面倒なこと
その後、そこに居なかった煌と裕馬も降りて来て、皆に合流した。
祈は、あの後すぐに出て来て階上へと上がって行ったので、ここにはいない。
だが、まだキッチンに真希が居るはずだった。
皆は煌が居るので、裕馬に真希の事を言えなかった。
煌自身はキッチンでの攻防を知らないと思うので、変に懸念を植え付けたくなかったのだ。
「…ゲームの話をしていたのか?」
煌が言うのに、清が答えた。
「いや、全員居ないので突っ込んだことは話せてない。君は?何か考えたか。」
煌は、答えた。
「ルールブックを読んで来ただけ。新しい情報が皆無で、新しい考察はできないな。」と、皆を見回した。「…何やら、おかしな空気を感じるのだがね。」
直樹が、清を見る。
清は、息をついた。
「…いや、実は…、」
観念して、清が話そうとしていると、キッチンの扉が開いて、真希が出て来た。
「あら」と、こちらに皆が揃っているのを見て、寄って来た。「煌さん!あの、夜ご飯ですけど。祈さんは面倒みたいなので、私が作りましたから。食事をする時声を掛けてくださいね。」
煌は、片方の眉を上げた。
「君が?…祈さんは面倒だと言っていたのか。」
真希は、頷いた。
「祈さん、覚えていないけど結婚されているみたいです。指に指輪の跡があるからって言ってましたわ。だから、他の男の人の面倒を見るのは、嫌なのかもしれませんよ。」
煌は、眉を寄せた。
「…指輪の跡なら、私にもある。」え、と皆が煌の方を見る。煌も気付いていたのだ。「だが私も何も覚えていない。君の料理を食べる気にはならない。私は私に興味がある女性の世話にはなりたくないのだ。祈さんには面倒でも、おかしなことを言ったり無駄に近付いて来ないので、居心地が良い。彼女の料理はとても私の口に合うし、そういうことならもう一度私から頼んで来る事にする。」
煌は、今来たばかりなのに、立ち上がった。
真希が、慌てて言った。
「そんな、私は別に興味があるとかでは。ただ、誰も食事を作らないとお困りになるかなって思って作っただけです。しつこくしたら祈さんにご迷惑ですよ?」
だが、海斗が言った。
「そう?祈さんってとっても優しいし、そんなことぐらいで面倒とか言わないと思うけどなあ。ほんとに言ってたの?真希さんが無理に代わってもらったんじゃなくて?」
直樹は、黙っている。
真希は、その視線に気付いて、少し直樹を睨んだ。恐らく、余計な事を言うなということだろう。
そして、海斗を見た。
「そんなはずないでしょ?女同士だから腹を割って話す事もあるじゃないの。なかなか男性の前では思ってることなんて言わないわ。」
だが、煌は歩き出した。
「本人に聞けば良いことだ。」と、リビングの扉を開いた。「帰れたら彼女がもし金に困っているのなら、うちの厨房で働いて欲しいと思うぐらいだよ。何しろ、味の加減が私にとても合ってね。」
うちの厨房。
ということは、かなり大きな家に住んでいるのだろう。
というか、煌は思い出したのだろうか。
そんなことを思っている皆の中で、真希は立ち上がって言った。
「煌さん!迷惑ですって!待ってください!」
だが、煌は振り返りもしなかった。
真希は、その背を追って慌てて出て行く。
祈に訊ねられたら、今のが嘘だとバレてしまうからだろう。
それを見送って、裕馬が、顔をしかめた。
「…なんだ?真希さんはどうしたんだよ。」
清が、説明した。
「煌さんを狙ってるから手を引けって祈さんに言ったみたいで。直樹がキッチンでその現場に出くわしたわけだよ。だから、祈さんは別に面倒だなんて言ってないから、煌さんが聞きに行ったらバレるから焦ってついてったんじゃないかな。」
裕馬は、呆れた顔をした。
「いったい何をしてるんだよ。それどこじゃないってのに。っていうか、煌さんは上から降りて来る時に話したけど、祈さんの料理がめっちゃ気に入ったみたいだったよ?彼女とは味覚があうのだとか言って…それこそ、コーヒーのミルクとか砂糖加減も同じだったんだって。だから、せっかく夜の美味しいご飯が食べられるって思ってただろうに、真希さんが作ったとなったら、なんでだよとなると思うけどな。だって、昼ご飯の時に晩御飯の煮物も作ってたの、見てたしね。いきなり面倒って、おかしな話だもんな。」
正志が、言った。
「もうさ、お前の権限で恋愛事はゲームの間は持ち込まないように言ってくれねぇか。でないと、真希さんがどう動くのか濁って分からなくなるだろ?人外に見えて来るじゃねぇか。マジで勘弁して欲しいんだけど。」
皆が、ウンウンと頷く。
するとそこへ、女子達が入って来た。
「…なんか、階段の所で真希さんが叫んでたけど…?」
真由美が、怪訝な顔をしながら入って来る。
詩子も、言った。
「煌さんに睨まれてたよね。怖くて思わず素通りしちゃった。」
それを聞いて、真悟が言った。
「…ちょっと見に行くか…?」
しかし、清が首を振った。
「いや、放っておこう。煌さんが自分の事は自分で何とかしてくれそうだし。そもそも、ハッキリ君の料理を食べる気にならない、とか言い切れる人なんだよ?その気がないんだから、きっともっと辛辣に言ってるんじゃないか。こっちはこっちで、みんな集まり始めたし、もうちょっとしたら議論を始めよう。」
直樹は上が気になったが、真希と祈に挟まれて嫌な想いをしたのは記憶に新しいので、巻き込まれたくなかった。
なので、黙って頷いたのだった。
煌は、何度言っても後ろからついて来る真希にうんざりして睨みながら、祈の部屋のベルを押した。
真希が、煌の隣りに並んで来たので、面倒になって、言った。
「…彼女とは、私が話す。君は入って来ないでくれないか。」
真希は、言った。
「でも、私がお話したからですし。同席しますわ。」
すると、二人の目の前で扉が開いた。
「はい?」と、並んでいる二人を見て、祈は固い顔をした。「…煌さん、真希さん。」
煌は、真希に構わず言った。
「話がしたいのだ。今、いいか?」
祈は、頷いた。
「ええ、どうぞ。」
煌が足を進めると、真希も入って来ようとした。
だが、それを煌が足を使って阻止して、言った。
「君は必要ない。君からの話はもう聞いた。私は、祈さんからの話を聞きたいのだ。来ないでくれ。」
真希は、忖度なしにハッキリと言い放つ煌に、驚くと共にショックを受けたが、煌は絶句している真希の肩をドンと押すと、扉を閉めた。
そして、さっさと鍵を回して、入って来られないようにした。
祈が、目を丸くして言った。
「え?お二人で来たのではありませんの?」
煌は、首を振った。
「勝手について来たのだ。」と、祈をじっと見つめた。「…君が、私の食事を作るのが面倒だと言っていたというので。彼女が代わりに作ったとか言い出して。」
祈は、え、と慌てて首を振った。
「まあ。面倒だとは思っていませんわ。あの…真希さんが、作って差し上げたいようでしたから。私は、覚えてないんですけど結婚しているようですし…」と、左手に触れた。「煌さんもでしょう?あまり、回りに疑われてもと思って。」
煌は、言った。
「私も覚えていないし、これは違うと思うのだ。」祈は、煌の言葉にまた目を丸くする。煌は続けた。「何しろ女性というものに、興味がないようだったから。君も、このゲームに参加したということは、きっと賞金を期待してのことだろう。こんな、危ないゲームなのだ。結婚していた事もあったのかもしれないが、もしかしたら、今は離婚しているのでは?だから、金が必要なのではないのかね。」
祈は、眉を寄せた。
「…どうでしょうか。あの、本当に覚えていないのですわ。でも、言われてみたら確かに。こんな、危なそうなゲームに参加するのに、お金を期待していないというのはおかしいですものね。では、煌さんもではないですか?」
煌は、言った。
「それが、私は思い出したことだけを繋げていくと、どうやら本当に金には困っていなかった。ただ、恐らくはこれの主催者だろうと思われる誰かに、人数が足りないので参加したいならしたらいい、と言われたことだけ覚えているのだ。つまり、私は恐らく罰金の100万を先に払っている数少ない参加者だろう。君は?」
祈は、首を振った。
「覚えがありません。多分、支払っていないでしょうね。」
煌は、頷いた。
「君は、村人なのか?」
祈は、視線を落とした。
「…あなたが村人なのかどうか、私には分かりませんが、私は村人です。死ぬわけにはいきません。」
煌は、言った。
「ならば、私が君を守ろう。」え、と祈がびっくりした顔をすると、煌は笑った。「違う、狩人ではないのだ。そんな力はないが、ただ、君が吊られそうになったり、襲撃されそうになったら、私にそれが向くように場を動かす。私は、死ぬ事はない。もう対価を支払っているからだ。そうして生き残って、君には私の屋敷の厨房で、私のための食事を作って欲しいのだ。だから、君は私の食事を作ってくれないか。とりあえず、ここに滞在している間。」
何を言い出すかと思ったら、食事を作って欲しいと。
祈は、可笑しくなってフフフと笑った。
「まあフフフ。真剣に何をおっしゃるかと思ったら。よろしいですよ、ではお食事を作りますわ。私を守ってくださるのでしょう。」
煌は、真剣に何度も頷いた。
「真面目な話なのだぞ。私の味覚は変わっている事もあって、なかなかピッタリなどないのだ。それを、君はきっちり押えて来る。貴重な人材だ。例え狼陣営でもいい。私は君を守る。どうせ私は死なないから。」
祈は、首を振った。
「いえ、私は本当に村人ですの。だから、ご安心ください。」と、ため息をついた。「では、よろしくお願い致します。多分、お金に困っているのでしょうし、生きて帰れたら、お屋敷で雇ってくださるのなら助かりますわ。まあ、思い出した時の状況にもよるのですけれどね。結婚していたら、夫に反対されるかもしれませんし。」
煌は、ムッとした顔をした。
「…金に困っている妻を、こんな危ないゲームに送り出すような夫なのにか?別れてしまえばいいのだ。私が雇うと言っているではないか。」
祈は、困ったように微笑んだ。
「はい。そうですわね、考えますわ。」
なんだか、覚えがあるような。
祈は、内心首を傾げた。
なんだろう、このやり取りの仕方が、何やら覚えがあるような気がするのだ。
いつも、誰かを気遣って、その誰かが快適あるようにと、ここから願っていたような。
祈は、不思議な気持ちだった。