「お前がいると空気が悪くなる」と追放された毒舌斥候、実はパーティーに不可欠でした
多くの冒険者パーティーが集うギルドの中で、一人の男が大声を上げた。
「アベル、今日でお前をこのパーティーから追放する!」
突然の宣言に、周囲にいた冒険者たちが何事かと振り返る。
名指しされたアベルは、驚く様子もなく男へ視線を向けた。
「理由をお聞かせください、剣士さん」
剣士は指を突きつけながら言い放った。
「簡単だ! お前がいるとパーティーの空気が悪くなるんだよ!」
アベルは呆れたように肩を落とす。
「そんなくだらない理由で追放とは……。日々、貴方のことは無能だと思っていましたが、本当の無能に格上げしましたよ」
「なんでお前はこの場に及んでまだ毒舌なんだよ!?」
「だって私、嘘つけないんです。素直なもので」
悪びれもせず答えるアベルに、剣士の顔がみるみる赤くなる。
「協調性なし! すぐに意見に反論する! そんなやつ、いらねぇ!!」
剣士が怒鳴ると、アベルは小さく息を吐いた。
これ以上、彼と話しても無駄だと判断したのだろう。アベルは剣士から視線を外し、他のパーティーメンバーへ顔を向けた。
「タンクさん、貴方もこの無能な剣士と同意見ですか?」
タンクは気まずそうに頭を掻いた。
「……アベルが優秀なのは知ってる。それでも、言い方が常日頃から鼻につく。だから……」
「貴方、最年長のくせにじれったい言い方をしますね。そういうところが、ムカつくんですよ」
剣士が再び怒鳴る。
「アベル、年長者を敬えよ!!」
タンクは痛いところを突かれたように、苦笑を浮かべた。
「……はは」
アベルはそんな二人を一瞥すると、今度はヒーラーの女性へと向き直った。
「ヒーラーさんのご意見は?」
ヒーラーは腕を組み、アベルを睨みつける。
「アンタさ、なんで嫌味な言い方しかできないの?」
「嫌味? 本音です」
「本当に苛つくね、アンタ……」
アベルは鼻で笑った。
「態度だけがデカい女性ですね」
「アンタ、今なんて言った!?」
ヒーラーが声を荒らげるが、アベルは気にした様子もない。
そして最後に、パーティー内で最年少の魔法使い、ミレイへと視線を向けた。
「魔法使いさん、貴方は」
ミレイが控えめに口を開く。
「……アベルさんは、言い方はきつい方です。でも、指示は的確で、魔法の指摘もしてくれます。だから、追放は考え直したほうが……」
彼女はアベルの言葉が厳しいことを理解していた。それでも、ダンジョンで何度も危険を回避できたのは、アベルの指示があったからだ。
しかし、剣士はミレイの言葉を聞くと、首を横に振った。
「ミレイ、お前は優しすぎる。こいつは幾度となく俺のダンジョン探索を邪魔した」
「身の丈に合ってないからやめなさいと言い続けただけです。それを邪魔と言いましたね」
アベルは剣士を見つめ、淡々と続けた。
「では、お望み通り、ここから消えますよ」
ミレイが思わず声を漏らす。
「そんな……」
アベルは荷物を手に取ると、引き止める者がいないことを確認するように、パーティーメンバーを順番に見回した。
「さようなら。一週間後、あなたがたが生きているかどうか、楽しみにしていますよ」
そう言い残し、アベルはギルドを後にした。
残された四人は、しばらくの間、何も言えなかった。
☆ ☆
未踏ルートのダンジョンが発見された。
剣士たちのパーティーは、アベル抜きでそのダンジョンへ挑むことになった。アベルの代わりとなる人員は、誰一人として用意していない。
それでも、剣士は何の不安も感じていなかった。
仲間たちと共にダンジョンの奥へ進んでいくと、やがて宝箱を発見する。
「おお、宝箱だ!」
剣士は嬉しそうに駆け寄った。
「アベル抜きでダンジョン探索は楽しいな!」
そのときだった。
床が濡れていることに、タンクが気づいた。
さらに、どこからともなく水音が聞こえてくる。
『……床が濡れていて、水の音が聞こえてきたら触手モンスターに気をつけて』
かつてアベルから聞かされた忠告が、頭の中によみがえった。
しかし、気づいたときには遅かった。
「うわ!! 触手モンスターだ!!」
床の隙間から、無数の触手が伸びてくる。
「無理無理! どうすればいいの!?」
「た、助けてくれ!!」
触手がヒーラーとタンクの足や腕に絡みつき、パーティーは一気に混乱へ陥った。
剣士は必死に剣を振り回しながら、魔法使いのミレイへ叫ぶ。
「ミレイ、お前、火の魔法が使えるだろ! 燃やしてくれ!」
「いえ、ダンジョン内で火を使えば、皆さんにも危険が及びます!」
ミレイは迫りくる触手を見ながら、冷静に状況を判断した。
「ここは水の魔法を使います!」
「水だと!? そんなもので倒せるのか!?」
「ウォーターショット!」
ミレイが杖を向けると、勢いよく放たれた水の弾丸が触手へ命中した。
水圧によって触手が弾き飛ばされ、絡みついていた仲間たちの身体が解放される。
「……え?」
剣士たちは、呆然と触手を見つめた。
「おお! すげぇな」
「ありがとう、ミレイ」
「ミレイちゃん、さすがだな!」
仲間たちから次々と称賛され、ミレイは小さく頭を下げた。
「……はい」
けれど、素直には喜べなかった。
「(アベルさんに以前、教えてもらったからできた……)」
火の魔法しか使おうとしなかった自分に、アベルは魔法の性質や状況に応じた使い分けを何度も教えてくれた。
その教えがなければ、今ごろ自分たちはどうなっていたのか。
ミレイは、助かった安堵と同時に、胸の奥に複雑な感情を抱えていた。
しばらくダンジョンを進んでいくと、ミレイは床に残された小さな足跡を見つけた。
その瞬間、以前アベルが足跡から魔物の種類や数を推測していたことを思い出した。
「これ、ゴブリンの足跡です。気をつけたほうがいいですよ」
ミレイが足跡を指差すと、剣士は軽く笑った。
「ゴブリンなんて低級でしょう? だったら、なんとかなるでしょう」
「ですが、慎重になったほうが……」
「大丈夫。俺が守ってやるよ、ミレイ」
剣士は自信満々に胸を張った。
「……」
しかし、ミレイは周囲の様子を警戒していた。足跡の数が一つや二つではない。しかも、進行方向の奥から、かすかな物音が聞こえてくる。
「……ゴブリンが、大量にいます。引き返しましょう」
タンクはミレイの忠告を聞かず、先へ進んだ。
「俺が見に行ってくるよ。ちょっと待ってて」
しばらくすると、タンクの表情が強張った。
「……絶対にこのルートはやめよう。この奥には、ゴブリンの巣があった。今すぐ、引き返さないと……」
慌てて戻ってきたタンクに、ヒーラーが怪訝そうな顔をする。
「アンタ……盾に、ゴブリンいるわよ」
「……え?」
見ると、小型のゴブリンがタンクの盾にべったりと張り付いていた。
タンクが慌てて盾を振り、ゴブリンを払いのける。だが、ゴブリンは地面に落ちても怯むことなく、そろそろとこちらへ走ってきた。
「うわわわ!!!」
「逃げろ!」
「やだやだ! こんなところで死にたくない!」
パーティーは一斉に来た道へと走り出した。
ミレイも後ろを振り返りながら逃げていたが、やがて懐からピンク色のポーションを取り出した。
「これを……!」
ミレイは、逃げてきた道へポーションを放り投げた。
瓶が床に落ちて割れると、甘い香りが周囲に広がる。
追いかけてきたゴブリンたちは、その香りを嗅いだ途端、恍惚とした表情を浮かべた。そして、先ほどまでの勢いを失い、ポーションの香りが漂う周辺を、ふらふらとさまよい始めた。
「ミレイ、今のポーションは?」
「あれはモンスターを引き寄せる興奮剤です。あれで一時的に足止めをしました」
すると、ヒーラーが指摘した。
「そんなことをすれば、ポーションの効果が切れたら危なくない?」
タンクが不安そうに言った。
「ミレイちゃん、俺たちを危険にさらしてねぇか……」
剣士もミレイへ冷たく言い放った。
「俺の指示無しで勝手なことをするな」
ミレイは足を止め、彼らを振り返る。
「だったら、仲間を守る行動をしてください」
「ミレイ……」
ミレイ自身も、こんな強い口調で仲間に言い返したのは初めてだった。
けれど、忠告を聞かずに危険へ進み、いざというときには自分を責める。そのくせ、助かれば何事もなかったかのように振る舞う。
そして、もう一つ思い出した。
『念のため、これを覚えておいてください。使う機会がないことを祈ります』
それは、アベルから教わった簡易魔法だった。
苦手としている風魔法だったため、ミレイは頭の片隅に置いていただけだった。ここまで命の危機に陥ることがなかったので、詠唱もすっかり忘れていたのだ。
しかし、今は思い出した。
「テレポートを使います。私の近くにいてください」
ミレイが告げると、剣士は驚いたように目を見開いた。
「お前にそんな魔法が使えるのか? 座標を間違えれば、とんでもないところに飛ぶぞ」
ミレイは剣士を睨みつけた。
「だったら、来ないでください。私はこのままゴブリンのエサにはなりません」
剣士が言葉を失う。
ミレイは仲間たちが自分の近くに集まったことを確認すると、杖を掲げた。
「地上へ続く風の道、我らを帰還させよ!」
詠唱が終わると、周囲を風が包み込んだ。
次の瞬間、視界が大きく揺らぎ、ミレイたちはダンジョンの入口付近へと転移していた。
「助かった……」
地面に座り込んだ剣士が、荒い息を吐く。
しばらくして落ち着くと、剣士はミレイへ向き直った。
「ミレイ、さっきは焦っていたとはいえ、酷いことを言った。悪かったな」
「ミレイちゃん、いつの間にあんな魔法を覚えたんだ?」
「これからはアンタがパーティーに必要不可欠ね、ミレイ」
仲間たちは口々にミレイを褒めた。
ミレイは小さく頷いた。
「……はい」
褒められたのに、素直には喜べなかった。
自分の忠告を聞かずに危険へ進み、危機に陥ってからは自分を疑い、助かった途端に手放しで褒めてくる。
その一連の流れを経験して、ミレイはようやく理解した。
「(……アベルさんの気分、多分これなんだろうな……)」
アベルがいつも嫌味を言っていた理由が、少しだけわかった気がした。
ダンジョンから戻った剣士たちは、疲れ切った様子でギルドへと帰ってきた。
誰も大きな怪我はしていなかったが、顔には疲労と恐怖が色濃く残っている。
先ほどまで浮かれた様子は、まるで遠い昔のことのようだった。
そんな彼らを、ギルドの入口で待っていたアベルが見つけた。
アベルは彼らの姿を眺めると、口元に薄い笑みを浮かべた。
「おや、生きていましたか。偉いですね」
剣士が苦々しげに名前を呼ぶ。
「アベル……」
アベルは気にした様子もなく、彼らの疲れた顔を順番に見回した。
「貴方、私の言ったことを全部無視しましたよね」
「……」
「ゴブリンの足跡も、巣の存在も、危険なルートも。私が何度も説明したことばかりです」
剣士たちは、何も言い返せなかった。
アベルはそんな彼らを見て、肩をすくめた。
「まあ、これに懲りたら、身の丈に合った場所へ行くんですね」
その言葉には、心配や慰めなど一切含まれていなかった。
ただ、当然の結果を告げているだけだった。
「さようなら、無能さんたち」
「……」
剣士たちは、反論することもできずに黙り込んだ。
アベルはそんな彼らに興味を失ったように背を向け、そのままギルドの奥へと歩いていった。
ミレイは、ギルドの奥へ歩いていくアベルの背中を追いかけた。
やがてその背中が近づくと、ミレイは大きな声で呼び止める。
「アベルさん、お待ちください!」
アベルが足を止め、振り返った。
「どうかしましたか?」
「貴方のおかげで、ダンジョンを脱出できました。ありがとうございます」
アベルは、さほど気にした様子もなく答えた。
「もしかして、テレポート魔法のことですか? お役に立ててよかったです」
「これから、どうするんですか?」
「考え中です。どうしてそんなことを?」
ミレイは一度だけ言葉を詰まらせた。
しかし、すぐに顔を上げ、アベルをまっすぐ見つめる。
「私、アベルさんとパーティーを組みたいんです」
「……私ですか?」
「はい」
ミレイは、胸の前で手を握りしめた。
「アベルさんは、私の魔法適性を見抜いて、テレポート魔法まで教えてくれました。私はこれまで、色々なパーティーにいましたが、貴方ほど的確にアドバイスをしてくれる方はいませんでした」
そこで、ミレイは少しだけ視線を落とす。
「……元パーティーのメンバーだった私を、気に入らないと思うかもしれません。それでも、お願いします」
アベルは、ミレイの言葉を聞いて小さく息を吐いた。
「貴女が気にすることではありません。あのパーティーでは、貴女は最年少でしたからね。意見も言いづらかったでしょう」
「……はい」
「それに、私の教えを実行してくれましたね」
ミレイは、アベルの言葉に小さく頷く。
「はい」
「私は大人数での活動には向いていません。なので、バディなら構いませんよ」
「本当ですか?」
「ええ。ただ、いいんですか? きっと私のそばにいれば、変な噂が立ちますよ」
アベルは、自分の性格が原因でこれまで何度も揉め事を起こしてきたことを、まるで他人事のように語った。
ミレイは、それでも迷わなかった。
「それでも、アベルさんは私の適性を見抜いて、色々と教えてくれました」
ミレイは、アベルを見つめる。
「……だから、おそばにいさせてください」
「なんか、告白にしか聞こえませんが……いいですよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「では、一緒に行きましょうか、ミレイさん」
「はい!!」
ミレイが嬉しそうに返事をすると、アベルは満足そうに頷いた。
「フフッ。私の相棒になるんです。覚えてほしい詠唱が山ほどありますから、しっかり覚えてくださいね」
「え?」
「まずは、あんな簡易的なものではなく、国中を移動できるほどのテレポート魔法を習得してもらいます。頑張ってください」
ミレイの顔が、わずかに引きつった。
「く、国中どこでも……?」
「では、特訓しますよ。ついてきてください」
「は、はい……」
こうしてミレイは、アベルの相棒となった。
ただし、その初日から待っていたのは、和やかな冒険者生活ではなく、過酷な魔法の特訓だった。




