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勇者リリス

増やす薬と減らす薬

掲載日:2025/11/01

私はリリス。十七歳。

去年の春からこの町、ボンチーに住んでいる。


雪に閉ざされ、心身共に脅かされる冬が終わり、町中のいたる所で白と黄色の[壱番花]と呼ばれる樹花が咲いている。


教会前に植わる壱番花の開花後、最初の休日である今日、迎春花まつりが開催された。

長い冬篭りに飽きていた私は、その情報を頼りにウキウキしながら町中へ繰り出した。


しかし、私が知る祭りとは何かが違う。

何とメインイベントが、炊き出し!


派手に飾り付けた木造のモニュメントを燃やして暖をとったり、どこかで楽器の演奏も行われている。

が、祭り主役は各家庭から持ち寄った冬篭りの保存食を振る舞う、大規模な炊き出しである。


町民の流れに沿って、迎春花まつりのメイン会場である教会へ足を踏み入れる。

炊き出しの列に並び、自前の木椀を差し出せば、具だくさんのスープが注がれる。


「はいよっ、冬の間はどんな塩梅だった?」


そんな問いかけで、住民の様子を確認して行く。

なるほど、祭りというより大規模な定期健康診断か。


「想像よりもドカ雪で驚きました」

「そりゃー大変だったな。お嬢さんは最近町に来た人か? 調子の悪い者は建物の中で回復を授けているが……、手指は問題無さそうだな。出来るだけしんどそうな奴に譲ってもらえるか?」


お椀を抱える両手指を見て、問題無いと判断されたようだ。


それもそうか。

家事の大部分を他者に任せる宿暮らしの私と違い、一般的な家事の大半は手仕事と水仕事。冬場の水仕事で手指にダメージのある者は多いだろう。


「あの、見学はできますか? 田舎村では、回復魔法を見た事がなくて……」

「見るだけでいいのか? そんなら入口の、受付に訊いてくれ」

「はい。スープも、ありがとうございます」


田舎者を装って回復魔法を見学を願い出たら、あっさり許可された。

回復と呼ばれる医療魔法は、実質的に教会が独占しており、今まで見る機会が無かった。


早速、入口へ。

と、その前に。


「あつっ、うまっ」


お椀に注がれた熱々のお汁をいただく。


複雑なハーブとスパイスの風味の汁。出汁の抜け切った乾燥肉だった物体と、ふっくらと戻った滋味の残る乾燥野菜。白と黄色のモチモチした小麦の練り物は腹にたまりそうだ。


ああ、コレは花びらか。白と黄色に色付けした具材を壱番花の花弁に見立てている。炊き出しなのにお洒落な演出だ。

じんわりと身体の内から温まる施しに、心の中で感謝の言葉を述べる。


完食。


腹も膨れた。

さて、行こう。


教会の入口前に設営された受付で回復魔法の見学許可を貰う。

静かに扉を開けて入室すれば、天井の高い広々とした大部屋。大きな空間を衝立と布で区切り、内にベッドやソファを置いてある。


区分けた小さな部屋の中に、凝った意匠の服を着た人物が二人。いかにも役職がありますと示す佇まいの金髪と茶髪。おそらく回復魔法使いだろう。


金髪の居る区画は問診中。老人と対面して何か話している。

もう一方の、茶髪の人は回復魔法の詠唱中?


ふわり、中空に現れる若葉色の光球。ソフトボールぐらいの大きさの球に患者が近づく。

ゆるく拝むようなポーズで差し出した手指が光球に埋まる。光球は徐々に小さくなる。乾燥でバキバキにひび割れ、血肉が見えていた手指が、綺麗に修復されて光球から出て来た。


「……治った」


思わず、言葉が漏れた。


立ち位置を移動し、問診中だった金髪の区画に注目する。

足に怪我があったのだろう。患者の横には杖が置かれている。


既に回復魔法の詠唱は終り、テニスホール大の光球が弾むように患者の左右を行き交う。足元で反復する光球は徐々に小さくなり、元の半分程に縮んだ後、動きを変えた。


小さくなった光球は、患者の身体を下から上へらせん状に周回し消滅。


「なるほど」


これが教会が施す回復魔法のクオリティ。

光球は回復エネルギーで、回復すると減るのだろう。かかる時間は体感で一分超。おおよそ二分弱。目の前で見た光景を考察する。


立ち上がり、回復を担当した金髪の手を握った患者。

己の腕に抱き込むようにして、頭を下げている。


古い流儀の礼かな?


お大事に。微かな声が響き、金髪区画の患者が退室してゆく。

隣の茶髪の区画には、既に三人目の患者が入っている。


続けて三人目、四人目の回復魔法を見学し、外へ。


「お大事に。お帰りに門横のホットワインかとろみ湯をどうぞ」

「ありがとうございます!」


何食わぬ顔で門横の飲物をもらい、教会の祭り会場を後にした。


そのまま、たき火のある大広場へ。


大広場の前を横切る大通りの先には、古代ローマ神殿風の石造建築。巨大な柱の隙間から流れてくる音色は、高音の弦と低音の笛。どこか懐かしい、お正月の定番曲を連想させた。


「あー。緊張した」


何せ色々と秘密の多い身だ。

諸々すっ飛ばして要点だけ伝えると、私は召喚勇者だ。


故に、希少スキルの回復魔法も使える。


だが、この世界の魔法による医療行為は教会が独占している。安易に回復魔法を使えば教会に目を付けられる気がして隠していた。今日、実際の回復魔法を見て自分の慎重な判断は正解だったと実感する。


先ほど教会で見学した回復魔法と比較して、私の回復魔法は光球サイズ、回復速度、共に倍以上。つまり規格外のプロ品質。

うっかり人前で使ったら、教会に強制就職コースに違いない。


性格的に責任感の無い私には、ちょと、いや大分合わない職業。職業倫理とか社会的立ち位置が高すぎる。

例え給料がよくても、心から遠慮したい。


「人の人生を左右する医療行為。何と責任の重いことか」


大広場の外れ、空いたベンチに腰をかける。遠目には白く輝く雪山が見えた。


このボンチーの町は山裾にあり、山地と平地のいい所を上手に活用して発展した地域だ。国内や近隣国には[花と薬草の町]として知られている北境の町。


真っ白に染まった雪山から吹く風が、あらゆるものを冷やしてゆく。

ぬるくなったホットワインを口に含めば、ドライフルーツの甘さと酸味。薄くとも主張するワインの味わいが頼もしい。



◇◇◇



この世界は、百年前後の間隔で魔王と勇者が現れる。


より正確には、現地生れの魔王が完成?成熟? 兎に角、一定以上に成長すると[魔王]が誕生する。それと同時期に魔王を滅ぼし得る唯一の人族として[勇者]が異世界から召喚される。


今代勇者が私、リリス。


神様によれば魔王は完成間近で、私の召喚後、十年程度の間に誕生するそうだ。


勇者適性のある魂がタイミングよく天に昇って来たので、先行して勇者の召喚を行う。先ずは剣と魔法の世界に慣れて欲しい。魔王誕生までの間は自由行動だ。


そんな言葉を餞別に、人里離れた森の中にリリースされたのが一昨年の春である。

つまり、現世界で三度目の春を迎えた。


勇者三年目の抱負は、魔王誕生の神託に気を配りつつ、魔大陸という魔王がいる場所の情報収集を行うこと。

普段は生活費を稼ぐ為に、冒険者ギルドの弱小冒険者として活動したり、写本の副業もしている。


ちなみに、勇者の使命は成長後の魔王に触れる事。


対になる存在に設定した[勇者]が[魔王]に触れると、魔王の力が安定するそうだ。人族には全然知られて無いけど間違いない。ソースは私を召喚した神様なので。


魔王を滅ぼす?

勇者のスペック的には出来る。けど、やる気は無い。


平和ボケした純正日本育ちに、戦争も人殺しも無理寄りの無理だ。もし難なく生命のやりとりを受託する同郷人がいるなら、余程覚悟の極まった大物か、善悪基準がぶっ壊れてるに違いない。


教会の説法やお伽噺で「魔王討つべし! 滅ぼすべし!」と刷り込まれている人族は少し心配だけど。


私の目指す勇者は、地味で目立たない隠遁系だ。

勇者だと知られず、勇者の使命を果たすつもり。


召喚前に神様と相談して造られた私の身体は、身長やスタイルは大衆に埋もれる特徴の無い造形だ。顔も少しアジア寄りの平凡フェイス。目標に従って、暗躍や隠棲に役立つスキルを山盛り盛り込んでいる。だからきっと大丈夫!



◇◇◇



花が咲いた!


やっと来た春を寿ぎ、ボンチーの町中では迎春花祭りが行われているが、人間の体感ではまだ寒い。それでも一度屋外へ出てしまえば案外動けるもの。


宿に篭っていた冬期、作り溜めた薬を持ち冒険者ギルドを目指す。今年初の納品だ。


祭りの日でもギルドは通常営業していた。

ギルド併設の酒場には酔った常連達が屯しているようだ。


「こんにちは。納品に来ました」


日本人にお馴染みの配色、こげ茶の髪に黒目の、冴えないおっちゃんが座るカウンターに声をかけた。

去年の夏前に大都市から左遷されて来たという中年男だ。


「ああ、アンタか。えーっと……」

「おっふっ、越冬してる間に名前を忘れられた?」

「す、すまんっ「リリス、リリス、です」」


食い気味に、名前を繰り返す。


早速、やってしまった。

私はコミュ障だ。当然あるべき会話の間が掴めないタイプ。自覚はある。


「そそうだった、リリスさん。どの依頼だ?」

「回復ポーション下級、と、毒消し」


冒険者ギルドの常設依頼は受付に直接納品できる。

一般的な依頼のような細々とした条件の確認 ―冒険者ランクや必要遂行人数、達成条件、日時や報酬などの諸々の打合せ― が無く、コミュニケーションが苦手な私のお気入り依頼だ。


「有り難い。どれっ、出してくれ」


カウンター越しの椅子に座り、肩掛け鞄と腰のホルダーからポーションを抜き、毒消しも出す。


「下級回復が三十八、毒消しが十」

「はい、間違いなく」

「ギルドタグを。依頼完了の処理と報酬を用意する。待ってな」


席を立った受付のおっちゃんは、奥の部屋へ入っていった。


この中年男の受付をよく利用する。気に入っている理由は、空いているから。

逆にいうと、美人受付嬢の窓口は、圧倒的大多数の男冒険者で混雑する。世渡り上手な彼女達の雑談に偽装した詮索が苦手なのもある。偶に謎の女子力マウントもあるし。


いや、おっちゃん相手でも雑談自体はある。

おっちゃんが独りで勝手にべらべら話して、雑に相槌を打つだけのでいいので、苦にならない。


「?」


奥の部屋から戻って来たおっちゃんは、面白い表情になっている。

読み取れる感情は、悲しいと困った、だろうか? 味わい深い。


「アンタのランク査定がひどく下がってた。な、何をやったんだ?」

「あー、秋の大型依頼? 何か大勢で森に入って色々収穫するの。断ったから?」

「あれ? アレを断った? う、嘘だろ?」

「採取ぼっちは集団行動が出来ない。人の輪からはみ出す常連。絶対揉める」

「お、おうっ」


ひとつ溜息をついたおっちゃんは、そんなんじゃ友達が出来ないだとか、俺の娘も病弱で友達が居なくて心配だとか、定例の独り語りをはじめた。


いや、仕事しろ?

冬の暇な時期なので特に注意もしなけいど。


自慢じゃないんだがなぁ~、と、はじまったのは大都市から左遷された理由。

何とおっちゃん、冒険者ギルドのお金を横領をしていた。


白昼堂々、悪事を語るなっ!


おっちゃんの語る所、この金銭の横領には理由があった。

病弱ボッチの愛娘さんが患う[魔力過多障]の医療費を工面する為だったそうだ。


このボンチーの町は薬師が多く住み、教会は定期的に無料で癒しを施すが、教会の施しにも地域差がある。左遷前におっちゃんが住んでいた都市は、回復魔法は有料でしかも高額だった。


医療費が払えなければ娘は死ぬ。

ギルドの金を横領しても直ぐに俺や娘が死ぬことは無い。そんな究極の選択で悪事に走ったらしい。


魔力過多障とは、体内で発生する魔力が多い者が幼少期になる難病。


未成熟な子供は自身の魔力が制御できず、魔力が体内を傷つけたり他者の魔力に干渉する。最期は溜まりに溜まった魔力が暴走する。しかし、体内で発生する魔力が過剰なだけで、本質は病気では無いので治す術が無い。


魔力過多障の子に出来ることは、暴走した魔力が実害を与えた後。

治療や賠償。いわゆる事後対応だけ。


おっちゃんの娘は内包魔力過剰系なので、被害は本人だけで済んでいるが、放出魔力過剰系の被害は洒落にならないらしい。特に首都の貴族街は被災ポイントだと、要りもしない雑学を披露してくれた。


だから、おっちゃんさぁ。

報酬金とタグ、サイドテーブルに置きっ放しよ。はよおくれ。


「お薬が、無い?」


えっ?

何その顔。


心底馬鹿にしている。と、おっちゃんの目が語っている。


「だって、魔力ポーションあるよね?」

「アンタ馬鹿か。それは、減った魔力を増やすポーションだっ」


この世界にはステータス画面、その中に表示されるHP・MPなどの生命の基本情報が存在する。


魔力のステータス画面上の表記が[MP]である。HP・MPはゼロでもギリギリ死なないけど、ほぼ動けないので死んだも同然。そういう理解し易い数値があるので、減ったHPやMPを増やす薬、HPポーション、MPポーションが存在する。


私が今回納品した下級回復ポーション ―傷や損傷を治す水薬― にも副次的にHPが増える効果がある。


「増やせるなら、減らせる?」

「はぁ? はぁぁぁぁ?」


目を剥いて、驚きと呆れを含ませた声を上げるおっちゃん。


心外だ。

こっちが驚きと呆れで発奮したくなる。


この世界の人達は、妙な所で思考が停滞していると思う。

ボンチー町に来て一年弱。この世界に来て丸二年程度の私が思い付くのだ。なぜ、今まで開発して無い?


「私、魔力を減らす薬草に、心当たりありますし?」

「まっままま、マジ?」


おっちゃんが声を潜める。

倣って、こちらも小声にする。


「あー、お試ししてみる?」


と、軽く水を向ければ、「とととーぜんだ、やるっ、やるぞ」と鼻息を荒くして、真剣な表情で迫って来る。


「初回と、その後一月ぐらいは治験。つまり詳細な使用の情報提供が対価、で、よろしい?」

「よしっ、よしっ!」

「でも、その後。定期的にってなったら……、どうしよう?」

「さっき話した事情で、か、金が無い」


正直者めっ。

でも、嫌いじゃない。


先ほどやっと名前を知った受付のおっちゃん、ヘブル氏はギルドの金を横領し、降格左遷されてボンチーの町へ来た。毎月のお給料から賠償額がを天引され、ギリギリ家族を養える程度の収入状況だそうだ。


金の無いご家庭から毟り取るほど、拝金主義者では無いが……。


「効果が見込めなければ、お試しで終了ですから後回しに」

「お、おうっ!」

「それよりも秘密厳守でっ。私、目立ちたくないし、冒険者のランクも上げたくない。これ絶対です」

「マジの変人冒険者か? いや、それで構わない。よっ、よろしく頼むっ」


言葉で合意しつつも、私の冒険者らしくない要望に、更に目を剥くヘブルのおっちゃん。


眼球、乾くぞ。



◇◇◇



やるべき事が出来た。

冒険者ギルドを出たその足でボンチー町を出て山の麓へ向かう。


歩きながら鞄からナイフを出して腰に下げる。防寒と防御を兼ねた頭部の装備品、帽子とゴーグルとマスクが一体化したような革製品を身に付ける。未だ休眠している生物も多くとも油断はよくない。


雪の残る平野を抜け、登山道の脇を進む。心当たりの草 ―魔力を吸着する性質がある― を見かけた水辺へ向かう。

山の大半はまだ根雪が張り、じわじわと溶けた水が沢に溢れ飛沫いていた。


「あった。鑑定!」


[トッタル草]

 水辺を好む禾本草。若干甘い。

 葉に触れると極微量のMPを吸い取る。

 葉は若いほど吸収値が高く、古くなるほど低くなる。

 吸収量はMP総量に対する相対値。


私の鑑定スキルは、神様謹製のユニークスキル鑑定なので情報量が多い。スキルを貰う時に、詳細な情報は絶対必要だとお願いしたら即席で創ってくれた。


通常スキルの鑑定は、ステータス画面に表示されないスキルレベルによって情報量に差が出るそうだ。多分、下段の情報ほどスキルレベルが必要なはず。


「やっぱりコレか。普通の鑑定は一行目しか見えないのかな?」


[トッタル草]

 水辺を好む禾本草。若干甘い。


うむ。この鑑定情報なら、誰も注目しない雑草だ。


[トッタル草]

 水辺を好む禾本草。若干甘い。

 葉に触れると極微量のMPを吸い取る。


ここまで見えるスキルレベルの鑑定持ちなら、有効活用できる。

私がふわっと思い付いたぐらいだ。魔力を減らすポーションも既存薬だったりするのでは?


「とりあえず、多めに採取っ」


省エネ採取魔法、ではなく鑑定と風魔法の合わせ技を発動。

両岸に見えるトッタル草を満遍なく採取。若芽と若葉、枯れ草も少々。採取袋に詰め、すぐさま直帰する。


水辺に沿って下る途中、冬眠明けの寝ぼけカエルを見付けた。


背後から急所を一撃。沢で身を締めながら腸を処理する。

そのまま背負うには手足が長いので、膝裏へ棒を入れ、脚を畳んで縛る。カエルを吊った天秤棒を担いで登山道から平野の小路へと戻って来た。


胴体だけで一メートルぐらいあるカエルを担ぐ姿は滑稽だが、花より団子だ。


冬篭り中、宿の食事は干肉だった。飽きないように色々な調理方法でローテーションしていたが、それでも二ヶ月近くほぼ毎日干肉だ。いい加減、肉肉しいジューシーなお肉が恋しい。


無事にボンチーの町へ戻った頃には、既に薄暗くなっていた。


春祭りのシンボルらしき派手に飾り付けた丸太は、丸一日かけて燃え崩れ、灰がちに姿を変えていた。

大広場に据えられた祭りの名残を横目に、定宿へと急いだ。


宿の厨房に獲物を預け、夕食時間ぎりぎりに滑り込む。

食堂で宿泊客用の食事を平らげる。本日も安定の干肉入り。食後、熱々のお茶を片手に二階の個室に入る。


部屋全体と自分自身に清掃魔法。

戸を施錠した後、防音と防寒の魔法を施す。


「教えて、カリバー先生!」


神様にもらった異世界知識スキル、カリバー先生に呼びかける。

前世の日本で身近にあった、検索先生とAIを合体したような、異世界人用のユニークスキルだ。


「>魔力減少 ポーション」

>>該当なし


「無いのか……」


それもそうか。

MPポーションは胃や内粘膜から吸収される時に、魔力が体内に取り込まれる。逆の効果を求めるなら、余剰魔力を吸ったトッタル草成分が、再び体内に吸収されては意味が無い。


「体内に入れた成分が、排出される薬。なら、下剤?」


いやいや、女子としてそれは許せない。

他に身体に入って、外へ出す薬となれば……。


うがい薬?

ちょと局所的か?

まあ、お試しだ。頭部だけでも、効果が出ればいい。


「>トッタル草 魔力吸収」

>>トッタル草は魔力を吸収する性質がある。吸収値は個人のMP総量の相対値。若芽0.8%、若葉0.2%、成長した葉で0.08%


「低っ!」


吸収量が極微量すぎて、今まで誰も気付けなかった?


先ずはトッタル草の魔力吸収が、魔力過多障に本当に効果があるのか試すとして。

トッタル草の若芽だけ使えば、理論上、うがい五回で四パーセントの魔力減少効果が見込める。


「うがい液は、管理と日持ちが不安。なら粉で、水に溶かす」


最小限の手間で拙速にうがい薬を作る。技術も何もないトッタル草青汁の粉が出来上がった。


低クオリティでいい。

私は薬師になる気は無いし、薬品作りは趣味、


素材と効果が明確になれば、用法や性能などは後発薬が改善するだろう。異世界の常識は知らないけれど日本の新薬は、必ずジェネリックな後発薬出るイメージなので。


「よしっ、完成! 明日が晴れか曇りならギルドと本屋に行こう。悪天候なら再冬眠ねっ」


明日の予定が決まった。

本日はここまで。おやすみなさい。



翌朝。

寒の戻りというのか、ぶり返した寒さに防風仕様の外套を被って食堂へ降りる。


厨房に挨拶をして、朝食を受け取る。

今日の献立はステーキの包み焼き。


食事中、裏通りに面した宿の二重扉が開けば、朝食目当ての来客とともに、冷たい北風が音をたてて入り込む。


「外は強風。今日は冬眠だね」


この宿での冬篭り期間は、今月末までだ。

日中に活動する時期は朝食なしの一泊一食にしていたが、冬篭りの現在は朝夕二食付けている。


久々のジューシーなステーキは、昨晩私が持ち込んだカエル肉だろう。ぶ厚い小麦の衣に包まれた芋とステーキ。添え物のピクルスを合間につまみながら、ハイカロリーな朝食を味わう。


ふと、テーブルに影が落ちた。


「よぉリリス、お前、草以外も刈れたのか。肉、旨かったよ」


声の主は冬の間に親しくなったマハトール。同じ宿で冬篭りをする長期滞在客の一人だ。本人はうだつの上がらないDランク冒険者を自称しているが、新人の指導と引率に定評のある、経験豊富な防御型の戦士だ。


もしかして、採取専門と思われてる?


その認識も当然か。私は採取や収穫、町中の雑用など生殺与奪が絡まない依頼ばかり受けている。


冒険者のランクは新人のFランクからはじまり、Aランクが最高だ。Eランクまでは明確な昇級規定があり、依頼達成数が増えれば誰でも昇級する。


Dランク以上への昇級は査定や課題がある。


簡単な人物査定。採取や戦闘力、調査依頼を完遂可能な知識と基礎学力などが試されるそうだ。Bランク以上への昇格は更に色々と条件があるらしいが興味も無いので、何か面倒、とだけ覚えている。


正直な所ところ、勝手にギルドで評価してくれ。と思う。


だが、冒険者ギルドから昇級勧告が出ると、昇級にあたりギルド幹部と面談を求められる。私のようなコミュ障には、根回しや先読みは難しい。相手の考えを推し測り、融通や忖度する。過去の貸し借り。そういう形の無い物を前提にした会話が理解出来ないのだ。


コミュニケーション能力を要する昇級の条件が私に合わない事と、Dランクから受託可能な指名依頼のデメリット ―無闇に断るとペナルティがあり最悪の場合、冒険者ギルドを除名になる― が大きいのでEランクを堅持したい。そういう思惑もあり、討伐関連の能力はなるべく隠している。


「冬眠明けで寝ぼけてたからね。でも、町まで運ぶのは重かった。私、頑張りました」

「祭りの日から仕事再開か? 熱心なのはいいが、怪我の無いようにやれよー」

「はーい」


マハトールは軽く手を上げ、談話室、食堂の奥にある暖炉近くのスペースへ去っていった。


本日も無事に完食。

ガッツリな朝食にも慣れたとはいえ腹が重い。部屋に戻って食休みに読書をする。



◇◇◇



昼すぎ。風が弱くなった。

窓から見える生垣は、静かな佇まい。


冬篭りを止め、一度外出したら身体が活動したがっていると感じる。


躊躇う前にササッと厚着を重ね、外出装備を身に纏う。耳当て帽子と手袋をしっかりはめ、部屋の鍵をかける。防風カーテンを潜り、二重扉を通って寒空の外へ出る。


最初の目的地は本屋だ。

定宿のある裏通りからの道のりを頭に描いて歩き出す。


私が召喚されたこの世界は、西洋の中世と魔法文化が混じったような世界だ。厚みのある装丁本は貴重品で、出版や複製はアナログな手描きである。紙それ単体は手に入りやすいが、厚みのある獣皮紙が主流。数枚を角で綴じた娯楽や流行の情報冊子、一枚もの巻物本は手ごろな値段で庶民にも出回っている。


一応、印刷技術はあるが国家機密だった。おそらく版画のような技術で印刷されている。

同じ書式が大量必要な行政文章やギルドの依頼書は、その国家機密で刷られているそうだ。


「こんにちは。写本を承っているリリスです。納品に来ました」

「はい、お世話になっております。奥へどうぞ」


店番に用件を伝えれば、慣れた様子で奥の事務所へ通される。


このボンチー町の本屋は娯楽や流行本の貸本、写本に新規出版まで手広くやっている大店だ。在庫が豊富で毎回目移りしてしまう。

「本が読みたい。借りたいのにお金が無い」などと店先でぼやいていたら、写本のアルバイトを勧められたのが去年の初秋ごろ。


「こんにちは、写本の納品です」

「はーい、本の題名は何でしょう?」

「『山の花卉 開花図鑑』『薬学入門』『ボンチー町周辺の薬草一覧』の三点」


このボンチーの町は花と薬草の町として栄えている。山側には汎用性の高い薬草が繁茂し、平地に建てられた温室で様々な観賞花が育てられている。自然と薬師や花卉業の者が多く集まり、田舎ながら風通しのよい町である。


そんな地域特性から、薬学や花関連の本の需要は多い。


「わぁ、ありがとうございます。そちらは主任が担当です! むこうの扉を出てぇ。右の筆耕室へ直接お願いしまーす」

「主任は、アグラト様?」

「そーでーす。絵入りの写本はアグラト主任の担当なんですよぉ」

「教えてくれてありがとう。行くね」


写本を引き受ける際に、絵画スキルあるとアピールしたところ、カラー絵図を中心に写本を依頼されるようになった。高価な画材も本屋から支給されるので、それなりの信用を得ている。と自負している。


ちなみに、絵画スキルは神様が付与したのではなく、前世の能力を反映したスキルだ。日本の私、というか小学校の教科はだいたいスキルになっている。絵画の他に算術・図工・歌唱スキルもある。


「こんにちは。アグラト様に写本の納品です」

「おおおー、きた、救世主っ!」

「うーん、何言ってるか解りませんね。はい是。納品完了のサイン下さい」


気安い掛け合いをしながら、納品用の写本と、借りていた原本を揃えて置き、納品完了のサインを求める。


初回納品時に偶然事務所に居たアグラト様が、挿絵をガン見した後「こいつは俺の部署が貰う!」と高らかに宣言した時からの付合いだ。最初は四苦八苦しながら真似ていた挿絵や図版だが、気付けば模写スキルが発生し、今は苦もなく写せるようになった。


スキルってそんな簡単に発生しないのに……。

神様謹製ボディか、急成長する勇者のポテンシャルのお陰だろう。マジ感謝。


職業技術系スキルは、適性のある一般人が修行と研鑽を重ねて数年で発生。十年続けても発生しなれば適正が低いと判断されるそうだ。


「おいっ! 検本だ、急ぎで頼む。で、次はどのぐらい出来る?」

「ぐいぐい来るなぁ。次は今月末まで六日分。月末か月初の納品予定」

「おいおい遠慮するな。こっちは常時クッソ繁忙期だ。一年分ドーンと依頼出来るぞ。どうだ? 金は出す。頼むから暇な時間と休みをくれぇっ」


ブラック企業?

ブラック職場なの?


静かに首肯する筆耕室の職人の隈の濃さよ。

アグラト様のオイリーな肌とくたびれ具合から、常時締切りに追いわれている様子が見て取れる。


確かに全体が花の絵で占められる『山の花卉 開花図鑑』は、色数が多くて結構な手間だった。だとしても、だ。写本に最適化された筆耕室は作業効率は良いはず。安宿の、体重移動でカタカタ鳴る机で作業するより遥かに効率よく写本作業を熟せる。それでも終わらないのなら、仕事量か人手を調整するべきでは?


「絵描きが、少ない?」

「絵と図もそうだが、文字も問題でな。花卉も薬学入門も第二言語の専科文字があってな」


この世界の文字は表音文字の基本言語、いわゆる平仮名みたいなものと、表意文字の第二言語がある。

前者は数字含めて約百文字。

後者は通常が千文字、専科が千五百文字、古語が三千文字。


ステータス画面は基本言語で書かれているので、この世界に文盲は存在しない、と思う。


役所や冒険者ギルドの依頼表は、雛型部分に第二言語が混在する。生活で必要な第二言語[通常]は約千文字。しかも大陸内共通で使われている。これさえマスターすれば他国でも読み書きに問題無い。一日に三文字覚えれば一年後は普通文字マスター。楽勝では?


「該当するの数個ですし、図表の枠線とか罫線と同じで、押し型作って貸し出しては?」

「それだっ! それだぁぁぁっ!」


頭上に拳を大きく振り上げ、勝鬨の声をあげるアグラト様。


いやいや、ちょっと待て。

枠線と罫線は、以前からスタンプを彫って使ってたよね?


寝不足で、頭働いてない?


「次の写本はコレ? 全十二頁、色絵付き。あっ、色粉も揃ってる。準備よすぎない?」

「色絵を任せられる写本士は少ない。どうだっ、専属にならんか? ちょとだけ、祭りまでの期間限定でいい、頼むっ!」

「なりませんねー。原本貸出のサインはこちら。では皆様、作業効率の為にも、夜はしっかり寝て下さい」


そういう礼儀は無いけど、ペコリと反射的に会釈をしてしまう。

筆耕室を退室。事務所に戻って報酬を受け取り、建物の外へ出た。


今回の納品は冬篭りしていた二ヶ月分である。ずっしりと重い懐に、何か自分にご褒美を買おう思案する。


「本屋の専属かぁ……」


偶然誘われ、流されるようにはじめた写本の副業。受けた理由は報酬と知識欲だった。

本を読む楽しみは、カリバー先生とは別物なので。


写本はどんなに細かな文字や絵も、細部まで丁寧に仕上げる作業だ。日本のデスクワーク時代を思い出す完成度が求められる。

この世界基準だとクソ細かい。でも苦痛じゃない。手を動かしている間に自然と集中出来て、少々退屈だが毎日やっても飽きがこない。多分、向いてる仕事なんだと思う。


それに、写本を行いながら覚えてしまった薬のレシピにも助けられている。試しに作った下級薬が冒険者ギルドに納品出来るのは嬉しい誤算だった。常設依頼の薬草採取は、ぶっちゃけ報酬が微妙なので。薬草採取の子供のお小遣いみたいな報酬では極貧生活だ。でも討伐や大人数の依頼は苦手だ。コミュ障に他者との連携要素のある依頼は厳しい。


同時に相互に行動指示を出してしまった時の気まずさと言ったら……。

やめやめ。忘れようっ!


それでも低ランク冒険者として定期的に依頼を受けるのには理由がある。

冒険者は都市や国家に縛られず、都市間や国を移る者である。


魔王が現れる魔大陸はおそらく遠方の、海を越えた秘境だ。冒険者以外の職業の、しかも女が、遠く危険そうな魔大陸へ行きたいと望めば、気が狂ったか呪われたと処断されること請け合い。


勇者の使命を果たしに魔大陸へ行くには、冒険者という身分が必要不可欠になる。

まあ、魔大陸の場所を把握してから冒険者になればよかったと思う。若干早まった感はなくもなく。



◇◇◇



本屋を出て、次に向かうのは冒険者ギルド。

途中で携行食と冒険者活動に必要な消耗品など細々とした物を補給していく。


無事ギルドの建物へ入れば、受付の定位置にこげ茶の髪が見える。

冴えない中年のおっちゃんは、暇そうに何かを読んでいる。


新年過ぎた頃から積雪が増え、外出が難しくなる土地柄、このボンチーを拠点にする冒険者は冬の間は家に篭るか、南方へ出稼ぎに行くのが定番である。そのせいか酒場の常連以外の冒険者は少ない。


「こんにちは。納品に来ました」


ヘブル氏が座るカウンターに声をかける。


「ああ、アンタか。どの依頼だ?」

「回復ポーション下級」


下級ポーションの納品も常設依頼だ。冬の間に作った在庫を小出しに放出し、秋に下がった評価のフォローをする。


「下級が五個、最低納品数か……」

「依頼達成の点数稼ぎですから。あと、娘さん用の。持ってきました」

「さっ、先に依頼の処理と報酬を持ってくる、待ってな」


渋い納品数に唇を歪め、次の瞬間、喜色を浮かべたおっちゃん。慌てて立つとタグを持って奥へ急ぐ。今までで最速の、驚きの速さで戻って来たおっちゃんは、依頼達成の報告、タグと報酬を渡すとおもむろに顔を寄せて来る。


「で、ほーほ、本当に効くのか?」

「それを、検証する。最初の治験者が、娘さんです。ご理解いただけて?」


あえて区切りながら、決して他の意味が乗らない言葉選び。この治験の目的を改めて認識させる。

若干、気圧されたように、上体をのけぞり、まじまじと人の顔を見つめているヘブル氏。


「お、おうっ」


何か、碌でもない事を考えたな?


まあいい。

早速、うがい薬の使用方法を伝える。


朝昼晩、粉薬を水で溶かし、最低五回のうがいをする。

コップの水が無くなるまでうがいを繰り返すと最善である。


うん、簡単!


異世界知識カリバー先生によると、魔力過多障の共通の症状として、身体の重だるさと五官の鈍りがあるそうだ。滞留する魔力が膜や重しになっているような感覚らしい。


常時、重だるさを感じている子供にうがいは重労働。最低回数を設けた。


魔力の吸収効果は、理論上うがい五回で四パーセント。

微々たる数値だが、効果は個人の魔力総量の相対値である。


うがいの回数が増えれば、平均的な魔力の自然増加分を上回る計算だ。頑張って回数をこなして欲しい。


たとえ効果範囲が頭部周辺に限定されたとて、魔力も血液と同じように身体の隅々まで巡っている。最初は部分的であっても、時間経過と共に全身に効果が出るだろう。


「とりあえず、六日分。味は、青臭い草の汁そのもの」

「水じゃなくて、果汁で割っても不味いのか?」

「うがい薬は、口に含んだ後、吐き出して使うもの。もし毒だったらどうするの? 毒で思い出したけど宿暮らしのEランク冒険者なんて、落伍者の代名詞。甘い顔で言葉巧みに、毒やら薬を盛る可能性を疑うべきでは?」


自分と同ランクの屑冒険者を思い出し、おっちゃんに注意を促す。

いい人なんだろうが、騙されやすそう。


「いや、それは……。しし、信用してんだっ。アンタは昨日、自信たっぷりだったろう?」


ゆるぎない他者に対する信頼。

今回は有難いが、常時コレだと、奥さんが苦労しそう。


「記録は六日間キッチリ取る。五日以上うがいを続けて効果がなければ、別のアプローチが必要ね。その時は原料の草を譲ります。薬師と相談して欲しい」

「わ、わかった」

「それじゃあ、また納品の時に。さよなら」


カウンター上の硬貨と冒険者タグを引っ掴んで、席を立つ。

春先で活動者が少ないとはいえ、ぼちぼち混む時分だ。手短に挨拶をしてギルドを出た。



それから数日後。

早朝、冒険者ギルドの新着依頼を見に行くと、後ろから肘を引かれた。


「アンタ! あああ、アレなっ」

「こんな所で何かな? 秘密厳守の約束は?」


不特定多数の出入りする冒険者ギルドの、しかも朝の混雑している時間に、聞かれて困る話は控えて欲しい。


「そんな場合じゃねぇ! 娘がな、久しぶりに笑ったんだっ!」

「えーと、知りませんね。私は日銭を稼ぐ方が大事なので。雑談なら依頼から戻った時にどうぞ」

「はぁ、はぁぁぁ?」


騒ぐおっちゃんは放置だ。


本日受ける依頼を決め、依頼内容に沿って活動を開始する。昼過ぎに依頼は終わり、冒険者ギルドへ戻って来た。

空いている時間だ。併設の酒場から漂う、香ばしい香りと仕込みの作業音。


「こんにちは。依頼完了です。手続きを」


朝の件でちょっと気まずいが、おっちゃんの受付へ座り、何食わぬ顔をして声をかけた。


「あっ、アンタっ! お、お疲れ様でした。依頼票とタグをお願いします」

「はい、お願いします」


驚いた顔でこちらを見るが、流石に仕事が優先された。

冒険者のタグと依頼票を持って奥へ入っていった。


「で、どうでした?」

「最初は、液をこぼして大変だったが、三日続けたら、頭が軽くなったって喜んでなっ。嫁に似たとびっきりの笑顔で、パパ大好きってキスしてくれた。こっ、心のどっかで変人の妄言かと疑ったが、アンタを信じてよかった。よかった」


変人って、おい、正直すぎだっ!

普段より近いおっちゃんの額に、デコピンをプレゼント。


「こ、これ。途中まで経過の写しだ。詳細に書いたぞ」


渡された経過のメモにさっと目を通す。

うがいの回数は、薬を渡した日の夜に五回。翌日、朝五回、昼五回、夜十回、以降はずっと十回以上が続いている。


「頭部だけでも効果が出たなら、言い出しっぺの面目は保てた? 明後日、追加の薬を持って来る。その時に詳しい使用状況と経過分析をする。おっちゃんの所感、質問させてね?」

「勿論だ、待ってるからな、ぜぜ、絶対だぞっ!」


鼻息荒く、ふすーっと胸を張ったおっちゃん。

何となく昔見た、着ぐるみショーの、ツンデレで憎めない悪役キャラを思い出した。


翌日は薬づくり。

うがい薬に効果が見込めたら、もう少し効果の強い薬を作ろうと下調べだけしてあった。


「目標は、魔力吸収効果マシマシ。胃腸で吸収されず排出する内服薬」


山側へ行く冒険者依頼のついでに採取したアレコレ。魔力吸収の効果を高める媒体となる植物。それと、胃腸で吸収されない特殊なジェル。これは某虫の体液だ。調子に乗って捕まえた虫がみっちり詰まった採取瓶は、今思い出しても鳥肌ものだ。


なお、この薬の味は考慮していない。魔力過多障で五官の鈍ってる人用なので。

基本のトッタル草がほんのり、本当に若干だけ甘いので平気だと信じてる。


仮名、吸収力強化丸薬の作製には、異世界知識カリバー先生と神様謹製の鑑定を自重せずに活用した。


実質、召喚勇者専用の異世界知識スキルには、現在失伝した知識や未発見情報も普通に出て来てしまう。


召喚勇者だけど、私に知識チートしたい欲とかこれっぽっちも無い。カリバー先生に追加の検索ワード「現在の情報」等を入れ、>>今現在、作れる薬師は五十三人である。といった現況把握も忘れずに行う。


薬草をゴリゴリ潰して下処理。量ったり、測ったり、慎重に加工を重ねて丸一日。

早朝からはじめた丸薬づくりは、攪拌後の寝かし時間等を含めて、夕食後までかかった。



◇◇◇



「お待たせ、おっちゃん!」


今日も今日とて、おっちゃんの座る冒険者ギルドの受付にて、依頼完了のやりとり。

終わり次第、相談用の個室へ移動する。


清書されたうがい薬の経過観察を読み込みながら、使用感や効果の出方、気になっていた事柄を質問した。概ね予想通り。一部の予想外も、問題にする類でなかったので棚上げだ。


追加のうがい薬を十日分と、仮名、吸収力強化丸薬の用量・用法を伝授した。


「腹がゆるくなったら、丸薬は半分に減らす、だな」

「前回はうがい薬だったけど、今回はの体内に入れる。心配ならおっちゃんが先に試して? 効果は魔力排出。だから常用しなければ平気」

「まっ、マジ?」


口を開けたまま見詰めないで欲しい。

その発想は無かった! とか言いそうな雰囲気だ。


「マジ。普段あまり魔力使わない人なら、健常者でも治験できる」

「わ、わかった、試してみる」


切り替えるように、ふすーっと深呼吸したおっちゃん。

瓶入りの丸薬は丁寧に布に包まれて、うがい薬と一緒に私物入れに仕舞われた。


「次も六日後に治験結果の報告。相談部屋でいい?」

「勿論だ。よっ、よろしく頼む」


そんなやりとりをした三日後、定宿にヘブル氏からの手紙が届いた。


手紙を要約すれば、ボンチーの町の教会から派遣される、定期健診でうがい薬のことがバレた。


ボランティアで検診してくれる、崇高で高潔な献身奉仕マインドに則り、薬師ギルドにうがい薬の新薬申請と情報公開を要請されたそうだ。次回、依頼達成の報告後に個室で話し合をしたい。必ず俺の受付に来てくれ。とのこと。


うわっ、面倒くさっ!


嫌だ嫌だと思っても、寝て起きれば朝日は昇る。

本日は冒険者活動の日だ。


早朝の冒険者ギルドにて、春の山菜採取依頼を受ける。山の麓から少し登った山地にて、凍えながら勤労に勤しむ。


採取者の特権として、珍しい果物や、鑑定で希少と表示される花の球根も入手した。山菜以外の採取物は容量無限のアイテムボックスに格納する。


このアイテムボックスも召喚由来のスキルである。

当然のように時間停止機能があるので劣化の心配も無い。


異世界知識カリバー先生によると、アイテムボックスのスキル持ちは、私の居る大陸全体で十と若干名。七つの国がある大陸なので、各国あたり約二名。


……絶対バレてはいけなスキルが、日本人の召喚時、基本スキル扱いな件。


依頼の採取物、春の山菜は直接納品だった。

高級料亭みたいな立派な建物を訪ね、ざるに山盛りの山菜を納品した。


おっちゃんと手紙の話が面倒で、冒険者ギルドへ行きたくない気持ちが募る。屋台での買い食い。花卉組合の名物ババアとの井戸端会議に発展し、ギルドへ着いた頃には陽が傾いていた。


「こんにちは。依頼完了です」

「あ、アンタ、アンタッ」


仕方ないから来たよ。

だから、そんなに凝視しないで欲しい。


「えーと、本物ですよ?」

「よよ、よかった。リリスさんが町から逃げ出す、嫌な予感がしててなっ……」

「まあまあ逃げたかった。ですけど、それは最終手段なので」


逃亡か。いい読みだ。

さも有難そうに、名誉やら褒美やらを押し付けに権力者が出張ってきたら、夜逃げするつもりだった。


絶対逃がさない。という念の篭ったヘブル氏の視線が刺さる。「凄い名誉だぞ? 領主様から報奨金も出るって話だ」なんて耳元で聞こえるが、その褒美は善良な一般人にしか通じない。


陽の者にプラス効果を発生するタイプは、陰の者には効果半減っていうセオリーがあってなぁ。


受注した依頼完了の手続きを行った後、相談用の個室へ移動する。


「それで……、教会に知られたのは、うがい薬だけ。間違いない?」

「あ、ああ。間違いない」

「うーん、薬師ギルドの申請? 面倒。断ったら駄目?」

「手紙でも書いたことだが、この町に来て娘の治療は教会も薬師ギルドも、むっ無償でやって貰ってる。相手が研究目的でも受けた恩は大きい。それになっ、同じ魔力過多障に苦しむ子や親の、たた助けにっなる。申請と公開はやるっ、やりたいっ」


ふすん、ふすんと鼻息荒く迫って来るヘブル氏。


子の親として、一人の人間としても、数年で失われる若い命が、薬で救えるなら助けたい。そう願うのは当然か。どこまでも善良で騙し易そうな性根の持ち主だ。


それに職場の金を横領して、それでも賠償と左遷で済んだのは情状酌量の余地があった、ということだろう。


私が以前暮してた田舎町でも、教会の癒しは大変高額だと噂にあった。無償で手厚い医療体制が整ったこのボンチー町は医療特区のような珍しい場所だ。この町で受けた恩義に報いたいと思うのは当然の帰結か。


「では、おっちゃんが発見した草にします。最初に決めた通り、秘密厳守。私は目立つのも、ランク上げも嫌なので」

「はぁ、はあああ? あれっ、冗談じゃなく、本気だったのか?」


変な悲鳴をあげ、引き攣った表情のおっちゃん。

このオーバーなリアクションも愛嬌があるから憎めない。


「正真正銘マジ本音! 功績バレしたら秒で逃亡ね。治験中の今、それはちょっと悪手じゃない?」

「どどっ、どうしたらいい?」


うがい薬が露見した状況を詳しく訊けば、復調した娘が、定期健診に訪れた薬師にうがい薬のお礼を言ってしまったらしい。


おー! 父に似ず、利発な娘だ。

って、感心してる場合では無い。


で、娘さんのお礼を受け取った薬師から、おっちゃんは問い詰められた。

そして「冒険者に(薬が欲しいと)頼んだ」とゲロッた。


「他に、余計な話はしてない?」

「とっ、とーぜんだ」

「なら、「冒険者に(当該薬草の採取を)頼んだ」という意味にすりかえましょう」

「なっ! なるほど、名案だ。よしっ、よしっ!」

「定期健診での会話の食い違いは、全部おっちゃんの口下手が原因。よろしい?」


では早速、偽装工作だ。

おっちゃんの薬草発見に至る、バックストーリーを作る。


おっちゃんことヘブル氏が当地へ来て約一年、頑張って山野を巡り見つけた魔力を吸収する植物、トッタル草。魔力過多障に苦しむ娘の為に何とか安定して使える方法を考え、うがい薬が考案された。


ギルド職員のおっちゃんは、元Cランク冒険者。現役は退いたが北方三国周辺の弱い魔物程度、余裕で対処できる。それに給料から賠償金を天引きされている経済状態だ。生活の足しに肉や果物の確保、時には討伐に出て小銭を稼いでいる。過去の行動に基づいて既成事実も簡単に作れた。


「トッタル草の現物はコレ。今、覚えた情報を自分の言葉で言ってみて?」

「ここ、これ? 見た事あるぞっ」


実際の薬草を袋から出し、魔力を吸収するトッタル草の詳細情報を口頭で伝える。

知識を詰め込み、本人の言葉で反芻させて、想定される疑問や矛盾点を潰す。


合間に脳内でカリバー先生を発動。

欲しいのはトッタル草の分布域情報。


>>トッタル草の分布域は綺麗な水質の水辺


地図にて表示されたトッタル草分布は、案外狭い。


トッタル草は大陸の北の三つの国の水辺に分布していた。北西に位置するハックホック山国全土の川や沼沢周辺。北東のキタッタ神国の北部と東西の水辺。中央に位置するセンター国は開発が盛んで清流が減り、森林国へと流れる川辺にしか分布していない。


なぬっ、寒くないと発芽しない!

高温に弱い?

お前は山葵かっ!


国境の外、北方三国の更に北にもトッタル草が分布しているが、各国があえて領土にしなかった土地だ。急峻な山間と居住に不適当な寒冷地の水辺では採取に苦労しそうだ。


「ついでに、植生なんだけど……」


死亡率の非常に高い魔力過多障の薬。その効果が広まれば薬草の需要は増える。

しかし、トッタル草の分布域は北に限定される為、乱獲と高騰が予想される。可能ならば栽培環境を整えた方がいい。そんな見解を交えて伝える。


長時間の打合せを終え、冒険者ギルドを出た。

既に外は暗い。


新薬にまつわるフロント対応をヘブルのおっちゃんに押し付け、理想的な形に納まった。

夜道を慎重に歩みながら、私の口角は自然と上がっていた。



◇◇◇



私が召喚された剣と魔法の世界は、一週間は六日だ。

曜日の概念は無く、六の倍数日が休日になる。一年は十二ヶ月プラス祝日。一ヶ月は三十日である。


働き方は、五勤一休が基本。

私は週六日のうち、隔日で三日が冒険者、写本が二日、休日が一日。


当地の休日は家族で過ごしたり、家業や家事を休む者も多い。この定宿も今日から休日の夕食の提供が無くなる。

休日需要を見込んで町の大広場には露店が立ち、屋台や飲食店の休日限定のランチが提供されている。商家通りの裏にある定宿周辺も人通りが多くなる。


休日の朝は少しだけ朝寝坊して、宿の朝食をいただく。


食休みにまったり読書。

イマジナリーフレンドの布団さんに二度寝を誘われるが、意を決して振り切る。


洗濯。魔法で風流、水流、イオン分解。皺を伸ばして乾かしたら完成だ。家事は魔法を使い効率的に終わらせる。全属性魔法を使える勇者に死角はないっ!


「洗濯よし! ベットメイクよし! 部屋掃除も終わった。室内植物のお世話もOK」


あり余る余暇。

いいね。昼寝をしようか? それとも本の続き?


と、その前に夕食の調達。おやつには甘い物が欲しい。


お家時間を満喫する為に、外出は短時間で素早く終わらせたい。

重ね着をしながら効率的な道順を考える。小物、鞄の中身をチェック、外套を被って外へ出る。軒下と抜ける冷たい風に身震いし、外套の襟を締め直した。


平日より混雑する宿前の通りを抜け、大広場へ向かう。

途中、進行方向から手を振るおっちゃんの姿があった。


男にしては低めの身長に広い肩幅。前世のラガーマンを彷彿とさせる体格のヘルプ氏は溌剌とした笑顔だ。


あっ、職場では絶対出ない、素の笑顔だ。

幸せそうで何よりである。


おっちゃんは片腕に色白の女の子を抱えている。横には茶髪の美少年。半歩後ろに奥様らしきキリッとした美人と、美人と手をつないだ美少年より幼い男の子。


「こんにちは。家族でお食事?」

「おうっ! 外に出られるぐらい、娘が元気になったから」


それはよかった。

大分痩せちゃって。かなり小柄だけど今年で九歳よね?


腕に乗せた娘を撫でながら破顔するおっちゃん。対照的に不信顔の少年二人と奥様にご挨拶。外套のフードを外し素顔を見せる。冒険者ギルドでお世話になっている冒険者であると伝える。コミュ障だけど初対面は得意だ。真っ白な関係だから人違いや認識を誤って気分を悪くさせることも無い。


お互い移動中ということで、二言三言交わして、流れるように別れた。



まったり、のんびりと過ごした翌日。


「今日も頑張ってお仕事するぞー!」


週明けは元気いっぱいである。


朝の冒険者ギルドにて、奪い合いの少ない町中の雑用依頼を複数受け、仕事にとりかかる。全部の依頼を終わらせたのは昼も大分すぎたオヤツの時間。小腹が鳴るので屋台で軽く間食。串肉をパクついた後でギルドへ戻る。


今月も残すところ一週間。冬季休業していた冒険者も大分戻って来ている。

しかし冴えない中年男の受付は、今日も安定の不人気である。


他の受付より明らかに短い列に並び、依頼完了の処理を頼んだ。報酬を受け取った後、少し待っていると、おっちゃんは受付を交代。私も呼び出し係に名前を呼ばれ、指定された相談用の個室へ入った。


「おっちゃん、お疲れ様です」


差し入れに焼菓子を渡し、おっちゃんの対面に座る。


「美人とは聞いてたけど、大変美人な奥様でしたねー。どうやって口説いたんですか?」

「いっ、いい、一世一代のモテ期があったんだ。自分自身でも奇跡かと思ってる」


正しくドヤ顔のおっちゃん。


「新しい丸薬も、つっ妻が試した。一粒で体感二割弱の減少だと」

「うわぁ、奇跡の妻を生贄にするとか、鬼畜っ!」

「ままま待てっ、人聞きの悪い。俺は止めたんだ。なのに瓶ごと没収されて、こう、キリッと覚悟を決めた顔でなぁ~」


娘の為、自身を生贄に捧げ得体のしれない薬を試す、夫婦が互いに互いを庇い合うの美談のはずなのに……。おっちゃの惚気で台無しだ。


奥さん好き過ぎでは?


早速、丸薬の使用経過を共有してもらう。びっしりと書かれた治験記録は、おそらく奥様の手書き。

うがい薬と併用した娘さんの記録と一緒に読み込んでゆく。


「大人が一日一粒で、二日目は排泄物がソフトに、三日目は腹下し状態かぁ」

「あ、ああ。娘は一日おきに半粒だ。すっ凄いな、あの効き目っ!」


うがい薬は魔力の吸収場所が頭部に集中するので、全身への効果はとてもゆるやかだった。丸薬は身体の上から下へと魔力を吸収していくので、効果覿面のようだ。


いや、おっちゃんさぁ。

キラキラした目で見られても、嬉しく無いって。


用法、用量を守れば、滑らかなソフトう○こ。お通じもよさそうだ。

おい、乙女に何を言わせるんだっ!


「丸薬は全方向に秘匿で。秘密が守られる限り、薬は提供します」

「わ、わかった、最大限、どっ努力する」


努力。

利口じゃない回答だ。


でも、その裏表の無い率直さが個人的に好ましい。

言葉の裏の意味など知らないコミュ障に、迂遠な言葉は届かないので。


余った時間で、おっちゃんにうがい薬の作り方を伝授する。


作り方は簡単だ。

トッタル草を魔力の吸収率が違うパーツごとに分けて、青汁の粉を作るだけ。


魔力を増やす薬があるのに、魔力を減らす薬は非常識って煽られて、むきになって作った超手抜き薬。

全薬師を呆れさせるノンスキル製法の青汁粉である。高価な専門道具が無くとも、薬草と普通の台所用品が揃えば素人でも作れる。


うがい薬が教会と薬師に見つかった今、魔力過多障の娘を想う父親の執念で考案された。という捏造バックストーリーを強烈に補強するだろう。


禍転じて何とかなった。

幸先がいい。



◇◇◇



それから幾日か過ぎた。

明日は月末。三月最後の休日である。


何となく、人間の体感でも温かくなっている気配を感じる。


今日は依頼を受けず、気ままに採取と決めて、山の麓から少々登った場所まで遠征する。

まだ冬仕様の、白い毛皮の兎を数羽狩って解体する。兎の肉は宿屋一家への手土産だ。月末までの無事の越冬と、冬篭りの間のお礼だ。


冬篭りを振り返ると、この地域に慣れていない私にとって大変有難い助言の数々。宿屋一家の一つ一つは小さな気遣が思い出される。上手く言葉には出来ないけど本当に感謝している。


コミュ障が他者に感謝の気持ち伝えるのは難しい。だから肉を貢ぐ。

中世レベルの世間において、食肉は第二の通貨といっても過言ではない。


珍しく山の奥まで入り、日暮れギリギリに冒険者ギルドへ駆け込む。

受付にこげ茶の髪を探すが、珍しくおっちゃんが居ないようだ。


依頼完了のピークは既に終わり、人気の受付嬢以外は閑散としたカウンター。代わりに併設の酒場が騒がしい。


すぐ対応できる受付嬢に薬草と兎の残骸を納品。どちらも常設依頼が出ている。


「あの、リリスさん? 指名依頼が来てます」

「指名依頼? それ、Dランク以上の、制度ですよね?」

「ええ、通常はそうなります。でもですね、Dランク以下であっても、特例で受けられなくもなくて……」

「贔屓はよくないよ? 通常通りでいい。お断りします」


不審な誘いは断るに限る。

藪ヘビになりそうなので、何の指名依頼か詳しく訊かないのも大事だ。


「えっ? はい。いえ、そうでは無くてですね、今回だけの特別な特例なんです」

「規則を破るのは、よくない。上司にいいつけるよ?」


おっ、ちょっと動揺した?

意表を突かれたのか、切り返しが遅くなる受付嬢。


「ちょ、ちょっと、リリスさん。何言ってるんですか? 特別な依頼なんですから、受けて下さい!」

「私はEランク。指名依頼はDランクから受注出来る制度。だから受けない」


四角四面に。

冒険者ギルドの規則に通りに対応するなら、規則違反はギルド側だ。


「……でもですね、断ればランク査定は下がりますよ、低評価、いえ、ランク落ちになっても良いですか?」

「私はEランク。指名依頼はDランクから受注出来る制度。だから受けない」


同じ文言を二度繰り返す。大事な事を伝える魔法の呪文だ。


生憎と私はノーと言えるタイプのコミュ障だ。

嫌われるのが怖くて自覚あるコミュ障など成立しない。


「っ、もうっ。承知しました。どうなっても知りませんからっ!」


煽てても脅しても通じない。

この人、ヤバい系?


みたいな感情が、受付嬢の顔に載っている。

何がしたい、とか、どういう回答を期待しているかは、言葉や雰囲気でわかる。


コミュ障の私とて空気は読める。空気が読めた上で、改善できる話術なり行動が出来ないだけ。

だからと言って無難に黙っているのも難しい。黙って過ぎる時間が勿体ない。空気が悪いなら徹底的に悪化させて、最短で燃え尽きるまで炎上させて鎮火を狙う。タイパ効率重視の傾向。


一応、厄介な性分であると自覚している。


「対応ありがとう。さよなら」


手短に挨拶をし、席を立つ。

なるべく表情を保ったまま、ギルドを後にした。



それから数日は町中の噂話に注意しながら、いつも通りの生活を続けた。

いつも通り。だけど仕事のバランスを変た。


三月の私は、週六日のうち隔日で三日が冒険者、写本が二日、休日が一日。

四月からの私は、週六日のうち四日が写本、冒険者が一日、休日が一日。


平日は写本を二日連続、一日を野外で冒険者活動、兼息抜きに。また写本を二日連続。


通信や交通網が発達していない社会で、トラブルの対処として接触を減らすのは有効だろう。

常設依頼か、採取系のお得意様から直に依頼を受け、冒険者ギルドへ寄るのは依頼完了の一度だけで済む仕事の流れを作った。


「なっ、なあ、ギルド長がな、アンタに指名の依頼をしたいそうだ。だ駄目か? あの草の採取に薬師ギルドが同行する依頼だ」


依頼完了手続きに冒険者ギルドの受付へ行けば、再び指名依頼の話が出た。


「えーと、秋の大型依頼断った理由、覚えてますか? 集団行動に不向き、ついでに性格と会話に難あり」

「……そ、そうだった」


何か思い出したのか、頭痛が痛いみたいな表情になるおっちゃん。

二度見しても、リリスのコミュ力は変わらないぞ?


こうして受付と冒険者として事務的に接している分には普通だが、顔なじみになって一年近く通っているのに、受付で雑談すらできない人間だぞ。薄々は人間的な欠陥に気付いてるよね?


「当日、腹痛で依頼放棄するよ?」

「れっ、例の薬草の場所を、案内するだけだ。なっ、頼む」

「雑談ゼロでいいのなら」

「はぁ、はぁぁぁ?」


冒険者ギルドの長や薬師ギルドが何の情報を得て、何を欲して指名依頼をかけたのか。困った事に見当が付かない。しかし、私の必要最小限な会話では、指名依頼の裏にある細かい事情を、おっちゃんから聞き出すのも難しい。ぶっちゃけ危険に近づく野次馬根性もない。


なら、全部まとめて秘匿。黙秘権の行使だ。

雑談拒否、という回答になる。


「それに、護衛依頼? 受けたこと無い。来る人、自衛出来ますか?」

「はぁ? ううう嘘だろ?」


残念だったな。私の生存戦略は逃亡一択だ。

ソロで動くなら遁術を駆使して、戦闘も防衛も必要ない状態を作る方が楽なんだ。


「今までの依頼履歴、ギルド長と確認して?」

「わ、わかった」


了承の言葉の前に、深いため息。

おっちゃんは納得してくれたようだ。


余分に作ってあったうがい薬を押し付け、冒険者ギルドから撤退。



更に一週間後。

定例の依頼完了の手続きを行う。受付は勿論ヘブルのおっちゃん。


それとなくはじまった雑談は、おっちゃんの娘自慢と息子の鍛錬の話。上の息子にそろそろ冒険者登録をさせたいけど、危険な事はなぁ~、なんて親のジレンマを語っている。


相変わらずマイペースなおっちゃん。

少し顔を寄せ、小声で質問する。


「例の指名依頼、断れた?」

「あ、ああ。問題ない。護衛依頼の履歴なし。ほ、本当だったからな」

「それはよかった。ありがとう」


このボンチーの町は気に入っている。辺境ながら程々に移住者が多く、人間関係の風通しがよい。冒険者ギルドの依頼も採取系が多いので私に合っている地域だ。それでも長く同じ場所に留まれば、些細な問題や、面倒な柵は出てくるだろう。


特に冒険者ギルドは要注意だ。


最近、おっちゃんとの会話に聞き耳を立てる受付嬢が居る。古参ギルド職員の視線が鋭くなった。何の懸念があるのか知らないが、疑うのは自由だ。けれど私の気分はよくない。


これまでボンチーの冒険者ギルドで、既に二度も大幅なマイナス査定があった私だ。

次は本当にランク落ちか、強制ランクアップを図って来るだろう。


「町を逃亡するにしても、旅費、貯めないとっ」


何をするにも先立つものは必要だ。

幸い、写本の仕事は順調である。


採取も私個人で依頼が貰えてる。フリーランスの採取者としてンチーの町に認知されつつある状態だ。結果、冒険者ギルドの依頼を受けなくとも生活費は十分稼げている。


平穏を望むなら冒険者ギルドに極力関わらず、距離を置く。そして静かにフェードアウト。


気付けば姿は無く、別の町へ旅立っていた。

そんな風に皆の記憶に残したい。



ヘブルのおっちゃんは吃音あります。普通の人には聞き取り難い事もあり、受付で避けられてます。

リリスは言語理解スキルがオートで働くので普通の会話と変わらない状態です。何か擬音が多いとは思ってますが、コミュ力が足りないので吃音と気付いてません。


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― 新着の感想 ―
 リリス達のキャラやポーション作りなどが面白かったです。
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