三日月コスモスは何度でもあきらめない
「君が〝三日月コスモス〟なのか!」
課長がずり落ちた眼鏡を直すことなく私の作者名を叫んだことは今でも覚えてる。オフィスではクールな彼の驚きの眼差し。よし! 私は心の中でガッツポーズをした。
けれども、それから全く進展がない。
「いつも付き合わせてすまない」
暖かい日差しが差し込むカフェのテーブル、彼は画面から目を離すことなくキーボードを打ち続ける。
書いているのは恋愛小説、完全に外見とミスマッチ。しかもヒロインの乙女心を分かってない内容。だけど横顔はどこか真剣。
「小説を完成させたいんだ」
彼がお願いしてきたのは半年前、私のもう1つの職業を知り、むかし書いていた小説を思い出したそうだ。
そんな彼を意識したのは転職してすぐ。
昼休み、彼が黙々と読んでいる本をちらりと見るとそれは私のデビュー作だった。数日様子を見ているとまた最初に戻る。すみません、1冊しか出せなくて。
羞恥心に苛まれつつ目で追っていくうちに気になって、それならばと正体を明かしたところ、小説の手解きをすることになった。
それで分かったのは彼は止まっていた過去を清算するために小説を完成させたかったということ。
「見せると約束したのにあの時は完成しなくてね」
読ませる相手とはもう別れたんだけどね、と付け加えて彼は苦笑する。
分かってますよ、その人が私の本の表紙を描いていたからあんなに集中して読んでたんですよね。課長は作家になってその人に表紙をお願いしたいんじゃないですか。
口に出てしまったんだと思う、彼はパソコンから目を離すと首を振った。
「いやいや、そうじゃない。君を見てこのままじゃいけないと思っただけなんだ」
それでも私が顔色を変えないでいると彼は困ったように眉をハの字にした。
「そうそう、三日月コスモス、いいペンネームだ。三日月は成功の暗示、コスモスの花言葉は調和・謙虚だった、かな。地道な努力が作家として花開いた。仕事に作家、えらいよ君は」
「ピンクのコスモスの花言葉は知ってますか?」
「い、いや」
彼は申し訳なさそうな顔をする。どうして私がこうなのか本当の原因は分かってないんだろうな。そういうとこだぞ、ホント。
ピンクのコスモスの花言葉は乙女の純真、話をするならそこまで触れないと。
けれど、それを教えるつもりはない。憎らしいけど、そこまで気が回らないところがいい。
冷ややかに返事をしようと思ったのに、春の陽気のせいで私は優しく微笑んでしまった。
ここまでお読み頂き本当にありがとうございます。
本当はロマンスグレーの課長が「定年後に無趣味だと早死にしそうだから小説の書き方を教えてくれ」と言ってくる内容にしたかったのですが1000文字では足りなかったのでこうなりました。
これはこれでアリだと思うのですがいかがでしたでしょうか。
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