白い貝
某1000文字小説に投稿しようと思ったら字数オーバーでした。
削れないのでここで。
寄せては返す波打ち際に、ころころと小さくて白い二枚貝が転がる。波があるときには確かにいるのに、波が引くと砂に潜って消えてしまう。砂を掘っても見つからない。そんな記憶を頼りに、僕はとある海岸にやってきた。
記憶と同じ色の砂浜、同じような砂の続く海岸線を眺める。ここなら探し続けていたあの二枚貝がいるに違いない。僕は素足で波打ち際に立ち、足元を見つめた。海水で砂がさらさらと崩れ、流されていく。その砂の先に、白くて小さいものが同じように流されていった。
記憶にあったあの二枚貝だった。僕はその貝を捕らえようと波間に両手を突っ込み、流されていく貝を拾い上げようとした。数回試し、なんとか小さい白い貝を掬い取る。
(取れた)
取ってどうしようというのでもない。けれど今までこの話をしても誰も本気にしてくれなかったのだ。そんな貝など見たこともないと、話をした皆が皆、そう言った。どうしてなのか嘘つき呼ばわりまでされた。いくら考えても理由は不明だった。
手の中の貝は小さくて儚かった。持って帰ろうかと思ったが、持って帰っても死なせてしまうだけだと思い返し、僕は手の中の貝を水中にそっと戻した。
「返してくれたのですね」
誰かの声がした。水面から顔を上げると日傘を差し、着物を着た二十五、六くらいの女性が僕を見ていた。砂浜に着物とはどういう組み合わせなんだろうとぼんやり僕が思っていると、その女性は近づいてきて言った。
「それは思い出のカケラです。持って帰るのは自由ですけれどおすすめはしません。閉じ込められてしまいますから」
知っているような、知らないような人だった。もしかしたら今は夢の中なのかもしれない。
「この貝が見える人は生きるのがつらくなった人です。思い出に生きた方がいい人もいるけれども、あなたはそうではない。だからもう帰りなさい」
「そうします」
自動的に僕は答えていた。でもさっきまで僕は、貝を見つけたらその後自殺しようと思っていた。誰も僕の言うことを信じないなら僕はいなくてもいいんじゃないかと、そう考えていたのだ。
「あなたは誰ですか」
女性は僕をすがめて見た。
「知らないのなら、いいのですよ」
ぐらっと視界が揺れた。僕は熱中症を起こしてその場に倒れたのだった。
運ばれた病院で、僕は母から「それは曾祖母の叔母だったのではないか」という話を聞いた。
「身なりを聞いてもしかして、と思ってね。会ったことはないんだけれど」
なんでも美人だったが変わり者で、貧乏な画家との結婚を反対されて駆け落ちしたという。最後は曾祖母に連れられて、まだ若い祖母も確認にいったそうだ。
「まわりも誰も知らなくてねえ」
母が病床の枕元で言った。
「部屋に自分があげた小さい頃の絵があって、それでやっとちゃんとした確認が取れたって言ってたわ」
まだ五十になる前に死んでしまったらしい。画家を養うために無理をして、そのせいで死んでしまったのではないかということだった。
「そうなんだ」
ではあの人は思い出に生きていたのだろうか。幸せだったのだろうか。
(僕は)
まだ不幸でも幸せでもなかった。ならもう少し生きてもいいかもしれない。僕はそう思った。