別れで始まる物語
放送の原稿用なので描写はかなり大まかです。
何かを思い出したように目が覚めた。
しかしその何かはまるで水蒸気だったかのように霧散してしまう。
頭が重い。
ふと俺の頬を伝うものに気付く。
そっと拭うと自分の瞼から流れ出ているようだった。
泣いていた。 ただただ泣いていた。
その涙の理由など分からないままに。
頭がすっきりとしてくると辺りの異常さに気付いた。
俺の部屋ではない。
おそらくここは病院だろう。
ここの匂いは独特だからな。
その後病室に入ってきた看護師によって親がよばれた。
そのころになるとだいぶ目も冴えてきていて俺は自分が事故にあったことを思い出していた。
大型のトラックと衝突したのだ。 しかし何故か怪我はしていない、俺は自分が思っているよりも頑丈に出来ているのかもしれないな。
しかし何も外傷が無いのは気味が悪い、そう感じた。
俺は順調に回復し、というより初めからどこも悪くなかったのですぐに学校に通いだした。
記憶障害のような類のものも見当たらなかったらしい。
クラスのやつらには俺に話しかけたいのに話しかけれない、そんな感じで距離をとられた。
そんなに気にしなくてもいいのに。
朝のSHLが始まっても俺の後ろの席には誰も座らなかった。
そしてなぜか俺はそいつのことが思い出せない。
病室で目が覚めたときと同じ感覚に包まれていた。
その後、特に何事もなく放課後を向かえ帰宅した。
飯をくい、ネットに潜り、風呂に入る。
その後今日という日にお別れを告げた。
夢。
ここは夢の中だ。 あの日以降毎晩寝るたびに同じ夢を見る。
女の子、それもとてもかわいい。
俺は知らないはずのその子に不思議な親近感を感じていた。
とても仲がよかった、なぜかそう思う。
この夢はその女の子がひたすらに口を動かして終わる。
何かを喋っているようだが俺の耳、あるいは脳には何も捉えられない。
そして俺も喋ることができない。 身動きすらとれないのだ。
女の子の口が閉じられる。
夢は、ここで覚める。
次の日、俺は朝から父に連れ出された。
学校がサボれるのであればどこにいくかなどどうでもよかった。
俺の乗った車が止まる。
そこは葬式会場のようだった。
誰の?俺は尋ねた。
するときゅっと唇をかみ締めた父親が、
「……お前が一番よくわかってるんじゃないのか」
静かにそういった。
口調はしかられているときのそれだったが、
俺を睨むその瞳には、怒りの影は見当たらなかった。
椅子に座るとすぐに葬式は始まった。
俺はつまらなくてすぐに眠たくなった。 不謹慎かもしれないが誰か分からんやつの葬式だ、興味がわかないのも無理がないだろ?
次第に箱の中とご対面の時間になった。 最後にお別れの挨拶をするのだ。
何の気もなしに俺はそれに近づき中を覗いた。
多くの花に埋もれた少女の姿を見たときに衝撃が走った。
……夢の中の、女の子だ。
俺はその場で崩れ落ちた。
なぜだ、なんなんだ、意味が分からない。
俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
現実を理解することが出来なかった。
ふと、床に小さな手紙が落ちているのに気付く。
俺はそれを拾い椅子に戻り、内容を確認したときは会場を飛び出していた。
睡眠薬を購入し服用、その後すぐに身体が重くなった。
また同じ夢の中だった。
しかし今日の俺はいつもと違う。
喋れるかは分からないが動ける、そして手紙を持っていた。
少女の口にあわせて読み上げる。
「健一、覚えてる? あはは、覚えてないよね。
私が健一の記憶を消したんだから。
事故にあった日、私たちは一緒に歩いていたの。
私と健一はね、幼馴染なんだよ。
小さいときからいつでもどこでも一緒にいて、どんなことでも一緒にやって、些細なことで笑ったり、喧嘩したりするそんな関係だったんだ。
私は健一を庇って死んじゃったの。 でも健一がそのことを覚えていたら健一は自殺してしまうかもしれない。
そんなことを考えていたら神様が出てきたんだ。
そして願いを叶えてくれた。
私が思っていることを叶えてくれた。
健一は私のことを忘れた。
……でも、私は心のどこかでそれが嫌だったみたいでね、健一の夢の中に出てくるようになちゃった。
事実を知った健一はどんな気持ちになるのかな。 悲しんで、くれるのかな。
めいわくに、思うのかな。
私は事実を知ってしまっても健一には強く生きてほしいんだ。
私は命を懸けて守りたい、そう思うほど健一のことが大好きだったんだから。
健一には簡単に命を捨ててほしくない。
それに私、後悔してないから。
自分の大好きな人に、自分の命を捧げられたんだもん。 満足だよ。
悲しい思いをしちゃったらごめんね。
あんまり生きられなかったけど一生分の幸せはしっかりと受け取ったよ。
とても……暖かい日々だったね
生まれてこれて、あなたと出会えて、一緒に生活して、ホントにホントに幸せでした」
俺は、泣いていた。
すべてを、思い出していた。
世界で唯一、愛していた人物の名を叫ぶ。
声は、届いたようだった。
目を丸くしたかと思えば、赤くなり、次第に泣き出し始める。
かわいいやつだよ、ホントに、お前は。
そしてあいつは口を開く。
泣いたまま綺麗に笑っている。
声は聞こえなかったが、何を言っているのかは確かに分かった。
今までありがとう、またいつか……会えるといいね。
今日も一日が始まる。
似合っていないおろしたてのスーツに袖を通し部屋を出る。
そっと玄関に立てかけられた彼女に話しかけた。
おはよう、いってくるよ。