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私の心

作者: 雪山

ふと思いついたお話です

「――が亡くなりました」


 誰もが聞いた事のあるその言葉を自分で言う。家族が、友人が、先輩が、先生が、上司が言っているのを聞いたことしかなかった。私には関係ない。私の身の周りの人は丈夫だから。そんな心持ちでいたためか、実感がまるで湧かない。


「あの人は階段から落ちて亡くなりました」


 淡々と話す私は、あの日の出来事を何度も思い出してしまう。


 昨日、あの人は私の目の前で階段から落ちた。打ちどころが悪かったようで、ピクりとも動かなかった。私はただ見ていた。あの人が落ちていく瞬間を、嫌な音を立てて転がるのを、動かなくなるまで黙って見ていた。何も考えられず、茫然としていた私は、あの人が落ちる音を聞いて慌ててやってきた親戚に声をかけられるまで、そのまま立ちすくんでいた。私のせいだ……私のせいだ……私のせいだ。そう言い続ける私を親戚がなだめてくれたらしいが、当時の私はそれすらわからないほどの放心状態だった。


「今日がお通夜、明日が葬式です」


 話をする程度には回復できた私は、あの人の知り合いや近所の人、近くに住んでいない親戚などにこうして連絡している。やることが多すぎて、今は余計なことを考えられない。誰も泣いていなかった。あの人に対する思いを共有する時間も、泣く時間も私達にはない。


 そんな私達に余裕ができたのは、お通夜の最中だった。


「惜しい人を亡くしました。アイツは俺達といると、よく家族の惚気話をしてました。俺達は独身だったから自慢げでしたよ。本当に愛していたんだと思います」

「ありがとうございます。あの人も最後に皆さんと会えて喜んでいると思います」


 あの人のために訪れてくれた人と話をする。話の中で出てくるあの人の様子は、私の知っている寡黙、真面目なあの人とはかけ離れていた。驚く反面、不思議と腑に落ちている自分がいる。そんな時間が私達に落ち着きとあの人が亡くなったという実感を与えてくれた。


 お通夜の後、私達はやっと泣けた。しかし、あの人の話はほどほどに、いつの間にか普段通りの話をしていた。もうおかしくなっていたんだろう。私達全員、何か欠けてしまっていた。


 その後は何事もなく、葬式も終わり、家に帰ってきた。その頃には肩の荷が降りたような、達成感すら感じていた。あの人との別れの会をまるで仕事のように行う、ただ終わらすことが目的になってしまっていた自分がいたんだろう。振り返ってみればおかしい所だらけだ。


 あの人が亡くなってから半年、私は一人でお墓参りにきている。私達はこの半年の内に元の生活に戻った。あの人が使っていた物は片付けられ、あの家には、あの人のいた形跡がほとんど見られない。そんな家で生活する私は、次第にあの人に対する罪悪感が消えていった。私は飾られたあの人の写真を見た時だけ、あの人を思い出す。


「……久々だね。アナタが死んで、もう半年経つんだね。そろそろ切り替えようと思うんだ」


 そう言いながら線香に火をつける。手を合わせて目を閉じる。


「この半年、何度も何度も死のうと思ったよ。アナタの最後の顔が忘れられなかった……瞼の裏にこびりついて離れなかった。おかげで寝れない日が続いたよ。ねぇ、アナタは最後、何を思っていたの? 生きたいと思っていたの? 家族に、親戚に感謝してたの? 痛みに苦しんでたの? それとも……」


 私はそっと目を開ける。


「それとも突き飛ばした私を恨んでたの?」


 私の小さな声は、そよ風の中に消えていった。


 私が去って誰もいなくなったお墓には、絶えることなく、風が吹いていた。まるで何かを意味するように。

ありがとうございました。

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