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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猫声

作者: モノ

 

 「行ってきま~す」


昔ながらの引き戸に手を掛け、家族に恒例の挨拶をする。家族と言っても両親は朝が早く、残っているのは祖母だけだが。


 「あぁ、行くのかい。それならこれ、玄関の前に置いて行っておくれ」


 そう言うと、祖母は両手に持っていたペットボトルを寄越してくる。ラベルは綺麗に剥がされて中の水がしっかり見えるようになっている。


 祖母曰く猫避けらしいが、果たして意味があるのかどうか……


 そもそも俺は猫が好きだ。学校が終わって暇な時は猫の動画を見漁るほどには愛している。そんな俺がなぜわざわざ猫を避けるようなものを置かなければならないのか。


 そんなことをぶつくさ考えていると、祖母がすごい顔をしてきたので、仕方なく両手で受け取り足で扉を開ける。祖母は怖いのだ。


 よっこいしょっとペットボトルを玄関の両脇に置くと、祖母は満足そうに笑顔になる。

 納得はいかないが、祖母が怖いので何も言わずに踵を返し学校へ向かうことにした。


 「行ってらっしゃい」


 優しい声に背中を叩かれ、とぼとぼ学校へ歩いていく。

 登校中、他の家に目をやってみる。うちもそうだが、田舎だけあって古い家が多い。

 ちらと玄関を見てみると、ペットボトルが置いてある。その次の家も、さらにその次も。ペットボトルは学校に着くまで途切れず置いてあった。


  ◇


 退屈な学校が終わり部活もなし。そのまま家に帰って猫の動画を見漁るのが前までの俺のルーティーンだったが、最近はそうではない。


 猫屋敷。っと俺は呼んでいる。

 昔ながらの武家屋敷のような出で立ちで、なかなかにボロい。最近見つけた猫が集まる天国だ。そこに寄っては猫を眺める毎日を続けている。


 学校から家へは直線の道を行けばいいが、屋敷は横の道に逸れて少し歩く。暗い道を通って生け垣が見えてきたら、そこが猫屋敷だ。


 屋敷に近づいてくると、猫のニャーンという声が聞こえてきた。声は近づくにつれてどんどん増えて行く。猫の声に心を高鳴らせながら歩いていると、ようやく猫屋敷に到着した。


 通い始めてそこそこ経つが、人は住んでいないのか、屋敷のいたるところに猫がいる。

 人が住んでいないとしても勝手に入る訳にはいかないので、生け垣の空いたところから顔を覗かせる。人に見られたらおしまいだな……


 生け垣から顔を出し、猫を眺めていると、いつもと違うことに気がつく。いつもは猫が気持ち良さそうに寝ている縁側の障子が開いているのだ。


 障子の向こうには、長い髪の女性が布団を何重にもかけて寝ている。夏の真っ只中に暑くないのだろうか。

 首だけ横にして庭を見られる体制にしており、女性も猫を見ているらしい。


 まさか人が住んでいるとは、こんなボロい建物に住めるものなのか?

 そんなことを考えていると、女性も俺に気づいたようで目線をこちらに向けていた。


 「君も猫が好き?こっちで一緒に見ない?」


 突然声をかけられてドキッとする。こっちは完全に不審者だ。警察を呼ばれるんじゃないかと警戒するが、さっきの優しい声を思い出すと、警戒心が解れる感じがした。


 少しの間様子を見ていたが、このままでも仕方ないので素直に従うことにした。

 生け垣を左に添って歩くと門が見えてくる。門をくぐって縁側に着くと、女性は「座って」と笑顔で言ってくれた。


 縁側に座って何とか心を落ち着かせようとしていると、猫が足元をうろちょろし始めた。猫は足をクロスで回ったり、頬ずりしてきたりとても可愛らしい。胸の鼓動も通常通りになっていく。


 しばらく猫に見とれていると、女性にクスクス笑われてハッとする。


 「すみません。勝手に中を覗いてしまって……」


 「いいのよ。あなた、最近毎日来ていたでしょう?気になっていたの」


 そんなことを言わら再びドキッとする。まさか全部バレていたのか。というかずっと家にいたのか。


 再開したドキドキでおでこに変な汗が出てきたところで、女性は猫たちに目線を向ける。


 「私はこんな体だから、猫たちとお話するのが最後の楽しみなの。あなたが来ていることを教えてくれたのも猫たちなのよ」


 話を聞いていると、一匹の猫が縁側を上り、女性のもとへ近づいて頬を舐め始める。相当仲が良いらしい。

 猫を追って女性の方へ目線を移すと、なんとも奇妙なことに気がつく。


 体が妙に短い。いや、正確には腕や足がないように見える。布団で隠れてハッキリしないが、布の凹凸で欠損が確認できる。両足は太ももの途中から、両腕も腕の途中でなくなっているように見える。


 「醜いでしょう?私はここから動けないの」


 まじまじと見すぎたのか、女性に見ていることを知られてしまい、なんとも申し訳なくなる。さっきから失礼続きだ……


 自責の念に駆られていると、女性は再び口を開く。


 「水に溶けてしまったの。水と混ざってトロトロと、一緒に地面へ溶け込んでしまった」


 水に溶ける?何かの病気だろうか?

 優しい声音で語られる話はとても神秘的に聞こえて、女性は何かの妖精なんじゃないかと考えてしまうほどだ。


 それから学校の話や家の話、猫の話で盛り上がった。女性はとても聞き上手で、お互い猫好きなこともありとても話が合った。


 「そういえば、なんでここはこんなに猫が集まるんですか?」


 「他に集まれる場所がないからだよ。ここの町の人間は猫が嫌いなんだ。町のいたるところに水を置いているのがその証拠」


 「あぁ、確かに全部の家にペットボトル置いてあったなぁ……」


 登校時のことを思い出し、とても寂しい気持ちになる。この町で猫好きは珍しいらしい。


 「だから君はとても珍しいんだよ。同じ猫好きとして、君と話せて嬉しいな」


 「俺も猫好きとして、お姉さんとは話せてすごく楽しいです!」


 女性の優しい雰囲気に絆されて、思わず気恥ずかしいことを言ってしまった。恥ずかしさで頬が痒くなる。


 「……そんなに猫が好きなら、君の家に猫を遊びに行かせよっか?」


「そんなことできるんですか?」


 猫が家に遊びにくる?なんて素敵な響きだろうか。そんなことがあるならぜひ体験したい。

 半信半疑で聞き返すと、女性は今までのイメージとは異なるにんまりとした笑顔を見せて答えた。


「うん。君が猫避けを取ってくれたら、深夜にでも猫を向かわせるよ」


 俺はそれを了承し、スキップぎみに家へ帰った。


 ◇


 心踊らせながら家に帰ってきた俺は、家族が寝るまで待った後、玄関のペットボトルを自分の部屋まで移動させた。


 ペットボトルを部屋の隅に置き、猫の襲来を聞き逃さないためにスマホも机に置いた。しかし、何もしないで深夜を待つのは退屈で、余計なことを考えてしまう。

 バレたら怒られるだろうかとか、本当に猫がくるのかとか、あれこれ考えると疲れて眠気が来てしまう。


 そうして眠気と格闘しつつ猫を待っていると、時刻は一時を回っていた。

 

 何時にくるか聞けば良かったと思いながらうとうとしていると。


 「にゃーん」


 遠くから猫の声が聞こえてきた。

 一気に眠気が覚めた俺は、窓の方へ駆け寄り猫を探す。

 俺の部屋は二階あり、窓を覗くと一階の屋根が見えるようになっている。ここに猫が来てくれれば完璧なんだが……


 窓に手を付け必死に探すも、猫の姿は見当たらない。


 「にゃ~ん、にゃ~ん」


 再び猫が鳴く。今度はさっきより近い。どうやらだんだん近づいてきてくれてるようだ。

 今か今かと目を四方八方に動かし猫を探す。


 「にゃ~ん、にゃ~ん」


 鳴き声がすぐそばまで近づいてきたところで、猫の声に違和感を覚える。

 なんだか普段聞いていた鳴き声と違う。まるで、猫の声を真似ているかのような不自然さ。


 ふと正面に目をやると、屋根の上に女がいた。

 肌は白く髪が長い。衣服を何も付けておらず、動物のような四つん這いの体制。何より奇妙なのはその両手足。


 女の両手足は猫だった。手足が猫のようになっているのではなく、猫の手足を糸で直接縫い止めたような姿で、猫と人の部分でバランスがとれていない。あの形でよく立っていられるものだ。


 「にゃ~ん」


 その女は俺の姿を見るや否や嬉しそうに喉を鳴らす。俺が猫だと思って探していた声はこいつのものだったのだ。


 こいつはヤバい。全身で悪寒を感じ取り、窓から離れようと後退りする。

 女はそのまま鳴き声を漏らしながら、一歩づつ部屋へ近寄ってくる。


 壁に背中を着かせたと同時期に、女は窓の前まで到着する。

 

カリカリ


 女は猫の足で爪を立て、窓を開けようとガラスを引っ掻き始める。

 人生でここまで窓を閉めていて良かったと思うことはないだろう。鍵も閉めていて外から入ることは不可能だ。


 アカチャン。


 窓の鍵が開いた。

 見ると女の前足が窓の隙間に入り鍵を開けたようだ。猫は液体だと言うが、普通の生物にそんなことはできないだろう。


 女は隙間に入っている手を引き抜き、再び窓を引っ掻き始める。


 「にゃ~ん」


 「あ、あぁ……」


 ガラガラと窓が開いた音がする。俺は恐怖で腰を抜かし、後方の壁に座り込む。

 何なんだこいつは。なんで俺を狙うんだ。というか、猫を模倣するなら耳も付けるべきだろう。なんで手足だけなんだ……


 そんなどうでもいいことが頭をよぎり、いよいよ女は部屋の中に前足を入れた。

 

 「にゃ~ん」


 女は嬉しそうに不気味な笑みを浮かべると、身を伏せて下半身を揺らし始める。

 間違いない。あれは猫が獲物をロックオンした時の仕草だ。

 

 向こうは完全にこちらを獲物と認識しているらしい。女の猫のような細い瞳孔が俺を逃さんと見つめてくる。

 

 猫のような……そうだ。あいつは猫なんだ。

 俺はあることを思い出し、部屋の隅に置いておいたペットボトルへ急いで近づく。


 女もペットボトルに気づいたようで、シャーっと猫の威嚇のような声を出す。

 俺はペットボトルを手に取ると、水が出せるようにキャップを回す。


 女は再びロックオンの体制とると、勢いよく後ろ足を蹴りものすごいスピードで飛びかかってきた。


 「うあぁぁぁあぁぁぁ!!!」


 俺は必死の思いでキャップを外すと、女に向かっておもいっきり水を掛けた。

 

 「んぎゃぁぁあぁぁぁあぁぁ!!!」


 水は顔面に直撃し、女はあまりの苦しみに悲痛な声をあげて悶絶している。

 女の顔を見ると、皮膚がどろどろと溶けて肉が見え出し、恐ろしかった女の顔はさらにおぞましく変貌していた。


 俺が再び水を掛けようと構えると、女は一度体をビクつかせて逃げるように窓から出ていった。


 ポツン。


 女が窓から出ていってから間もなく、ポツポツと雨が降り始めた。雨は次第に強くなり、ザーザーとものすごい音を鳴らし始める。

 遠くからあの女のけたたましい悲鳴が聞こえたが、そのうち雨音にかき消された。


 「大丈夫かい?!さっきの声はなんだい?!」


 祖母がガタンと勢いよく扉を開き焦った様子で入ってくる。背後には両親も心配そうにこちらを見つめていた。


 俺は今さっき起きた出来事を家族に話し終えると、緊張の糸がほどけたのか、ばったり倒れるように寝てしまった。


 ◇


 目が覚めると、太陽は空のてっぺんを過ぎて部屋を照らしていた。雨はすっかり止んで、夏の熱も合わさり蒸し暑さを感じる。


 俺は二階を降りてリビングへ。祖母を見つけて挨拶すると、今朝起きた奇妙な事件のことを教えてくれた。


 話によると、近所の道路に猫の前足と後ろ足が両方づつ落ちていたそうだ。


 祖母は深夜の出来事についても話してくれた。なんでもこの町には言い伝えがあるらしい。

 猫鳴きと言う話で、かなり昔ここは小さな村だったそうだ。村には猫の鳴き声が非常に上手い女がいた。

 女は村で一番偉い人間の娘で、体が弱くいつも家に籠っていた。女は暇だったのか、庭に猫が来るたびに猫の鳴き真似をして猫と会話していた。女は夜になっても鳴くのをやめず、村の人達は満足に寝れずに迷惑していた。

 

 ある夜、鳴き声に耐えかねた隣の家の住人が、女を井戸へ突き落とした落としてしまった。他の近所の住人が見つけて助け出されたが、女の手足は両方ともふやけて使い物にならなくなってしまっていた。


 そんな状態だったので、村の人達はそのままにもできず、仕方なく殺してやることにした。


 女が死んでから、村には夜に猫の鳴き声が響くと人が消える事件が多発した。

 人々はこれを女の祟りだと考え、女の落ちた井戸から水を引き上げ、家の前に置いて魔除けにした。


 この地域で玄関前に水を置くのは、それが習慣になったからだと祖母は語ってくれた。


 話を聞き終え昼飯を食べた後、俺は学校の準備を整えると、引戸に手を掛けて祖母に挨拶をする。本当は休みたかったが、体調が悪い訳でもなかったので仕方ない。


 学校に向かう道をたらたら歩いていると、あの猫屋敷へ続く道がなくなっていることに気がつく。

 学校帰りにもう一度確認してみたが、やはり屋敷の道は見当たらない。

 

 それから何日も何日もあの屋敷を探したが、暗い道も、荒れた生け垣も見つけられなかった。


 屋敷が消えたショックでしばらく悲嘆にくれていたが、最近は家の近くでもよく猫の声を聞くようになってきた。


 最初は登校中に一二回聞く程度だったが、しばらくすると授業中や家の中からも聞こえ出した。雨が降っている時なんかは特に多くの声を聞く。


 声を聞く頻度はどんどん増えていき、今やイヤホンを付けていても声が聞こえるようになった。食事の時も、寝る時も、ほら、今も。


 「にゃ~ん」


猫声が聞こえる。

 

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