第七話【ラウンズガーデン】
すいません寝不足で寝てました……。今回はちょっと短めです。
俺はヘクトール。
四千年ほど前少々槍で名前を残した、まあ所謂『英雄』ってヤツだ。
何度も転生して、今は大陸中央部に位置するアスリル王国北部の防衛を任じられた公爵として少々忙しい日々を送っている。
まあ、今世はかなり当たりの人生だと思うんだが。
ただ一つ難点を挙げるとするなら、子供をなかなか授からなかった事だろう。
実際、最終的には孤児を拾って養子にして後継者に育てているし、結構そこはヤバかった。
俺はまだ三十四。
とはいえ、若くしての人死にがまだまだ珍しくないこの時代だと、だからと言って安心できる訳でもない。
そもそもが魔物との境界線でもあるこの領地は、領主の殉職率が高い。
だから、フレアマリーには卒業したらすぐにでも爵位を譲りたいのだが。
「何でこのタイミングで目覚めるかなあ」
問題は、その弟だ。
姉が選ばれたなら自分はそのおこぼれで満足しますよと、今までずっとフレアの陰にいたあの子の秘密を、俺は知っていた。
あれは、ただの捨て子ではない。
二千年前、魔神と愛し合った魔女が生んだ双子なのだ。
どうやって二千年後に送り込んだのかは定かでは無いが、おくるみに手紙が挟まれていた。
フレアは一切魔神の力の片鱗が無かったが、その代わり生まれつき悪魔が見えた。
そもそもが胎の中にいた時から悪魔と一緒だったのだ。
魔障は既に受けていたのだろう。
隠し通せるものではないと、三歳になり言葉を理解できる様になったフレアに出生の秘密を明かした。
それからのフレアマリーは、弟に厳しく接し、可能な限り傍にいる様になった。
そもそも、本当は彼女は姉ではない。
手紙にははっきりと兄と書かれていた。
だが、双子で、自身に才が無いと悲嘆していたナギーニャを慰める方法を、彼女は他に知らなかっただろうし、俺もその方が都合がよくてことさら口は挟まなかった。
私は姉なのだから、アナタより優れていてもしょうがない。
そう、ナギも思うようになったし、それでこの問題は解決かと思っていた。
だが、そう簡単では無かった。
ナギは、諦めてなどいなかった。
どうやってか、洞窟の泉を通じて大精霊を引っ張り出して来たり、夜中に屋敷を抜け出して盗賊を皆殺しにして略奪するなど、あいつの力への執着は異常だった。
おまけに、盗賊から助けたり悪魔に憑依されていたのを祓ったりで集めた者たちで戦闘集団を組織し出す始末だ。
どこで覚えたのか金の作り方をよく知っていて、資金を提供しているとアーリアから報告を受けた時は卒倒しかけた。
んで、しばらく大人しくしていたかと思えばこれだ。
「で、アタシはどうすればいいんだこれ。明らか報告しないと駄目な案件なんだけど」
「テキトーにボカしといてくれると助かるなあ。つーか、扉の封印強化しとかないと」
「洞窟の方は?ナギーニャは一度中まで侵入したんだろう?」
「あの時はな。剣を抜いたなら今は文字通り半魔だ。聖水ぶっかければそれだけで火傷する生まれつきの悪魔だぞ。もう洞窟の結界は素通り出来ない」
「なら扉だけで良いか。つーか、魔神崇拝者がアレの存在突き止めたらどうする気だよ」
「その為に迷路にしたし、普通なら途中で精神がおかしくなるんだよ。どうにか辿り着いたアイツが異常なだけで」
息子よ、オマエマジで今どこで何やってんだ。
***
「随分と建物が増えたな。一年でここまで変わるか」
「人員もかなり増えたわ。任務に動かせる平兵士もそろそろ四桁だし、貴方が残していた計画書のおかげでフロント企業も盛況で活動資金も潤っているし」
ああ、あれね。
てか四桁?今四桁って言った?
増えすぎじゃねいくら何でも。
え?という視線に気付いたのか
「組織の拡大にとにかく力を入れたのよ。いざという時貴方が動かせる人間は、多い方が良いでしょう?」
優秀過ぎだろ。
やっぱ戦闘能力もだけど普通にこういうとこまで頭回るの強いなベラト。
「あと、それからここではアレフと呼んでちょうだい。部下の手前だしね」
なるほど、確かに組織として動く以上コードネームの方が都合が良い事も増えるだろうしな。
「ああ、そうしよう。アレフ、それでベートはどこだ」
ベート―――七曜第二席であり、幼馴染でもある、シルヴィエットの事だ。
「そうね、貴方は知らなかったんだったわ。ベートは、今任務で手が離せないのよ」
任務、だと。
嫌な思い出しかないな。
「任務、か」
「ええ。貴方の出迎えの方が優先度は上なんだけど、ベートじゃないと務まらない上今後の為にどうしても外せない任務だったから。ごめんなさいね、もう一年近く会ってないでしょう」
そこまで重要か。
確かに、ベートは総合力ではアレフ程では無いにせよかなりのものだ。
剣術、魔術、体術、諜報。
どれもかなりの練度であり、なるほどそれが必要な任務となると確かに代役はいないな。
「ふむ、なるほどな。ベートの姿が見えない訳は察した。それで、現段階での各セクションの進捗報告を」
演出としては素晴らしいが、会話には邪魔なので仮面を外して、歩きながらで構わないと目で促す。
「ではまず人事から。現在ここにいるガーデンの構成員は我々も合わせ3451人。外部で諜報や作戦のため潜伏している者、フロント企業にて勤務しているナンバーズや七曜達も含めれば7000は超えます。やはり、一万は動員出来る兵力が欲しいところですが、現段階ではこれが限界かと。次に、所有する施設ですが、ここキャメロットを含めた大型拠点は国内に五、諸外国に七つ。中小の拠点は、国内に七百四十一、内偽装が三百五十七、諸外国にはそれぞれ百ほどずつ。こちらも半分は偽装です。続いて、資金面ですがこちらは先ほど言った通りフロント企業のおかげで潤っています。保有している現金だけで数年は保つかと」
思ったよりしっかり魔王軍だこれ。
「それと、貴方の計画書にあったモビルワーカーによる機甲兵団の配備と人型起動兵器の開発、それの運用母艦の建造も既に最終段階に入っているわ。飛行ユニットを追加で搭載した無頼弐式が、既に量産体制に入っているからトレードッグで地上からの運用はもう可能よ。それと、貴方の専用機の開発も急がせているのだけれど何か要望はあるかしら」
オイオイオイ。
前世で得た経験からハッと閃いた軽戦車における新しい戦闘ドクトリンやこの世界における人型起動兵器の汎用性における利点を纏めてはいたが、あれと大雑把な設計図からそこまでやったのか。
これだけの戦力が揃いつつあるというのか、俺の手に。
世界征服できそうだな戦略から練れば。
いや、今欲を出すことは無い。
「そうか、専用機の件は後ほど聞くとして。他の七曜はどうした」
正直姉さんの蘇生を早くしてあげたいし、何で記憶がこんな事になっていたのか調べたいし、アナが何故俺を助けに来なかったのか問い詰めたい。
だが、それは今でなくても出来る事だ。
いや、正直どうにか誤魔化して学生生活を送るなら明日の朝までに戻らなきゃいけないから姉さんの蘇生は早めに済ませたいところだが。
「ギメルは商会の運営、ダレトは振れる任務が無いのでキャメロットにて待機、ヘーは南部で潜入任務、ヴァーヴは国内外各地への諜報、ザイン……アキラは兵器開発で今工廠に」
「や、少年。久しぶりだね」
不意に、アレフの言葉を遮る様にソレが現れた。
解像度の低いポリゴンの様なものが空間に現れ、徐々に輪郭をはっきりさせる。
全体的に暗めな赤で身を包んだ女性が、久しぶりと手を軽く振る。
彼女がアキラ。またの名をザイン。
ラウンズガーデンの工廠長にして技術開発局局長、そして七曜第七席である。
彼女は七曜の中では例外的に扱われる事が多い。
何せ、彼女は七曜の中では唯一向こうから僕にアプローチしてきたのだ。
長くなるので出会いは割愛するが、利害の一致とお互い気に入った事でガーデンに入った彼女は他の構成員と比べるとちょっと異質だ。
それに、研究にかかりっきりな事が多いのであまり僕もザインの事は訪ねなかった……というのは建前で、本音を言うと彼女があまり得意ではない。
「ザイン、貴女内輪ならともかく部下の目があるところでゼロをそう呼ぶのはやめなさい。七曜が規範とならなくてどうするの」
「えー?良いじゃん別に。アタシと彼の関係はみんな大体知ってるし。必要以上に敬意を払う必要も無いでしょ。それより少年、この後時間ある?ちょっと工廠の方に来て欲しいんだ」
いや彼女の性格にことさら問題があるわけではないが。
こう、無遠慮に距離を詰めてくる感じが少し苦手。
それさえ無ければ言う事無しなんだけどな。
「少し待て。アルスロットはどうした?確か戦闘含め指導に当たらせていた筈だが」
「はい、演習場にて模擬戦中です。呼びましょうか?」
訓練中に会いたいからで上司から呼び出されるってパワハラじゃねえかな。
まあ呼ぶんだが。
数分後。
「ご壮健そうで何よりです、ゼロ」
片膝をついているこの全身フル装備の重戦士が、円卓第八席、アルスロットだ。
総評としては、めっちゃ強い。
魔術なし正面からの斬り合い殴り合いなら、七曜でも負ける時は普通に負けるぐらい強い。
いや去年までの話だから、今は知らんが。
「お前も、変わりない様で何よりだ」
腰に佩いていた夜を叩き、
「後で付き合え」
「御意に」
うむ、このやり取りも懐かしい。
「さて、工廠だったな」
「おお!来てくれるのかい?」
「ああ。まだ何か報告はあるか、アレフ」
何か忘れている気がするけど、まあ良いや。
「いいえ。急を要するものはないわ。では私はこれで。ヘットも持ち場に戻りなさい」
「了解だ」
その図体に見合わず以外に機敏で、アルスロットはすぐに姿を消した。
「……色々とこっちからも聞きたいことがある」
「んむ、それは勿論だとも。君はちょっと自分の事もガーデンの事も把握していない」
じゃ、行こうか、と彼女が魔法陣から取り出したのは。
「創宮剣?」
「そうとも。見れば分かる通り、ここは移動が面倒でね。ここだと魔力の消費もほぼ無いしけっこう使ってるんだ」
そう言いながら、アキラは空間を越えた道を創った。
ありとあらゆる物質を従え、好きに創りかえる彼女の起源にして権能。
解釈次第でここまで出来るのか。
「びっくりした?まあ、出来る様になったのは最近だから、知らないよね」
その道を歩いていくと、すぐに工廠に着いた。
「時空に穴を開けているのか」
「まあ似たようなものだね。扉渡りとはアプローチの仕方が違うけど、それにかかる時間・過程をすっ飛ばすってのは同じだから」
どう理屈をつけているのか分からんが、まあヨシ!
少なくとも僕には出来ないからこれ以上考える意味も無いだろう。
「で、君が知りたかったであろう事だけど。三つほどあるけど、どれから聞きたい?」
「記憶」
「オーケー。ま、そこら辺は割と説明しやすいところかな。君の言っていた例の悪魔とやらが記憶に細工してたんだろう。タガが外れた事で思い出しやすくはなってるけど、今も君は半記憶喪失だよ」
「治せないのか?」
「それは、複雑に絡み合った糸を刃物を使って傷つけずに解くぐらいの難易度かなー。有り体に言えば無理」
「そうか。なら今は良い。じゃあ、何故誰も僕に会いに来なかった?」
自分から拒絶しておいて都合のいい事だが、流石にそれは変だ。
普通気にならない?
「あー、その辺の話は、あんまり出来ないんだけど。まあ教えられる範囲だとね?我々も君と少し距離を置いてみようという事になったのさ。これ以上は言えないけどね」
……ふむ。
「なるほど、契約か。それならば喋れまい」
「ご想像にお任せするよ」
それすら禁じられたか、随分と神経質な相手らしい。
「ならばこれ以上は聞くまい。それで、私の専用機とは?」
「よくぞ聞いてくれた!基礎フレームはもう出来ているんだよ。駆動フレーム、フレームカバー、外板、装甲板と既に構想は固まっているんだけど、研究者のサガってヤツでね?今のままだと何か物足りないからさー。何かアイディアちょーだい」
ああそういう。
「設計図を見せろ、フレームだけ見せられたところで分からん」
「ほーいほい、こっち来てこっち」
そこに、それがあった。
十八、いやそれ以上か。
鉄の骨格が工廠の一角に座っていた。
黒い鋼で出来た骨に、どこか親近感を覚え、そして閃いた。
「流体金属を武装に使いたい。手のひらから出して武装作成……いや、発想を人間に囚われるな。もっと自由に……そうだ、ワイヤーアンカー。尻尾の様に動けるワイヤーの先端に鈍器か何か括り付ければ、攻撃にマニュピレーターを動かす必要すらない。シルエットはこんな感じで……出来そうか?」
「やれるとも、こちとら兵器生産に年中使っているんだ」
「よし、ならテイルブレードは確定だ」
設計図の背中側に、いくつか追加を入れる。
「あと、〝爪〟も欲しい。武器を失った時の攻撃手段が欲しい。火器は腕部に固定しておきたい、持ち替えがロスだ。それと、指揮官機だから当然広範囲・高性能なセンサーや通信機器を搭載しろ。この時代に通信という概念自体があるか怪しいが、ジャミング・盗聴の危険性も加味して暗号化もな」
要望を書き込んでいく。
「いやー、これはイイ刺激を貰ったねえ。ありがとね、少年」
「用事はこれで終わりか?……そうか、なら僕はこれで」
足早に、工廠を後にし、アルスロットに会いに行こうと足を向け……止めた。
流石にもう現実逃避は十分だ。
いい加減今後の方針を決めなければ。
このままここにいるのか、学園に戻るのか。
僕はどっちでも良い。
ここででも、学園からでも、やってやれる。
問題は、姉さんだ。
僕は、彼女をどうしたいのだろう。どうしてほしいのだろう。
彼女に事情を説明して、ここにいてもらう?
それとも、ボカして伝え、学園に通ってもらう?
でも危険が多過ぎる。
いや、そもそも彼女はここに通う必要も無いのだ。
父さんに手紙を送り、姉さんを盤上から退場させれば、少なくとも悪魔絡みでは安全だ。
でも素直に姉さんが受け入れてくれるとは思えない。
どうする、どうすれば。
いや、そもそもこれは滞りなく蘇生が成功する前提の話だ。
分からない。
見つからない。
―――僕は、姉さんをどうすればいいんだ?
立場、建前。
感情、本音。
そうだ。
本当は、
もう全部
吐き出して
「それ以上は駄目だ」
もう僕は決めてしまった。
自分の理想の為に、魔王になると、正義で倒せない悪を討つ為なら巨悪になると。
ならもう止められない。
後は、どんな地獄が待っているかだ。
「……アレフ」
「ここに」
「部屋を用意してくれ、姉さんを蘇生する」
アナも呼んだが、反応が無いという事は近くにいないな。
「御意に。こちらへ」
正直、もう僕は何が正しい事なのか、自分が立っているところがどっちなのかも分からない。
けど、やるべき事だけははっきりしていた。
***数時間後***
「学園の様子に変わりはありません。道化悪魔が手配したものかと思われます。侵入ルートは15本確保しています。ご随意に」
「では、しばし仮初めの姿に戻るとしよう。学園周りに注意を払っておけ」
「は!」
平兵士が空中に描いた魔法陣をくぐると、そこは寮の僕たちの部屋だった。
腕に抱えた少女を、そっと寝台に寝せて布団をかける。
僕は、学園に残る事を選択した。
やってやる、ここからでも。
世界征服ぐらい、この部屋からでも叶えてみせるよ。
僕たちは、ラウンズガーデン。
庭園の円卓に集いし者ども。
各々の理想のために集まった、牙を研いだ弱者たちだ。
見てろよ、なんて言ってやらない。
吠え面をかかせてやるよ、世界。
次回は、来週の日曜日あたりに投稿する予定です。