プロローグ
午前0時、都会のマンションの屋上は、風が強かった。
私、**水瀬優衣**はその風に吹かれながら、柵の向こうを見下ろしていた。
十二階からの景色は、街のネオンがきらめいて美しいはずなのに、今夜はやけに遠く感じる。
「――本当に、飛び降りるつもり?」
背後から声がした。
振り返ると、そこには同じクラスの**桐谷蓮**が立っていた。
彼は無口で、いつも冷たい印象しかなかったのに、今はどこか必死な顔をしていた。
「どうして……ここに」
私が問い返すと、蓮は一歩、こちらへ近づく。
その目は真剣で、逃げ場を与えてくれない。
「おまえが誰かに殺される夢を、俺は何度も見た」
思わず息を呑んだ。
彼の言葉はあまりに突飛だったが、胸の奥にずしりと響く。
なぜなら、ここ数日、私のもとには匿名のメールが届いていたからだ。
――“君は三日後に死ぬ”
ただそれだけの文面。
最初は悪戯かと思った。だが、送り主は私しか知らない秘密を次々に暴いてきた。
誰もいないはずの部屋に置かれていた、赤い薔薇の花。
私の机に刻まれた、「裏切り者」という言葉。
そして今夜――蓮が現れた。
「優衣、信じろ。俺は……おまえを守るためにここに来た」
蓮の声が震えている。
普段は人を寄せつけない彼が、どうしてこんなことを?
そのとき、スマホが震えた。
画面にはまた、あの送り主からのメール。
――“桐谷蓮を信じるな。彼こそが、おまえを殺す”
手の中のスマホが、氷のように冷たく感じられた。