休憩中
トイレに行っていた女子達も合流し、キッチンは一気に19人が入ってさながら調理実習のようだった。
それでも、大きなテーブルには20脚の椅子が余裕を持って設置されてあり、全員が余裕で収まった。
キッチンにはシャンデリアはなかったが、それでも大きな明るい照明があって安心できた。
キッチンの窓は小さな物だったが、裏の森が鬱蒼と繁っているのが見えた。
思えば、リビングの大きな窓からも遠く庭の向こうに森が生い茂っているのが見えていた。
ここは、山の中なのだ。
直樹が、冷蔵庫からたくさんの冷凍食品の中から選んだ弁当を出して、二台しかない電子レンジ待ちをしていると、祈が煌と話しているのが見えた。
「…それでしたら、私が何か作りましょうか?ゲームの間、何も召し上がらないと体に障るのでは。」
煌は、頷く。
「良いのか?君に面倒を掛けるのだが。」
祈は、微笑んだ。
「よろしいですよ。私も冷凍よりも作ったものが食べたいと思っていたところなので。自分のためだけに作るのは、甲斐もないから適当に済ませようとしていただけで。」と、持っていた冷凍食品を冷凍庫に戻した。「少しお待ちくださいね。すぐに作りますわ。」
すると、真希が言った。
「何?祈さん、何か作るんですか?」
祈は、頷いた。
「ええ。煌さんは冷凍された物を食べる習慣がなかった気がすると仰るから。」
亜由美が言った。
「じゃあ、明日は私が作りましょうか、煌さん。お料理は得意なんです。」
煌は、眉を上げる。
真希が、眉を寄せて言った。
「あら、私は料理教室に行ってた記憶があるのよ?なら、私が作りますよ、煌さん。」
直樹は、それを見ながら、ハハア、と思っていた。
煌は、すらりと背が高く、顔立ちも国籍不詳のキリリとしたそこらで見ない美形だ。
着ている物を見ても、お金は持っていそうだし、何より二十代とは思えない威厳があって、会社員だったとしてもそれなりの役職も持っていそうだった。
つまり、あわよくばと思っているように見えた。
野菜を出していた、祈が振り返った。
「…あら。皆さん、お料理したいの?なら、私はご遠慮しますか?」
だが、煌がすぐに言った。
「いや、私は君の料理が食べたい。」と、他の二人を見た。「またの機会に。」
煌は、単に親切で作ってくれようとしている祈と、他の二人の意識の違いを見抜いたらしい。
真希と詩子は、それで仕方なく引き下がったが、祈は複雑な顔をした。
こんなことで、面倒に巻き込まれたくないと思ったのだろう。
電子レンジの順番が回って来てレンジに冷凍食品を入れると、和彦が小声で言った。
「…女子はあからさまだな。オレ、思い出したけど飲食店経営だ。調理師なんだけど、言わない方が良さそう。」
それを聞いて、直樹も、にわかに思い出した。
「…オレも。ファミレスの厨房でバイトしてた気がする。」
そうだ、散々冷凍を解凍してたような。
和彦は、苦笑した。
「完全に忘れてる訳じゃ無さそうだ。きっかけがあれば思い出すみたいだな。」
直樹は、頷く。
段々に思い出して、ゲームのこともすんなり進められるようになるんだろうか。
そんなことを考えながら解凍を済ませてテーブルの空いた席に座ると、隣りになった海斗が言った。
「それで、直樹。」直樹は海斗を見る。海斗は続けた。「狂人なの?」
直樹は、ぶ、と口に含んだお茶を吐き出しそうになった。
海斗は笑った。
「なんだよーそんなにびっくりしなくても。」
直樹は、恨めしげに海斗を見た。
「ゲームから離れてるのに、いきなり言うからだ。オレはただ、みんなで寄って集って弱い人を苛めてるように見えて、言わずに居られなかっただけだよ。みんなが言うってことは、その中に人外だって居るってことだからね。嵌められてるんだと思ったら、庇わずにはいられなかった。それだけだよ。」
あちらに座っている、清が言った。
「そうだよなあ。性格もあるしな。初対面だから、そいつが怪しいのか通常営業なのかわからないんだよな。直樹は、あれだけ目立つ行動してわざわざ怪しまれることをしてたんだし、吊ろうとは思ってない。ただ、玉緒さんなんだよなあ…あの感じ、誰にも庇われないしみんな吊れ吊れ言うし、あの発言の仕方も…最後の、あれだけみんなに攻撃されてるのにいまいち分かってない行動も、黒くは見えないんだよな。」
御手洗い行きたい、だもんな。
直樹は、思った。
あれが人外なんて、それなら狼が気の毒だ。
狐だったらもっと気の毒だ。
「…分かってないもんな。」和彦が言った。「あっちで女子達で話してるけど、何を話してるのか気になるよな。」
見ると、女子は向こう側の端に固まって座って何やらボソボソ話しているようだ。
数からして全員が人外のはずはないが、女子トークで何を言っているのか、気になった。
祈だけは、忙しなくコンロの前を行き来していてそこには加わっていなかった。
煌は、そんな祈の後ろに立って、自分のご飯ができるのを待っていた。
諒が、言った。
「…オレは、残しても困る位置だし吊っても良いと思うけど、みんなは白だと思うんだろ?だったら、今夜はどこを吊るんだよ。確実に人外が二人居る占い師か?」
それには、裕馬が首を振った。
「占い師は噛まれるかもしれないし、それからでも良いんじゃないか。狼だって呪殺は出して欲しいだろうが、一人真占い師が残れば良いんだからな。今夜は霊媒師の二択護衛を間違えないでくれたらなあと思う。そういえば、狩人の連続護衛あったか?」
海斗が、顔をしかめた。
「説明なかった。部屋にルールブックあるとか言ってたし、それで確認したら?まだ一度も部屋に帰ってないしね。」と、見回した。「何人か居ないけど、部屋に帰ったのかな?」
どうだろう、と思っていると、正志が血相変えてキッチンの扉を開けて駆け込んで来た。
「おい!暢気にしてる場合じゃねぇ!お前らまだ部屋に帰ってないだろうが!ルールブック見ろ!」
え?
皆が驚いてそちらを振り返る。
正志の手には、A4サイズぐらいの冊子が握られてあった。
「…何か問題でも?」
煌が、コンロの前から言う。
正志は、頷いた。
「中身読んだら、投票で追放、襲撃で追放、その追放の意味は、死だ!勝ったら戻って来られるって書いてあるが、死んだ奴をどうやって生き返らせるってんでぇ!あくまでも、勝って生き残らないと、帰れないし金なんかもらえねぇ!」
「「ええ?!」」
皆の、悲鳴のような声が響く。
煌が寄って来て、ルールブックを手にした。
正志が黙って冊子を開いて指差すと、煌はため息をついた。
「…確かにな。この文言だと、そう判断するのが妥当だ。」
本当に死ぬ…!!
皆が、おののいた顔をした。
直樹も、ドキドキと胸が早鐘のように打つのを感じた。
…怪しまれたらまずい。
これまで、狂人なのだから狼を勝たせるために吊られても良いかと思っていた。
だが、本当に死ぬならそんなわけにはいかなかった。
清が、険しい顔をして、煌からルールブックを受け取って、それに視線を落とした。そして、言った。
「…食事を終えてる人は部屋に一度戻ってルールブックを熟読して来るんだ。役職の事も、詳しく書いてある。それに、ルール違反が何なのかも。これをしっかり把握しておかないと、村人でも違反で追放とかなったらそれこそ盤面が濁って大変な事になる。こんな所で話してる場合じゃない。」と、冊子を正志に返した。「オレも行く。」
祈が、炒め物と切った刺身、それに味噌汁を盆にのせてこちらへ持って来ながら、言った。
「私も、食べてから部屋へ帰りますわ。」と、煌を見た。「さあ、お食事をなさってください。お口に合うかどうかわかりませんが。」
煌は、祈を見た。
「手間を掛けさせてすまないな。まだ何かを火にかけているようだが。」
祈は、答えた。
「あれは夜の分ですの。煮物は時間が掛かるので、今のうちに煮ておこうと思って。少量ですしそんなに時間は掛かりませんから。それより、召し上がってください。」
煌は頷いて、椅子へと座る。
他の皆は、それとは反対に急いで立ち上がると、キッチンの扉へと速足で向かっていた。
直樹も、狂人の事についてしっかり見ておかないとと、慌てて皆に従ってキッチンを出て、初めてリビングを出て行ったのだった。