃術も回復術も、彼らは呼吸をするかのようにあっさりとやってのける。それらもすべて、心の内で難解な呪文を唱える余裕と明敏さを必要とするのだから、たとえ自分に聖力(イルナ)があったとしても、同じようにはできなかったかもしれないな。エリーはそう自らを慰める。


道行く者たちがうっとりと彼を見つめる中、エリーは一人、堅い笑みの奥でげんなりとした表情を浮かべる。さもありなん。怜悧な彼の美貌に埋められた一対の青き瞳は、射られた矢のごとく、まっすぐエリーの愛想笑いに向けられていた。

毎度のことながら、嫌な予感しかしない。エリーは努めて冷静に書きかけの手紙を隠す。わざとらしく机に手を組み直したそのとき、閑古鳥の鳴く第13窓口に、久々の人影がかかった。


「私の呼ぶ声が聞こえなかったのですか、エリシア・シュレイル」

「い、いえ。返事が遅れて申し訳ありません。レイランド部長」


きびきびと答えたが、相手は何が気に入らないのか、眉を顰めた。


「相変わらず非協力的ですね。我らが受付部門の親睦を深めるために、今月は何をするか目標を掲げたはずですが」

「は、あ、いえ、やはりその、私ごとき矮小な者が部長をはじめとする素晴らしい方々の名前をお呼びするなど、とてもとても、恐れ多くて……」


男の名前は、カイル・レイランド。受付部門の恐るべき部長である。他の受付嬢は親愛をもってカイル様と呼んでせっせと親睦とやらを深めているようだ。エリーとしては、彼女らに睨まれるより、“レイランド部長”の呼称を固持して部長本人に嫌味を言われる方がずっとマシだった。


「父のことはアラン様と呼ぶくせに、よくもまあいけしゃあしゃあと」

「アラン様は、えっとその、今月の目標が掲げられる以前に、レイランド部長と同じ苗字だから呼び分ける必要があるだろうということで、呼称を変える許可を頂いたのです。他の皆様もそうしていらしたので……」


受付嬢だけではなく、ギルド構成員の誰もがそう呼んでいるので。

そんな意味を込めたが、カイルは何を言っても気に入らないようだ。そのうち、私の存在自体が気に入らないからと左遷されるのではないか。エリーは不安を覚える。


「…あくまで自分を卑下したいのならば、父のことをレイランド本部長とでも呼べば、」


さて、本日彼はどのくらいの時間この場に留まっているのだろうとエリーは思考を飛ばす。こうなれば、カイルの話など右から左だ。文句を言うのも疲れるだろうに、毎日毎日教育熱心なことだ、と適当に相槌を打ち始める。


通称“エリートバッジ”を制服の胸ポケットに着けた受付嬢たちは、ちらちらと二人の様子を窺っていた。エリーには嘲笑を、カイルには媚びるような、それでいて美しい花のような笑顔を向けることを忘れない。同時進行で、列に並ぶ冒険者や市民の応対をしているのだから、コミュニケーション能力は申し分なかった。


受付業務と一口に言っても、煩雑な手続きを伴う一般事務、依頼受付、魔物に関するものを含め有用な情報の売買、またそれらを利用した冒険者相手の相談など、業務内容が多岐に及ぶギルドのそれは他の仕事より高い能力を要求される。

最低ラインが、エリーの合格した採用試験だ。それに受かれば、ギルド受付係の肩書を手に入れることができる。そこにギルド全体の部門にも適用される聖力(イルナ)計測試験合格証を上乗せすれば、合格証保持者を示すエリートバッジをつけることが許されるというわけだ。


エリー以外の本部受付嬢はみな、これを持っているというのだから、エリーの特異さと仲間外れ感はどうしたってぬぐえない。エリー本人としても、就活初年度に本部就職してもうすぐ一年だが、どうして自分がこの場に座っているのか時々ふと不思議に思うことがあった。願わくはこのまま、二度目の夏を迎えたいものである。


「まぁまぁレイランド部長殿。小言はその辺にしといたらどうだい。客だよ」


ぽん、とカイルの肩に手が置かれ、彼に遅れること数秒、エリーもそちらを見やった。


「わ! アルメダさん!」


興奮気味に立ち上がったエリーに、カイルは苦々しい表情だ。

そんな二人に微苦笑し、久しぶりだねと手を上げたのは、鍛え抜かれた抜群のプロポーションを惜しげもなく露出した女――アルメダだ。

春夏秋冬問わず、タンクトップにホットパンツ、赤茶の髪を一つに結い上げ、凶悪な大剣を背負う姿で目撃される金の目の女は、ギルド認定ランクの上から二番目、Aランクに所属している凄腕の冒険者だ。数少ない第13窓口の常連でもある。

偉大なる叔母さんの気性とどこか通じるところがあって、エリーはあっさりと彼女に懐いた。アルメダも、理由は分からないがエリーを気に入ったらしく、依頼を受けるのは決まって彼女の窓口だ。忙しい身らしく、会えるのは良くて月に一度なので、エリーはいつも再会の喜びにひどく興奮してしまうのである。


「お怪我はないみたいですね。ホントによかったです。お帰りなさい! 辺境の方はどうでしたか?」

「ま、あんまり変わらないね。でも、青海(マーレ)を挟んで向こうはちょっと、きな臭いみたいだ」

大地(エルドラ)…。そういえば最近、あちらにも頻繁に情報部が飛んでいるみたいなんです。ここだけの話ですけど」

「聞こえていますよ」


カイルの言葉に、エリーはぎこちなくそちらへと笑い誤魔化そうとしたが、カイルの形相は鬼のようだ。


「本当に、あなたという人は…!」

「ははは、エリーは相変わらず怒られているみたいだね」


ちら、とカイルを見やってアルメダはエリーの頭を撫でる。


「別に、怒っているわけではありませんよ。彼女があまりにも聞き分けがないものだから、」

「そうかいそうかい。まあ、もうそのへんでいいよ。エリーに報告書を出したいからね。さあ行った行った」


適当にあしらわれたカイルは、視線をアルメダからエリーに向ける。じろりと睨むように見て、エリーが愛想笑いを浮かべると、はあ、と盛大なため息をつき、そのまま踵を返して受付の奥へと消えた。


「相変わらずだねえ。あの坊ちゃんも」


年齢不詳のアルメダは、カイルを時々そんな風に呼ぶ。エリーの知る限り、ギルド本部責任者アラン・レイランドと知己らしい。カイルがそうであるように、アランもまた高聖力保持者(イルミナ)で、高ランク冒険者だったと聞いたことがあった。


「仕方がないですよ。なんて言っても受付業務は花形ですし、身分不相応を嫌われているのは良くわかっています。左遷されないだけマシですよ」


諦めの滲んだ口調で言えば、アルメダはどこかおかしそうに笑った。


「ああ、悪かったね。エリーを笑ったんじゃなくてね。いやいや、力だけが世の中すべてじゃないさ。まぁでも、エリーが左遷されたら、私もそっちに拠点を移そう。どうだい、心強いだろう? 他の奴らだって、きっとそう言うさ」


冗談めかしたアルメダの言葉に、エリーも思わず笑ってしまった。


「私がどこか辺境に飛ばされたらどうするんですか? アルメダさん、菓子イライザのファンですよね」


菓子イライザは、天空(シエロ)でも有名な、センティーレギルド本部前に在る菓子店だ。アルメダは大の甘党で、新作が出るたびエリーを誘い、毎度ワンホールは平らげてしまう。頑固な店主の決め事なのか、チェーン展開していないのが、ファンにとっては中々辛い所だ。


「それを言われると辛いねえ……」


どうしようかと唸るアルメダに、本当に優しい人だとエリーは思う。閑古鳥の鳴いていた受付に、空いているからと並んでくれたのが最初の出会いだった。精いっぱい対応して送り出した彼女が、また来たよと笑ってくれた顔は忘れることができない。自分という人間は換えが利く。左遷されたとして、アルメダには痛くもないだろうに、不安がる自分を励ましてくれているのだ。


「ありがとうございます。アルメダさん。でも私、どこへいっても、なんとか頑張ります」


要は慣れと我慢だ。辺境の地に部長はいないだろうから、むしろストレスは減るかもしれない。そんなことを思いつつにっこりと微笑む。アルメダは少し困った顔をしたが、同じように笑ってくれた。


「そうか、それはなんとも心強い言葉だね」


そう言ったのはアルメダではない。


「アランじゃないか。本部長様がこんなところで油を売っていていいのかい?」


エリーがアランの実力を垣間見るのはこんなときだ。いつの間にそこにいたのかと、まるで気配を感じさせない。


「こ、こんにちは、アラン様。何か問題でも、」

「いやいや、エリー。カイルと一緒にしないでくれたまえ。久しぶりにアルメダの声が聞こえたから寄ってみたんだよ」


外見において、アランとカイル親子は良く似ている。アランの白銀の髪を金に変えて、歳を二十ばかり若くすればカイルが出来上がるだろう。ただ、その性格は天と地ほどの差がある。エリーにとっては、やはり本部長は偉い人なので、その朗らかな性格があっても、少々気後れしてしまうことがあったが。


「うそつきだね」


アルメダがにやりと笑う。


「ばれたか」

「え、やっぱり何か不具合があったんですか」

「いやいや、エリー。それは違うよ。エリーはいつもよくやってくれているじゃないか。でなきゃアルメダがそこにいるわけがない」

「はあ」


分かりやすいお世辞だな、とエリーは怪訝そうな面持ちだ。

アランはおもむろにローブの合わせ目に手を突っ込み、ごそごそと何かを引っ張りだした。そしてそれを、エリーに手渡す。


「なんだいそれは」


アルメダが不審そうに訊くと、アランは何も言わず肩をすくめた。二人の様子を窺いつつ、エリーは渡されたもの――筒状に丸めた紙の紐を解く。生成り色のそれは、重要報告書など特別な時に使用される紙だ。なんとなくだが、嫌な予感がした。開いてみて、そこに書いてある文字を読んで、絶句した。


「エリー。なんて書いてあったんだい?」


ひょいとアルメダが覗き込む。そして彼女もまた目を見開き、


「はああああああああ?」


そう叫ぶのも致し方ないことだ。受付の中に入り込み、アランの首元を掴みたくなるのも無理はない。


「なんだいこれは! ふざけるんじゃないよ!」


「いやいや、ふざけてなんかいないよ。列記とした通達だ。本気と書いてマジ、みたいな感じだね」

「ふん、私は騙されないよ。あんなところに支部があるとで、」

「あるんです」


ぽつり、とエリーが呟いた言葉に、アルメダは続く言葉を失った。


「あるんです。支部。正確に言うと、つい最近発足したんです。大地(エルドラ)王の許可を得て、実験的に配置するという名目で」


絶望感たっぷりに、エリーは説明した。アランが「エリー、よく知っているね…」と別の意味で目を瞬かせた。


大地(エルドラ)

神のつくりたもう、闇を司るものたちの楽園だ。天空(シエロ)の辺境地帯を抜け、青海(マーレ)と呼ばれる、死した大地――すなわち砂漠を越えた場所に在る。

距離的な問題、種族的な違いもあり一般市民には近づきがたい場所だ。いやむしろ、関わりたくないというのが天空(シエロ)に住む者たちの本音だろう。


――無いのだ。彼らにとって、空気と同等に必要不可欠なものが。


頭の中の知識を引き出して、エリーは手にした辞令がどうして自分の所に来たのか嫌に納得できた。






辞令



センティーレ本部受付部門構成員 エリシア・シュレイル


大地(エルドラ)ギルド支部 受付業務に任ずる








親愛なる叔母様へ


未だ混乱の最中にありますので、取り急ぎ、お伝えしなければならないことだけ。

世の中やはり力がすべてです。もし、私にほんの少しでも力があれば、こんなことにはならなかったと思います。ですが、強く生きていくことが、私のやるべきことだと、あなたに教わりました。流されるままに生きてきましたが、もう少し遠くまで流されることになったようです。



あなたの姪 エリシア・シュレイルより


読了ありがとうございました!

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