エピローグ
次の日、皆は迎えに来たマイクロバスに乗り込んで、またもと来た道を揺られて帰って行った。
それぞれが手荷物の中に大金を抱えているので、リュックサックも背中でなく前に抱いてバスに揺られて、あの閑散としたローカルな駅へと下ろされた。
彰と紫貴の連絡先は教えてもらえなかったが、和彦には、間下という男の連絡先を教えられて、それが彰の執事であるらしく、そちらと連絡を取り合うことになっていて、和彦はとりあえずホッとしていた。
直樹はとりあえず、同じ間下からバイト先の詳細を教えてもらうことになっているらしい。
急がないとヤバいので、そちらはすぐに連絡をくれると彰は言っていた。
そんなこんなで、全員が帰路についたのだが、電車に揺られて帰る頃には、なにやらあの、洋館での出来事は記憶に遠くなってきていて、死にかけたとか、そんなこともなんとも思わなくなっていた。
それを不思議に思うことなく、皆はそれぞれの家路について、解散して行った。
正志が、言った。
「…クリスの薬は結構良いとこ行ってるよな。」真悟、彰、紫貴、クリスと共に同じ車に揺られながら、彰を見る。「かなり前のに近くなってるんじゃねぇか?オレでも、全く思い出さなかった。」
真悟も、頷く。
「オレも。人狼に有効な薬は、まだ最初の頃はあまりなかったよな。博正の顔を見てても、耳が利くとか言ってても、オレと同じだなと思っただけで、ホントに全く。」
彰は、頷いた。
「治験を進めて、覚えている組成を次々に構築しているからな。急がないと、前のレベルの薬がないままでは私達にはストレスになる。私も、紫貴の顔を見ているのにやたらと慕わしいだけで、結婚していた事実すら忘れていた。クリスは着々と進めているのだ。私もゆっくりしていられないな。」
クリスは、頷いた。
「こちらを早く済ませてシキアオイの方に集中したいですからね。あの頃成すすべなく見送るしかなかった癌患者が、早く救えることになるのですから。でも…今回、あの24時間の薬の改良型を、機会があれば使えと指示されていたので、それを紫貴さんに使うことになった時には躊躇いました。追加投与の治験は何人かにおこなっておりましたが、紫貴さんは効きがいいので大丈夫だろうかと。結果的に上手く行きましたが、肝を冷やしました。止めようかとこちらで議論していたぐらいで。」
それには、彰は渋い顔をした。
「その事をすっかり忘れて、私があの部屋に居座ったから、紫貴を目覚めさせるわけには行かなかったのだろう。覚えていたら、絶対に紫貴に使わせるような動きはしなかったのに。あの時は…本当に紫貴がわけの分からない薬にやられたと思っていて。仮に後遺症が出ても、私も同じ薬を使われていたなら、自分の体で治験してから紫貴に解毒剤を投与できると考えたのだ。本当に…愚かなことを。」
紫貴が、彰に微笑んだ。
「後から聞いて、そこまで思ってくださったことが嬉しかったですわ。何も覚えていないのに…私は戸惑うばかりで。」
正志…博正は、言った。
「はいはい、二人の間に今、誰も割り込めないのは、みんな分かったよ。なあ真司?」
真悟…真司は苦笑した。
「今さらだぞ?それとも博正、今回こそは割り込もうとか思ってたんじゃないだろうな。やめとけ。殺されるぞ。」
彰が、顔色を変えた。
「ダメだ!前回私がどれだけ悩んだと思っているのだ!紫貴は私を愛しているのだ!ちょっかいを出すんじゃない!」
博正は、肩を竦めた。
「別にー?なるようになるさ。お前がストーカーだから、紫貴さんがうんざりするかも知れねぇしな。気長に待つよ。オレ、歳とらねぇし。」
紫貴が、目を丸くする。
彰は、紫貴を抱き締めた。
「ダメだと言うのに!」
助手席から振り返って、間下が言った。
「彰様、工場の方に話を通しておきました。今直樹という子に電話で関西に向かうように指示を出して、明日にはあちらに入るように寮の準備もさせています。和彦という人には、見積書を作るためにこちらの屋敷に明日から来るように指示しました。」と、彰が渋い顔をしているので、眉を上げた。「…何かございましたか?」
間下は、このドライブの間にせっせと仕事を進めているらしい。
彰は、ため息をついた。
「…分かった。明日だな?では紫貴と二人でどうしたいのか希望を伝えに降りよう。」
紫貴は、微笑んで頷いた。
「今回は最初から厩舎も建てて頂けるとか。楽しみですわ。引退競走馬の問い合わせをしておかなくては。」
彰は、慌てて言った。
「待て、今は研究所の宿舎に住んでいるのに、馬を飼ったら君は屋敷に帰るとか言い出すのではないのか。馬は少し待ってくれ。厩務員を雇うから。」
紫貴は、少し頬を膨らませた。
「まあ。週末だけでも会いに行けたらと思っているだけですのに。あの子達の命には、タイムリミットがあるのですわ。少しでもお世話できたらと思いますのに。」
彰は、頷いた。
「分かった。だから少し待て。まだ改装もできていないのだからな。飼わないと言っているわけではないから。」
紫貴は頷いたが、納得していないようだ。
博正は、笑った。
「オレ達だって怖がるから馬の世話はできねぇしなあ。ま、住み込みの厩務員を頑張って探せや。」
彰は、むっつりと答えた。
「分かっている。君に言われなくても。」
そうして、車は山の中へと入って行った。
あの隠された、研究所へ向かっていたが、それを知っているものは誰も居なかった。




