第二話【実践、出会い】
何か思ってたより早く書き上がったので投稿しちゃいます。その分、次の話までは間が開きますがご容赦を。
あれから一夜明けて。
姉さんにボコボコにされ、工房に通う毎日。
そこに、アナとのあれこれが増えた。
「ねえ、リンはフレアと双子なんでしょ?どっちが先かなんて分からないんじゃない?」
「ああ、それね。正直どっちが先に産まれたのか知る人がいないから、まあどっちでも良いんだけど」
―――私の方が先よ!こんな覇気の無い兄がいてたまるもんですか!
との事で、僕たちの序列は三歳の頃からこのままだ。
「あはは、フレアらしい!でも、リンはそれで良かったの?」
うーん、と改めて考える。
僕が兄だとしたら?
才能溢れる妹のおかげで家においてもらえている兄……うん今の僕より悲惨な未来しか見えない。
「これで良かったんだよ。こっちの方がまだ体裁もつくからね。双子とは言え、魔力も使えず剣で妹に滅多打ちにされる兄は公爵も嫌だろうし」
逆ならなんてことはない。
貴族の家で見られるありふれた日常だ。
「ふーん、私は兄弟姉妹がいないからあんまりピンと来ないなあ」
ま、そんなものか。
「それで、力を貸してくれるって事だったけど」
「あ、うん」
「具体的にどんな風に貸してくれるの?」
一番思い当たるのは精霊の加護だが、それだけなら別にアナからじゃなくても貰う事は出来る。
だから僕が今一番欲しいのは。
「魔力、だよね」
「うん」
一時的なものではなく、しっかりと僕のものとして残るもの。
うーん、でも魔力量はどれだけ鍛えても一度発現した時の十倍以上にはならないというから、僕の魔力をあれこれしたところでなあ。
「えっとね、リンの魔力は、まだ目覚めてないの。だから、まずそれが解放されない事には私にはどうしようもないかな……」
何?
「……目覚めさせることは、出来ない?」
「うーん……出来る、とは思うけど。身体に変な負荷がかかるかもだよ?」
ふむ。
「その程度なら良いや。やっちゃおう!」
「ええ……」
熟考した答えがそれかよみたいな声出された。
まあそれが普通の反応なんだろうけど。
「リスクを気にして、正義の味方になんてなれないよ。ここで足踏みしてるより、少しでも前に進みたいんだ」
精霊眼で本気だと分かったのだろう。
アナもそれ以上は反論しなかった。
「じゃあ、始めるよ?」
僕の足元に緑色に光る魔方陣が展開された。
「これを通して、リンの根源を魔力が通りやすい様に私の魔力を流すよ。根源をこじ開ける様なものだから、凄く痛いと思うけど……」
なるほど、そういうやり方か。
確かに死ぬより痛いだろう。
けどまあ、正義の味方になろうってのにそれで怯えてちゃ話にならないよね。
「良いよ、やっちゃって」
「うう……じゃあ、やるよ?」
アナが、魔方陣に手をかざし、詠唱を開始する。
「集約……同調……開門」
そうか、門をこじ開けるのと同じ要領で根源を―――
そこから先は、言葉にならなかった。
自分という存在の根源に穴でもあけられているかの様な痛みが、絶えず続く。立ってなどいられず、もんどりうって倒れ、地面に這いつくばりながら痛みに耐えた。
ビキ。
根源から、何かが溢れる。
根拠のない予感だったが、その通りになった。
だが、溢れてきたのは魔力ではなく。
「……記憶?」
十年の間封じられてきた、前世の記憶。
シロウ・クジョウとして生きた五十余年の月日の証。
情報の濁流がリンを襲う。
自身の唯一性が消失すると、根源の崩壊すらあり得る。
そもそも根源とは、あらゆる生物の内にある自身の存在証明である。
その唯一性の中でもたらされる歪みを魔力として生成しているのだ、
つまり、一つの根源に二つ以上の自我があるという矛盾が、自身の存在証明を打ち消してしまうのだ。
自身の証明たる根源の崩壊、消失はその個体の完全な死を意味する。
惑星に宿る根源が生物の根源を循環させる事によって、全ての生命は輪廻転生する。
しかし循環する根源がなければ、その個体は転生する事も出来ない。
勿論破壊された根源は数万年から数十万年というスパンの中で修復される。
が、必ずそうなる訳でもなく、人類全体の認識として根源の破壊は最大の罪とされていた。
死刑になる罪人ですら、根源を傷つけられる事はないほどだ。
ナギーニャ・ヴィ・ノクターはかつてない苦境に立たされていた。
記憶を認めれば根源が危ない。だが否定すれば二度といつかは来ない。
しばらく浅い呼吸だけが部屋に響く。
やがて。
「う、うええええ。二度とやるものか」
渋い顔をしながら、彼は起き上がった。
「教えて。貴方はリンなの?」
彼は、すぐには答えなかった。
そして、アナの精霊眼で心を読めなかった。
つまり、根源を魔力で保護する術を身に着けたということだ。
そんな技術がいきなり使える様になったという事は。
「ああ。魔力は戻らなかったけど、それ以上に重要な事を知れたよ。前世の記憶、今世における俺の役割……」
ニイッ、と彼は薄ら笑いを浮かべ、そしてすぐに引っ込めた。
「何とか頑張って根源の崩壊は防いだんだけど、そのせいでせっかく取り戻した記憶が一部破損したんだよね。まあでも、肝心の根源は無事だし痛みだけで色々取り戻せたなら結果オーライだよね」
「じゃあ、リンはリンなんだよね?」
「うん。僕は僕だよ。俺はあくまで記憶の塊。思い出と知識の集合体。僕という存在にそれが追加されたに過ぎない。言葉にしてみればなんてこと無いが、根源を抉られながら簡単に出来る事じゃ」
「リン」
作り笑いを浮かべ冗長に話す彼を遮って、アナは微笑みかけた。
「他の人には構わないよ。リンには隠さなきゃならない事が多過ぎるもん。でも、私にはそうしないで。一人になっちゃダメ」
手を握り、ゆっくりと諭す様に。
「私はリンには嘘を吐かない。だから、リンも。どんなに辛いことでも、目を背けたくても、私には話してほしいな」
彼女の言葉が、固く閉じた僕の根源に染み込んでくる。
ふう、と息が漏れた。
「敵わねえな、いつの時代も女にゃあ」
「ふふ。仮面を被るのは好きにしていいけど、私の前では脱いでもらわないと。私たちは、共犯者なんだから」
共犯者。
その言葉が、何故だかしっくりと来た。
確かにそうだ。
己の欲望のために、守護者でありながらアルヴヘイムを連れ出された。
己の欲望のために、守護者にして精霊たちの母を外界へと連れ出した。
自分たちの関係は、なるほど確かに共犯者であろう。
「俺は、前世でこいつらをどうにかして生かすために、ある悪魔と取引して二千年後にこいつらを転生させ、この身体には俺を転生させたんだ。無理にやったから、記憶が戻るのにこんな手段を使わなきゃならんくなったが、まあそれは良し」
よっこいしょ、と座り込み話し始めるリン。
「まあ、問題は俺が生前受けた宣告の方だ。こいつが、なかなか厄介でな」
ガリガリと頭を掻きながら、顔をしかめるリン。
「『汝は望まずして魔の王を生む』―――あの時は戯言としか捉えちゃいなかったが、今となっては一笑に付す事も出来ん」
あー……何故?
駄目だ、欠損してるな。
恐らく、悪魔の介入もあったんだろうが。
肝心なとこで待ったを喰らうのは気に食わねえ。
……ま、しょうがないか。
転生する時に覚悟はしてた事だし、今はとにかく出来る事から始めよう。
「とりあえず、魔力の使い方が知りたい」
うろ覚えだが、魔力の開放は時間が解決するはずだ。なら、せめて先に技術を知っておきたい。
「うん、分かった!じゃあ、とりあえず魔力の効率的な扱い方から教えるね!」
こうして、僕はアナから僕でも出来る魔力の運用方法を教わった。
曰く。
人間たちの魔術は無駄が多い。
綻びのある術式、身の丈に合わない魔術。
そう言った無理を通すために魔力を余計に使っているらしい。
低位の魔術なら、理論上は僕の魔力量でも使えるらしい。
との事で、まずは自身の魔力効率を向上させる事にした。
やる事自体は単純。
魔力操作の精度を上げる。つまりは、自身の魔力操作の最小単位を小さくしていく作業である。
これが結構疲れる。
掌の上に出した魔力を、望む形にするというだけだがそれを原子レベルにまでとなると難易度が爆上がりである。
気を抜くとすぐに崩れてしまうので、僕は何度も失敗してはまた一からの繰り返しを幾度となく続けた。
毎日、毎日。
そして、アナから満点をもらえる様になるまでに、実に一月を要した。
次に、魔力の増やし方だがこれが僕にとっては一番の望みに近かった。
曰く、魔力は根源の歪みから発するものだが、それだけでは足りぬ事もあり得る。ならば、それを更に増幅させて使うべし、との事。
やる事自体はそれほど複雑ではない。
圧縮し、開放する。それをまた圧縮し、開放する。
それの繰り返しである。
さながら鼓動する心臓の様に、いや寧ろその様に、生成される魔力を血流に乗せて循環させながら、その際発生させる熱エネルギーを変換し少しずつ魔力を増幅し続ける。
これは、僕の得意分野だった。
はっきりと自覚した己の起源も相まって、僕は二十四時間心臓を魔力炉心にし続けた。
魔力が増えるごとに、増幅できる魔力も増える。
そうして姉さんと同等の魔力量を僕は得た。
最高効率と魔力炉心全開というおよそ最高の技術の合わせ技でようやく同等なのだから、いかに神が理不尽か分かるというものだ。
姉さんがこれをしていたなら、恐らく僕はそれには追い付けない。
やはり、この世は生まれ持った才能がすべてという事なのだろう。まことにクソッタレである。
「凄い、凄いよリン!本来なら半年はかかるのに、たった二か月でここまで出来るようになるなんて!」
しかし、これではまだ足りないのだ。
力だけあったところで、実践する機会が無ければどうにもならない。
「それに、何より武器が無いな」
「それなら、アルヴヘイムに行けば武器以外にも色々手に入るよ!」
戻って大丈夫なのか、アルヴヘイム?
まあ、アナが良いなら良いんだろう。
と言う訳で。
アルヴヘイムにいる、その手のモノを司る精霊や妖精たちの間を回った。
贅沢を言うなら前世でも使っていた銃が欲しかったが、それに代わるちょうどいいモノを見つけたので、結果オーライだ。
そして。
実践の機会は早く訪れた。
ここのところ毎日のように屋敷を抜け出して公爵領を深夜徘徊していたのだが。
商隊が盗賊に襲われているのを確認した。
僕が単なる十歳(この時はまだ九歳)の子供なら、見ないフリをして逃げ出したか助けを呼びに行っただろう。
だが、正義の味方を志す存在がこれを黙って見過ごしも、他人の手に委ねたりもするだろうか。
否。
断じてしない。
よって、僕は素早く、冷静に行動を起こした。
まず、魔力を遮断する《常夜の外套》を被り、少し距離のある高所を確保する。
次に、《識者の魔眼》にて盗賊たちの数を確認する。
そして。
おおよその筋書きが決まった。
自身の神聖領域内部に保持している道具の中から、直刺の魔弓を選択し、再製する。
「再製、開始。……よし、弓と矢は揃った」
矢筒に納められた矢の本数は、二十一。
眼下にいる盗賊たちの頭数も、二十一。
魔弓に矢を三本まとめてつがえ、少し定めてから無造作に放った。
そして、当たったかを確かめもせずに次の一射を神速で放つ。
悲鳴が聞こえた時には、既に別の木から次を放っていた。
何度も射る場所を変え、恐怖を与え統率を取らせず、逃げ出す前に逃げる奴を殺す。
彼にとってそれは、初めての実戦でありながら、同時にひどく単調な作業だった。
「十九」
矢は、全て頭へ吸い込まれていき、一本の矢で一人が確実に絶命した。
「二十」
何の感慨も、感情もなく、ただつがえ、構え、狙い撃つ。
ひたすら正確に、速く。
「二十一」
そんな、まるで弓道場で的でも射るかのように今世で初めての殺人を終えた彼はというと。
「銃がイケるなら弓もどうかと思ったけど、けっこう良いね」
今殺した人間の事など最早眼中になく、戦闘の分析を始めていた。
「神聖領域のカタチのおかげで、面白い事が出来そうだ」
神聖領域。
根源の具象化、心象風景とも例えられる固有領域を、聖職者などが根源を鍛えた事で更に進化させたもの。
一部の卓越した魔術師などは、結界で外界とを区切って内部に展開した自身の領域をもって戦闘や儀式等に利用する。
リンは、それを展開するのではなく、自身の領域や起源の特性を生かして道具の保管庫の様に扱ったのだ。
「初戦でぶっつけ本番にしては、かなり上手くハマったんじゃないかな」
神聖領域を利用した戦術を考えながら、商人たちの遺産となった積み荷を漁る主人公。
「金品の類は全部貰うか。領域に保管だ。……美術品かあ。正直、売ったとして足がつきそうで怖いけど、捨てるのも何だしなあ……一応保管しておくかあ」
片っ端から領域に突っ込んでいき、おおよそ物色し終え商隊の墓を作り、空が白み始めそろそろ帰ろうかといったところ。
「初めてにしては上手く行ったんじゃないかな。商隊のみんなは間に合わなかったけど」
「最後のが一番大事じゃないかなあ……。今後の課題は広範囲での索敵・探知だね」
少し呆れ気味に言いながらも、しっかりと反省点を纏めるアナ。
それに少し不服そうにしながら、
「それこそ今の魔力量じゃちょっと厳しいなー。現状出来る事はすべてやったし、これ以上の魔力効率は望めなさそうだし。魔力が戻るのを待つしかなさそうかなあ―――」
何か、聞こえた。
大精霊である彼女と契約したからだろうか。
普段なら絶対に聞こえない音が、耳に飛び込んでくる。
「リンも聞こえた?」
「ああうん、何か、生きてるね」
魔弓を構え、音がした方へと向かう。
音を辿っていくと、少し離れた場所に、横倒しになった馬車があった。
恐らく商隊のもので間違いないだろう。
慎重に近づき、覆いの隙間から覗く鉄格子から、彼は中身は奴隷か何かだと当たりをつけた。
果たしてそれは間違いではなかった。
覆いを払い、既に沈みかけている月光に照らされていたのは、一人の少女(全裸)だった。
白い肌、銀色の髪。
尖った耳は、彼女が人間ではなく森妖精だと主張している。
首には赤茶色の首輪。
「……どう思う?」
「……奴隷だよね。エルフの女の子の」
うーむと少し考え、彼は結論を出した。
……見なかった事にしたい。
命に責任など持ちたくない。
前世にしろ今世にしろ、そういうのは後味の悪い結果にしかならなかったしならないと知った。
しかし、このまま放置は正義の味方として如何なものか。
せめて、自分で生きていける様になるまでは世話すべきでは。
うむむむむと悩み、葛藤している内にも時間は経過する。
とりあえず全裸は倫理的にも衛生的にもまずいから何か布を……と、馬車の覆いを素材に簡素な外套を再製して、被せる。
夜明けまであと数分。
その瞬間、彼女は目覚めた。
キラキラと輝くブルーの瞳が、ゆっくりと開かれ、彼を見る。
まだ眠いのか、ぱちぱちと目をしばたかせ、ごしごしとこする。
そして。
「―――質問です。貴方が、私のご主人様ですか?」
はっきりと開かれた碧眼が。
瞳に写した少年に問うた。
この日、この夜。
この出来事を、出会いを。彼は生涯忘れはしないだろう。
彼の運命が、動き出した。
fate好きなんで色々オマージュ入れました。さあこの少女は誰なのか?