その夜は
投票前、9人はリビングに揃って無言だった。
煌は、別人かと思うほど険しい顔をしており、顔色は青白く、目だけがギラギラしていた。
祈との時間を邪魔してはとずっと放置していたが、煌はここへ降りて来る直前まで祈の側でじっと座っていたらしい。
呼びに行った清は、まだ綺麗な顔で眠るように横たわる祈の側でじっと動かず手を握りしめている煌に、どう話し掛けたらいいのか分からなかったそうだ。
だが、煌は清を振り返って、言った。
「…時間か。」
清は、頷いた。
「はい。狼を吊らねばなりません。」
煌は、頷いて立ち上がると、そこでやっと祈の手を離した。
そして、清を見て言った。
「…祈は、全く変わらない。やはり死後の変化が起こっていない。きっと生きている。心配なのは…後遺症がないかということだ。必ず元に戻す。私が。」
清は、頷く。
「はい。行きましょう。」
煌は頷いて、そしてやっと部屋から出てここへ降りて来たのだ。
裕馬はそれを聞いて、やはり勝てば戻って来られるのだ、と希望を持った。
今まで、追放になった人達に、そこまで長い時間ついていたことはない。
見ていないところで変化していても、誰にも分からなかった。
次の日には、もう部屋の鍵はしっかり掛かり、中へ入ることもできないので、その後の皆の様子は誰にも確認できない。
なので、考えないようにしていたことだった。
明日の朝には、きっと祈には会えなくなるだろう。
無理やりに扉をこじ開けて、中を見ると騒ぐのではないかと気になったが、扉をこじ開けることができた和彦は、今夜吊る。
それは、もうできないだろう。
裕馬がそんなことを考えていると、モニターから不意に声がした。
『投票、3分前です。』
そうだ、投票…!
裕馬は、カウントダウンが始まっていたのに、ボウッとしていた自分に驚いた。
慌てて首を振ると、裕馬を見た。
「…何か言い残すことはないか?」
和彦は、苦笑した。
「何も。一人目が追放されるまでは、それなりに楽しかったな、ってことぐらいかな。ま…死んだら借金だって全部関係ない。オレはできることはやったし、家族も許してくれるだろう。」
裕馬は、え、と和彦を見た。
「…家族?思い出したのか?」
和彦は、頷いた。
「もう死ぬ、と思った時、フッと嫁と子供の顔が頭に出て来た。大丈夫だ、オレには保険が掛かってる。遺族年金もある。まだいろいろうろ覚えだが、あっちへ行ったら全部思い出すさ。」
『投票してください。』
裕馬は、迷った。
この言い方だと、和彦は狼だったのだろう。
もう、戻って来られない前提の話し方だからだ。
…好きで狼だったんじゃないのだ。
みんな、家族が居て目的があってここに居る、と、最悪の瞬間に悟ってしまったのだ。
「…私だって多くの患者を助けるために生きていた。それなのにどうして一番愛した人を失わねばならないのだ。」
煌の呟きにハッとした裕馬は、急いで和彦の番号、11を入力すると、0を三回押した。
誰も悪くない…悪いのは、こんなことをさせている誰かなのだ。
『No.11は追放されます。』
無機質な声がいつものように告げ、和彦は目を閉じて、そのまま動かなくなった。
残ったのは、悟、煌、真悟、正志、諒、海斗、清、裕馬の8人だった。
諒は青い顔をしたまま投票が終わるとすぐにリビングから消えたので、仕方なく裕馬は悟、真悟、正志、海斗、清と共に和彦を運んだ。
煌は、また祈の部屋へ戻ったようだった。
裕馬は、和彦を寝かせてシーツを掛けると、言った。
「…今夜は、念のため真悟さんは悟さん、悟さんは正志さんを占って欲しい。狩人が居ないから…誰が犠牲になるか分からないがな。」
真悟が、答えた。
「多分オレだろう。狼はもう詰みだしな。仮に悟が狐でも、今夜の占いで消える。もちろん、咲子さんが狐である以上、悟は人外なら狂人でしかないから、諒で終わりだ。勝ち筋はもうない。オレ目線の人外位置は、明日消える。」
悟は、言った。
「まあ、オレは真だから。諒さん吊りで終わりだろう。あの反応からも分かる。今朝、やっと裕馬が和彦さんを占えと言った意味がわかったよ。祈さん…命を懸けて真証明したんだな。」
裕馬は、頷いた。
「そう。でも…煌さんが心配だ。長引くと倒れるんじゃないかって。だから、明日で終わってくれることを祈るよ。もう大丈夫だとは思うけど。まさか祈さんが、狂人だったなんてオチはないだろうなって、心配になる。」
真悟は、ポンと裕馬の肩を叩いた。
「大丈夫だ。オレは真占い師だ。絶対に勝つ。明日で終わりだ。」
裕馬は頷いて、そして部屋へと、帰って行ったのだった。
次の日の朝、目を覚ました裕馬は、ここまで生き残っている奇跡を神に感謝した。
そして、いつも通りに扉を開くと、もう目の前の和彦の部屋の扉は開かなかった。
そして、廊下へと出て行くと、海斗と清が言った。
「…下に行こう。」
お互いに、生きているのは見たら分かる。
裕馬は頷いて、そして二階へと降りて言った。
すると、何やら悟がおろおろした顔をして、そこに立っていた。
「…悟さん?どうしたんだ?」
悟は、振り返った。
「裕馬。真悟がやられた。だが、煌さんも部屋に居ない。祈さんの部屋に今、正志が入って行ってて。」
煌さん…?!
裕馬は、急いで祈の部屋へと入った。
そもそも、昨日犠牲になった人の部屋に入れることから驚きだったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
奥へ急ぐと、正志がベッドの脇に立って、むっつりと裕馬を振り返った。
「…煌の奴、部屋に戻らなかったんだ。」
え…?!
見ると、煌は祈を抱いて同じ大きな寝台の上に横たわって、動かなかった。
腕輪が開いており、そこには『ルール違反で追放されました』と表示されている。
…煌さんは、後を追ったのか。
もう、勝ちは確定だった。
だから、煌は祈の側に居続けることを選んだのだろう。
清が、入って来て言った。
「…真悟は襲撃だ。煌さんは、祈さんがあの後どうなるのか分からないから、一緒に居ることを選んだんだろう。」
昨夜9人だった人数が、和彦が去り、煌が去り、真悟が去って6人になった。
縄はあと2本に減ったが、仮に悟が人外でも、狐ではないことが確定していることから今夜諒を吊って終わりだろう。
「…へぇ。煌さんも案外情深いんだな。」振り返ると、いつの間にか諒が来て、立っていた。「もう、終わりだ。オレがラストウルフだよ。今夜はオレを吊るんだろう?オレ目線ではもう、狐は居ない。そもそも、とっくに狐が居ないだろうことは、オレ達には分かっていたんだ。敗因は、美智さん噛みかな。オレ達だって…必死だったんだ。」
裕馬は、諒をじっと見た。
「何があろうと、もう君を吊るが、話してくれるのか?狼が見て来たことを。」
諒は、頷く。
「昨日、和彦も覚悟してたじゃないか。オレも覚悟したよ。お前達は生きて帰れるだろうが、オレ達は、それに狐達だってもう、生きては帰れない。今夜追放されたら永遠におねんねだよ。だったら、オレ達だって必死に考えて、なんとか生き残ろうとしていたのを誰が話すんだ?話すよ、初日から、オレ達がどれ程頑張ってたのかな。下へ行こう。」
裕馬は頷いて、生き残っている人達に頷き掛けた。
皆は頷き返して、そして今夜去る最後の狼の、話を聞くために階下へ降りて行ったのだった。




