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正義の実現者になりたくて  作者: 藤本悠
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第六話【魔王が目覚めた日】

さあタイトルでネタバレしてますねこれ。まあその過程をお楽しみあれ。

放課後。

姉さんと城下を散歩していると。

何やら、不穏な声が聞こえてきた。

「姉さん、あれ」

「ああ。騎士が難癖付けてるのね。まったく、良い大人が」

悪態を吐きながら、すっかり委縮している子供の元へ足を向ける姉さん。

こういう姉だから、嫌いになれないんだよなあ。

面倒事に自ら足を突っ込むのは僕たちのお家芸なのかなあ、などと考えながら姉の後を追うのだった。

「ちょっと、良い大人が子供相手に何人がかりよ」

おいおい、一応訓練を受けている騎士だぞ。

怖くないのか、あの姉は。

「そちらこそ、難癖を付けるのはやめてもらおうか。我々はこの工房に悪魔の痕跡が残っているのを調査しに来ただけだ。そいつらが邪魔してきたのだぞ!」

ん?

あれは……

「あ、燐兄ちゃん!この人たちが、兄ちゃんの工房に勝手に入ろうとしたから」

「ああバカ、言うな言うな」

それを聞かなければ、子供のいたずらで済ませれたのに……。

「ほう、坊主。貴様のか」

ああはいはい、そう来るよね。

「そうだけど、それがどうかしたの。至って普通だと思うけど」

あの工房は先週借りたばかりで、魔障もなく良い物件だと喜んでいたのだが、これ如何に。

「話が早い。ナギーニャ・ノクター、貴様には悪魔憑き及び魔神崇拝の疑いがある。同行願おう」

んー。

「ちなみに、断ったらどうなるの?」

「であれば、剣で従えるまで」

「そうかー、それは嫌だな」

うーん、どうしよう。

この人数はちょっとなあ。

「しかし、疑いがあるでは連行は出来るが処分には至らん。それでは手間だろう?」

「だから?」

一人の騎士が、子供の首に剣を伸ばした。

「出来るだけ早く、認めてくれると我々も助かる」

「うーん、絵に描いた様な悪党だ」

正直、可哀そうとは思う。

だけど、だから?

別に、その子が居なくなっても僕の人生に何の影響もない。

こう言ってはなんだが、そんな人間が何人死のうが僕の知った事ではない。

だからどうなっても良い、はずなんだが。

「今すぐその剣を降ろせ、三下」

僕の心は、静かに燃えていた。

「何だと、では認めるのだな」

「違えよ、薄らトンカチ」

識者の魔眼をその目に宿す。

「人質取ったところでお前の手が塞がるだけだから、せめて抵抗ぐらいはさせてやるって言ってんだよ」

「黙れ!浅ましい本性を人の皮を被って隠している悪魔風情がァ!」

剣を振り上げる。

身体のどこかで、何かが千切れる気がした。

「やめろォ!」

バチンッ、と火花が舞い、剣が弾かれた。

「あ、何……が起きた」

そして、俺はようやく気付いた。

自分の身体を、今までとは比べ物にならないほどの魔力が流れている。

身体に収まりきらない魔力が、青い炎の様に波打っている。

「そ、その炎……。魔神の力……」

「ええい怯むな、ついに本性を現したか、悪魔の子め!ここで祓う!」

俺に斬りかかってくる騎士。

避けるまでもない。

正面から殴り飛ばしてやる、と剣の到来を待った。

だが、奴の剣が俺に届くことは無かった。

そして僕の過ちだった。

姉さんが、僕の盾になった。

「あ?」

訳が、分からない。

でも、血が、いっぱい

「姉さん?」

そんなわけがない、魔力で身体強化はしていたはずだし、斬られたくらいでそんなありえない

でも姉さんは動かなくて。

僕は、限界を超えていた。

「ど、同罪だ。悪魔を庇うなら、魔女だ」

目の前の騎士が、目障りだった。

一撃で消し飛ばせる、武器が欲しかった。

「ッッッッッ、アナァ!」

記憶のタガが外れた。

「降魔剣を!」

持っているという確証など無かったが、記憶を失っていた自分が絶対に見つけられないとすれば、そこだろう。

「……うん」

青い鞘の、美しい刀が投げられた。

それを、左手で掴み、零れる魔力で封を焼き、右手で躊躇う事無く引き抜いた。

「うああッ!」

気合だけで、騎士たちは消し炭になった。

……おっと、これでは姉さんも焼いてしまうな。

魔力を吸収する様『奪』を付与した、自身の魔力で練られた服で自分の炎を抑制する。

「ごめん、姉さん」

奪で自身にかかる重力を操作し王都から少し離れたところまで移動する。

「必ず助けるから、少し眠っていてくれ」

自身の領域にその状態で保存。

「リン……」

「アナか。今まで出てこなかったのは、聞かないでおこう」

そこまでは自制していた。

そこから先は、慟哭だった。

「うわあああああああ!うわあああああああ!畜生、馬鹿野郎おおおおおお!どうして俺は、こうなるんだ!うわあああああああああああああああああ!」

自身が予期しえない理不尽。

慢心による姉の喪失。

悪魔により、日常を破壊される。

前世並みの絶望を味わった彼の精神は、完全に破壊された。

ああ。

そうか。

この世界は、正義なんて許さないんだ。

「フハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハ!」


かつて、ある聖騎士が宣告を受けた。

「汝は、望まずして魔の王を生むであろう」

彼の王は、二千年の時を越えて身体を得て。

十五年の時をもってその(ちから)を取り戻し。

半日で目覚める。

「そうだ。僕はずっと嘘を吐いていた。陰に潜む生涯で良いと言う嘘で、武で身を立てたいという本音を隠してきた」

だけど力が無かった。

陰から雑魚を狩るしかできなかった、無力な僕では理想には届きはしなかった。

けれど、今力が手に入った。

じゃあ、どうする?

ここから事態を収拾して正義の味方を目指す?

「そうじゃないだろ」

もういい加減気付けよ。

世界は、オマエに優しくない。

悪人の子供は悪人よろしく、魔神の落とし胤は魔神と同じ扱いらしい。

「ハッ」

そうだな。

分かってたよ、転生する前から。

何年経とうが、所詮現実はこんなもんだ。

俺は、二千年待った。

それだけあれば、少しは世間の見方も変わるんじゃないかと。

魔神の子でも、生きていていいんだって、胸を張れる時代になっているんじゃないかって。

現実はこうだ。

本当は前世から分かっていた。

英雄ってのは、正義の味方ってヤツは世界に使い潰される消耗品だ。

奉仕と言う名の搾取、どれだけの偉業を成せど得られるは一時の名声とそう多くない金品。

なあ。

それ、俺がやる必要はあるのか。

そう尋ねた時、アイツはなんて言ったっけ。

『アナタである必要性はありませんが、その方が色々と都合が良いんですよ。私にも、アナタにも』

まったく、運命なんてそんなもんだ。

前世で、多くのものを取りこぼした。

健全な人間関係、本当に守りたかった人、俺に憧れた見習い、こんなクズを慕ってくれた部下。

俺が、問いかけてくるんだ。

―――もう良くないか?

―――オマエはよくやったよ。

―――自分と世界を何度も天秤にかけて、苦渋の決断で世界を取り続けたんだ。

―――なら、今世でぐらい自分を取ってやれよ。

―――後始末は、この時代の英雄に押し付けちまえ。

―――それぐらい、許されるだろ。

揺れる。

良いのか、その道を選んでしまって。

―――オマエの理想で、オマエの大切なものは守れるのか?

「―――ッ!」

脳裏に浮かぶのは、血の海に浮かぶ姉さん。

こんな世界に、尽くしてやる必要なんてあるのか?

いや、いや、いや、いや。

無い。

けど。

「まだ、正義は捨てたくない……」

―――なら、捨てなければいい。

―――すべてはオマエの望む正義の実現のために使えばいい。

正義のために?

―――正義のために動く魔王が一人ぐらいいても良いだろう?

―――なれよ。


―――オマエが思い描く、正義の実現者に。


「ああ」

そうだ。

イメージしろ。

少し未来の強くなった自分を。

衣装で。

立ち居振る舞いで。

まだ足りない部分は、演出で誤魔化せ。

黒い雲がかかってきた。

黒か。

イメージする。

自分が着ていても衣装に着られない、魔王に見える服装を。

黒。

再製、開始(トレース・オン)

神聖領域内にある衣装の中から、それらしいものを選ぶ。

漆黒のブーツ、紫紺のパンツ、黒いYシャツに紫紺のスーツ、巨大な襟と大きく広がる裾が特徴的な紫紺のコート、こちらも同じく紫紺の手袋に、顔をすっぽり覆うスライド式の仮面の上から更に黒いフード。

常闇の陰装、だったか。

うむ、暗い雰囲気を醸し出す雲の演出も相まって、良い具合だ。

「さて、アナ。幾つか確認しておきたい事がある」

「うん、何?」

「まず一つ。お前は、僕の味方なんだよな?」

それがどうもはっきりしない。

もし僕以外の思惑に乗って動いているなら、それはそれで対処しなければならない。

「うん、私はリンの味方だよ」

「よし、今はその言葉を信じよう。ではもう一つ、シルヴィはどこだ?」

僕は、先程までここ数年分の人付き合いの記憶が無かった。

シルヴィもその中だ。

あの半年の間、一度も会っていないのはどう考えても妙だ。

「えっと、それはね……」

「そこまでだ、魔神の手先!」

ほう。

存外早かったな。

騎士団か、討伐隊を編成してこの短時間で追いついてきたか。

「魔神の手先とは心外だな。我が名はゼロ。悪より生まれ、悪を狩る者」

魔王的な演出も兼ねて、声を作り名乗りを上げる。

「矮小なる者どもよ、今ならまだ逃げ帰っても許すぞ?」

「黙れ、命に代えても貴様をここで討つ!」

随分と勇ましい事だが。

「残念だが、貴様たちのその覚悟は無駄になる」

「諦めたか、覚悟ーーー!」

念のため、ガト爺に入学祝に打ってもらった【夜】を再製して腰に佩いていたのだが。

「逆だたわけ。貴様らが命を賭した程度で獲れる首ではない。身の程を知れ」

顔面を殴打し、横合いへ飛ばす。

後はまあ殴って蹴って、剣を抜くまでもなく制圧した。


「さて」

まだ剣を支えに立つエルフを死体の山の上から眺めながら。

「心が屈しておきながら―――未だ立つか。よもやまだ戦う気ではあるまい」

その赤い瞳には、何の感慨もなく。

ただ、己に屈した少女が立ち上がった事に少しの興味を覚えていた。

(しかし、妙な気分だ。何故か、初対面の気がしない)

少々不愉快な気分になりながら、死体の山から見下ろす。

「契約か取引か……私を最後に残したのは偶然では無いはず。私に何を望む」

剣はこのまま伸ばせばいずれは陰身流込みでも僕を越えるだろう。

まあ、僕も成長はする予定だから僕を越えるのはだいぶ先だろうけど。

頭も悪くない。

「ふむ。実はな、ちょうど配下を所望していたところだ。お前の願いを一つ叶えてやろう。その代わりに、契約に反しない限り俺の剣として仕えよ」

―――受け入れるなら、見逃してやっても良い。

言外にそう匂わせ、反応を見る。

「その契約、結ぼう。我が剣は汝の元に、汝の命運は我が手に」

ほう、即決即断か。

良いねえ、そういうのは嫌いじゃない。

「我が命運は汝の手に、汝の剣は我が元に」

「「《契約(ゲッシュ)》」」

少年は魔王に。

正義は虚構に。

あらゆる因果の収束により、この地に魔王が目覚めた。

「我が財宝の一つだ、受け取るが良い」

空間から引きずり出した、僕が去年鍛えた白刃の刀にて簡易だが騎士の叙勲を行う。

エルフに渡すこの刀は、彼女の忠誠の証だけではなく、契約(ゲッシュ)を破った時自害させるためのものだ。

「ありがたく頂戴いたします。()()ラウンズガーデン、ゼロ様に忠誠を捧げましょう」

ラウンズガーデン。

その名前が、酷く引っかかる。

「貴様、我とどこかで会ったか?何故だかとても初対面とは思えぬ」

「五年ほど前、シルヴィに続き貴方に救われた者。ベラトリクスと、新たな名を貴方に貰った。七曜の首席を務めているわ。貴方の記憶に残るほどの価値は無かった様だから、もう一度説明したわ」

ベラトリクス、七曜、ガーデン……

「ごめん、ベラト。君を忘れるなんてどうかしていた」

本当に何で忘れていたんだ。

記憶はさっき戻ったはずなのに、混乱している。

僕の記憶通りなら、彼女はラウンズガーデン最高幹部七曜主席、ベラトリクス。

シルヴィが友達だとするなら、彼女は最も僕に近い部下だ。

「いいえ、謝ることは無いわ。どうやら、記憶に混乱がある様ね」

「ああ、そのようだ。だが、今は放置でいい」

「ええ、今はそれよりも退路の確保とお姉さんの蘇生を優先しないと」

「いやそれよりもだ。ベラトよ、先程の契約(ゲッシュ)は破棄だ」

「え?」

「君ほどの忠臣にあの様なもの、不要だろう。今すぐにでも」

「いいわ、別に」

「何?」

「あれは、私なりの覚悟だから。どうか受け取って頂戴」

ならば、これ以上は何も言えない。

「では、もうここに留まる理由もないな。拠点の位置は?」

「五年前と変わらず」

「では、たまには君に先導してもらおうか」

「分かったわ、今ゲートを開くから」

僕は、力を得た。

であれば、今世では己のために使うとしよう。

そうだ。


―――すべては正義の実現者になるために!


***ノクター公爵領***


「二体、祓われたようだな」

「そうだねえ。あー、ヤバいねこれ。ほぼ同時ってことは無意識かなあ。漏れたとかじゃなくて多分抜いたね、ナギ」

「どうするつもりだ、ヘクトール」

ヘクトール、と呼ばれた男。

彼こそは、ヘクター・ヴィ・ノクター。

ノクター姉弟たちの養父である。

「んー、(やっこ)さんこの事も織り込み済みだろうし、一旦は放置かねえ。そもそも、四千年前ならいざ知らずこの時代の俺は一公爵だよ。心臓取り戻した魔神の落胤なんて瞬殺されるわ」

肩をすくめ、様子見を決め込むと言うヘクター。

「まったく、今やお前もただの人間か。大英雄ヘクトール」

神代(しんだい)の頃ならいざ知らず、現代じゃそりゃ俺なんてただの人さ。あの頃はそこら辺の棒切れですら神秘を宿していた」

俺はそれに便乗して成功しただけのラッキーな奴さ。

そう自嘲するヘクトール。

「ま、拾い子だが俺の子だ。そこまで馬鹿な選択はしないだろ」


***スヴァローグ校長兼理事長室***


「うーん、ちょっと予定より早いというか、誰かに介入されましたねコレは。個人的にはもう少し時間をかけて抜いて欲しかったんですが、まあ起きてしまった事はしょうがないとして!さてさて、私は末弟の後始末をするとしましょうか」

その悪魔は、ニヤニヤ笑いを貼り付けながら部屋を後にした。


答えは得た。

力は得た。

そして、仲間を得た。

今はまだ世界は彼を知らない。

だが、世界が彼らを知るのももうまもなく。

「幕開けの時は近い、ですか。うーん、やはりどうしても娯楽に感じてしまいますね。ま、私悪魔ですから自然の摂理ですが」

―――幕開けの時は近い。役者は揃った。舞台は整った。デビューまで、残された時間はわずか。


姉がブラコンなだけかと思ったら弟も拗らせてましたね。ここから面白くなっていく(予定)なので来週もどうか見に来てくれると嬉しいです。あと、記憶に関する記述でちょっと違和感を感じたかもしれませんが次回作中で説明されると思いますのでご容赦を。次回は来週の金曜か日曜あたりに投稿する予定です。

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