記憶
そして、指定されたローカルな駅へと到着すると、言われた通りマイクロバスが迎えに来ていて、丁寧に対応してくれる男が居た。
確か、見た目は東洋人なのに、クリスという名前だったと思う。
その男の指示に従って、腕に腕輪を装着し、バスへと乗り込んだら、同じゲームに参加するのだという、他の人達がもう、既に乗り込んで待っていた。
みんなむっつりと黙っている。
なので裕馬も、黙ってそのまま人が集まるのを待って、バスに揺られて怖いほど山奥の、この洋館へと連れて来られたのだ。
そこに集まった人数は、19人だった。
天井からぶら下がったモニターから流れる声から説明を受けた。
このゲームのペナルティは、命だった。
本当の人狼ゲームをして、勝った陣営は必ず死んでいてさえも、生き返らせて戻してくれるという。
そんなことが信じられるかと言えば、信じられなかった。
何がなんでも生き残らなければ、と思った。
一人一人、自己紹介をして行ったが、中にはお互いに知り合いであったり、夫婦であったりするもの達まで居た。
それが、あの煌だった。
煌と祈は夫婦で参加していて、裕福そうでペナルティを免除される百万円も支払っているようだ。
しかも、煌は医師なのだという。
ちなみに、海斗も若いながら弁護士資格を持つ頭の良い男であることが分かった。
真悟と正志は友達で、何か刺激が欲しいと参加したと言っている。
それに対して、諒が不公平だ、と抗議した。
知り合いも居ない、しかもそこまで頭も良くないと思っている自分達が、圧倒的に不利になる、と。
他の参加者達もそれに同調し、ならば記憶を一時的に奪ってしまおう、と運営の声が言った。
知り合いであろうと夫婦であろうとそれを忘れて、一個人として参加してみてはどうだろう、と。
皆がそれに同意し、そして腕輪から痛みを感じたかと思うと、意識を失ったのだった。
そして、ゲームが始まったのだ。
運営が言った通りに、皆は何も覚えておらず、煌と祈の指にあった結婚指輪もなくなっていた。
思えば、それがあったら自分達は夫婦だと、結局気取って同じだからなのだろう。
…思い出した!
裕馬は、ベッドから飛び降りて、急いで階下へと駆け降りて行ったのだった。
裕馬がリビングへ駆け込むと、そこには真希、美智、煌、祈など、とっくに追放された人達が、あの会議をしていたソファに座ってこちらを向いた。
直樹や高広、徹も居る。
和彦も、玉緒も諒もそこには居た。
「え…みんな居るのか?」
裕馬が言うと、煌が答えた。
「なんでも、追放されたもの達は、他の部屋でこちらを見ていたらしい。やはり死んではいなくて、私もついさっき目が覚めて…全部、思い出した。」と、隣りの祈を見た。「私達は、とっくに夫婦だった。悩んで損をした。しかし、記憶を失っても、私達は惹かれ合うのだと分かっただけでも意味があったよ。私は、最初から彼女にしか興味がなかったしな。」
確かに、煌さんは筋が通ってますよね。
裕馬は、戸惑いながらもそう思って、皆に合流してソファに座った。
「あの、生き残ったのは5人でした。他の人達は?」
真希が言った。
「何でも時間が掛かってるみたいなんだけど、もう降りて来るって。記憶を戻さなきゃならなかったから。私達は、吊られた時点で目が覚めて、処理されてたから早かったんだけど。あのね、殺されるって思わせてただけで、そんなはずないらしいよ。本気でゲームして欲しかったから、脅してただけなんですって。」
諒が、言った。
「オレは最後だから気を失ってただけらしい。だから早かったんだ。」
マジか。
裕馬は、呆然とした。
それは確かにみんなこうして生きているのだから、そうなのだろう。
すると、またわらわらと今度は海斗や正志、清、悟が降りて来て、リビングへ飛び込んで来た。
「…みんな無事か?!」
正志が叫ぶ。
海斗も、言った。
「うわ、みんな居るじゃん!狼も…あれ、狐は誰?」
「私。」咲子が手を上げた。「相方は亜由美さんよ。初日に吊られちゃって、自暴自棄になってた。真希さんに黒打ったりして。そこらが狼かなって思ったんだけどな。」
諒が、言った。
「まあ、それしかないか。でも、だったら、狂人は?美智さんは分かった。直樹なんだろ?」
直樹は、小さくなっていたが、頷いた。
「…ごめん。オレ、バカなことしたなって。なんか、あれしかない気がしてたんだ。ちょっと狂ってたのかもしれない。でも、ルール違反は賞金ナシだもんな。困った…生きてただけでも儲けものかな。」
煌が、言った。
「それなんだが、いいバイト先を紹介しようか?学費がどうの言っていたな。少し重労働かもしれないが、私の知っている会社に掛け合ってやってもいいぞ。夏休みいっぱい働けば、半期の学費ぐらいは稼げるんじゃないか。」
直樹は、え、と顔を上げた。
「ほんとに?!煌さん、お願いします!頑張りますから!」
それには、和彦も言った。
「煌さん、無理は承知なんだが、どこか仕事させてもらえる現場とか知らないか?何しろオレは、負けるんなら死んだ方が上手く行くなあとか思ってたクチだから、このまま帰ってやっぱり金に困ってるとなると、困った事になるんだよな。娘が10歳で…頑張って小学校から私立の学校に行かせてたもんだから、このままでは可哀そうな事になっちまって。何としてもその金だけでも稼ぎたいんだ。」
煌は、首を傾げた。
「…君は、建築関係だったか?」
和彦は、頷いた。
「何でもやる。改装工事とか、新しい家を建てるとか。どこかないか。」
すると、隣りの祈が言った。
「それでしたら彰さん、ほら、この間やっと買い取ったと言っていらしたあの洋館はどうでしょうか。前の仕様にしたいと仰っておられましたわね。あちらを和彦さんにお願いしたら?」
彰?
皆が不思議に思っていると、煌は答えた。
「それはそうだが…特殊だからな。」と、和彦を見た。「ここと同じような洋館を、知り合いから買い取ってね。中を改装しようと思っているのだが、造りが普通の家屋とは違う。カーペットも敷き直したいと考えているし、君はできるかね?いろいろ、劣化している部品など、換えねばならないぞ。金具も特殊だし…何より、彫刻とかも欠けていたりするから、そこの補修も入って来る。キッチンやトイレも入れ替えたい。できるかね?」
和彦は、この規模を改装するなら結構な金になる、と慌てて頷いた。
「もちろん!業界繋がりもあるし、分からない所はそちらに入ってもらってきちんとやらせてもらう!」
煌は、少し考える顔をした。
祈が、言った。
「任せてみましょう。娘さんのお話を聞いたら、同じ年頃の子供を持つ身としてはお力になって差し上げたいと思いますわ。」
煌は、祈の言葉を聞いて、頷いた。
「ならば…紫貴もこう言うことだし、君に任せてみるか。」
紫貴?
さすがに、おかしいと思って裕馬は言った。
「あの、さっきから別の名前が出て来ますけど。彰とか紫貴とか、誰のことですか。っていうか、お子さんがいらっしゃったんですね。」
煌が、答えた。
「私の名だよ。私は彰、妻は紫貴。子供は10歳を頭に五人居る。だから、一番上の子が和彦の娘と同い年になるかな。」
「五人?!」
全員が、思わず叫んだ。
海斗が、言った。
「ちょっと待ってよ、煌さん…いや彰さんか。いったい幾つなの?僕とそんなに変わらないんじゃなかった?」
煌は、答えた。
「私は28だ。紫貴と結婚したくて、私が18になる直前に急いでプロポーズしたので、そこからずっと年子で産んでいたらこうなっただけ。」
祈が、恥ずかし気に言った。
「あの…私の方が五歳も年上なので。こんなことになってしまって。」
煌は、顔をしかめた。
「こんな事とはなんだ。良いではないか、早く結婚できたのだから。」
煌が、いや彰が死ぬほど祈…いや紫貴を好きなのは分かった。
皆が納得していると、真希があーあとため息をついた。
「なんか、煌さんと付き合いたいなんて思ってたのが無謀に思えるわ。そんなに祈さんの事を好きだなんて、思ってもいなかったもの。上で見ていたら、結局祈さんを追ってルール違反で追放を選らんだでしょ、記憶もないのに。私も、そんな旦那様が欲しいなあ。」
煌は、誇らしげに胸を張った。
「私は、記憶がなくとも紫貴を愛しているのだ。自分を信じて良かったよ。」
正志が、言った。
「やめとけ、真希さん。これはこれで大変なんだぞ。何しろ、紫貴さんのストーカーだぞ?どこへ行くのもついて回るし、側に居ないと探し回る。それが幼い頃からだぞ。普通なら耐えられないっての。結婚してくれと押しまくって、年子で子供ポンポン生まされてさあ。オレから見てたら、大変だって思うわ。」
清が、不思議そうな顔をした。
「え、正志は煌さんを知ってるのか?」
正志は、さも嫌そうに頷いた。
「ちっさい頃から知ってるぞ。忘れてたのが不思議なぐらいだ。」と、真悟を見た。「なあ真悟。」
真悟は、苦笑して頷いた。
「そうだな。ま、いいんじゃないか?紫貴さんの言う事は聞くから困らないんだし。」
海斗が、言った。
「ストーカーかあ…ちょっと怖いねえ…。」
真希も、それ以上もう何も言わない。
恐らく、そこまでべったりついて回られるのは、きっと望んでいなかったのだろう。
すると、モニターから声がした。
『皆様の処置が終わりましたので、それではこれからのご説明を致します。』
皆は黙って、モニターを見上げた。
モニターには、それぞれの番号と、その隣りに何やら数字が並んでいた。




