第四話【昏倒、迷走の末鉄心】
予告通り間が空きましたが、投稿しました。次の話は一週間くらいで挙げられると思います。
聖暦2015年。
あれから五年が経過した。
この五年間、色々とあった。
あれから、結局シルの親は見つからず。
彼女には、侯爵邸からさほど遠くない廃村の家をリフォームして住んでもらう事にした。
十歳の女の子を一人にするのはちょっと精神衛生上よろしくないので、アナにはシルにつきっきりでいてもらった。
正直アナと会う時間が減ったのを、最初は寂しく感じてもいたが毎日の様にシルに会いに行ったし、慣れればそこまでだった。
そうそう、彼女には色々と教育もほどこした。
語学、基本的な四則演算、大まかな地理、歴史。
それと、魔術も教えた。
シルは中級までの元素魔術を、この五年間でほぼマスターした。
あと、シルはシルヴィエットだということも分かった。
あの時はアーリアのノックで遮られていたのだ。
本人も、別に愛称としては間違いではなかったので否定しなかったのだとか。
僕?あんまり変わらない。
剣術においては姉さんに勝てないままだし、魔術も頭打ちに近付いている。
夜な夜な暗がりから盗賊を射殺しているおかげで弓は一流と言える域に到達していたが、これだけでは正義の味方を名乗るには足りない。
アナから学んでいるとはいえ、やはり独学ではここらが限度か。
さて、これ以上を望むならどうしたものか。
「どうしたの、ナディ?」
「ああいや、何でもないよ。シルヴィ」
ガシガシと頭を掻きながら、シルヴィの疑問に受け答えするリン。
だが、ながらで答えているのがバレたのかシルヴィが頬を膨らませた。
「何考えてるの?ナディ、さっきから上の空だよ」
もう、すっかりその呼び方が定着したな。とどうでもいい事に思考を逸らしながら、本題を切り出す。
「いや、色々と頭打ちになりつつあるからさ。これ以上上を目指すなら、資料なり教師なり、誰かの手を借りなきゃいけなくなるのは確実だ。今王立で幾つか有名どころの大学をピックアップしてて、入学……は無理でも、蔵書を読むぐらいは外部の人間でも許されているからさ。とにもかくにも、公爵領を一度離れようかなって……うぶっ」
いきなりシルヴィにぶん殴られた。いや、押し倒された拍子に木に頭を打ち付けたのか。
何にせよ、頭が痛いしシルヴィが上に乗っかっているから重くて苦しい。
「……シルヴィ?どうし」
ぽつ、ぽつと。
僕の顔に雨が降った。
しばらくして、その雨がシルヴィから発しているのだと僕はようやく気付いた。
え、どうした。
泣かせるような事したか?
今までシルヴィを泣かせた事といえば、調子に乗って起源魔術で瞬間着替えをシルヴィに試した時に失敗して、結果彼女をただ全裸にした時ぐらいだ。あの時はマジで焦ったし、アーリアの冷たい視線がただただ怖かった。
いや、それは今は関係ないはずだ。
あの後仲直りしたし、僕も彼女もその話題については二度と口にする事はなかった。
つまり、ほかに僕がシルヴィを傷つける様な事を言った・したのだが。
皆目見当がつかない。
くそ、前世の経験を総動員しても分からんぞ!
いや、よく考えたらあんな血と硝煙にまみれた人生で碌な女関係築いていなかったし参考にならんな。却下だ却下。
「……かないで」
「え?」
「行かないでええええ……」
ぼろぼろと涙で僕の顔と服を汚しながら、涙ながらの嘆願だった。
そして、その意味を十秒ほど考え、ようやく僕は思い至った。
奴隷として人生のどん底にいた時、思惑はどうあれ救ったのは僕だ。
アナが四六時中そばにいただろうが、それでも彼女は僕にある意味では依存していた。
僕も、基本的に自分に従順な友人兼弟子という都合のいい存在に甘え、それに依存していたのだろう。云わば共依存だ。
……うむ。これは確かに泣くわな。
いかん、僕はどうやら教育に失敗したようだ。
再教育するにせよ、ここで骨を埋めるにせよ、とりあえず彼女を泣き止ませないと。
「大丈夫、大丈夫だよシルヴィ。どこにも行かないから」
ポンポン、と背中を叩きながら、言葉を尽くして落ち着かせる。
「……うん」
赤くなった目元をハンカチで拭ってやり、ある程度落ち着いたのを確認して立たせる。
「さ、行こう。今日は何して遊ぼうか」
こうして、僕は日常に強引にシフトチェンジする事で自分の本音を隠した。
ま、実際これ以上強くなってどうするというところではある。
流石に平原で数万人と一人で戦わなければならないなら負けるが、山に籠もり、姿を隠し、一度に数十人ずつなら現代火器と装備で完全武装した軍人であっても魔弓で確実に仕留められる自信がある。
陰ながら秩序を守る、正義の実現者としてはこの程度の強さで十分こと足りる。
平原で多対一で圧倒的な力で殲滅出来るなど、それこそおとぎ話に出てくるラスボスだ。
僕がなりたいのは魔王でもそれに立ち向かう主人公でもない。
己の信じた正義を貫き生きる、正義の実現者だ。
であれば真正面から竜を殺す力は要らず。
ありとあらゆるものを利用して、自分でも倒せる状況を作ってから手を下せばいい。
うん、だから良いんだ。
個人的に魔術を今以上に習いたい気持ちはそれ抜きでもあるが、姉さんよりも必要以上に目立たないという生き方に抵触する危険性がある。
なら、まあ惜しいがしょうがない。
この公爵領で、武器を打ち鍛え、やがては誰かと結婚して、趣味の範疇で正義の味方をやれば良い。
姉さんや世間に隠れて正義の味方をやらなければいけない以上、これが限界である。
そう、自分に言い聞かせた。
***
「ただいま、アーリア」
「お邪魔、します……」
「おかえりなさいませ、ナギ様。いらっしゃいませ、シルヴィエット様」
ちょうど他のメイドは出払っていたようで、アーリアが出迎えてくれた。
「アナは?」
「お部屋でございます。お待ちですよ。それから、午後から工房でしょうから用意をしておきました。荷物はベッドに纏めてあります」
「いつもありがとうございます、アーリア」
やはり、彼女相手にはいつまで経っても敬語が抜けない。
ま、目下の者に威張り散らすよりはマシだし、今後もこのままだろうな。
「姉さんは?」
「ご友人と王都まで。お戻りは明後日との事です」
「あ、そういえば試験だって言ってたね。って事は帰ってきたらまたガス抜きに絞られるなあ……」
「あはは……あ、そうそう。ガーデンの事だけど、規模があそこまで大きくなると流石にお金が足りなくなっちゃって……」
「ま、そうだよね。今七曜除いて何人いるんだっけ?」
えっと、と指折り数えるシルヴィがちょっと微笑ましい。
「確か、ボク達を除くと現時点では116だったかな」
多い多い多い。
あれそんなにいたっけ。
僕がこの五年で盗賊から助けた覚えがあるのは七曜と二十人ちょっとだぞ。八十人以上どうやって増えたんだ。
「えっと、ボク達でちょこちょこと……」
オーマイゴッデス。
畜生正義の味方的にはまったく問題ないんだけど、経営者としては致命的だ。
「はあ。じゃあ、かねてより計画していた王都で商会を立ち上げるアレを実行に移すか……」
元々は正義の味方を続けるための資金を集めるための計画だったが、予想外の出費を賄えなければ百人以上が露頭に迷う事になるなら仕方ない。
計画書を見直した上で、七曜の誰かに実行させよう。
あ、ちなみにさっきから話に出てきている『ガーデン』こと我らが『ラウンズガーデン』とは、(一応)僕が立ち上げた(実質シルヴィ達が作り上げ拡大させ僕が運営・出資する)組織だ。読み辛くてすまない。
「常に独り、陰に潜む」が僕の描いていた正義の味方だったのだが、シルヴィ達七曜の説得の甲斐もあって考えを改めた。
アナにも指摘されたが、結局どれだけ個を突き詰めようと目が、耳が届かない場所はある。
しかし一人でなければ。
二人なら、単純に倍の範囲を覆える。
三人なら三倍、四人なら四倍、百人なら単純計算で百倍の面積をカバーリング出来るのだ。
であれば、規模の大小はあれど組織を創ることはなるほど、理にかなっている。
これがシルヴィの口から出てきた時は、いかに前世からの独断専行具合が治っていないかを自覚させられた。
ちなみに七曜とは僕が助けた最初の七人だ。
彼女達は皆一様に高い魔術の素質があったので、自分の修行ついでにシルヴィ共々色々と教え、鍛えた。
魔術に魔眼、公爵家のコネクションも(バレない様に)遠慮無く使い構築した情報ネットワークを利用して、僕が赴けない地方には彼女達に活動して貰い、僕が行動可能な範囲では直接叩く。
公爵家の冴えない弟という隠れ蓑を最大限利用し、この五年間ひたすらに鍛治と修行に明け暮れた。
ま、しかしこの快適な生活ともそろそろおさらばだろう。
僕は今年15歳。
姉さんは来年王都の学園に入学する事が決まっているが、勿論そんなところ行く気もないし行ったら行ったで問題になりそうな僕は、これを機会に追い出されるだろう。
ま、姉さんが帰ってくるまでの話だし、それはそれで面白そうだ。
誰からも行動を制限されず、活動範囲が広がるというのは正義の味方的にありがたい事だしね。
そんなこんなで9月も末。
その日は、やけに寝付きが悪く寝起きも最悪だった。転生してから初めての事だ。
朝珍しくアーリアが来なくて、今世で初めて本当に一人で朝を迎えた。
アナがどこにいるか分からず結局諦めて朝食を摂り、公爵からの説教と罰として締め出された事で街に出ることにした。
「何なんだ、今日は……」
本当に、やけに今日はおかしい。
一つ一つは些細なことだが、それが1日に積み重なると妙にも感じる。
今日は鍛治の手伝いもないし、久しぶりに何の目的もなく散策してみようか。
と考えていた矢先、またおかしな事が起きた。いや見えた。
「……悪魔?」
二千年前は浴びる程見た、低級な塵のような『塵芥』達が空気中をふわふわと流されている。
何故だ?
転生してから今の今まで一度も悪魔を見なかったから、この時代にはもういないものだと思っていたが、こうして目の前に広がる光景を見るに俺が見えていなかっただけで変わらず奴らはいたのだろう。
それは良い、では何故今急に見えた?
転生前からの引き継ぎと言うなら生まれた時から、もしくは記憶を取り戻してから見えたはずだ。
そうではないなら、考えられるのは二つ。
一つは、悪魔から傷をつけられたか。魔障を受ける事は悪魔を認識出来る最も確実でポピュラーな手段だ。
だが俺はどこにも障られていない。
なら考えられるのは一つしかない。
俺はもともと悪魔が見えたが、何かでそれが阻害されていた。それが今無くなった。
「何だか嫌な予感がするし、切り上げて今日は家に引き込もろうか」
と潔く生存本能に従って帰ろうとした時。
「ああ?テメェ、ナギーニャじゃねえか」
お、君達はこの前ボコボコにした三人組じゃないか。
「いや、ガキ大将と取り巻き二人か」
「あァ!?ンだとテメェコラ!」
「カイさん、コイツいっぺんシメとしましょうよ!」
おっと、つい本音が。
と言うか、昨日の今日でよくもまあそんな口が聞けるものだってうわ。
塵芥だらけじゃねえかきったねえ。
蝿みたいに集ってるから黒すぎて顔見えねえよ。
つーかそいつ人間の暗い性根に群がる悪魔だぞ、数どうなってんだよ。
さっきの事もある、とっとと逃げ帰るか?
「待て待てお前ら。ノクターくぅん、君のお姉さんの事なんだけどさぁ」
「……そうかよし聞かせろ」
気が変わった。
どうせ家に逃げ帰ったところで状況は変わらないんだ。
たまには虎穴に入ってみよう。
***
「で、何だよ」
少し調子に乗ってついて来てしまったが、安全対策も保険もなしに行動しているのはちょっとマズい。経験的に。
こういう時に限ってイレギュラーが起きる。
「いやあ?そういやさあ、来年聖十字だよねえ?君のお姉さん」
「何が言いたい」
「別に?ただぁ、入学前に、揉め事起こしたら大変だよねぇ?」
俺は
転生してから初めて人を殺したいと思った。
思考パターンが前世に戻っている事も気付かず、感情に任せて殴りかかり、そこで気付いた。
テメェ。
「悪魔に憑かれたか……!」
異常なほど肥大した魔力、挙動の不審。
もっと早くに気付ければ先に手が打てたんだが、後の祭りだ。
……おまけに群がった大量の塵芥と各部の腐食。あれ腐属性か。
火か強力な光でなきゃ、元素魔術がまともに通らん。
あと通じるのは
「各属性の致死節詠唱なんだが―――ッ」
鉄筋振り回すんじゃねえよ。
腕でガード間に合わなかったら危なかったぞ。
「避けてンじゃねえよ、オラァ!」
取り巻きに貫手を入れて頭を掴み、盾にしつつ火属性の致死節を小声で詠う。
「『いと慈悲深き主よ その御心を満たす灯りを―――」
「―――矮小なる我らに恵み給え 照らし 焦がし 不浄を焼き払い給え』」
誰かが、詠唱を引き継いで唱えている。
「続けて火の章第十五節『荒れ狂いしは浄化の聖炎 その身 その業 我らの罪を灰に還し給え 荒ぶる御霊に浄化と安寧を 凄惨なる罪過には鉄槌を 主は汝を見捨てはせざり』【ア・ヴァーヌ・イルモヌァル・タル・デ・ウェスタ(贖罪と不滅の聖火をここに)!】」
それは、間違いなく俺が知っている言葉だった。
その二節は、腐属性の悪魔に対して俺が生前よく使っていた致死節だ。
「馬鹿な、我は腐の王であるゾオオオォォ!」
腐属性最高位の悪魔がおでましだったとは。
半端な致死節なら逆にカウンター喰らってたな。
「怪我ァ、無いか坊主」
―――声の主の顔を、姿を、僕は最初受け入れられなかった。
少し色が薄くなっている短く切りそろえた金髪、十字架を模した飾り紐のついた丸眼鏡、膝下まである丈長の黒いカソック。
その顔は、その服は、その物言いは。
前世の俺、九条獅郎そのままだ。
ありえねえ。あり得ていいはずがねえ。
その身体が、この時代にあるはずがない。
悪魔の見せた幻覚?魔術による偽装?似ただけの偽物?
だが、人間非人間無機物有機物総ての構成材質、根源までも識別できる《識者の魔眼》が、この目に映るコイツを九条獅郎だと言っている。
だがそれはありえねえ。
よしんば俺でない九条獅郎だとして、この時代に俺の肉体は残っていないのだ。
二千年前に死んだただの人間の死体が一片でも残っているはずはない。
生きていたとすれば、説明がつかない。
だとすれば―――
「誰だ、オマエ」
「あ?九条獅郎だっつーの。他の誰に見えんだ」
「そうか?俺の知っている九条獅郎は、こんな風に自分の正体を相手に推し量らせるほど気が長い人間じゃない。自分の立ち位置を明確にする意味でも、先に自分で全部話すような人間だ」
パチパチパチ。
乾いた拍手が鳴る。
「おめでとう、流石にそこまでは辿り着いたか。確かに俺はオマエじゃねえ。もしあれからもう少し長く生きていたらっていう存在しない仮定の未来の存在だ」
違和感あんのも当たり前、と抜かすそいつは、恐らく本当にそうなのだろう。
この感じは、一人思い当たる奴がいる。
「悪魔か」
「さあな。っつーか、それを聞くって事ァ記憶は欠損してんだな」
とりあえず歩こうぜ、と路地裏を出て、しばらく二人で無言のまま街を歩いた。
色々と聞きたい事はあったのだが、何故だか聞く気にはなれなかった。
***
「悪いな、遠くてよ」
着いたのは、この街だと唯一の教会だった。
「良いけど。何なの、ここに用?」
「まあ、な。色々と」
正面扉は鍵がかかっていたが、獅郎α(以後こう呼称する)は当然の様に鍵を開けて中に入っていった。
何で鍵持ってんだよ、と思いながら僕も続いて入る。
「どこだよ」
「奥だ、戸は開いてるから入ってこい」
中に入ると既に奥の小部屋に入ってるし、何なんだコイツ。
はいはい、と素直にその言葉に従って戸口を跨ぐ。
「お、来たか。お前に渡しとかなきゃならんもんがあるってんでな。俺が渡す事にしたのさ」
そう言って振り返った獅郎αが両手に乗せていたのは、青い拵えの剣、いや刀だった。
この前、白刃の刀を打たせてもらったがこれはそれよりもだいぶ立派だ。
まじまじと見つめていると、彼は何やらため息を吐き。
「お前は、どうなろうと変わらねえんだな。そういうとこは」
と変に意味深な事を口にした。何それ気になる。
「コイツは、銘は伽羅俱爾。またの名を降魔剣。お前の根源を封じてある、二千年前からある魔剣だ。取り返しのつかない事になる覚悟があんなら好きに抜け。でなきゃ抜かず、肌身離さず、封に触れず!太刀袋もくれてやるから、ほらこれ持ってけ」
赤い太刀袋に降魔剣を突っ込んで、こちらに突き出してくる獅郎α。
「ちょ、ちょっと待てよ!こっちには何が何だかだぞ!」
「説明してる暇がねえんだよ」
こちらの話は一切聞かずに何やら懐を探っている。
「これも持ってけ。使い方は必要になれば分かる」
そう言って押し付けてきたのは、古臭い西洋風の鍵だった。
「あ?これ扉渡りの鍵か。どこのだよこれ」
「何だ、それは覚えてんのか。秘密だよ秘密。っつーか、どうせ覚えてらんねーんだから教える意味がねえよ」
「は?何言って……」
「お前さ、一回ガーデンとかシルヴィから距離置け。悪い事は言わねえから、そうしておけ」
「は?する訳ないだろ俺の組織だぞ」
「だよなあ。つーか、それの説明してる暇もなければ、説明したとこで納得できる人間じゃねえよなあ」
当たり前だろ。
「悪魔が見える様になったって事は、もう時間がねえんだよ。だからまあ、時間稼ぎ程度だが」
タンッ。
「もうしばらく、寝てろ」
―――撃たれた?
だが、それも朧げなまま。
俺の意識は暗転する。
「安心しろ、その具合だと長くても半年ってとこだろ。入学には間に合うさ」
何を……言って……
あー……駄目だ。
頭回んねー……
ここで、僕の物語は半年後までの間休みとなる。
***半年後***
聖暦2016年、3月。
彼の者は今日も一人、唯愚直に鉄を打つ。
傍らに人は居らず、されどただの一度の打ち損じもなく。ただの一度の称賛もない。
剣を、槍を、斧を、包丁を、鎌を、鎧すら造った。
武器を作り、魔力に分解し、剣の丘にて打ち立てる。
失敗作はなく、されどただの一度も満足はなく。
鈍らを打った事は一度たりともなく、されどそれらは全て鋭すぎた。
半年、尋常でない速度で武器を打ち続け、築いた山は本来なら数年かけて到達する極地。
だが、未だ究極の一には辿り着けず。
殺人的な暑さの中、どこまでも冷たい鍛冶師。
その男は―――燐と言う屋号を背負った彼は、狂った様に、取り憑かれた様に、それしかない様にひたすら鍛錬を続けた。
日が暮れると、炉の火を落とし、屋敷へ戻り飯と風呂を済ませて床に就き、日が昇る前には工房の煙突から煙が吐き出されている。
憧れへの原点を失った少年は、心を鉄にした。
この話に一章分詰め込みたかったのですが、バランス悪いしグダグダなのでここで切りました。
次の話は、ちょっと長くなりそうです。